第二十一幕 「弱い心」
極寒の死地へと赴き、軍務を全うされる貴方へ
私の願いと想いが貴方の支えとなり
少しばかりでも助けになることを心から祈っております
ルミナスの導きと光が全ての将兵と
貴方の元にあらんことを
ーとある信者が添えた手紙よりー
「ふん、おめでたい祈りだな。
貴様の想いとやらはワシの財布の重みにしかならんよ。」
「何ですと!!」
大声を上げて驚いたのはトマス。
セドリックは従者の珍しい狼狽えように驚いてるのか、振り返りながら固まってしまっている。
「と、トマス。何事だ、落ち着け。」
「トマス様、大きな動きはお控えください。私どもの隠匿結界とて完全とは言い難いものにございます。」
主君と聖女にたしなめられて、執事はハッとしたかのように佇まいを正す。
「た、大変申し訳ありません。取り乱しました。」
直立不動に直り、深々と礼をする。
その動き、ちゃんと隠匿されるのかな…。
「しかし、セレナ様。本当にグリムヴェインが『マナフォート』について言及したのでございますか?!」
状況がのっぴきならない事を理解しているトマスは未だに混乱のただなかに在るといった様相。
無理もない。
「事実にございます。」
私は一言呟き、首肯した。
「何という事だ……。」
絶望したかのようにトマスは固まってしまった。
「……聖女様、ご説明いただけますかな…?無学な私には、トマスの狼狽えようと『銀の筒』や『マナフォート』なる物の関連性が理解できんのだが。」
困惑しきった表情のままセドリックは私の方へと向き直り、状況説明を求めてきた。当然の疑問だ。
「承知いたしました、ご説明します。」
私は二つ返事でソレを了承する。
「……。」
トマスは難しい顔をしたまま、黙って私に眼差しを向けた。
トマスの心中は察するけど、これはセドリック子爵には知ってもらわないとダメな事だよ。
だからそんなに睨まないでほしいんだけどな…。
でも、ま。
一応釘は刺しておこう。
「しかしこれから話す内容は墓まで持ち込む覚悟で他言無用に願います。話の内容はルミナス王家とルミナス教における最高秘匿事項にあたる物でございますので。話を聞いたうえで、本件を知らなかった姿勢を貫いていただければ結構でございます。」
真剣な眼差しを向けたまま事の重大さを伝えると、事の深刻さを理解したセドリックはごくりと咽を鳴らした。
「いずれにせよ、領地内で発生した事を領主である私が把握しないわけにもいくまい…その様な秘匿事項を知ることで私に何か災いが降りかからなければ良いのだが……。」
悩まし気な表情で眉を歪ませながらセドリックは零す。
「その点につきましては、陛下の意向次第といった形になるかと思われますが……いささか根が深い問題となります故、ある程度の覚悟をしていただく事になるかと。」
脅している訳ではない。純然たる事実だ。
今から話す内容はそれほどの重要な機密事項だから。
「……。」
無言のまま小さく息を吐き、セドリックは改めて私を見つめ返す。
その瞳にはある種の諦めと覚悟が宿っていた。
「では、まずは『銀の筒』や『マナフォート』が意味するところからご説明いたします。」
私もまた小さく息を吐き、姿勢を正して言葉を紡ぐ。
「これら二つの名前が指し示す物は、とある軍需物資の名前にございます。正式名称を『特殊霊装銀』と呼び、特定の軍事行動において使用される支援物資であり非常に厳正な管理の元に運用されております。」
「軍需物資……一体どのような物で?」
軍がらみ、という理解を得た時点でセドリックの表情は一層険しくなる。
「実態は非常に強力な魔導器であり、特定の超高純度魔晶石を原料に用いて最高濃度まで濃縮された『魔導核』を有する特別な魔導器になります。原材料や加工の工程、生産場所から生産数に至るまで完全秘匿とされておりますが……実は輸送に関しては手広く様々な業者によって行われました。」
「……? それは一体どういった…?」
「つい最近まで行われていた、大規模作戦に投入すべく、大量の『特殊礼装銀』は様々な輸送ルートを経て作戦部隊へと送られたからです。」
「……そうか! 大戦に使用されたのですな。」
セドリックの目が見開かれる。
「その通りです。ゆえに、それらに関わる商人、運送業者の間では名前だけは表立って有名な代物なのですが……これらの特殊礼装銀は極寒の死地における魔族領大規模侵攻作戦に参加した全ての将兵に支給され、その戦地の過酷すぎる環境に対応すべく開発された環境適応型魔導特殊兵装……通称『フォートレスアーマー』に使用されたのです。」
