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救済の聖女のやり残し ~闇と光の調和~  作者: 物書 鶚
序章 旅の終わりと、旅の始まり
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第九幕 「事の真相」

ふと眼下をみる。


語らう人と笑い合う声。

酒飲みが倒れている。

すごく楽しそうに。


「わたしはそんな事無い。けれども」


「で、だ、聖女セレナよ。」


将軍は言った。


「結局のところ、グラムの身に起きた『寝酒の悲劇』というものは、どういった悲劇を産んだのだ。流石にそろそろ話してくれんと、これ以上煙に巻くのはどうかと思うのだがな?」

怒っているわけでは無いのだが、いよいよ我慢ができなくなったガレンは話の軌道修正を再度試みる。


「…本当に申し訳有りませんですわ。将軍の興味を逸らそうなどという腹づもりは、本当にありませんわ…。」

しょんぼりしたセレナは応えた。


「わたしは別に怒っても呆れてもおらん、事の真相を知りたいだけだ。このままでは夜も眠れんぞ?」

とうとう弱音を吐き出す始末。


「…では対処の結果を簡潔に述べますね。」

すぅ、と聖女はすこし息を吸い込んで一呼吸置くと。


「滑落し途中で引っかかって動かなくなってしまわれたグラム様を、私達はロープを用いて救出に向かいました。おそばに辿り着いて外傷を無いのを確認し、グラム様の昏倒を回復させるために『理力』行使いたしました。

その時のグラム様の状態は特に外傷も無く骨折等の異常も見受けられませんでした。判ることと言えば豪快に高いびきをかいていらっしゃったので…。」


「何かの攻撃で昏倒している、というより。寝ている。という判断をしたのだな?」

状況が進行し描写が再開されたことで、ガレンの推理もまた始まった。


「その通りでございます。周囲とグラム様の安全を確認した私達はグラム様を起こそうと、身体を揺すったり頬を叩いたり色々試したのですが。」


将軍のため、話を続けるセレナ。


「ワシは元より、目覚めが悪くてな。将軍。」


と、少々バツが悪そうに捕捉するグラム。


「知っておるぞグラム。『不動の黒鉄。押せど引かず引いても崩れず。如何なる時にも決して揺るがず。寝ても覚めても山のごとし。』 であろう?」

間髪入れずに反応する将軍。


「随分と詩的なからかい文句ですよね。」

くすくすと笑いながら、自分の仲間の逸話を面白がっている。


「そうなのです、何をしても起きてくれないグラム様にわたしは『理力による覚醒』を試みたのです。」

ようやく何をしたかを聞くと、将軍は眉をあげた。


「理力による身体への干渉により、寝こけている下戸のドワーフを起こそうとした。ふむ?全く問題のない行為に思えるが…、聖女セレナよ貴女は一体こやつに何をしたのだ。」


もはや真相が目の間に迫りつつ在る予感を隠しきれない将軍は、急かすように次を求めた。



—かくも遠回りの雑談会は、ようやく終わりの兆しを見せる。

 聖女は物語の核心を語り始めた。



「えぇっと、すこしだけ説明をさせてください。

将軍は『脳内麻薬(のうないまやく)』という概念をお持ちでしょうか?」


「脳内、麻薬…?」


「はい、『麻薬』については将軍もご存知かとは思います。ルミナ大陸をはじめ世界各国に蔓延る、人を堕落させる禁断の誘惑。異常な興奮や集中力、高揚感を生み出す薬物の総称です。

一度それらを体験してしまうと、人はこの悪魔の薬を求め、全てを失う誘惑に抗えない。それゆえ裏社会の資金源として不法に栽培、生産されている。世界に巣食う闇の一端です。」


