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救済の聖女のやり残し ~闇と光の調和~  作者: 物書 鶚
第一章 第二部 魔導工学と魔獣
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第二十幕 「魔術と魔導工学」

こんなモノで俺達の価値は支払われる

こんなモノに俺達の存在価値が使われる

こんなモノを俺達が扱うことに恐れ慄く


「だが、コレのおかげで俺達はあの地獄から離れられるんだ。」


カチャカチャと小さな音が聞こえる。


屋敷のメイドが紅茶のおかわりを注いでくれ、一礼した後に下がってゆく。一人はティーセットの乗ったワゴンを押し、小さな音をたてながら扉の外へと出ていく。もう一人は扉の所に御用聞きとして待機しているのだろう。


セドリックは給仕が終わるのを待ち、注ぎたての紅茶を一口啜ると口を開いた。


「して、聖女様。『提案』と『聞かせたいこと』どちらからお話いただけますかな?」

セドリックはソファにもたれ掛かりつつ腰を据え直し、指を組みながらこちらへと真剣な眼差しを向ける。


どっしり構えて何が来ても驚かないぞと言わんばかりの威勢。


「ええ。では、まずは以前より申し上げていた『提案』について。

王都の冒険者組合に掲載されているという魔獣の調査依頼(サーチクエスト)および討伐依頼(ハンティングクエスト)を、私の方で請け負う事が可能にございます。


対象の魔獣がこの広い森の何処に棲んでいるかは…正直な所、ある程度の当たりをつけながらの調査となりますが……私の感知能力における索敵限界に対して、この森はそう広くない程度だということを申し上げられます。」

まずは私ならば調査は簡単だ、という提案(プレゼン)



理力による五感の強化、この場合は視覚と聴覚、嗅覚、そして触覚。味覚を除いた全てにおける知覚を強化することで得られる空間認識能力に合わせ、基本的な魔力感知による生命体と非生命体の識別。

そして私が魔王討伐軍として将軍やシルヴィアに鍛え上げられた生存術における狩猟技術。


これらを併用して得られる私の索敵能力は相当なものになる。そしてその感知領域も長大だ。色んな野生動物が持っている飛び抜けた感覚を複合的に処理できる力と言っていい代物になるだろう。


猛禽類の性能を遥かに超える長い距離を見通し、深い闇の中でも見える視覚。可聴域は昆虫並みの周波数帯域での聴音を可能とするし、何だったらコウモリのようにエコーロケーションを余裕で可能とする。

嗅覚については……まぁ狩猟犬なんて勝負にもならないレベル。個人の体臭を嗅ぎ分けたり、特定の匂いを覚えて追跡するのなど朝飯前だ。


ま、これも『与えられた知識(ディダの入れ知恵)』なんだけども。


理力の強化によって得られる色々な五感がどのようなものであるか、私はここまでの戦闘経験や討伐隊としての行軍中に実感として学び終えている。



「ふむ…、ご自身に対する身体強化の一部。視覚や聴覚の強化、といった話ですな。その点に関しては一切の不安を感じてはおりませんが…、よろしいのですか?この様な事にまで聖女様のお手を煩わせるようなことになってしまって。」

セドリックはいっとき逡巡するも、私の能力を順当に評価したうえで問題ないという判断を下してくれた。


「セドリック様の言う通りでございます。魔獣の問題については基本的に領地内の問題として各領主は取り組むことになっております。外部に対応を依頼するとしてもやはり冒険者組合を通して、というのが通例にございます。」

トマスも君主に続いて具申する。

どうやら二人共ある程度は遠慮したい姿勢は見せてくるようだ。


「領主様としてのお立場と、冒険者組合とのご関係については様々な事情が有ることをお察しいたします。しかしながら、この件については私個人が問題解決に()()()()()()がございます。」

