第四十七幕 「逆算」
貴女の闇が私を守ってくれた。
貴女の光が私を強くしてくれた。
「だったら、後はもう私が頑張るしかない。ね。」
小さな子供が似つかわしくない部屋で一人遊んでいる。
重厚な作りの部屋には幾つか本が並んだ大きめの本棚と窓際に大きな机が有るだけで、あまり生活感のない部屋。
誰かの書斎、といったところだろう。
小さな子供はどうやら言葉も拙い年頃の女の子のようだ。
柔らかな絨毯の上に座り込み、忙しなく手を動かしている。
手元には子供用の小さな積み木。
軽いがしっかりした造りの程よい大きさの積み木は、おさなごの手でも遜色なく扱えるピッタリのサイズ感だ。
その子はお気に入りの玩具で自分なりの遊び方を見つけた所で、純真無垢な瞳をきらきらと輝かせながら全力で遊んでいる。
ただ、彼女はちょっとだけ不満に思っていた。
「こうなったら素敵なのにな。」
そう思いながら、何度も同じことを繰り返すのだが…
どうにも思い通りになってくれない。
「コレじゃぁ合わない。」
そんな不安が彼女の中で確定してしまい、胸中に不満が膨れる。
―そんな時。
「さぁ、■■?これをもってご覧なさい?」
私は逸る気持ちと予感を抑えながら小さな手に毛糸をもたせた。
小さな手の平にいろんな長さで色とりどりの毛糸。
一部の毛糸は積み木に合わせて色と長さを揃えて4本以上用意した。
私が親バカで一人舞い上がっているだけのマヌケで無いなら。
この子はこれを理解する筈だ。
幼子は数秒間だけ毛糸の束を眺めたあと、すぐに床に毛糸を並べ始めた。
毛糸の傍には正三角形を一つの頂点からニ等分した底面を持つ三角柱がある。
長辺と短辺に挟まれた直角を有する底面を持つ三角柱。
3つの側面はそれぞれ青色と赤色と黄色で塗られている。
幼子は全ての毛糸を並べ終わると、先程まで熱心に弄り回していた三角柱を手に取り、側面を見た後すぐに毛糸を確認していた。
すぐに青い面の長辺と青い毛糸の一本を並べて長さが合っていることを確認する。
その後は赤い面、正方形になっており一辺と赤い毛糸の長さが一緒なってるのを確認した。
最後に黄色い面、やはり長辺と一番長い黄色の毛糸が長さが合っている。
心臓がドキドキしている。
幼子はニッコリ笑った後、三角柱を立てた後にそれぞれの側面の色を合わせて毛糸を並べる、続けてそれぞれの色の毛糸で四角形を作った。
小さく拙い手で不器用ながらに並べたら他4本の糸は、かなり正確な正方形を作っている。
小さな赤い正方形、大きめの青い正方形。
そして一番大きな黄色い正方形。
幼子は毛糸でできた3色の四角形を見てご機嫌になってはしゃいでいる。
さぁ、ここからだ。
心臓が、鼓動が更に高まっている。
上機嫌の幼子は赤い正方形から毛糸をつまみ上げると丁寧に伸ばして横向きに置いた。他の3本も同様に、伸ばして丁寧に「繋げる」。
続けて青い毛糸も同じ様に丁寧に伸ばし「赤色に繋げた」。
最後に黄色の長い糸を手に取り
丁寧に丁寧に伸ばして「赤色の毛糸に並べた」。
私の心臓が跳ね上がる。
幼子は長い黄色の毛糸を繋げてゆく、2本、3本と繋げていくうちに黄色い毛糸は赤い毛糸を追い抜き、最後は青い毛糸とぴたりと並ぶ。
幼子は満面の笑顔を浮かべて私の方を向いた。
褒めてと言わんばかりにはしゃいで手をぱちぱちと叩いている。
私は眼の前にいる奇跡が、こんなにも凄いことが自分の目の前に在ることが嬉しくて嬉しくて…その子をすぐさま抱えあげて力いっぱい抱きしめた。
この子も抱きしめられて嬉しかったのかな?
声をあげて頬を擦り寄せてくれた。
「あなたはとっても凄いのよ!メイ!」
―頬を伝う涙が止まらない。
おぼろげな風景の様な不思議な映像が、実態の伴わない虚像とわかる風景が私の眼の前に在る。
私によく似た亜麻色の髪の幼い女の子が、とても優しそうな笑顔の女性と嬉しそうに触れ合っている。
女性の名前は解らないし、顔も見たことがない。
記憶にない。
でも、私はこれを知っていた。
ここから始まったことを私の『数覚』が全力で訴えている。
積み木と毛糸。
『ピティクスの定理』と『リグリッドの証明』。
これが起点だ。
私の才覚の始まりであり、私の『数覚』の始点だ。
眼の前の儚げで雑音まじりの会話。
亜麻色の幼子と、同じ髪色の女性の楽しそうな交わり。
私の周りで光が大きく弾ける。
始点を起点とした記憶の連鎖が知識を励起させ『数覚』を全力稼働させている。このあと知った知識が、私が見出して検証し立証した数式が、順番に頭の中に思い浮かんでくる。
なのに…視界の端に捉えていた光は…私の思い出の光は、他とは違い活性化しないままだ。記憶領域が震えるよう不規則な明滅をしているだけ。
私の記憶が繋がりを得られないせいで、再び力を失うかのように光が少しづつ弱まって行く。
眼の前に合った景色が色を失い崩れていくように見えた。
雑音混じりの会話が意味を失い途切れていくように聞こえた。
いやだ。
こんなの嫌。
せっかく『思い出させてもらえたのに』!
このままだとまた私は!
失いたくないのに!!
だってその人はその子の!
だって貴女は私の―
フッと。
煙が風で掻き消える様に
眼の前の景色が掻き消えた。
音も消えた。
私の眼の前に何も無くなってしまった。
周りの光も止まってしまった。
怖い。
「いや…置いてかないで…独りに…しないで。」
怖いよ。
誰か!
「大丈夫ですよ。メイ。私達がそば居ます。」
「貴女なら出来るわ。メイ。私も『助けてあげる』わ。」
左右から声が聞こえた。
いつの間にか私の両手のひらの上に柔らかな毛糸と、硬い積み木が握られていた。
私の両側に居た二人は私を包むように身を寄せて、私の手と私の頭に
それぞれが片手を添えてくれている。
「歯を食いしばって一生懸命『考えなさい』。」
「私も手伝うからね。3人で頑張ろ。」
突如。
右の子から淡い光の粒子が溢れ出た。
小さくて暖かくて、淡くて力強い光が。
私の身体を包み込む。
私の身体を流れるかのように纏わりつく。
しばらくした後、光は私の頭部へと吸い込まれていく。
瞬間。
消えていた周りの光が強く輝き始めた。
淡い光が私の周りの光にも向かってゆく。
力強く輝く光と合わさり、激しく輝く光となる。
弱々しい光と合わさり、眩く輝く光となる。
観測不可能な速度と頻度で脳が加速する。
あぁ。
そうか、そういう事。ね。
『理解した』よ。
ありがとう、二人共。
私の『数覚』で、リリスの『夢見』とセレナの『理力』が有れば。
これなら私の『思い出』を『逆算』できる。
亜麻色がよくわからない。
なんとなく選びました。




