第八幕 「干し場にて」
何気ない日々、何でもない毎日、ありきたりな時間。
それが掛け替えのない貴重な物だと知った。
「それを取り戻すために、俺達は命を賭ける。安いもんだろ?」
鼻を啜りながらメイへとしだれかかるリリス。
そんな彼女を支えるかのように手を添え頭を傾けるメイ。
お互いに肩寄せ合う二人。
既存の凝り固まった価値観を超えた、仲睦まじい友情が生まれた瞬間に立ち会えた事で私の胸中には感動が吹き荒れていた。
とは、ならなかったけど。
なんせ私は重要な事に気づいてたので。
「メイ。貴女いつからリリスの正体に気づいていたの。」
そう言いながら腕を組みメイを睥睨する。
「そんなに怖い顔しないでよ。別に騙したり企みごとに巻き込んだわけじゃないんだからさ。気づかないふりをしていたのは謝るけど。ね。」
私の威圧的な視線を物ともせずに涼しい顔で反応して見せるメイ。
本当にいい性格をしている。
「で、いつから?」
態度を崩さず微動だにせず、私は先を促した。
「では、質問にお答えしようか!ね!」
そういってスクっと立ち上がりメイは大仰に手を広げながら振り返る。
「仮説『自閉状態にある精神に干渉可能な魔術が存在する場合、それを可能とする存在、あるいは必要な要素』ついて!」
始まったよ……。
「仮定!人の精神構造に干渉可能な外的ようい―」
「メイ。手短にね?」
私は遮るように口を挟み、淡白な視線を投げかけたまま釘を刺す。
「むぅ…いいじゃないか…ちょっとぐらい付き合ってくれても…。」
珍しくふくれっ面になったメイ。
おもろい。
このまま彼女の弁舌にお付き合いするには今日の予定が混み合いすぎている。彼女には申し訳ないけれどもさっさと済ませたい。
「この後も予定が詰まってるの。ていうか、貴女リリスとの約束忘れてないでしょうね?」
あんなに仰々しく感謝と誓いを述べたのに、手の平を返して学会にでも体験談を交えた論文を発表されたらたまったものではない。
「もちろん、夢見の事を誰かに話すつもりはないよ。個人的な体験や研究の一環としても。私達の友情に誓ってね。」
「ならいいわ。で、何処で気付いたの?」
「セレナは解ってるんでしょ、理由。」
「当然。」
「えー…そうだったんですか?」
相変わらず一人置いてけぼりをくらい、不満げな顔をしているリリス。
まぁ、こういうのは得てして自分では分からない物だ。
「聞いときなさい、貴重な被験者からの意見よ。」
そう言ってやや非難気味な視線を投げてきたリリスに対して、私はメイへと向くように促す。
「夢に干渉してくる神性や怪異、魔族や伝承は数あるけれども。その大抵は一方的なものが多いんだよ。ね。」
「私が知る限りにおいて数々の夢にまつわる不思議な話は、大抵がお告げだったり、意味不明な悪夢だったり、予知夢だったり、こちらの反応に対して答える者はほぼないわ。」
「そうなんですか?」
「まぁ、各種族界隈における地域的な伝承の類においての話だから、リリスが知らないのはムリもないわね。」
「でね、そんな中でも夢を使って交渉や干渉、つまり対象とコミュニケーションを取ろうとする話っていうのは、サキュバスだけなんだよ。ね。」
「あー…。それはバレてしまう訳ですね。」
「前にも言った通り、サキュバスという魔族の存在自体は100年以上前に事例があっただけで、現在はもう伝説の存在よ。しかし、その特異性故に色々な物語においては淫蕩と誘惑の象徴として用いられてるから、結構有名な存在ね。」
「ねえねぇ、リリスもエッチなこと好きなの?」
「ばっ?!…そっ、そういうのは好きとか嫌いとかじゃなくないですか?!」
「あー、理解した。よ。」
なんか下卑た笑みを浮かべているメイ。
この子は本当に……いつか好奇心のせいでひどい目に遭うわね。
「やめなさい、人の性事情に首突っ込むのは。マナー違反よ。」
「はーい。ごめーん。ね。」
「別に…それはいいですけど。メイは…貴女自身はもう平気なんですか?」
リリスはリリスでサキュバスに有るまじき気遣い。
逆なんだよね、普通。
「私の身に降り掛かったことは……まぁ森を歩いていたら上から樹の実が落っこちてきて頭に当たってたんこぶできたくらいの感覚だよ?本当に。ね。」
「夢見で言ってたわね。そんな発言を村や街にいる生娘たちが聞いたら卒倒するわよ。」
「これらの事が私の才能に関連する価値を有していない時点で興味の対象ではないから仕方がないよね。」
「まぁ…そこらへんの感覚、実は私も良くわからないです。知識では人族の文化的側面において重要性は知ってますけども、処女性って人間においてはそんなに大事なことなんですか?」
「まぁ…貞淑さを求められる立場や関係性において純血は重要視されがちね。貴族とか、名家とか…王族はどうなんでしょ。でも、ルミナスの教えについて言えば、完全な貞淑さを求めるよりも心のつながりを重要視するし。それらの行為は偽りなく行われ正しく交わるべき事だという内容に留まるわ。心身を重ね、共に歩み、一つずつ労苦を乗り越えて紡がれる次代の礎にこそ真の未来が宿る。ってね。」