のっぴきならない事情が発生したことを伝えるために、相応に真剣かつ深刻な視線で『問題がある』そういう意味合いを込めての発言を投げかける。


「それが『聞かせたいこと』ですかな?」

セドリックがやや身を乗り出し、耳を傾ける姿勢を示す。


「お待ちください、セレナ様。そこからのお話、内容次第では秘匿性の確保が必要になります。当屋敷においてはその様な部屋や秘匿結界の用意がございません。」

トマスが再び私の発言を制してくる。


「そのことについては……」

私はそう言いながらリリスの方を見る。

リリスは私の視線に気づき、小さく頷いて見せた。

彼女(リリス)(セレナ)にお任せするよって雰囲気。


ならば、かねてから試したかった事を今やってしまおう。


「トマス様、あちらに控えていらっしゃるメイドの方に少々ご協力いただきたいのですが。」

そう言いながら私は扉そばにて控えている御用聞きのメイドへと視線を送る。


「レネア…にですか?いったいどのような?」

トマスが怪訝な顔をして彼女の名前を口にしながら答えた。


「レネア様とおっしゃるのですね。」

そういって私は立ち上がり彼女の方へと向き直る。

年のころは30前後、どこにでもいる簡素で一般的な外見を備えた女性。


「レネア様、私がこれから片手を上げた直後に何かを喋ります。その後、手を下ろしたら私が話した内容を答えてください。判らなければそうおっしゃっていただくだけで結構ですので。」

にこやかな笑顔を向けつつ、彼女に協力を仰ぐ。


「はい、承知いたしました。」

彼女は落ち着いた様子で答えて会釈した後にこちらに視線を固定した。


私は小さく頷いた後、指環に念じ片手を上げた後言葉を発する。


「大変不躾で恐縮でございますが、お茶うけに何か甘い物でもいただけませんか?」


ゆっくりはっきりと、口を大きく動かしながら伝える。

そして一呼吸置いた後に指環に再び念じながら片手を下ろした。


「いかがですか?」

再び笑顔で彼女に問う。


「……大変申し訳ありません、私にはお客様が何もおっしゃらずに手を上げ下げしたようにしか見えませんでした。」

困惑した顔でレネアが答える。


セドリックとトマスから驚嘆の声が漏れる。

でもいちばん驚いてるのはリリスかも。

平常心を装ってるようだけど目が大きく見開かれてる。


「ご協力ありがとうございます、とても助かりましたわ。」

私はレネアに会釈をしつつソファへと座りなおした。


やっぱりだ。

指環の0~5mの限定的な秘匿結界が発動するには隠匿魔術すら必要ない。


私はリリスの様に『黒い衣』が使えない、他の属性においても一切の隠匿魔術が使えない。しかし今まで会話できていたレネアに対して音の遮断と口の動きの偽装を念じながら手を上げ、先ほどのセリフを言った後に解除を念じながら手を下げた。

そしてレネアは目算で私たちより7~8mは離れているが、セドリックやトマスは5m以内に居る。



リリス達が過去に検証した内容、5mの範囲を任意に調整が出来る事は合っているが。隠匿魔術の最適化は間違い、念じるだけで少なくとも視覚と聴覚に対しては遮断から偽装まで任意の隠匿が可能になるのだ。


そもそも視覚的隠匿魔術である『黒い衣』を施行したら、音まで遮断されるっていうのが魔術の最適化の枠を超えている気がしていた。


多分、外部に対する精神抑制効果についても、精神干渉系魔術の最適化によって行われるのではなく、指環の装着者が魔術を行使する際に対象を落ち着かせたいと思いながら精神干渉系魔術を行使してる『その想い自体』に呼応してるだけなんだ。

