第十一幕 「海辺の集落」
潮風の香り
魚の焼ける匂い
小さな子供のはしゃぐ声
大人たちの笑い声
「あの日の記憶」
急な山道を登り続け、山間の森まではもう間もなくだ。
俺は汗を手で拭いながら後ろを振り返った。
背後に見える集落、家々の煙突から竈の煙が出て風に流されているのが遠目に映る。かなり強い海風を受けて、出たそばから真横へと流れていく白い筋が何本か見えた。
今日は一日海が荒れ模様だから海仕事は無し。
そんな日でも大人たちは忙しくしているようで、ウチの親父は釣り具や網の修繕、お袋も保存食の仕込みやら家事やら大忙しだそうだ。
俺たちはというと、そういった日和には必ず山間の森へ行って獣やら山の幸やらを取りに行くことになっている。
一番年上の俺がリーダーとなって、年下のガキどもを連れて山歩きをする。
まだ小さい男の子は集落で留守番。
女の子は母親からいろいろと教えてもらう方が優先だ。
そんなわけで、いつものメンバーで森へと入る。
「みんな、狩り道具とかちゃんとチェックしておけよ。」
俺は遠くに映る集落の景色から視線を外し、背後についてくる連中へと声をかけた。
「うぃー、山刀良し、カゴ良し。マナも良し。忘れ物なーし。」
俺の次に年長のガレット。やんちゃで無鉄砲、反抗的な性格で親父さんにいっつも殴られてるけど、曲がったことが嫌いな真っ直ぐなやつ。
実は火のマナの素質が有って火炎弾が打てるので戦闘魔術の才能がある。
「へーい、ナイフはしっかり研いだぜー、予備もバッチリだ。」
ガレットの1個下、シェイン。ナイフ捌きにおいては大人にも負けず、獲った獲物を見事な手さばきで解体する。陸の動物だろうが、海の生物だろうがなんでもござれ、だ。
常に腰に二本のナイフを用意している慎重な奴。こいつも風のマナの才能があるっぽい。ガレットとコイツは戦闘向きだ。
「ラディがよー『ヤマモモいーっぱい採ってきてね!』ってよー、こんなでっけぇカゴ持たせてきてよぉ…。そんなに溜まらねぇよ。」
マイルズはシェインの2つ下。年齢の割に体格に恵まれていて俺よりもデカいし、凄い力持ちな奴。ちっちゃい妹が居る。
文句を言う割には嬉しそうな顔をしてるが…ちなみに溜まらないのは採った先からオメーが食うからだ。
「あー、ヤマモモいいねぇ。俺、アレで作るジャム大好き。」
そう言いながら手に持った槍でトントンと肩を叩くのはサイル。年齢はたぶんマイルズより一つ下。泳ぎが達者で銛を使った潜水漁が得意。
泳ぐのに邪魔だってんで頭はいつも丸刈りにしてるもんだから、半魚人に見える。そのうち鱗でも生えるんじゃないかって皆にからかわれてる。
水のマナの才能があるが、どちらかと言うと泳ぐ時の補助用だそうだ。
「えーと、ロープ良し、ナイフ良し。傷薬よし、包帯よし、添え木よし、各種内服薬よし。あとは、えーと…」
ドニーは俺達のグループ内で一番年下。あんまり活動的とは言えないけども凄い物覚えが良い。親父さんから薬草や毒草の知識を叩き込まれてるし、実際天然素材から色んな薬を作れる。小さいのに凄い奴。
コイツの作る海藻を素材にした軟膏は切り傷擦り傷によし、火傷によし、打ち身によし。俺達の必需品だ。木のマナの才能あり、多分コイツは薬師に向いてる。
「よーし、『ブリーズ・クリフ遊撃隊』出撃準備確認!
