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救済の聖女のやり残し ~闇と光の調和~  作者: 物書 鶚
第一章 第二部 魔導工学と魔獣
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第十二幕 「黒い煙」

変えられぬ過去を想う

なぜ、あんな事になってしまったのか

変えられぬ結末を願う

ならば、どうしたら良かったのか


「ただ普通の暮らしがしたかっただけ」


岩陰のくぼ地で焚き火が炎と煙を上げている。


炎の周りには一夜干しされた魚が数匹、じゅうじゅうと脂を滴らせながら炙られている。


「うひー、うまそ。たまらんねぇ!」

食いしん坊のマイルズはニコニコの笑顔で魚の焼き具合をチェックする。


コイツは体格に似合わず繊細な指先の動きと審美眼で絶妙な焼き加減を常に目指す。流石というかなんというか食に対する拘りが頭抜けている。

だから俺たちの飯炊き係は絶対にマイルズだ。


「あー、腹減った。早く食いてー。」

よだれが溢れそうな半開きの口で、まだかまだかと待ち構えるサイル。


「あ、マイルズさん。焼く前の魚、まだあるよね?ちょっとこの香草試してみてよ、この間いい感じの植物を見つけて干してみたんだ。」

そういって塩に香草を混ぜた調味料を手渡すドニー。


「お、いいねぇいいねぇ。ドニーの新しいハーブはハズレがねぇんだ。次に焼く俺の奴にも使ってくれ。」

シェインはそう言ったあと、焼きあがった魚に噛り付きハフハフと相好を崩しながら食を楽しんでいる。


そんな仲良さげなやり取りを眺めながら、俺も焼いた魚を骨ごとボリボリ食っている。こいつは干して焼けば骨もイケる奴だから食べやすくて好きだ。


「あー、でも肉がもっと沢山獲れりゃなぁ…捌きたてをココで食えたんだけどなぁ。」

肉の包みが入れてある籠の方を眺めながらマイルズが残念そうな顔をする。


「まぁ集落の皆と分けなきゃだから、いま俺たちが食ったらなくなっちまうよ。俺も久々にがっつり肉食いたいけど、我慢しようぜ。」

しょうがないさ、といった具合に諦めた顔をするシェイン。


こいつは意外と面倒見が良いし平等に人に接するいい奴。

シェインの家では、もうすぐ下の子が生まれるって話だ。

良い兄になるだろう。


「帰りに遠回りルート通って大物探してみるか?運が良けりゃ今夜はごちそうだぜ。」

ニヤリとしながら肩にかけたままの槍をくいくいと動かしてみせるサイル。

こいつは銛の扱いも上手いが、投擲槍も相当な腕前だ。


マイルズが期待を籠めた眼差しでサイルに焼きあがった魚を手渡す。

サイルも「任せとけ!」みたいな表情で片目をつむりながら魚を受け取った。仲のいい奴らだ。


「どうかな、雨は大丈夫そうだけど風が予想以上に強くなるようだったら森の中でも狩りは難しいかもだ。」

ガレットは手に持った焼き魚に手を付けず、ずっと浜の方や雲の流れを気にしていた。


「海風が強いと臭いが奥に流されちちゃうからなぁ、僕も難しいと思う。」

マイルズから焼き魚の刺さった串を受け取りながらドニーが意見する。

そのままガブリと食いつくと、目を見開いて輝かせている。


「そうだな、メシと休憩が終わったらその時に様子を確認してから決めよう。だからガレットも景色眺めてないでくっちまえよ。マイルズが次のを焼き始めてるぞ。」


マイルズは皆の分を焼き終わり、最後に自分の分の焼きたてにむしゃぶりつきながら器用にもう片方の手で次の魚をかまどの周りに突き立ててる。


「ま、判断はグリムに任せるよ。イケそうなら俺も頑張る。」

そういってガレットは手に持っていた魚にかぶりついた。



ドニーが用意した新しいハーブを擦り込んだ魚から、直ぐにいい香りが立ちあがる。