だから、おそらくメイを治療した時はただの『冥魂の揺籠』との相乗効果。


リリスが流れで口走っていた『あと別に隠匿魔法を行使する必要性は無いかも知れません。』って言ってた、あれが実は正解だったのだ。


装着者の想いに呼応する指環…。


ホントにぶっ壊れ性能の指環ねコレ。

何かディダがドヤ顔してる気がしてきたわ。



「驚きましたな……これは…魔具による秘匿結界の類ですかな?」

セドリックが驚き顔で尋ねてくる。


「その通りです、手段は明かせませんが。性能は御覧の通りです。」

私は笑顔で彼に答えた。


「レネア、お客様はお茶うけをご所望にございます。何か手ごろな甘味を手配してきてください。」

トマスはいち早く平常を取り戻し、メイドへと指示をだした。


「えっ、あ!承知いたしました、すぐにお持ちいたします。」

そういって彼女は一礼の後部屋から出た。


「なるほど、これならば場所を選ばずに秘匿性の高いやり取りが可能になるのですな。ちなみに今はどのように?」

状況を理解し感心しつつ、現状を確認するのを忘れない。

やっぱりセドリックも色々気が回る人だ。


「トマス様がご指示された直後より秘匿結界を展開済みです。お二人がその場所を動かなければ外部から我々の会話を見聞きする事は不可能です。」


多分、だけど。


リリスが単独行動していた時の完全とも言える隠匿性能、そして今の結果を総合するとその認識で合ってるハズ。


今度ディダに会ったら正解か聞いてみよっと。



「では、安心して話すことができますな。」

いつの間にか食い入るように身を乗り出していたセドリックも、再び落ち着いた雰囲気を取り戻す。


「はい、前置きが長くなってしまい申し訳ありません。」

状況が整うまでに時間を要した事を詫びつつ、私は姿勢を正す。


「なに、必要な事であれば如何程も気になされる事もありますまい。」

セドリックもまた寛容な態度でそれを受け入れてくれた。

本当に人格者だなー。


「ありがとうございます、それでお伝えしたかった事についてですが……今日に至る魔獣問題の根幹である、魔獣発生の原因として考えられる事に関してでございます。……領主様はこの森林地帯内にゴミの山なる存在を把握されておりますか?」

まずはグリムヴェインの言っていた事の裏取り。


「森林地帯にゴミの山…、というと北部断崖下に見かける報告のあったアレか?」

セドリックはトマスの方へと向き直り、聞き直すように首を傾げる。


「左様でございますね。森林北部にある崖地帯におきまして、7年前より崖上から廃棄物の不法投棄が確認されております。いささか辿り着き難い奥地の出来事ゆえに、取り締まりなどの対応が出来ずにいます。

葉が枯れて行き来が比較的容易になる秋の終わりに可能な限りの撤去作業を行う様にしておりますが……年々増える投棄量に作業も追い付かず、頭を悩ませている次第にございます。」

トマスが執事として知っている領地内の事情を細かく説明してくれる。


「その廃棄物、内訳はどのようなものになるのでしょうか?」

やはり在るのか…ゴミの山。

嫌な予感が濃くなる。


「内訳……回収したもののほとんどは、一般家庭で出る家具や処分に手間のかかる道具類などでしょうか?」

私の質問の意図が読めず、釈然としないまま返答するトマス。


「……その中に、高純度の魔晶石を有する魔具、あるいは高濃度の魔導器を有したままの魔導具はございましたか?」

私は表情を変えず、次なる問いを重ねる。


魔晶石とは鉱物における結晶体や色石(いろいし)などに高純度のマナを含んだ物であり、各属性において親和性のある色合いの中でも特に鮮やかな色を持った物を指す。

そして魔導器とは魔導工学によって魔晶石を加工し、各種魔導具における燃料として用いるために開発された……いわば使い捨ての魔晶石。


近年まで高純度の魔晶石は高度な魔術師にしか扱えなかったが、魔導工学の台頭により僅かな魔力でも魔導具として多種多様なマナを別の形で扱える様になった。



「確かに、廃棄された家具の中には破損した魔晶石を有する魔具と、多くのマナを有したままの魔導器が残っている魔導具がいくつも見受けられた。」

領主として報告を受けていたであろうセドリックも話すうちに実情を思い出したのか顎に手をあて考え込むかのように話す。


「しかし、セレナ様。魔具や魔導器程度では魔導汚染に足る負のマナの流出は起きない。そういった調査報告を魔術院が出していると思ったのですが。」

私が話そうとしている話の筋が読めたのか、トマスは先回りするかのように意見を述べてくる。

彼らの認識は正しい。


そして私の予想も正しかったようだ……非常に残念なことに。


私は落ち込んでいくような気分を奮い立たせながら話を続ける。


「おっしゃる通りです、魔晶石にしろ魔導器にしろ加工を終えて道具として安定した状態にある物からは、負のマナはほんのわずかにしか検出されません。そしてそれは使用時における魔力励起によって発せられる正のマナによって中和されてしまう程度の物です。」

私はトマスの弁を肯定しつつも話の内容を結論へと導く。


魔晶石と魔導器における正と負のマナ。

それぞれが道具として適正な状態に加工される際に、切削研磨や加熱冷却、圧縮や延伸などの様々な行程を経ていく。その際にでる産業廃棄物には負のマナが多く含有されており、それらを不当に廃棄する事は負のマナによる環境汚染を呼び起こし、魔獣や魔樹の発生、生態系の変容を招く行為として古くから禁忌とされている。