本日の目標は狩猟と採集。各自陣形配置維持、警戒してすすめー。」
各自の準備が整っていることを確認した俺は号令を出した。
「「「「「「りょうかーい。」」」」」」
笑顔でいい返事が返ってくる。
俺の名前は、グリム・ウェイブ。
あの浜辺の小さな集落に住んでいる。
集落のまとめ役である長の息子で、コイツらのリーダー。年齢は多分17くらい。
悪ガキ達をまとめて遊んだり親の仕事を手伝ったり、そんな何でもない日々を過ごしている。
ごっこ遊びで決めたチーム名もある。
『ブリーズクリフ遊撃隊』
集落のある湾の浜辺を一望出来る崖上の岬。
そこで潮風に吹かれながらキャンプするのが遠征時の定番になっている。
それが名前の由来。
「グリム、そういやモリスがまたグズってたぞ、『ボクも連れてって。』って。」
ガレットが村に残してきた小さい男児の話題を投げかけてきた。
「アイツはまだ小さすぎるだろ、言葉もまだちゃんと話せないし。もう少し大きくなってからだな。」
俺はそう答えた。
別に意地悪でそうしてるとかじゃない。森は危険な場所だ、薄暗くて色んな動物や植物がある、猛獣や毒草だってあるし危険な地形だっていっぱいだ。
「まぁ集落に残ってる男の子はモリスだけだからな、仲間はずれにされてる気がして辛いんだろ。今度暇な時は色々かまってやりゃいいさ。」
シェインがしょうがないという顔をしてフォローしてくれた。
「でもアイツ意外と勇気あるぞ。この間俺が遠浅で素潜り漁してたら普通に泳いで付いてきた。なかなか上手に泳げてたぜ。」
泳ぐ真似をしながらサイルが続く。
「ばっかやろサイル、お前それは勇気じゃなくて怖いもの知らずってんだよぉ。俺んところのラディもちっちゃくて何にも知らない頃は、すーぐに危ないことすんだよ。兄ちゃん心配で目が離せねぇ、息つく間も無い。たまんねぇよ。」
頭を振りながらやれやれと言った様子のマイルズ。こいつ年下の面倒見は良いんだが少々心配性すぎるんだよな。
「あー、それアレだろ。モリスが岩礁で膝を切った時のやつ。熱出して大変だったんだからなー?親父の薬が効いて一晩だけだったけど、結構な熱出してたんだぞ。」
ドニーが呆れ顔で突っ込む。
そういえばそんな騒ぎが有ったな。
そんな会話をしながら俺たちは森の中を進んでゆく。
途中で森の恵みの採集も忘れない。
俺達は10に満たない家族で構成されている集落に住んでいる。
住人は面倒見の良いやつばかりだし、皆それぞれ自分にできる事を頑張ってやってくれるから何とかやっていける。
そんな平和な所だ。
浜辺も幸いにして湾が防波の役目を果たし、危険な大型水棲生物や高波に襲われることもない。
唯一の危険があるとすれば山の猛獣や魔獣か海からの海魔族。
魔獣が森から海へ降りてくることなんてまず無いし、海魔族の出現なんて滅多に聞かない。だいたいこんな小さな集落を襲う意味が無い。
と、思う。
ともあれ、集落の皆と力を合わせ俺たちは日々を過ごしている。
日が出る頃に集落を出発し、森を進みながら山の幸の採取や罠の確認をしつつ昼頃には崖の上の岬に到着できるように行軍する。
途中、シカやイノシシの痕跡を見つけたが……追跡したものの追い付けそうにもない。
すこし妙だと感じた。勘がいいのか、大型猛獣でも居るのか……必死に逃げている感じだ。今日のデカい獲物は全部空振りになりそうだ。
それでもドニーが開発した新型の小物用罠はうまく作動したみたいで、ウサギが2羽とアナグマが一頭取れた。
海辺の暮らしでは小動物の毛皮も肉も貴重だ。
シェインがササっと血抜きと解体まで済ませちまう。もちろん毛皮もきれいに剝がしてある。鮮やかな手つきだ。
ドニーが包むのに適した大きな植物の葉を採ってきて解体した肉をきれいに梱包する。
それをマイルズが背負ってるデカい籠にぶち込む。
山の幸も順当に集まっていて、今回の遠征結果は上々になりそうだ。
そんなこんなで順調な行程を経て、もう間もなく岬へとたどり着こうとしていた時、ふと気づく。
ガレットとサイルが真剣な顔をして会話をしている。
こいつら採取もそこそこに話してばっかじゃなかったか?
