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救済の聖女のやり残し ~闇と光の調和~  作者: 物書 鶚
第一章 第一部 二人の旅の始まり
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第四十四幕 「本当に守りたいもの」

本能が叫んだんだ。だからそれに従った。

本当に守りたいものは何なのか。

本当に手を伸ばすべきは何なのか。


「それが叶ったのだと気づいたのは。全てが終わった時だったよ。」


「さ、戯れはこれくらいにして目的を達成するために行動しましょ。」


私はメイの腰に回していた両腕をほどくと正面に向き直る。


「…あの、それはそうと…各々の配置はコレで良いのでしょうか。」

メイがおずおずと進言してきた。


配置っていうのはメイに抱っこされようとしてる形の私と、メイを抱っこする形になっているリリスの事。どうしたものかと所在無さげに中空をもがく両手は私を抱えようか抱えまいか悩んでるようだが。


「良いのです!」

良い笑顔と良い返事の主導者(リリス)


「だそうよ、本当に嫌だったら離れるけども?」

本人の意志は尊重すべきね。


「…嫌では無いです。」

離れる、と言った時に少しだけメイの体が強張るのを背中で感じる。

ま、やっぱりまだ不安は拭いきれないよね。


「なら良いじゃない、このままで話しましょ。」

そう言ってより一層メイへと体重を預ける。

中空を迷っていたメイの両腕は安心したように私に沿えられ、やんわりと私の矮躯(わいく)を抱え込んだ。


「…失礼します…。」

まだ遠慮がちではあるが。


「べつに…」

「失礼だなんてとんでもない!遠慮なく抱っこしてあげてください!セレナを抱っこしてるとちょっと幸せな気持ちになりますよ!」

当人の発言を遮るように主導者が何か言ってる。

やっぱぬいぐるみ扱いしてない?


別に良いけどさー。


「じゃ、話し進めるわよ?」

「はーい。お願いしまーす。」

「…よろしくお願いします。」


こうして夢見の覚醒会議はようやく始まる。


「では、まずは状況整理。私達はあなたの閉ざされた心を救い出すために、そこのニコニコしてるおねさーんの魔術とかで目を覚まさないあなたの夢に干渉する形で救助に来ました。」

わたしはメイを見上げる形で視線を送りながら。身振り手振り、リリスを指さしたり、メイを手の平で指し示す。


「どんな魔術か聞いちゃ嫌ですよ?ないしょです。」

人差し指を立てて口に当てながら悪戯な笑顔。

さっきから凄いフランクだなぁ、リリス…


「…はい。」


「あなたは独自の努力『論理の壁(ろんりのかべ)』によって色々な問題から自身を守ることに成功しました。しかし壁の構築に用いた内側の情報は守れても、外側に遺された情報は守れなかった。」

両手で円を描き、囲いを現し。中と外を指し示しながら話を進める。


「大丈夫ですよ。人の記憶は曖昧な繋がりで保たれる程度の物ですけども、きっかけ一つで鮮明に蘇る不思議な存在なんです。」

リリスは不安にならないように都度フォローを入れてくれるつもりみたい。


「…はい。」

私を抱える手に少し力が入る。


「大丈夫よ、順番に片付けましょ。あなたが守れなかった情報とは【自身の事】【家族の事】【回りの近しい人との事】、つまり人との『思い出』のような記憶。逆に残っているのは【知識としての情報】【論理の壁の外での出来事】【壁を構築する要因となった者たち】のごく最近…という言い方は変かもしれないけれども、あなたの体感時間で約47000秒の間の出来事。

…これで間違いないわね?」

辛い事を確認させるようだけど、目をそむけてはいけない。


「いっぱい頑張ったんですね…。尊敬に値する素晴らしい行動ですよ。」

リリスがメイの頭を撫でながら褒める。

母性がものすごい。


「……はい、そうです。」

取り乱すこともなく、まるで思い出すかのように静かに目を閉じ力強く返答が帰ってきた。


「じゃ、まずは貴女の事から。…貴女の名前は『メイ・ハーセル』、父君『リック・ハーセル』と母君『ローナ・ハーセル』の3人家族の一人娘。リック様のお仕事に同行する形でローナ様とあなたは野盗に襲われリック様は致命傷を負い、ローナ様とあなたは野盗に囚われました。