だが魔導工学が発展した現代においてはより多くの産業廃棄物が排出されるようになり、より厳正な管理が求められるようになっている。


しかしながら、魔導工学関連の工房や加工工場周辺、そして不正な産業廃棄物の投棄によって発生した環境汚染の例が幾つか報告される様になり、これらを総称して『魔導汚染』とよばれ、これらの環境問題が社会の課題として近年浮き彫りになっている。


「同時に、道具として形を得た魔具や魔導具達が、損壊した状態で長時間放置されていくと時間とともに負のマナの排出量が増えていくという調査報告をご存じですか?」


魔具も魔導具も道具として安定した状態になると、ほんの僅かに負のマナを一定量排出するに留まり、それらが魔導汚染へとつながることは無い。

しかし、不思議な事にこれらの道具を損壊したまま使用、放置しておくと負のマナの排出量が徐々に増していくのだ。


「ふむ、星読みの大賢者ルキウス・ステラーノによる精霊学、彼が示した報告にあった『精霊蝕(せいれいしょく)』と呼ばれる現象ですな?」

セドリックは自身の知識を呼び起こすべく目を閉じて集中しながら私の問いに答えた。


正解だ。

『精霊蝕』とは形を与えられた魔晶石や魔導器を損壊した状態で放置していると起きる現象。人体において傷が化膿して周辺が悪化するかのように、魔晶石や魔導器にも同様の現象が発生する。


「しかし、それもまた一般的な生活圏においては魔導汚染に足る段階に至らず、一部の特殊な環境下において超長大な時間をもって変容した実例がいくつか確認されているだけ。そう把握しております。」

トマスは再び話の先を読み、前もってその論拠の問題点を述べる。


これも正解。

『精霊蝕』によって短期的に発生する問題は魔具や魔導器の魔力出力の低下や不安定化だけで、それらの修繕も技術的には確立されており大した問題ではない。

そしてトマスのいう通り、ごくごく限られたシチュエーション下においてのみコレが問題として顕在化する。


それは損傷した状態で長時間放置され続けた大昔の強力な魔具が徐々に負のマナの排出量を増大させ、100年以上の期間をかけて自身の周りの環境を変えてしまい、自他ともに負のマナの循環によって魔具自身も変質してしまう現象。


呪具化(じゅぐか)』と呼ばれる魔具の変容現象だ。


「お二人とも正解にございます。『精霊蝕』による魔具の『呪具化』。これによって引き起こされる特殊な環境汚染。これが魔具や魔導具が魔導汚染と呼ばれる段階にまで負のマナによる環境汚染を行う方法です。」

ここまでの話のすり合わせが無事に終わったことを覚えつつ。

改めて私は二人へ視線を送る。


「ならば、我が領内における魔獣の発生がここ数年で激化した原因とは、我々の未探索・未発見の地形が存在し、そこに『呪具化』した魔具が存在する。聖女様はそうおっしゃりたいのですかな?」

セドリックは険のある眼差しを私に向けた。


「セレナ様、それはあり得ません。私を含め少なくない人員をもってこの領内をくまなく調査しており、そういった呪具による強大な魔導汚染に類するマナを感知した報告などは一切記録に有りません。」

トマスもまた心外であるといった様相で態度を固くした。


二人の反応は当然だ。

暗に「お前たちは自領内における調査を怠り、魔獣発生の原因を見落としたのだ」という見解を述べられた事になるのだから。


しかし実情は異なる。


「いいえ、お二人とも違います。これは呪具による超長期間での魔導汚染ではございません。ごく最近投棄された魔具や魔導具により、超短期間で起こった局所的魔導汚染にございます。」


私はきっぱり言い切った。


二人の顔が驚愕に見開く。


「いったい、それは……。」

「そんなことが可能なのでしょうか……。」

そしてそれはすぐさま困惑の表情へと変わる。


「そして、これこそが私個人が『神殿関係者として』この事態の解決にあたりたい理由にございます。」

私は深いため息と共に視線を落とす。


いやだなぁ、コレ話すの。

でも言わなきゃな。


私は意を決して顔を上げ、深呼吸の後に言葉を発した。


「野盗の首領グリムヴェインが、森林北部のゴミの山内に『銀の筒』が存在する可能性について言及いたしました。」


この社会における闇の一端が晒される。


勉強回です、色々単語が出てきて難しいね

魔晶石=天然ダイヤ

魔導器=人工ダイヤ

ダイヤ自体にエネルギーが封入されていて、色々な触媒・燃料として使えるよ

そんな感じです

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