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救済の聖女のやり残し ~闇と光の調和~  作者: 物書 鶚
第一章 第二部 魔導工学と魔獣
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第十八幕 「補給物資」

風になる

私の身体は光を得て大地を吹き抜ける一陣となる

全身が喜びとともに理解する


「私は、まだ疾走れるんだ。」


「お買い上げいただき誠にありがとうございました。」

ホクホクの笑顔でルーカスがのたまう。


「……確かに破格のお値段だとは思いますが…こんなに買って頂いて本当によろしかったのですか?」

本気で申し訳なさそうにしているリリス。

目の前のシートには所狭しと購入したばかりの道具が並んでいる。


二人分の旅道具の幾つかである食器類と調理器具。折り畳みのテーブルとイス。テントと携帯性の高い寝具。照明用の魔導灯に、防犯用の警報装置付き結界魔導具。各種傷病用の内服薬に霊薬、緊急用の強壮剤。

他にも便利そうな道具を幾つかちょいちょいと選んだ。

旅道具としてはより取り見取りである。


いちばん嬉しかったのは携帯用のシャワー道具一式で、使い方は高いところに吊るしてちょっとの魔力を注げばお湯も出るという素敵アイテム。今はこんな魔導具が有るんだ、と心底感心した。思わず良い香りの石鹸も買ってしまった。


そして、これらをほぼすべて収納可能なブレスレット型の魔具。なんと魔導工学の発展により登録された道具については顕現化の魔術が使えなくても、魔力を籠めるだけで道具の出し入れが可能だというのだ。

曰く、術式を封入するタイプの魔具の原理を工学的に応用して、魔力による操作だけでマナライズとマテライズが自動で行われるとかなんとか。


何それ超便利。ウソでしょ?

あ、実演して貰えるの?

わぁホントだ。


……コレが決め手だった。



私は旅に出るにあたって、本当に身一つで動けるような最低限の旅行道具しかショルダーバッグに詰めていなかった。

替えの衣類と下着を幾つか。小さな手でも扱える程度のブッシュナイフや適度な太さのロープ。香辛料と調味料の類。器やコップも一組だけ。タオルも大小一組しかないし、寝具や毛布代わりに厚手のローブを持っているだけ。


調理器具やテントの類などは一切なし。


男の一人旅だってもうちょっと荷物が有るだろう。


理由としては私が基本的な生活魔術を全属性行使できるおかげで、飲料水にはじまり、着火道具、風のマナで体温調節のための簡易温度調節結界、崖に横穴を掘って雨を凌いだり、木を切ってブッシュクラフトをするなどの最低限度確保が望まれるサバイバルテクニックのほぼすべてをカバーできること。

