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救済の聖女のやり残し ~闇と光の調和~  作者: 物書 鶚
序章 旅の終わりと、旅の始まり
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第七幕 「テラスにて」

誰も気づいていない

彼女が闇の中にいることを


誰も気づいてくれない

わたしが光をもとめていることを


「本当にこの選択は『間違っていない』のだろうか…」


将軍の顔が好奇心でいっぱいだ。



「ガレン様、私の聖女としての権能。女神ルミナスから授かった

『理力』と呼ぶものの力を覚えてらっしゃいますね?」

セレナは真っすぐガレンを見つめながら話し始める。


「うむ…。苛烈を極めた極寒の死地における最初の重要な戦い、我軍の思い虚しく

魔王軍の壮絶な侵攻により敗退に追い込まれた。

魔王軍に押し込まれ、遅滞戦闘を続ける兵たち。徐々に削られ

兵の数は既に半数を割っていた。援軍も期待できず海岸線へと追い込まれ

もはや後がない絶望の最中。

魔王討伐の任を帯び別働隊だったはずのそなたらが援護に駆けつけ。

連合軍五千の兵を『光の抱擁』をもって一瞬で癒し、魔王軍を挟撃する状況を

文字通り奇跡的に産み出した。

『炎嵐の指揮者』の活躍も有り、戦況を一瞬でひっくり返した

女神ルミナスの導き、奇跡の御業。

もはや世界にこの逸話を知らぬものなどおるまいて。」


 ガレンは当時の最前線からの報告書を読んだ時の身震いを思い出す。

魔族との長い長い戦い、希望の光が大きくなったような錯覚すら覚えていた。


「はい、わたくしは『理力』の女神の奇跡による回復や驚異的な強化と認識していました。

あの時、女神ルミナスの導きにより応援へ馳せ参じる前もそうでした。

しかし私が旅を続ける内に理力の真価を勘違いしていた事に気づいたのです。」


「理力の真価。とな。」

話の方向が見えず、どちらかと言うと聖女の権能の話に興味を魅かれている将軍は続きを促した。


「詳しいことは、私も未だ把握しきれてはおりません…。

ただ、この力の事をわたしくしは

「命の力を有るべき状態へと戻す、もしくはその性能を強化する力」

といった方向の物に思っております。」


「あるべき姿…、性能の強化。つまり、回復は人体が持つ生命力を増進させ

自己治癒の強化による超速の自然回復現象。と、いうことか?」

ガレン将軍は、その頭脳と洞察力によりセレナが言いたいことを自ら導き出す。


「その通りでございます、将軍。そして強化は人体の運動性能や

生体的強度を飛躍させ、より高い戦闘力を得ることを可能にいたしますわ。

皮膚の強度に始まり、骨、筋肉。血の流れや臓腑の動きを強化することで

極限の運動においてもその性能を何倍にもあげることが可能です。」

セレナは捕捉を続ける。


「しかし、個人が本来持ち得ない急な運動能力の向上は身体へ染み付いた感覚への違和感となり、むしろ戦闘力の低下を招くものでは無いのかな?」

自分の筋力が倍の力を得たとして、そんな感覚が急にその身に備わったら絶対に怪我をする。

将軍は自身の武術の経験から、その様な考えに確信を得ていた。


「それも正解ですわ、将軍。ですので私が他者に施したのは主に回復の権能のみ。

強化の権能は、自身とパーティーの皆様限定五名にのみ施し、それも最初は小さな強化であり少しずつ少しずつその幅を広めて行ったのです。」


「初めて身体の強化をセレナから受けたときは、強くなった感覚よりも戸惑いの方が強かったのを思い出すのう。」

「わたし自身、精霊術により走力の強化などを行いますが、アレは精霊が非常に柔軟な対応をしてくれている為に可能な汎用的な力ですね。」

