第四十九幕 「懐かしい香り」
夢から覚めた。
現実に戻れた。
いろんな疑問は有るけれど。
それはきっと大丈夫。
「だって、あなたたちはわたしのだいじなだいじな…」
爽快な朝の目覚め。
と、いう訳でもないが、普通にぱちりと目が覚める。
もそりと起き上がり壁時計を見ると23時30分になろうかという所。
90分くらい夢見の世界に居たことになる。
なんというか…体感時間も通常の時間の流れと一緒なのかな?普通の夢って時間感覚がめちゃくちゃなイメージがあるし。非常に緻密に制御された夢っていうのは実感込みで間違いないわね。
そんな事を考えつつベッドに視線を戻す。
ベッドの中央に寝転がり薄目でぼんやりと天井を眺めるメイ。
その右隣に添い寝しながら優しい笑顔でメイの頭をよしよしと撫でているリリス。慈愛あふれる手つきでしなやかに髪をすく度にメイがくすぐったそうにしている。
…なんか、すっごく…。
いや、みなまで言うまい。
天然母性ナチュラル淫魔め。
夢見の世界では結構いろいろと動いてたけれども、私達は妙な寝相でベッドから落下する事もなく無事にそこに収まっていた。
ただまぁ、多少は動いてはいた様で…3人とも例外なく下着がズレ上がったり寄ったり。酷い有様だ。
アレだけ密着した状態で多少なりとも動けば、こうもなるのは仕方ない…のだろうか。
覚悟はしてたけど恥ずかしいものは恥ずかしい。
やや熱い顔の熱を感じながら自分の装いを直す。
いうて下着だけだが。
そんな私をぼんやりと眺めていたメイが口を開こうとして
「な゛…ん゛んっ!」
枯れた声が喉から漏れる。
「まってて。水汲んであげるから。」
とは言ったものの、周囲に水差しやコップの類は見当たらない。
「リリス。メイを起こして支えてあげて。」
仕方ないので代案を実行することにする。
「はぁい。」
そういってリリスは上体をもたげると、右手でメイの手を取り左手を背中に手を回して彼女を起こす。
リリスさん、ちょっと…
あなた、大層なものがこぼれ落ちてますけども。
「…あ゛ー、んん!」
微小の怒気が混じった声色を慌てて咳払いでごまかす。
「ごめんね、メイ。取りあえずこれで我慢して。」
そう言って私は両手で器を形作ると水のマナを行使して綺麗な水を顕在化させた。僅かな隙間から漏れた水が滴を垂らしながら、私がメイの口元に手を添えると彼女は目を見開き迷わず私の手に口を付けてごくごくと水を飲み干した。
「ぷはっ」
「喉は大丈夫ですか?」
リリスが心配そうに覗き込む。
「セレナ、もっとちょうだい。」
おかわりをご所望のようだ。
手の器をそのままに再び水を顕在化させると、メイは再び私の手に口を付けてすごい勢いで飲んでしまう。
そんなに喉が乾いてるのかな?物理的な治療の際には体調のバランスもちゃんと調律したつもりだったのだが…。
ともあれ私はメイが満足するまでそのままマナの行使を続け、水を出し続けることにした。
指の隙間から溢れ続ける滴がシーツやメイの肌を濡らし続けるが、メイはそんなことは気にもせずに、たっぷり数十秒水を飲み続けた。
やがて満足したメイが私の手から口を離した所で、私もマナの行使を止め
「満足した?」
そう私が問うと、大きく頷くように深呼吸をした後、メイは再び口を開く。
「なんで私達全員下着なのかな?しかも、ほぼ脱げかけてるし。納得のいく説明を要求したい所だ。ね。」
やや紅潮した頬を膨らませて、夢見で交流したままの反応を見せてくれた。
どうやら、メイは無事に目を覚ましたようだ。
リリスは満足そうな顔でにこにこしながら、メイの頭をよしよししてる。
そのこぼれてる乳をしまいなさいってば。
「肌の触れ合い具合で情報の確度が…、不思議な魔法だねぇ。ほんとに。」
やや気だるそうに腕を持ち上げながらメイが感想をこぼす。
「一族の秘法ですので、他の人に喋ったらダメですよ?」
持ち上げられたメイの腕に上着の袖を通しながらリリスが釘を刺す。
すでに私もリリスも服を着終えて、今はメイの着衣を手伝っている。
「うん、秘密は守るよ。感謝してもしきれない恩ある友の願いだ。命を賭して漏らさないと誓おう。」
極めて真剣な態度でメイは言い切った。
リリスがびっくりした顔をしたあと、すぐに満面の笑みを浮かべる。
「えへへ。」
相好を崩し、だらしのない声が漏れてる。
「貴女もだ、聖女セレナ・ルミナリス様。貴女が私の心を救うため死力を尽くしてくれたことを信じて疑わない。心の底から感謝しています。」
