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救済の聖女のやり残し ~闇と光の調和~  作者: 物書 鶚
第一章 第一部 二人の旅の始まり
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第四十六幕 「始点」

私が私であることを決定づけた何かは

私が私であるからここに在るのだろうか

これが私でない何かだったらここに無かったのだろうか

偶然だとしても、これは自惚れなどではない


「私が選んだから、今ここにこの私が在るんだ。」


「うわぁ…なにこれ…凄い…。」


メイは目をキラキラと輝かせ彼女のメガネはレンズとフレームが光を反射して煌めいている。光を目で追いながら忙しなく首や身体を捻り、360度全天の星空を満面の笑顔で眺めている。


大きな光から小さな光がほとばしり大きな光へと、繰り返し行われる複雑な経路を走る光達は立体多層構造の情報網を目まぐるしく駆け回り、光の渦となって私達の回りを駆け巡っていた。


数百億に及ぶニューロンとシナプスが形成する「ヒト1人分の脳」によるニューラルネットワークモデル。


それを私達3名は内側から観測している。

あまりにも圧倒的な数で明滅する光の洪水。



厳密には脳を正確に現したものではなく、その神経ネットワークにおける信号を光でモデル化したものだろう。

わたしの脳内に展開される『知らない知識』による脳の構造や細胞のモデルをからすると人の脳はこの様な幻想的なモノではないはず。


それにしたってスゴすぎる。



圧倒されて居た私は視界の端で同じく口をあんぐりと開いて目を輝かせているリリスに気付く。


どう見たって私とメイ同様、驚いて圧倒されて感動してるって感じだ。


彼女が驚いてるってことは、これはリリスの夢見によって形成されたイメージじゃない。



では誰が?


決まってる。

アイツ(ディダ)だ。



いや、アイツなんて表現しなきゃならんほど憎んでたり思う所があったりする訳では無いのだけれども…ちょっとだけ、個人的に物申したい事もあるので()()()()機会を得たいと思ってたりする。


ともかく、コレは私の『理力に関わる知識』とリリスの『夢見』の権能による情景生成の合せ技。当然『対の指環』による最適化の結果であり、メイの脳における神経ネットワークを光の粒子によって現している。

実行者はアイツ。



そんな事を考えながらリリスの横顔を眺めていたら、私の視線に気づいたリリスがこちらを向いて、頬を紅潮させながら満面の笑顔を投げかけてきた。


なんていうか、こう…「流石セレナ!」って感じのやつ。



あー、ぜったい勘違いしてる。


まぁ、でも私はリリスに『知らない知識』の出どころをちゃんと説明してない。だからリリスが私の知識と指環の効果によるものだと勘違いしても仕方のないことなのかもしれない。


後で色々話さなきゃ。

アイツも交えて。


ともあれ、状況を進めよう。



「さぁ、メイ。…もう一度質問をするわね。あなたの好きな数式や定理、証明でも何でも良いわ。思い浮かべてみて。…そして貴女を貴女足らしめる数々の記号、情報、要素。それらがどの様に形成されていったのか、例え原点が思い出せなくても、それを思って、思考してみて。」


私はあえてゆっくり。

言い聞かせるようにメイの脳を刺激する。



私の発言に合わせて周囲の光が物凄い勢いで明滅と信号の授受をしている。


メイが私の言葉に触発されて思考を巡らせているのを同時進行で描写しているんだ。


普通の…一般的な脳がどの程度の稼働率なのかは解らない。

でも、この光の真っ只中に居るだけで理解する。

『天才』の思考力を光で映像化したらこうなんだろう。


一つの言葉で様々な座標の光たちが一斉に輝きを増し、物凄い数の小さな光が多方向へと我先に走り抜ける。


極めて一瞬の出来事で思考の段階を経てそれらが多重展開するため、稲光の様な瞬間的なまばゆい光が何重にも放たれる。



「うわっ、わっ!?コレって…!」

「ひぇー…」


メイとリリスが光に圧倒されて驚く。

彼女の思考によって活性化された脳の活動部位を表す光が、連鎖的に次の思考を呼び起こすために、光の連鎖反応が絶え間なく続く。



私は二人を尻目に、『理力』による強化で視覚と思考を重点的に高める。


膨大な数の光が駆け抜けていく、それらの決して遅くない速度で立体的に信号を送る光たちを私は全力で観測する。


凝縮された時間の中にいるような感覚で、ゆったりとした流れになった光の粒子を空間的に捉えて追跡する。


よかった、現実と同じ様に『理力』の行使が行えてるみたいだ。



そして、やはりそうだ。


外側に向かう信号が、いたるところで不自然に途切れている。

おそらくアレが側頭葉・前頭葉を含む大脳皮質。メイの記憶の収納場所であり、損傷してしまっている部位に違いない。

『知らない知識』の情報と照らし合わせながら状況を分析する。




他に…違和感は無いだろうか…?




そんな感じで観察に集中していたら、とんでもないことがおきた。


今まで爆発的な規模と速度で活性化していた光たちが、突如として一定のテンポで特定の部位における一部の神経ネットワークのみを小単位で代わる代わる明滅させ始めたのだ。



まさか…!