「フォートレスアーマー…どのような代物で?」
「ご存じの通り、極寒の死地は極低温と負のマナによる猛吹雪が吹き荒れる極限の悪環境であり、通常の生物であれば高濃度の魔導汚染に晒されてしまえば、一時間と持たずに生きながらにして様々な身体的異常を発症いたします。」
「聞きしに及ぶ絶死の大地……想像に容易い話ですな。」
「はい。その地に派遣される将兵は選び抜かれ鍛え上げられた強兵なれど、やはりその極限の環境下においては悲惨な末路をたどりながら成すすべもなく死を迎えるしかありません。しかし魔導工学の発展により開発された特殊兵装のおかげで、十分な作戦活動時間を確保するに至ったのです。」
「その特殊兵装を使用することで多くの将兵が極寒の死地での軍事行動を可能にした、という訳ですな。」
「そうです。具体的には……極低温の外気を遮断し、吹き荒れる負のマナに相反する正のマナを放出し続ける個別結界を常時展開し、装着者自身の保有魔力に変換することでより強大な戦闘力と継戦能力を各将兵が個別に獲得できます。」
「なるほど……それ自体が強力な兵器である、と。」
「おっしゃる通りです。特殊兵装と専用魔導器である特殊礼装銀はセットで運用されることになり、その装備の管理は軍事機密として非常に厳格に行われたそうです。」
「至極当然の対応ですな。」
「しかし、一人に対し複数の特殊礼装銀を支給するにあたって……相当数の生産と運輸が行われた結果。これまた至極当然の事態が発生してしまいました。」
私はため息交じりに肩を落とす。
「と、言いますと?」
「関係者及び輸送業者の癒着により、特殊礼装銀を闇市場へ横流しする事態が発生したのです……。」
セドリックの顔が絶望にゆがみ、トマスは深いため息をついた。
「ああ……人の業の深さたるや。いつの時代もどの場所でも…金に目が眩んで道を踏み外す愚か者どもめ……。だがしかし、セレナ様…その品は個別に使用できる品物なのですかな?」
「フォートレスアーマーについては単品では、それなりに丈夫な防具にしかなりません。しかし特殊礼装銀には別の使用方法が存在します……。」
「別の使用方法……まさか…。」
「特殊礼装銀の外殻を破壊し、中の超濃縮された『魔導核』が外部に露出すると……内圧に耐えきれなくなった高純度マナが吹き出します。これが何れかの属性の魔法的要素に触れると…連鎖的に同化反応をひき起こし、噴き出したマナすべてが同属性のマナへと急速に変貌します。」
「つまり……破損した特殊礼装銀を火の魔術に投じたり、風の魔術に投じたりすると……?」
「制御不能の大火炎や大旋風を巻き起こします。……そしてそれは正のマナにだけでなく……負のマナにも同様の反応を起こしてしまうのです。」
「なんたることだ……、それを精霊蝕が起きている魔具や魔導具のそばで行えば……!」
事態の深刻さを真に理解したセドリックは両手で顔を覆ってしまった。
「はい……、極寒の死地にも勝るとも劣らぬ高濃度の魔導汚染が、ごく短時間の間に局所的に発生しうるのです……。そして、それが周辺の野生動物に対し7年もの間行われていたとなれば……。」
ゴミの山と銀の筒。
グリムヴェインが一言漏らしたこの言葉が意味するところ。
それは、人為的に捨てられたゴミの山に銀の筒が含まれるというだけにとどまらず、その中に損壊した魔具や魔導具が存在するのであれば……人為的な魔導汚染を引き起こす目的でそれらのゴミが捨てられたことを示唆する。
それによって魔獣が生まれ、生息し続けた後に環境適応種が発生するにまで至った場合……それは故意に仕組まれた生物災害という事になる。
これは一種の『国家への攻撃』に値する暴挙だ。
「トマス……、お前はマナフォートの存在を知りうる立場の様だが……この事態の予測は……どうしてできなんだか!」
今まで一切見せることの無かった粗い口調で、セドリックはトマスを追及する。
当然だろう、自領内でこのような事態が発生した時に領主が責任を問われないわけがない。予想される中で最も深刻で苛烈な追求を受けるだろう。
「申し訳ありません、セドリック様……不詳のこの身、これらの事態に対する思慮を欠く行為、痛恨の極みにございます。」