それに加えて理力による身体の調律により、長時間の連続活動時間の確保。治療による傷病からの即時回復が可能だからだ。

一週間やそこら寝なくたって割と平気で健康体でいられる。


食料の確保さえできてしまえば、大抵は何とかなる。

まぁ私の性格上、荷物が増えるのが心底煩わしいってのもあるけど。


薬類を除くすべての購入品がブレスレットの魔具に収まってしまって、それが簡単に出し入れ可能となれば話は別だ。


しかもこのブレスレット、ちゃんと使用者登録が可能で…最初に魔力登録をしたもの以外には使えない様になっているとの事だ。


はー…、魔導工学の発展すごすぎ。



そんな感想を抱きながら、私は魔力登録をした左手のブレスレットに道具を収納していく。顕現化の魔術を使えない私にとっては新鮮な体験だ。


リリスはリリスで既存の魔具と魔術行使とは違う感覚なのか、物珍しそうにおっかなびっくりと収納をしている。


二人の左腕には二人分の旅道具とそれぞれに別の道具を分担して登録したブレスレットの魔具が新たに光っている。



こうしてルーカスが準備していた商品、もといおそらく我々への補給物資は私が購入するという体で届けられた。

一切の金銭取引なしにこれだけの商品を渡してしまったら、それこそ関係性を疑われてしまうので、不自然ではない程度に割り引かれた物を購入したという形は装ってあるが…。


それにしても奮発しすぎたかも……。


心と財布が軽い。


これ、正規の値段で購入したら幾らになるんだろ…。

怖いから考えるのやめとこ。



ともあれ、形だけでもパーッと散在したおかげか……さっきまで怒り心頭で意気込んでいた荒んだ心が、妙な満足感とともに落ち着いて……いや、落ち着いたら駄目だろ。


「こほん。さて、楽しいお買い物はこれくらいにしておきましょう。」

私は気を取り直して咳払いをした。


「良い買い物っぷりでございましたね。聖女様。」

ルーカスが面白いものを見たかのようにニヤニヤしてる。


さっきまできゃいきゃい騒ぎながらあっちこっちに目移りしつつ、衝動買いしまくっていたであろう自分を思い出してやや赤面する。


こいつ嫌い。



「そういえば、エミリア様やフェデル様が見えませんけども。()()()()()()でしょうか?」

私は平静を装いながらルーカスへと向き直り尋ねた。

早馬の用立てをお願いしたいのにエミリア達の姿が見えないのが気になって、ルーカスに現状の確認をしようと聞いてみる。


「エミーならフェデルとノウスの世話の為に、馬屋に居るはずですよ。」

広げてあった商品を仕舞い直しながらルーカスが答えた。


「世話…ということは、ノウス様とはこの馬車を引いていた?」

ルーカスと初めて会った時に、彼の馬車を引いていた焦げ茶の体毛の馬。がっしりした体形と太い足を備えた立派な馬だった。そういえばまだ名前も聞いてなかった。


「聖女様は馬にまで丁寧なんですねぇ。奥ゆかしいというか、らしいというか…ま、個人の自由ですからとやかく言うことでも無いですが。」


なら、とやかく言わんで頂けませんかね。



「まぁもうじき戻るころ合いかと…。」

そういって商品を仕舞い終えたルーカスが顔を上げ、馬屋のある緑葉亭の方を向く。


「噂をすれば何とやら。」

ルーカスが何かに気づいて声をあげる。


その声に私とリリスも振り向くと、フェデルに跨りながら別の馬を引いているエミリアの姿が見える。

あちら側もこっちの存在に気付いたのか、笑顔で手を振っている。


「こんにちは。我々に何か御用でしたか、セレナ様。」

私たちの前に到着する寸前に移動しながら下馬し、そのままフェデルとノウスの手綱を器用に手繰る。鮮やかな手つき。



「ごきげんよう、エミリア様。少々物入りの用でルーカス様と商談をしておりました。」

にっこり笑顔で私は応える。


「すごいよエミー。例の『王室御用達』の品、聖女様が『購入』してくれたんだ。他にも色々買ってくれたから大儲けだよ。」

すかさずルーカスが符丁(ふちょう)の意味を籠めた説明を差し込む。


ビクリとエミリアが反応する。

「えっ?! あっ。アレを買って頂いたんですか?!」