…いいな、コレ。

 俺のにも使ってもらおう。






―昼を過ぎて少し経った頃


食事を終えて俺たちは地べたに座ったり寝転がったりして思い思いに休憩していた。


俺とガレットは焚き火から少し離れた位置に座りながら、一応周りを見張る。

シェインは寝転がり鼻歌。

サイルは座り込んで道具のチェック。


マイルズとドニーにいたっては普通に寝ている。


のんびりとした時間が流れていた。



ふと空に目を向ける。


曇天の空が海風に撫ぜられて蠢いている。





突如視界の端で、草の上で寝転がっていたシェインがガバっと上体を跳ね上げるように起き上がったのが見えた。


そのまま鼻をくんくんとさせながら、風上の方を向く。


「……おい、コイツは何の臭いだ。」

そう言って嫌な臭いだ、と言わんばかりに風上をにらみつける。


「どうした、シェイン。」

近くにいた俺は彼に問いかけた。


「わかんね、嗅いだことの無い……生臭い香りがしている。」

彼は俺の問いにすぐさま答えるが、視線は風上に固定されたままだ。

真剣な表情を向けるその先、海風が吹いてくる方向は当然ながら浜辺の集落が在る方になる。


「嗅いだことの無い生臭い香り?腐った臭いとかとは違うのか?」

異変を察知したガレットが駆け寄ってくる。


時折、大型海洋生物の死骸が海面へと上がり、その腐臭が風に乗ってくることはある。それなら話は早いのだが…。


「違う、生き物っぽい匂いだとは思うんだが……デカい海獣の匂いをキツくした感じだ。」

たまに浜や岩場に現れる海の獣。ここいらではしょっちゅう見るわけでは無いが別に珍しいって程でもない。

なのに、鼻のいいシェインが「嗅いだことの無い匂い」だという。



ざわり。


と、背筋を何かが駆け抜けた気がする。


俺は岬の方へと駆けだした。

ガレットも俺と同時に岬へと駆けだす。


急に動き出した俺たちにびっくりしたのか、サイルが手に持っていた槍を落としてしまう。慌てて拾い上げながら彼が立ち上がるのがすれ違いざまに見えた。


「お、おい?」

そう言いながらシェインも遅れて俺たちを追う。



なだらかな上り坂になっている岬の先端を目指して、俺とガレットは競う様に走る。軽い足取りで全力疾走する俺たちだが、これくらいの運動では息など上がったりしない。


しかし胸中には得も言われぬ不安感がまとわりつく。



―やがて俺たちは、再び浜と湾を一望できる場所へとたどり着いた。


立ち止まって景色をにらむように見回す。



……家々や浜辺には異常は特にみられない。

白い煙が相変わらず海風に吹かれて真横に流れている。

かなりの距離が有るので、人や生き物の動きまでは見えないが…。



ガレットも同じように目の前の景色を凝視している。


「ガレット、何か変な所が見えるか?」


「わかんねぇ、でも……嫌な感じが強くなっている気がする。」


「……なんだと思う。」


「……わかんねぇ。」


二人とも明確な答えを持ち合わせてない。

そりゃそうだ、見た目には何も起きてないし。

違和感の正体が判らない。


でも、俺自身も謎の不快感が強くなっている気がする。

……いったいこれはなんなんだ?



「戻ろう。」

俺は振り返りながらガレットに伝える。


ここから集落のある浜辺までは片道二時間ほど。

採集などせずに移動だけならば、それくらいで戻れるはずだ。


急げばもっと短くなるかもしれない。


俺は即時判断した。


「わかった。」

ガレットも同意し踵を返す。



すぐ後ろにいたシェインとサイルがこちらを見ている。


「浜や湾に異変は見当たらなかった。だけど……どうにも変な感じがする、ガレットも嫌な感じが強くなっていると言っていた。シェインの鼻は信用できる、もしかしたら海に何か居るかもしれない。