私はびっくりしてメイを見た。


メイはまるで次に光る位置が解るかのように前のめりに光の粒子達を凝視している。彼女の視線に従うように、次々と規則正しく明滅をする光達。

先程まで洪水のような勢いで無法に明滅していた光の濁流が、突如として規則的に制御された光の舞台へと変わった。


そこには満面の笑顔で光を制御しているメイ。



「セレナ、リリス。理解した。

 コレ、私の脳の活性を現している光だ。ね?」



無邪気でキラッキラの目をしている。

まるで未知の使用方法の玩具を手に入れた子供が自分なりの遊び方を見つけた時みたいな笑顔だ。




「ほんと、恐れ入るわ…その通りよ。」

きっと私の顔は最大限の呆れ顔をしてるんだろう。


「今ならセレナが言っていた記憶領域の話を理解できるよ。私の思考と計算に合わせて光たちが理路整然と明滅してる…!私の呼び出した記憶に合わせて…数式や定理の複雑さに応じて…形こそ関連性を見いだせないけど、明らかに規則的に相対的な規模で反応をしめしてる!」

興奮気味に話しながら同時に脳で別の思考を並列処理してるんだろう、絶え間なく膨大な光が繰り返し明滅してる。


「メイさんの…脳内って忙しいんですねぇ…。」

能力をアイツに()()()されているため、自分の制御を完全に離れてしまった『夢見』の情景に完全に人ごとのように感心しているリリス。


「脳内が忙しないという表現は言いえて妙ね。ほんと、眩しくて敵わないわ。もう少し思考を落ち着けて欲しい物だけども。」

私がリリスに同意しつつメイへの苦言を呈すると。


「ごめんね!こんな面白い状況に自分で思考を制限するなんてちょっと無理だよ!ね!」


「はぁ…、随分とまぁ楽しそうですねぇ…。」

いよいよ光が煩わしくなってきたのかリリスも呆れ始めてる。


きっと今彼女は引き出せる限りの知識と記憶を掘り起こして全力で解き放ってるんだろう。



私が言うのもアレだけど、ほんっとにメイは…。


「リリス、いい加減始めましょ。」

私がぼそっと告げる。


「そー…ですね、メイさんが満足するのを待ってたら夜が明けそうです。」

リリスもげんなり。


「えっ、何?ごめん!なんか言った?!」

相変わらず全力で思考を試行し光の渦の中でくるくると空中浮遊しているメイ。


私は小さくため息をつくと、ふわふわとメイへと近づく。

ちょうど振り返った所で眼下に接近する私に気づいてメイが慌てた。


「うわっ、セレナ!急に何!?危ないよ?」

熱中してて直前まで私の接近に気づけてない。


「メイ、玩具で遊ぶのはまたにして。目的を果たしましょう。」

ジト目できっちり釘を刺す。


「あっ。」

やや頬を染めて『やっちゃった』みたいな顔。


「本気で忘れてたわね、貴女。脱線の才能も確実に天才級よ。」

自分を棚に上げておく。


「えへへー、ちょっと私にとって未知な刺激すぎて…つい!ね。」

てへぺろ。

みたいな顔しよる。


これも虚勢なのかもね。

だからもう待ってあげない。


「貴女、能天気に状況を楽しんでるけど、これだけ観測したんだから…もう気づいてるんでしょ。」


いよいよ私は触れる。

彼女が真に不安に思っている事に。



しばしの沈黙。


騒がしい光達が急速に落ち着いてしまう。

しかし緩やかに明滅は続いている、開演前の劇場のざわめきのように光たちが思い思いに声を殺している。


「…うん。やっぱりドレだけ思考を活性化させて記憶を掘り起こそうとしても外側の光が活性化しない…。メガネの事についても色々な方向から推察や類推を重ねてはみたけど。ダメみたい。ね。」

達観、と言うにはやはり幼さが垣間見える、失ったものへの辛さがにじみ出ている残念そうな顔。


光達もさっき勢い無く、弱々しく進み静かに外側へと向かい名残惜しそうに消滅してしまう。


「えぇ、あれらが恐らく貴女が思い出せないものが記録されている場所。」

メイの視線を追うように、潰えゆく光たちを目で捉える。


「…。」

メイは黙ったまま遠くにある弱々しい光をみつめている。


確認は取れた、後は…私の役割じゃない。

私はリリスに向き直り彼女に視線を送った。


リリスは小さく頷くと、ゆっくりと前に進み出る。


「メイ、諦めないで。」

そう言いながらリリスはメイの両手を取った。


「私達ね、メイのお母さんから小さい頃のメイのお話聞いたのです。」

優しい声で、ゆったりと話し始めるリリス。


「小さい頃の私…。」


光たちが明滅し外側へと信号が流れる。

しかし、やはり光は潰える。


「ちっちゃなメイが、一番最初に才能をお母さんに示した時の…きっと大事な思い出の…『始点』をあなたに見せてあげるね。」

不安にさせないように言葉を選びながら、リリスは話しかける。


「…うん。」

おずおずと頷くメイ。



リリスは掴んでいたメイの両手を優しく導き、手の平を上に向けさせ器を作る。メイはされるがまま、その器を眺めた。


リリスは自分の掌でその器に蓋をするように覆った。



突如、何かの質量に押されたメイの両手が僅かに沈む。


まるで手品のように突如現れた未知の物体、メイが不安そうな顔をあげてリリスを見つめる。



リリスはにっこりと微笑むと、両の手を引き蓋を取り払う。




そこには小さな木製の積み木と、綺麗な色の毛糸の束があった。


頭の回転の早いやつ

実際脳内はどうなってんだろうね


シワが凄そう

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