グラムとシルヴィアは自身の体験を元にセレナの捕捉をする。


「なるほど、常に一緒に居た面々だからこそ、仔細な連携のもとに幾度となく強化の調整を行い。最終的に驚異的な戦闘力を身につけた。ということだな。」


「はい、将軍の見事な洞察力。心の底より感服いたしますわ。」

聖女はルミナスへの祈りを捧げ、信徒としての相手への敬意を示す。


「しかし、まだ話が見えんな?セレナの「理力」がグラムの酒癖にどう影響をすることに成るのだ?」


セレナの権能の概要を理解したと判断した将軍は、話を戻すことを提案した。

正直な話、当人としてはグラムがどうなったのか気になって夜も眠れそうに無いのだ。


「はい、お話いたします。先程申し上げました通り、私の「回復の権能」は奇跡等でなく、れっきとした生命力の超強化により発現する事象でございます。

故に『それらに関する医術的知識が無いと、ろくな結果を産まない』そういった可能性がございます。

『傷を癒す』たったそれだけの行為をするために、人体の構造に対する知識や生命を構成する要素についての知識が無いと。私の力は『癒しの奇跡』を再現出来ないのです。」


「生命を構成する要素、か…」

将軍は考え込む…。


 世界には『精霊』が居る、視覚的に見える精霊は広く確認されている。

シルヴィアの精霊術同様。我々が人族が行使する『魔術』もまた古来からの研究により様々な体系化が済んでおり。生活においても戦闘においても、また技術や文化の維持においても精霊の助けによるところの効果が大きい。

 

『想いの力』

 我々は魔術を行使するための力の源、魔力と言う存在をこの様に表現することがある。

精霊たちと思いを通わせ、契約を結び、また無機物にある想いの力を己の想いの力と通わせ火や土や風や水や木を操ることが可能になる。

 火や水、風などを事象として眼の前に発現するのを基本とし。

資源として譲ってほしいと願いながら大地を割り、立派に育ってほしいと想いながら木を育む。マナを扱って効率的に作業をする、ということを可能とする対象は非常に多く、活用可能な例を挙げ始めたら枚挙にいとまがない。

 鉄を扱うにしても金属の精錬、物質の変容、合成、分解、精製、鍛錬、延伸、研磨などなど。剣を一つ造るのに精霊との交わりをどれほど繰り返さなければならないのか、途方に暮れる。

 故に「火と土」を愛し共に生きるドワーフ族は武器の精錬に長けており「風と木と水」を愛するエルフ族は超自然的なエネルギーの活用による発展を遂げてきた。

 そして生活と戦闘において重要な医療魔術、木の生命力への想い、水の流れに準拠した血液の循環、そういった思いをマナを組み合わせて行われるのが魔術による回復である。別に木と水のマナを扱うことによる回復魔法はエルフだけのものではない。魔術体系にもしっかりと組み込まれている。

 ただ、あの翠の森に溢れる生命エネルギーの活用規模は他の種族には真似できない天然の資源庫となる。


人族は、そういった文化の差異と、『想いの力』用い方の発想の差異を幾度となく研鑽し今の文明を築いてきた。

そして今ソレは『魔導工学』という精霊の力を工学的に、あるいは数学的に管理して用いる新たな力を形にしつつある。


 セレナがいう『生命を構成する要素』に該当する『医療的知識』のような物…。

過去に魔導工学の発展に伴い見出された仮説、まだ実証も済んでいない仮想の概念であり。「人体を含むありとあらゆる生物・物質は極小の構成要素によって創られており、我々はその極小の世界を理解することでさらなる発展を遂げることが可能である。」という、荒唐無稽な仮説の提唱が十数年前に行われていた記憶は在る。


 しかしその仮説が提唱された時には既に隆盛を極めつつある『魔術、魔力を行使する学問』へ期待と労力が注がれ、現在の『魔術』に関する技術体系として進化・開発されていっている。