聖女は言い聞かせるように矢継ぎ早に話し始める。


「『セレナ』…、あなたまた…。」

マグノリアが注意をしようとすると。


「マグノリア様、今度は大丈夫です。ちゃんとお話いたしますので。」

理力の行使の証明たる淡い光を纏いながら、セレナは話し続けた。


「将軍、麻薬に頼らずとも我々は極度の興奮状態や脅威の集中力を見せることが可能なことを貴方の立場なら当然ご存知でございますね?」


将軍の目を見つめながらセレナは話し続ける。


「うむ…。戦闘状態における兵や将によく見られる、身体の限界を越えて眠らずに戦う。強敵を眼の前にして集中力を高め、相手の動きを読むために一挙手一投足を観察し瞬時に判断を下す瞬発力、あるいは武術の達人による察知能力の様な。

覚醒状態(かくせいじょうたい)』といって良い、人体の限界を越えた性能の発露。の事だな?」


なるほど、見えてきたぞ。と

将軍は身を乗り出して次の言葉を待つ。


「はい、その状態の生物は脳からとある物質が分泌されている状態にある。という知識が、その時のわたくしには備わっており。私はそれを促すためにグラム様の脳に干渉したのです。」


ついにグラムの身に何が起きたのかをセレナは説明した。


「驚いたな、理力にはその様な事を可能にする力が備わっておるのか!」

将軍が膝を叩いた。


「セレナ、その『脳内麻薬』と形容された物質の名前に関してなにか知識は?」

呆れていたマグノリアはいつの間にか姿勢を正し

将軍同様食い入るようにセレナの話を聞いている。


「…はい、私の記憶に無い、私の脳内に在る知識は、私にこう有りました。

 『ノルアドレナリン』と。」


「「のるあどれなりん?」」

将軍と師は同時に復唱する。


「私の知覚認識領域に置いて、その脳内に分泌される『麻薬』もまた、集中や覚醒を促す物質であることがいつの間にか記録されており、わたしはグラム様の覚醒のためにソレを用いることを選択いたしました。私の脳内に有るこの呼称の知識も『単語』なのか『副音節』なのか『三音節』なのかイントネーションすらも不明ですが…」


「「……」」


先が読めず黙ったままセレナを見つめ、『講義』の続きに集中する生徒のような。

真剣な眼差しの「将軍」と「師」


「…マグノリア様、お尋ねします。極度の酩酊、昏倒している物に対し、麻薬を使うとどの様な現象が起きますか?」

セレナがマグノリアに尋ねる。


「…大抵のものは錯乱状態に陥るでしょう…。」

マグノリアが応え。


「なんということだ…」

将軍は天を仰ぎ目を覆った。


「ワシのせいではない事を忘れんでくだされ。お二人。」

グラムは憮然としている。



「はい…、後は『ご想像のまま』でしょう…。」

セレナから淡い光は消え、その凄惨な状況を思い出すように目を瞑る。


「かくして、まさか『ドワーフが酒で酔っ払って寝てる』とは思わず!何者かの攻撃による昏倒と判断した聖女は状況を早く立て直すべく、手早く泥酔ドワーフの脳に干渉し!


「のうないまやく」をぶち撒けさせた!!


へべれけで寝覚めが悪いドワーフは起床後、だいさーくらーん!

携えている魔斧を振り回し!叩きつけ!打ち付け!投げつけた!!」


とつぜん、椅子に座っていた語り部が復活し軽快に語りだす。


手にはグラス、中には酒。


「シルヴィア、お前やはり楽しんでおるな!」

ぎっ、とエルフを上から見下ろす巨大ドワーフ。


手にはジョッキ、中にはお茶。


ガレンは両者を見比べる。

おおよそ世界で見ることの出来ない珍景だ。


「それはもう!今宵は宴です!」

くいっ、とグラスを煽り中身を空にすると。


「狭い洞窟内は阿鼻叫喚(あびきょうかん)!勇者一行は命からがら洞窟を抜け出し!氷穴の奥で暴れる巨躯の魔神が暴れるのを眺めたのであったー!」


もはや舌が回りに回っているいる語り部はニッコニコの笑顔で締めくくった。


「魔神とはなんだ、魔神とは。」

グラムのツッコミも乗りにノっている。


「…グラム様の脳内で麻薬の分解が終わるまで、その悲劇は続き。我々は凍えそうになりながら洞穴の入口で待ち続け。

 極限の状態で震えながら待っていた我々に時間の感覚など消え失せ。あわや全員、避難場所の眼前で遭難。…とはなりませんでしたが…静まった頃に再度洞窟を覗き込んで確認すると。