今日はここまでにして荷物をまとめて浜に戻ろう。」


二人は俺の言葉に頷くと自分たちの荷物を取りにすぐさま動き出した。


焚き火の近くで寝ていたマイルズとドニーも異変に気付いて起きあがり、こちらを心配そうに見ているのが見えた。


説明はシェインとサイルがしてくれるだろう。



その時俺は、再び浜の方を凝視しているガレットに気づく。

つられる様に俺も再び浜の方へと視線を送る。


いつもと変わらない風景がそこにはあった。


だけどいつもと違う心の内が俺の情緒をかき乱す。


陰鬱な不安感と説明できない焦燥感。

そんな嫌な雰囲気が俺たち全員の間にじわじわと満ちていくのを感じている。それでも全員が口数少なく準備を進め、素早く行動してくれた。

大丈夫、急に荒れた天気や猛獣の気配に追われて急いだことだってある。


慌てずに帰れば何の問題もない。




そうして俺たちは支度を終え、焚き火に土をかけて消すと各々の目線を合わせて黙ったまま頷いた。


「よし、帰ろう。」


いつもだったら、ごっこ遊びの流れで

「準備完了!ブリーズ・クリフ遊撃隊これより本部へ帰投する!」

なんて感じで、帰隊の命令を出す。


そんな気にはなれなかった。


だって頭の中は別の考えでいっぱいだったんだ。

多分、ほかのみんなも同じだ。


と、思う。



口にはしなかった。

したくなかった。


俺たちの誰も知らない気配と匂いの主。


いや、そんなことはあり得ない。

あっちゃいけない。


だから違うんだ。


大丈夫、そんなことは起きない。


そう、思え。



そんな考えを頭の中でぐるぐる繰り返しながら、俺たちは森へと入り来た道を帰ってゆく。


薄暗い森の中に入ってからも順調に帰路を進む。みんな慣れたものだから誰一人ペースを乱さず一塊となってついてきている。

時折、状況を確認するために振り返る、全員が居ることに心の底からホッとする。なぜだろう…。


そんな事を数度繰り返しながら移動していた、その時。



「まて!止まってくれ!」


シェインが声をあげた。


「どうした?」

俺が何事かと立ち止まり彼の方を向く。

皆も立ち止まってシェインを見つめる。


「……匂いが…途切れた。」

シェインが青ざめた表情で答えた。


「…問題がなくなったわけではない、よな?」

ガレットが振り返りながら問う。


「ちがう、正確には匂いがしなくなったんじゃない。……風が、空気が突如動かなくなった。」


何かに怯えるような雰囲気を纏ってシェインは答えた。



空気が動かない…?そういえば風が…海からの潮の香りがしない。

いくら森の中だからって、そんなこと聞いたことがない。


何が起きているんだ‥‥!?

判らない…だがリーダーとして迷ってはいられない。


「考えてもわからないなら無駄だ、行くぞ。全員警戒を解くなよ。」

そういって俺は先行して進みだす。


シェインはガレットに肩を押され、あわててぎこちなく頷いてついてきた。

マイルズとドニーは不安な顔を並べたまま移動を再開した。


サイルは殿を務めて一番後ろ。

彼の表情もまた硬い。


自然と少しづつ早くなる鼓動が不快だ。



大丈夫、そんなことは起きない。


そう願え。



俺は自分に何度も何度も言い聞かせる。




そのうち木々の深い地帯を抜けて時折空が見えるようになってきた。

もう少し進めば再び海の見える場所へとたどり着ける。



そう思って上を再び見上げた瞬間。



心臓が跳ね上がる。



生い茂る木々の隙間から、黒い筋が曇り空へ向かい真上へと立ち上るのが見えた。


…煙?


思わず空を見上げたまま立ち止まってしまう。

ガレットやシェインも立ち止まって見上げている。

後から来たマイルズもドニーも、サイルも。



「なんだよアレ…。」

「黒い…煙?」

「焚き火やかまどの煙……じゃない。」

「何が……燃えてんだ…?」

「やっぱり…風が吹いてない…!」


皆、唖然として何かを呟く。


「急ぐぞ!」

俺は叫び、走り出す。

皆もほぼ同時に走り出した。


薄暗かった道は徐々に明るくなってきていた。

すでに森をぬけつつあり、次第に開けていく視界。

それと同時に、二本、三本と増えてゆく黒いまっすぐな筋。



嫌な予感が止まらない。


謎の不快感で吐き気がする。


何の根拠もない確信が頭にこびりついて離れない。


あの木々を過ぎれば森を抜ける。


そこは朝に振り返って集落を一望した場所だ。


いつもの風景を眺めた場所だ。



もうすぐ……!



目の前に……!



目の前に…


災害が起きる前の異様な静けさ

あれ、凄く怖いですよね


誰が何をしようとしているのか

皆が何かを恐れて息を潜めてるのか


不思議

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