そんな世界において『極小の要素による物質や生命の構成論』などというものは既に忘れ去られている概念ではなかろうか。


「…ガレン様?」

聖女の声に、将軍はふと我に返る。


「すまんな、つい考え込んでしまっていた。」

彼女が言う所生命を構成する要素に関する答えが見つからず、つい記憶を深堀りしてしまった。


「いえ、私の言うことをここまで理解していただける方は珍しいですわ。」

セレナは将軍の思考が行き詰まってる事を理解していた。



「流石は『知の将軍』ガレン様、その深慮遠謀にまさる戦術家なし。」

「ワシもセレナの話は何度聞いてもさっぱりでの。今もだ。」

シルヴィアとグラムはうんうんと頷いている。


「つまり、能力を行使するに辺り。我々の社会に無い、もしくは未発見の知識を用いてる。

そういうことだな?」


 セレナは驚いた、将軍は行き詰まってなど居ない。

自分の知らないものを在るものとして仮定した上で、それを元に仮想的概念を構築できているのだ。


「はい…、そのとおりです」

「それは変です。矛盾しておりますわ。聖女セレナよ、現に今お前はその『理力』を使いこなしています。その知識体系は何処で得たものだと?」

唐突に、車座になって話し込んでいる四名の後ろから女性の声がした。


「マグノリア様!」

聖女は驚く。


「驚いたな、マグノリア。貴女が夜会に顔を出すなど。

明日は天から星が降り注ぐやもしれんな・・・。」

将軍も相当驚いて、物騒な冗談を言う。


「あの子のマナが乱れに乱れながら魔術を行使してるのを観測したので、確認しに来たら。とっても興味深いお話をしていますのね。私も混ぜてくださいな。」

魔術の師は近くのテーブルに有った椅子を寄せて、話の輪に加わるように座った。


「それと、聖女セレナ様?」

「はい、マグノリア様!」

五年前の「魔術の師との初邂逅」を思い出し、身体に緊張が走る。


「貴女が持つ『理力』の力は、我々魔術師が日々研究しているどの魔術体系とも異なる。全く理解の及ばない、未知なる力でございます。」

「は、はい…。」


「貴女の力に興味を持ち、その力を悪用すべく這い寄る連中が何処に潜んでいるかわかりません。

この様な夜会の場など、諜報の輩が動き回る絶好の機会でございます。」

「…はい…。」

小さな聖女が更に縮こまってゆく。


「貴女の力について、不用心に話をすることは、今後一切慎むように!

宜しいですね…?」

「はい!先生!…あっ!」

思わず自身の口をついて出た言葉に聖女は自ら驚く。

かつて魔術の教鞭を取った自分の師が、その時と同じく諭すように叱るので。

つい彼女は昔の感覚に戻ったようだ。


「ふふ、貴女にそう呼ばれると。五年前の出会いを思い出しますわ。」

実年齢に似つかわしくない不相応に若々しい見た目の、セレナの師は柔らかく笑った。


「それと将軍。

貴方がしっかり注意しないでどうしますか!!」

「ん、ん?!私がか?!」

唐突に叱られて驚く将軍。


「聖女の権能の正体が流出したり、誤解されたりして悪党に伝わった時に。どの様な結果が待ち受けるのか、考えられない貴方ではないでしょう!」

ものすごい怒った顔で、一国の将軍を叱りつける。


「…貴女の言う通りだ、軽率だった。謝罪しよう…。」

まるで母親に叱られる子どものように渋々と将軍は頭を下げた。


「それで、聖女セレナ様?

貴女はその『理力を扱う知識』を何処から得たのです?」


「マグノリア様?」

「マグノリア?」

聖女と将軍が

「「え、今ダメっていったのに。今聞くの?」」

と、興味深そうにしている老婆を見つめる。


「あの子の、…不肖の妹弟子ソフィアの様子を見に来たのですが、ここに来てあの子の行使した魔術を観測し理解しました。今このテラスは魔術的に隠匿状態にあります。

専門的な隠匿魔法ではなく、ごく簡易的な風の魔術の行使ですけれども。」


「あの酔っぱらい、あの状態でそんなことをしておったのか。」

将軍が酷い事を言う。ソレが無かったらマグノリアはもっと怒り狂って居たのかもしれないのに。


「教えてください。聖女セレナ様。

貴方はその奇跡の力『理力』の運用に関する知識を何処で得たのですか?」

きっとマグノリアは師としてというより、魔術研究者として識りたいのだろう。

自分が知らない知識の宝庫が未だあるかもしれない。

そんな物を知れるなら、確かに研究者は色んなモノを犠牲にしてでも手に入れてしまいそうだ。


「私の理力に関わる知識は…」

セレナは師の顔を真っすぐ見て話している。


「はい。」

師は構える。



「私の認識している限り、『女神ルミナス』よりもたらされている知識です」

マグノリアにとって割りと残念な返事か返ってきた。

これは私が知る機会は無さそうである。と。


「それは貴女が聖女であるが故に手に入れた力であり。

その力の運用に関する知識も同様の存在に授かった。そういう意味で良いのですね?」

「マグノリア様、その知見は因果が逆かもしれません。」


「そうなのかしら?」

「はい、そう考えるほうが自然です。

私の聖女としての奇跡の権能は、私が聖女としてルミナス教に『祭り上げられる前から既に持っていたもの』です。私が、聖女として敬虔な信徒で有ったが故に女神ルミナスに認められ、聖女としての権能と知識を授かったのなら矛盾が生じてしまいます。」