苦虫をつぶしたような顔で主君に深々と謝罪をする執事。
彼自身に何か落ち度があったわけではない、それでもトマスはただ頭を下げた。
見上げた忠誠心だ。
だが、セドリックの怒りは的外れなのだ。
「領主様、トマス様に責任を問うのはお止めください。たとえ過去に陛下直属の執事に属していた人間でも、今回の事態は予測に至るのは不可能にございます。」
「…それは一体どういう意味ですかな?」
「今回の大戦において闇市場に流れたマナフォートは戦中にそのほとんどの追跡と回収を終えております。戦地で厳正に管理され正式に使用されたと判断できる数を抜き、現存する在庫への管理番号での照合によって……『正規品』の数については、『ほんの数本』しか行方不明とされていないのです。
コレについては既に大戦における責任者達は把握しているところであり、その管理番号から支給対象と戦闘地域の断定は済んでおり……恐らく何らかの激烈な戦闘中に使用された。という理由で『大戦中に完全に消滅した。』との結論付けが済んでいる状態にあります。」
「……上層部が不正な流出問題は解決された。そう判断された中で、なぜ我が領にそれらの品が存在するというのですかな…?」
セドリックの視線は険しいままだ。
「それが……それこそが我々神殿関係者が事態の収拾に当たらねばならない理由の最たる物にございます……。」
私が言いづらそうに答えると、セドリックは眉をひそめて続きを待つ。
「正式名称『特殊礼装銀』、軍関係者からは『マナフォート』。この超高額な軍需物資には大戦後期より商人や運送業者の間で別の呼称が使われるようになります……それが『銀の筒』。外殻を形成する白霊銀によって特別な封緘が施されたその外観は、その呼称の通りに見た目が銀色の筒状で有ったことから市井からはその様な呼び名が生まれたようですが……。
『正規品』が厳正な管理化の元、流通を制御されていた影で……『非正規品』の流通は残念ながら厳正な管理とは至らなかったのです。」
「『非正規品』……とは?」
「マナフォートは…その魔導器としての性質上、とある工程を必須とします。超高濃度純魔力製魔導核の安定を目的とした封入術式、それはルミナス教における神聖魔術を応用し、魔導工学に組み込まれた『白霊銀製の封緘』であり、最終工程としてマナフォート自体の品質を決定づけます。更にこれらは一定の神聖魔術を使える神職にしか出来ない事なのです。」
神聖魔術。
魔術における五大属性全ての適性を先天的に必要とし、光の属性と呼称される特別な属性の魔術。ごくわずかな血統にしか使用適正は発現せず……その多くはルミナリス一族、つまり王族の血統に現れる。
極稀に市井からその適性を持った五大属性全てを可能とする者が現れることが有る。しかし、それもまた血縁を辿ってゆくと古代のルミナリス一族が関係していることが示唆されていた。
そして、この神聖魔術の完全適応者こそが『勇者』である。
まぁ、今回のお話に勇者は関係ないけど。
光属性の魔術は攻撃性を持つことは無いが、特別な守りや解呪、または独特で柔軟な魔術の構成を可能にすることが多い。
ルミナリスの血を最も色濃く継いでいる現在の王族たちもまた神聖魔術の行使を可能としており、その独自の魔術を研鑽する日々邁進している。
ヴィクトルやアメリアも例外なく、だ。
でもまー、あの兄妹も今回のお話には無関係。
「マナフォートの製作における最終工程、純魔力製魔導核への神聖魔術による白霊銀製封入術式…。聞けば聞くほどとんでもない代物だということを理解させられますな…。」
「……そのとんでもない代物のため、ルミナス教徒内で神聖魔術の適正を持つものが多く駆り出され、大量のマナフォート生産のために協力したのです。その事自体は何ら異常性の有ることでもないですし、神殿組織でも魔族に抗う意志の結実として大多数が意気込んで賛成し協力を申し出ました。」
「どうやら、問題はそこに有るようですな。」
「はい…。多くの信徒が作業に協力しましたが、実態としては一定の品質を満たす神聖術によってのみ、強大な魔力を有した魔導核の安定化を可能とする封入が完成します。それらが正規品として現場へ流通する一方で……未熟な信徒による不安定な神聖術によって封緘されたマナフォートは封入自体が未完成であったり、封入できても輸送中に僅かな衝撃で封緘が綻んでしまい、魔導核の露出による暴発事故が懸念されたのです。それらは非正規品として神殿側が一旦保管し、後に封緘を解呪することで中の純魔力を再利用する、という工程を経るはずでした。」