元の場所には奥のほうが無茶苦茶に破壊されている氷穴の天井と壁と床。 その瓦礫の中に埋もれながらも無傷のグラムさんを見つけました。気絶はしているが、呼吸は安定しておりました。」


「その状況でも無傷だったのか。恐ろしいな『不動の黒鉄』。」


どうやら、話はそろそろ終わったようだ。と

将軍は盃に残っていた酒を思い出したように飲み干した。


「えぇ…、大変『恐ろしかった』です…。」

聖女が遠い目をしている。


「そして、我々は見落としておりました…、悲劇はすぐ足元で起きていました…。」


「まだなにかあるのか!」

将軍が予想外だと言わんばかりに目を見開く。


「敵襲では無く、今まで共に旅をしてきた大事な仲間によって。

…無惨にもズタズタに引き裂かれた『スキットルボトル』が横たわっておりました…。

 ソフィア様はさめざめと泣き崩れ…、我々は立ち尽くし。

 グラム様は氷の瓦礫に埋もれ。

 吹雪は止まず、食料も乏しく…。

途方に暮れたわたくしは、この旅の厳しさを噛み締めました…。」


「唯一の犠牲が水筒かっ!」

将軍がツッコんだ。


「これが『寝酒の悲劇』のあらましでございますっ。」


セレナはにっこりした後、手に持っていたグラスの中身で喉を潤した。



—こやつも実は酒をヤっているのではあるまいな。


「なるほど、英雄の旅に相応しい大変興味深いお話でしたね…。」

マグノリアはふーっと長く息を吐き、懐中時計を取り出し文字盤を確認した。

みると短針はⅧより少し前、長身はⅩを過ぎたところだった。


「いけない、もう時間ではありませんか。

…皆さん中に入りましょう。将軍も間もなくお時間のようですので支度を。」


マグノリアはすくっと椅子から立ち上がると皆を見回して言い放つ。


「む、もうか。時間を忘れておったわ。」


将軍も椅子から立ち上がり周りを見渡した。



「むっ?この後なにかあったかの。—判るかシルヴィア?」


「いいえ?自分は何も聞いておりません。セレナさんは?」


「いえ、わたくしも……あっ。」

グラムとシルヴィアとセレナが一様に辺りを見渡した。

聖女はなにかに思い立ったようだ。


「…そう言えば、夜会が始まった直後。レオン様がそうそうに席を外され。未だに戻られておりませんでしたわ?」

はて、と。なにかを忘れていたことを思い出して聖女は小首をかしげている。


「そう言えば見てませんね、レオンさん。」


「忘れておったわ。」


「貴殿ら…、本当に2年間死地を共に乗り越えたパーティーか…。

今日一驚いたわ。」

将軍は呆れている。


「レオン様が自由すぎますので、少々のことで狼狽えては身が持ちませんの。」


「ええ、彼の自由さに振り回されて何度骨を折ったか。」


「あやつは手綱の外れたじゃじゃ馬くらいの扱いが良いのだ。」


「グラム様?ソレはお馬様に失礼では。」


「レオンさんは馬では無く…興味が有れば飛びつく犬の様な…」

流れるようにパーティーリーダーを弄る面々。



—そこは『獅子のようだ』では無いのか。


将軍はまたも呆れながら言う。


「この後、陛下とご家族が夜会にお見えになる予定だ。貴殿らにも報奨の件での話が在るだろう。私もマグノリアも用事が在るのでな、中に入ろうではないか。」


夜はまだまだ続くようだ。


信じるってことは突き放すって事もある

じゃぁ一緒にいつもいるってことは信じられないって事なのかな


「案外多いよ、そういう事」

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