「なるほど、確かにその通りね。

続けてちょうだい。」

マグノリアは目を閉じ様々な思考を巡らせる。

たとえ知識の源泉に触れることが出来なくても、それを知るものから得られるものは在るのだろうから。


「そして私はこの『理力』を『無意識下に行使していた過去』があります。

…私が孤児院に居て、まだ何も知らない頃。無学浅才な私は修道院近くで行われていた聖堂補修工事の現場で共に生活していた修道院の子どもたちと、聖堂外壁に組まれている足場で遊んでいたそうです。

無邪気に走り回る子どもたちは、危険など顧みることもなく全力で遊び回っておりました。」


…? セレナの様子が少し変だ。

マグノリアは「彼女の話し方」が気になった。

まるで第三者の視点を模倣しながら思考して喋っては無いか?と。


「しかしてやはり、事故は起き。

その場で遊んでいた私を除く全ての孤児達が崩れた足場と資材と共に落下、あるいは頭上から落ちてきた硬い木材や石材、そして『落ちてきた孤児と接触』しました。


現場は凄惨を極めたでしょう、五つに満たない孤児たちが聖堂を構成するような大きな石材やそれを支える木材によって下敷きになる。

…そして聖堂という建築物は過分にして高度の在る建造物が多いです。

それらの高度から自由落下する孤児自身、そして石材や木材。

おおよそ絶命を免れない規模の力が振るわれました。」


まただ。

彼女は一体何を考えている?


「その凄惨な状況を認識してか、あるいはそれとは無関係にか。

私は私自身が光を放ち、()()()になっている友たちへと光は降り注ぎ。そして奇跡は成りました。」


「その後私は神殿に奇跡の聖女としての才を見出され。

最初の師『マティアス・ルミナリス』の元へ招かれたのです。」


マグノリアはそこで、ふと目をあけて気づいた。

彼女の持つ発言の違和感に思考を固執する余り、彼女の外観の異変気づかずにいた。

聖女セレナは自身を薄く淡く光らせおり、今現在において「理力」を行使しているようだ。


「凡そ教育というものを受けず、危機感をも持たない孤児の童女が絶望的に破壊された人体の蘇生を成した。これが私が『理力』は『知識が無くても行使可能な力である』と考えている根拠の一つです。」


「あるいは魔術の様に『想いの力』が女神ルミナスの慈悲を呼び込み、奇跡を成した。という考え方も出来んか?」

ずっと静かに考えていた将軍が口を開く。


「いいえ、将軍。それは有りえません。事故当時私が何を考え何を思考したかは「再現不可能」です。

でも人が産まれ、いえ、人でなくても。獣でも構いません。眼の前で共に生を享受した自分の親しい同類が無惨な死を遂げ今まさに命の灯火を消そうとしている時に。

誰も眼の前の悲劇を何とかして欲しいと『願わなかった』などあり得るのでしょうか?

そうだとしたらなぜ『女神ルミナス』は私の発したかもしれない『想い』にだけ呼応したと考えられるのでしょうか。」


老女はここまでのセレナの話を聞き、その理由を考えていて一つの可能性に気づく

「…『セレナ』、貴女もしかして。」


師マグノリアは深い不安を覚える。


「自分に奇跡の力を与えた女神の存在を…疑っているの?」


女神を信じず、女神の存在を否定するかのような思考を持っている眼前の少女は。

その超常の力を行使していることを全身に纏う淡い光で表しながら。


静かに、静かに此方を見つめている。


そして、ゆっくりと口を開くのだった。


自分がチートパワーを持っていることに

疑問を持たない素直さは大事


でも、その力を授けてくれたのは誰?

神様?自分の努力?それとも別の何か?


「この手に残っている力をつかわない意味が?」

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