商人が売れたことに驚くな。うっかりさんめ。


「うん。だからエミーはフェデルともう一度王都に戻って()()()()()をお願いしたいんだ。アレは別の場所にも卸したいからさ。」

エミリアと違って平坦で自然な反応のまま、ルーカスが指示を出す。


これも符丁だな、フェデルの早馬で報告と指示の伝達。


「あら、それはお手間をかけさせてしまいましたでしょうか…?」

私の方はしれっととぼけておこう。


「あっ、いいえ。大丈夫です、お気になさらず!」

慌てて平静を装うエミリアだが…、不安。


「商機は逃さず、情報を元に常に油断なく。ローム兄妹の心得です!」

ルーカスの方は平然としていた。


まぁ彼が平気そうならば……大丈夫なのだろう。

この手合いの人種が平静を装うなら、それは何とかなるって意味だ。


「私どものせいで仕事に遅れが出ては申し訳ないですし……、よろしければもう一度フェデル様に強化を施しましょうか?」

なるべく早く密書を届けて欲しい私は、エミリアに提案をする。


本当のお仕事に遅れが出たら申し訳ないし。

これは一応本心。


「え゛。」

ひきつった顔で固まるエミリア。


「ブルルッ。」

と顔を上げて鼻息を荒くするフェデル。

エミリアの手綱を無視してこっちに寄って来た。


「まぁ、フェデル様もご希望の様ですよ。」

私の眼前まで歩み寄り、頭を下げて鼻面を差し出してくるフェデルは嬉しそうに足踏みをしながら私の手に鼻をこすりつけてくる。


かわいいなぁ。


「え…いや……、あの…えっと?」

恐怖と任務のせめぎあいにより思考が停止しているエミリア。


「ふむ、昨晩エミーが言っていたフェデルへの走力強化ですか。()()()()ですね、私もぜひ一度拝見したいです。」

本当に面白そうって顔で、他人事みたいに後押しする兄。


わー、笑顔が黒い。


「いや、ルーカス。あの、昨晩の私の話聞いてました?死ぬかと思ったって話をしたはずなんですけど?」

兄の心無い悪ノリに、絶望的な顔をする妹。


「大丈夫だよ、エミー。今は昼過ぎで日が落ちるまで時間がある。夜の森を駆け抜けるより、ずーっと容易いさ。」

聞いたであろう話を元に反証をもって外堀を埋める兄。


「ご安心ください、エミリア様。一昨日の晩は速さと持続力に重きを置いた強化を施しました。今度は速さは控えめにいたしますので。」


私もノッとこ。

外堀埋め。


「フンッ、フッ!」

フェデルもエミリアの方を向いて鼻息を荒げる。


「えー……フェデル、貴女…。」

愛馬の反応を見て孤立無援を悟る。


「エミリア。これは必要なことだ。ぜひやってもらいなさい。」

いつぞやのように、口調を強めてぴしゃりと言い切るルーカス。

これは多分、諜報員として上官であろう立場からの命令。


「…はい。」

とても悲しそうに返事をするエミリア。


リリスが無言で憐憫(れんびん)の眼差しを送っている。



「その様に落ち込まないでくださいまし、エミリア様。私とて無茶をさせて怪我などされてしまっては……心苦しい限りに御座いますわ。エミリア様の安全もそうですけれども、フェデル様に負担になるような事などいたしません。信じてくださいまし。」

とりあえず精一杯取り繕っておく。


彼女をなだめながら、私が目を瞑りながらゆるく構え両手を広げると、ふわりと淡い光が浮かび上がる。あの夜とは違い……バランスの配分については持久力増強寄りをイメージ、スピードの増強に関しては程度を抑えておく。


強化のイメージを安定させ理力を行使する。私の躰にまとわりついていた淡い光は、昼間でもハッキリ見える不思議な強さを湛えたままその数を増やしていく。

既にフェデルは私に頭を垂れて受け入れる準備を整えている。


私が手をかざすと光の粒子がフェデルへと流れてゆき吸い込まれてゆく。

理力の作用により彼女の身体に生命力が満ちていき、フェデルはそれを本能的に十全に感じ取る。


耳がぴこぴこと揺れている。


「今度の具合はどうですか?」

施術を終えた私がフェデルに向かって問うと、フェデルが前足でカッっと地面を叩き、後ろ足も踏みしめて具合を確認してる。


「ブルルッ。」

まぁ、問題なさそうな反応かな?