真剣な眼差しを私に向けてくるメイ。
ちょっと不意打ち気味なへりくだりに私も驚く。
「そ? …でしたら、私の本性のことも内緒にしてて下さるかしら?」
「全ては聖女様の御心のままに。」
「そういうのもちゃんとできるんですね。メイは。」
別の意味でびっくりしているリリス。
なにげに失礼なことを言っている。
「リリィ様?メイ様は豪商の御息女でいらっしゃいます。礼儀作法に疎くては将来を危ぶまれてしまいますわ。数字を扱うことだけに長けていても社会で生きていくには不十分でございます。」
語調を強め、大げさなイントネーションで私は切り替える。
「…聖女モードの切り替えが突然過ぎるんです、いっつもセレナ様は…。」
言葉を取り繕いながら不満を漏らすリリス。
「なるほど。リリィ様も苦労されている様で。」
やや意地悪な笑顔を浮かべ、調子を合わせるメイ。
―服も着終わったのもあり、不自然な会話が途切れる。
「「「…っぶ。」」」
「あははは!メイのキャラの落差が酷い!」
「ふふふ!それを言ったら夢見の中じゃセレナは聖女というよりお人形だったから!ね!?あー…おかし!」
「あれはセレナが可愛すぎるのが悪いのです!というか急に真面目にならないで下さい!苦手なんですよぉ!硬い空気の中で会話するのぉ!アハハハ!」
「あー、だからリリスはいつも他人との会話の時黙ってるのね…、ただの人見知りかと思ってたわ!あーお腹痛い。」
「沈黙は金、というから。ね。リリスは賢いねぇ。あははは!」
「ほんと、リリスは頭の回転が早いのよ?ふふふ。」
「二人に言われると含みを感じますねー!?いいですけど!」
身を寄せ合い目尻に涙を浮かべながら、少女たちは屈託のない笑顔を振りまき自然な笑い声をあげる。
なんともかしましい眺めだ。
しかし、やがて笑い声も収まる。
時が訪れたのだ。
「…立てますか?メイ様。」
聖女は優しく問うた。
「…申し訳有りませんセレナ様、まだ思うように体が動きません。」
残念そうに娘は答えた。
「ご安心を、メイ様。私が手をお貸しします。」
聖女の共柄が柔らかな笑顔と言葉で娘を支える。
「感謝いたします。リリィ様。」
そう言って娘は脚に力を入れてベッドから立ち上がる。
気の狂いそうな長い間、その自由を奪われていた彼女の身体は未だに思うように動かず、歩くのも腕を上げるのもままならない。
だが彼女は歩くことを強く望み、あの扉を腕で押してくぐることを切望している。
「…まだ怖いですか?」
支える身体と手が小さく震えている事に気付いた聖女の共柄は
怯える娘を励ますために我が身に寄せて、身体を預けさせる。
「あの扉を…開けて。私の取り戻した記憶通りの景色が無かったらと思うと…どうしても怖いのです。」
娘の声が迷いと怯えを訴えるかのように僅かに震える。
聖女は静かに語る。
「…それでも、貴女は望んでいらっしゃいます。貴女が纏うマナは迷いと怯えだけではありません。覚悟と確信、期待と希望。
誰もが…光だけが眩く輝く中では道を見失うのです。光にまっすぐ向かうためには貴女の中と貴女の背後に闇が無くてはならないのです。迷いを忘れず、不安を捨てずに、貴女の信じた光を目指して下さい。
貴女が苦しみ選んだ答えを決して後悔しないで下さい。
例えそれが光の道であっても貴女の中には闇が有ってよいのです。
例えそれが闇の道であっても貴女の中には光が残っているはずです。」
「オゥミナ。女神の導きと言葉に従い、私は私の道を進みます。」
娘は同意の言葉をもって聖女の言葉に答えた。
「貴女の心の強さに敬意を。女神の祝福と導きが有らんことを。」
聖女は祈りの所作をもって答えた。
「それに…」
聖女は、すこし口調をおどけさせて続けた。
「貴女はもう答えを得ているのでしょう?」
そういって聖女は目を瞑り、鼻から空気を力一杯吸い込んだ。
「ふふ、こんなに魅力的な導きがあったら誰だって迷いません。」
聖女の従者はくんくんと鼻を鳴らして笑顔をこぼす。
「…はい!」
少し照れくさそうに、でも心から嬉しそうな娘は力強くうなづいた。
目覚めてからずっと。
いや、目覚める前からずっとだろう。
香ばしく甘い香りが娘の鼻腔をくすぐり続けていた。
段々と強くなる懐かしい香り。
聖女の言う通り。
答えは得ていた。
「さあ、リック様とローナ様がお待ちです。」
「いきましょう。」
「はい!」
扉の隙間から溢れてくる導きに従い。
少女たちは歩き始めた。
まろびでてるそうです
オッホゥ
ただし一人を除いて