「南方国家の教義に比べれば貞淑かもしれないけれども、エルフ族たちみたいな厳粛な貞操観念っていう程のものじゃないよ。ね。」
「アレは長命種故に自然と培われる性への克己心だと思うけれども……1000年以上生きる種が人族みたいなサイクルで繁殖したら、あっという間に人口爆発問題よ?」
「…。」
「あー、でも何かで読んだけれども。エルフ族達の生殖サイクルって生理的にも凄い長いスパンみたいよ。たしか、生まれてから400年は生殖出来ないって話だったと思う。」
「それは…また壮絶な話ね。」
「お二人、脱線。」
「「あっ。」」
「私個人として割と深刻な問題なので、どういう振る舞いから正体を察したのかちゃんと教えてください……。」
拗ねるような、懇願するような上目遣いで請われる。
う、謎の破壊力。
「ごめんごめん。…そうだねぇ、私が記憶の整理をし終わった後に言っていた『人族の記憶がこんなに―』ってくだりの発言も良くないねぇ。アレは何度も他人の記憶を見たことがあって様々な種族との比較ができる意味になってしまうよ。ね。
それを必要とする立場や頻度っていうのを考えると、やっぱり夢魔の存在に繋がりやすい発言だよ。ね。」
「私もアレはまずいと思ったわ……。」
「ぐぅ…。」
「あとはね、あけすけに何が行われているか喋り過ぎだと思うんだよ。夢見の世界がどうとか、私の精神を助けにきたとか。まぁ、私の場合は気がついたらあの空間に居て、直後に知らない女の子が3人不思議な会話をしていた時点で色々仮説が立っちゃったんだけど。ね。」
「それについては私も反省よ。でも、貴女も解ってるんでしょ?メイを救うため、安心感と信頼を得るためにはあそこまで明かして話さなきゃ。
あの時点でのメイの為にああするしか無かったのよ。」
「まぁ…それはそうですね。」
「うん、それも理解している。だからこそ私は半ばでリリスが魔族である可能性と共に、なぜ助けてくれるかっていう推論をたてられたわけだし。それ自体が君達の信頼の礎と、私の希望になったことも確かだ。
だからね、これは忠告というかアドバイスだ。
もし今後も夢見の力を使う場合は、正体を隠して行う事が望ましいと思うんだよ。ね。」
「私もソレには賛成ね。夢見で干渉する時には正体を隠すか、現実の私達とは無関係であるように装うべきね。」
「なるほど…確かに。だったら…今後は……。」
そういってリリスは何かを真剣に考えるかのようにぶつぶつと俯きかげんに没頭し始めた。
きっと自身の知識と照らし合わせ色々と対策を練っているのだろう。
私はそんなリリスを見て、フッと小さく笑うとメイへと向き直った。
「で、メイ。貴女、手帳は何処まで読めたの。」
「……ばれてーら。」
「えっ。」
リリスが顔をバッとあげてメイを凝視する。
「貴女みたいな好奇心と数学の権化が暗号パズルなんてほっとく訳無いもの。」
「よくご存知で。そうだねぇ……この厚さだから全ては読めてないけれども。ね。 筆者の意図と目的、そのために目指すべき場所については書いてあったかな。」
「目指すべき場所ですか?!」
リリスがガタッとスツールから立ち上がる。
「リリス、メイ、待って。」
慌てて私は二人を制する。
「うん?」「えっ…?」
なぜ止めるのだ、という非難の目がこちらに向けられる。
「ごめんね、中身についての詳細はココではまずいわ。」
私は視線を二人へと向けて話す。
「あっ…。」
リリスは察したようだ。
「ふむ? まぁ立場が立場だ、そりゃ色々あるだろうね。私はどうしたら良いかな?」
メイが視線だけを我々から外す。
私達のいる建物際のテーブルから干し場を挟んだ向こう側への茂みへと目線だけを送った。
あれ?この子…察しただけじゃなくて、存在に気づいてる?
メイが目線を送った先。
そう、私達が昨日アジトに向かってからこの村で治療や対応に奔走している間、ずーっと…。ローナ兄妹の両方、もしくはいずれかの存在が私の回りに。そして未だに姿すら確認させない一定距離を保ったままの別の手練れによって。この2つの勢力による追跡と監視は密かに継続されていた。
ルーカスやエミリアはそんなに問題視はしていない、多分アレは王国からの監視兼支援部隊。
問題はもう一つの謎の追跡者。
相当辛抱強いプロ中のプロなんだろうな。
位置情報以外が一切読めない、単独では無いみたいだけど。
ま、それならそれで相応の警戒するだけだけ。
「そうね……今夜、私達の取ってる部屋にきてくれるかしら。この後予定がいくつかあるから、時間が取れそうなのがそこくらいなの。」
「ほい、了解した。よ。」
「ありがと、その時じっくり話しましょ。リリスもそれで良い?」
「はい、わかりました。」
「ごめんね、あまり人の目が有るところでは流石に、ね。」
「いいえ、大丈夫です。」
そういうリリスは何処か浮き足立ったように、そわそわしていた。
ま、ムリもない。
父君の記した内容が分かるとなれば、居ても立っても居られないだろう。
そんなこんなで、私は落ち着かないリリスをなだめつつ、メイと一旦お別れをした。
さあ…、次は彼に会いに行かなきゃ。
早く悪役活躍させろよ。
って言われた…
そやかて、まだ4日めですやん?