少しだけ不満そうなのが面白い。やっぱり彼女は走るのが大好きな様だ。


「さて、エミー。君が積んでた商品はこちらで預かっておくから、王都ではこの中にあるリストの業務を片付けてきてくれ。()()()()()()()()()()()()()も入ってるから、向こうでちゃんと確認しておくようにね。」

ルーカスはそう言いながら小型のリュックをエミリアに渡した。



「はい……判りました。」

未だ不満げな彼女だったが、テキパキと準備は進めていたようだ。既に旅装を整え終えて、道具の入ったバッグをフェデルへ積み込み終わってる。そしてルーカスからリュックを受け取ると、しっかりと背負い込んだ。


そのまま流れるような動きで、軽やかにフェデルと跨る。


「フェデル、お願いだから全力はやめてね?」

エミリアは馬上から、心底心配そうに愛馬へと語りかける。


「フッ、フーッ。」

鼻息で答えるフェデル。

早く走りたくて急かしてるのかな?


「じゃ、頼んだよ。エミリア。」

いい笑顔のまま緊張感の無い振る舞いで見送るルーカス。


「道中ご無事で、エミリア様。」

「お気をつけて、エミリアさん。」

私とリリスも挨拶を交わす。


「有難うございます、お二人共。それとルーカス、業務が片付いたら、ここに戻ればよかったですか?」


「そうだね、リストの業務はそう多くない。明日の昼過ぎには片付いてこちらに向かえると思うよ。僕もここで待機しつつ、村人と商いでもするさ。」

チラリと一瞬だけ私に視線を送り、ルーカスは答えた。


へいへい。私達の予定ですね。


「私共もこの後は領主様と会合が御座います。明日は恐らく、魔獣対応のために動くことになるかと思いますので……エミリア様とはまたお合い出来そうですね。」

笑顔を貼り付けて答えておく。


これでご満足?


「それは私も嬉しいです! ―っと、それじゃあ、行ってきますね。」

そう言って彼女は手綱を捌き、フェデルの鼻先を村の出口へと向ける。


ぱぁっと明るくなった笑顔を向けながら馬を駆るルミシア。

相変わらず彼女は実直で朗らかな性格。

兄とは大違いだなぁ…。



進行方向を定めた彼女は手綱をぐっと握りしめ、一呼吸置いた後……意を決したかのようにフェデルの腹を足でポンと叩いた。


瞬間。


ドガァッ!!


っと地面が弾け飛ぶ。


フェデルは明らかに全力で地面を蹴りぬき、翔ぶように万全のスタートを切る。最短距離で最高速度へと急加速し、最大限の本能を爆発させながら全身全霊で前へと進む。


「あっ。」

スタート直後、全てを悟ったかのように恐怖と悲哀に引きつるエミリアの顔。それでも最後の勇気を振り絞って必死に手綱を握って足を閉じ身体を前傾させた。


「ふたりとも嘘つきいぃぃぃぃ!!!!!!!」


エミリアの間延びした悲鳴が急速に遠ざかってく。


失礼な。

少なくとも私は速力強化を控えめにしたし。

フェデルも全力を出さないなんて雰囲気してなかったよ?



「おー…。想像以上ですね……フェデルがあんなに嬉しそうに走る姿初めてみました。」

既に見えなくなったエミリア達を呑気に見送るルーカス。

手に握る手綱の先には、信じられないものを見たかの様に前を凝視したまま固まっているノウス。


「ご希望とあらば、ルーカス様とノウス様もいかがですか?」

にこやかな笑顔でルーカスを見つめて私はのたまう。


おめーもどーですか、アレ。

と。


「いえいえ、フェデルと違ってノウスはのんびり屋ですので。せっかくですけども、私も遠慮しときますよ。」

彼は肩をすくめながら顔をそむけ、私の視線から逃れる。

相変わらず掴みどころのない涼しい顔で流しよる。


そうでしょうともよー。


私は少し不満げな顔をしながら無言でノウスの顔を覗き込むと、「知らんわ。」とでも言いたげに彼も流れるようにヒョイと顔をそむけた。


主従で似過ぎてて引くわ。


嫌い!


ウマ娘はやったこと無いです

楽しそうだとは思うけど……ソシャゲはあかん。


沼はこりごりだ

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