「そうではない現実が発生したのですな…?」
「……個人の信仰の強さが神聖術の精度や強度に影響することは有りません。しかし自身の信仰の強さゆえに、己が作ったマナフォートが非正規品として扱われることに失望したり憤慨する者が出ました。それらの未熟な人間性や心の隙間に漬け込んで、保管前に横流しを唆す輩が現れたのです。」
「唆す…というと?」
「『貴方の想いを私は評価する、たとえ正規品として扱われなくてもコレほどの想いを込めて作られた品を無碍にするのは口惜しい、私が独自のルートで貴方の望む者へと届けよう。』だとか『コレほどの強い思いが籠もった物は特別な魔道具に用いる事が可能だ、私が個人的に買い取ろう。』などと、何の根拠もなく信心や願いに漬け込んで拐かしたのでしょう…。あるいはもっと単純に『個人的に卸してくれたらコレだけ出そう。』と、高額な値段をちらつかせて唆したのでしょう。清貧を誓い、つらい日々に苦しむ信徒にとっては甘い誘惑になったことでしょう。」
「金の亡者どもめ。」
人格者のセドリックでも嫌いなものは嫌いなんだろう。
まぁ、その吐き捨てた一言は悪徳商人だけでなく、心の弱い信徒に対しても向けられているのだろう。
それが正しい評価だ。
「ルミナス教の神殿組織というある意味閉ざされて聖域化されていた場所で思いもよらぬ犯罪が横行し、それに上層部が気づいた時には既に多くの非正規品が闇市場に流れた後でした……もはや数の把握など不可能であり、非正規品故に製造番号による追跡なども無理でした。それらは『銀の筒』という呼称をそのままに高出力な魔導器として、あるいは中に有る純魔力を用いた危険な品々の材料として、裏社会の人気の品となってしまったのです。」
「……これが表沙汰になればルミナス王国とルミナス教双方の信用失墜に繋がりかねませんな。実に墓まで持ち込むにふさわしいお話だ。」
ごもっとも。
だが、それを喋ることによって発生する自身への災いにも、彼なら既に理解しているのだろう。
「……陛下は既にルミナス教の教皇聖下との協力の元、厳格な管理体制を整備するとともに、軍とルミナス教実務組織が一丸となって闇に流れた非正規品の回収や追跡に邁進しているのが現在の実情にございます。」
「その状況下でも生産自体はお止めになられないのですな、陛下も聖下も。」
「それだけの必要性が有りますゆえにやむにやまれず。」
トマスが口を開き、きっぱりと具申した。
「なるほど……秘匿性の高さと、それ自体の深刻さ。痛いほど理解いたしました。」
「長くなってしまいましたが、私がルミナス教徒の深部に携わる人間として今回の件を看過できない理由はご理解いただけたかと思います。」
「委細承知いたしました、今回の件について私が領主として何か物申す事も無いです。加えて、聖女様が今回の事態を解決に向かい取り組むに当たって領主として協力できる事が有るのであれば一切を惜しまないと約束しましょう。」
理不尽に国の上層部の失態に巻き込まれたというのに、彼は文句の一つを言うのでもなく、全力で協力をすると申し出てくれた。
私とて、一片たりとも問題に関わった訳でもないし、責任を負わされている身でもなんでもないけど、実情を知ってる以上は無視も出来ない。
そんな私にとって何も言わずに協力してくれるセドリックの姿勢は、本当に有りがたくて……心の底から良い人だと思った。
「……何から何までのお気遣い、心より感謝申し上げます。」
ルミナス教徒として聖女として返礼を述べるより、個人として応えたほうが良いかな。って思った。
彼自身もルミナス教徒ではないみたいだし。
とにかく、まぁ…領主の了解を得られたのは大きい。
これで魔獣討伐における後顧の憂いはなくなった。
さ。
あとは魔獣を何とかするだけだ。
私がホッとして紅茶の残りを飲みながらふと隣を見ると、難しい話を理解しようと頑張りすぎて、脳が沸騰し顔が赤熱しているリリスがいた。
無理に頑張らなくても良いのに…。
リリ凄だなぁ。
勉強回の続き
すげーやべーえねるぎーをー
ちょっとダメだからつかえませーん ってしてー
こっそりてにいれてー わるいひとにうりましたー
という内容をたっぷり小難しく書きました
理解できなくても上の三行を覚えてればおk-