だがこいつらは狩猟の勘が鋭い、ガレットは山の狩りで、サイルは海での漁で俺たちの誰よりも才能が有る。
そんな二人が何の会話を真剣にしているのか気になって話しかけた。
「何か気になるのか。」
「ガレットがよ、山の雰囲気が絶対に変だっていうんだ。俺も多少感じてはいた。」
「大型の獣の気配が無い、というよりやたらと遠い。多分なんかやべぇのが居るのかもしれない。」
「山の魔獣か?」
嫌な話を聞いてしまったが、対策しないわけにもいかない。
俺は最悪のケースを想定して二人から情報を集める。
「違う、多分海の方だ。だからサイルに今日の海の感じを聞いてたんだ。」
「だけど、朝まづめ前から海が荒れてたから正直わかんねぇって話をしてたとこだ。」
「そうだったのか。わかった、もうすぐ岬に着くし一旦そこで周囲の様子を観察してみよう。海の変容が確認できるかもしれない。」
「そうだな。」「へいよ。」
自分の感じていた森への違和感が、より鋭い奴らによって肯定された。
嫌な感じがするが、正直なんなのか予想もつかない。
「なんかあったの、グリムさん。」
ドニーが心配そうな顔で近寄ってきた。
「まだわからないけど、ガレットとサイルは警戒してる。俺たちも気を張っておこう。」
変に不安を煽らないように、簡潔に指示を出す。
「わかった。」
ドニーはそういうと、後ろを歩いていたマイルズとシェインに伝えに走った。こういう伝達は言わなくても出来るくらいに俺たちは連携が取れている。
と、思う。
まぁ正直どこまでいっても子供の遊びの範疇は出てないのかもしれない。
そんなことを考えながら歩いていると、森を抜けて視界がひらけた。
目の前には大きく突き出た岬が見える。
俺たちのキャンプ地であり、部隊名の所縁の地ブリーズ・クリフだ。
先行していたガレットとサイルが浜を眺めているが、特に慌てている様子もないのを見て俺は安堵する。
「大丈夫そうか。」
二人の様子を確かめるために俺は声をかけた。
「ああ、ここから見る感じでは集落にも浜にも変な所は無い。」
ガレットが目を細めながら景色を眺めている。
「海の荒れ具合と相応に風が強い位だ、気のせいだったかもしれないな。」
サイルはじーっと遠くの海を眺めながら続けた。
「風に変なにおいも混じってない、多分きのせいだろ。」
俺の後ろから追い付いてきたシェインが付け加えてきた。
こいつは鼻が利く。嘘かほんとか知らんが、風のマナに適性があるやつは遠くの匂いが風に乗ってくるのをかぎ分けるらしい。
「さあ、休憩とメシにしよう。」
そういって難しい顔をしているガレットとサイルに声をかけた。
「今日の風だと岬の先で焚き火はやばいから下の岩陰にしようぜ。ガレット、火起こし頼むよ。」
そういってシェインは下で待っているマイルズとドニーの方へと駆けていく。
「あいよ、すぐ行く。」
ガレットはシェインの声掛けに応じ、その場から離れた。
サイルは最後まで湾を凝視していたが、そのうちにこちらに向き直ると難しい顔のまま皆の方へと歩き始めた。
それを見届けた俺もまた、彼を追って皆の所へと向かう。
説明のできない違和感は拭いきれぬままだった。
よくあるなにがしの過去ってやつです
なにがしが善か悪かはあまり関係ない
その視点が有るだけ