ご安心を、ローナ様は貴女と共に助けましたしリック様の致命傷は『完全に治療』して回復済みです。」

やや説明口調ではあるが、今までの話を統合した事の始まりを語る。


家族の身に降り掛かった災難の話をした時、メイの両手に強い強張りが産まれたのを感じる、だが治療したことを継げた直後には安心したかのようにふっと脱力した。


「…思い出せますか?」

優しい口調で促すようにリリスは問う。


「…いいえ、でも残ってる記憶と『ここで得た情報』、そして今までの仮説から類推は出来ます。お二人はウソは言ってないと確信できます。」


「本当に論理的な思考よね、メイは。あっ、もう面倒くさいので口調崩して話すわよ?で、メイの家族は無事だし、今はメイの家にある元メイの部屋の改装客室で私達は寝てるの。そこでリリスの魔術を使ってこうやって助けに来てるってワケね。ここまでで何か質問ある?」


メイが取り乱すことはもう無い。

そう確信を得られた私は態度を崩してスムーズに事が進行する方向へと舵を切ることにした。


「なんでも聞いて下さい!頑張りやさんのメイさんの為ならおねーさん頑張って答えますよぉ!」

おねーさん気に入った様だ。

おかーさんぽいのに。



「えっと…じゃぁ。」

メイは中空を見つめ考え込む。


ややあって、彼女の口から出た質問は。


「野盗達は今どうなったんですか…?」

凄い意外な質問が来た。


「それを知りたい意図は?」

質問を質問で返すのは良くない、だがコレは意味のある問い。


「…一応、家族の無事が解ったのでなんとなく安心したのと。一つ野盗達の事で覚えてることがあるんです。」

私もリリスも黙って話を聞く。


私は今までこの件で会話してきた人たちの情報により、幾つかの仮説を立てながら行動していた。


「名前は…多分聞いて無いので判りませんが、野盗のボスであろう人物と私のやり取りなんです。」


グリムヴェイン。

多くを語らなかった諦観とも達観とも取れる謎の人物。

2週間もの間ローナが無事だった事、メイが弄ばれたこと。

これを成立させる為には情報が足りていなかった。


「私が凌辱されている時に彼に言われたんです『あんたがこのままコイツらの相手をし続ける限り、俺は約束は破らん。考えがあるようだが、それであんたが壊れても俺を恨むなよ。』っていう会話を覚えてます。たぶん…囚われて2~3日のタイミングだったかと。」


なんて事だ。


…メイとグリムヴェインは何かしらの契約を交わし、それは確実に履行された。その契約とは?…判りきったことだ…メイは自分の身体を好きにして良いから母に手を出さないように提言したのだ。

それでローナが無事だった理由の説明がつく。


そして彼が言っていた「守ったわけではない」「無責任な賭け」の意味がメイの言葉で繋がった。


メイが提案し、グリムヴェインはそれを受け入れ守った。

結果としてローナは2週間無事であり、代わりにメイが2週間休むこと無く慰み者になり、彼女はそれを耐え抜いた。


2週間で助かったのは結果論だし、耐え抜いても元に戻れる保証など一切無い。そもそもが極細の糸を渡るような賭けを…。


論理的な思考…なのだろうか、コレも…。



「さっきのセレナ様のお話ですと…すでに囚われの…」

「メイ、あなたもさっきみたいに崩して喋って。なんか手間だわ。」

私が考えていたらメイが話の続きをしようとするが、制して提案する。


「あ、いや…さっきは不安だったので…虚勢を張ろうと大げさに振る舞ってたので…大恩ある方に無礼な口の聞き方は…。」

やっぱアレは強がってただけか。

気持ちは判る。


「メイさん、大丈夫です。セレナはそんな事気にする様な器じゃないですよ。むしろ打ち解けて話してくれたほうが喜ぶんです。」


リリスも言ってくれるじゃない。

少し照れる。


「良いのですか?」

メイが抱えてる私を覗き込むように見下ろす。


「そうしてくれたほうが嬉しいわ。」

やや頬に熱を感じるが、素直に応じとこう。


「…わかっ…た、よ。」

言葉を選び口ごもるメイ。


なんかこういう流れは凄く恥ずかしい。



「…ね、リリスさん。」


「はい?どうしました?」


「どうしよう、セレナ様がすっごいかわいい。」


「分かります!照れてるのに強がってる感じ!」


何言い出すんだ上の二人は。


「何この生き物!こんなかわいいの抱っこしてていいの!?」


「いいんです!それが今ベストです!」


「わぁ!」

強く抱きしめんな!




「話を進めなさい。怒るわよ。」


「「はい。」」


まったく…。


「で、囚われの?」

話の続きを促す。


それはさておき顔が熱いんですけど。

‥まぁいいや。



「えーと、一緒に囚われてたのは母ということで良いのよね?」

「そうよ、貴女達二人以外には野盗しかいなかったわ。」


「で…、ここからも前後の情報を元にした類推を含む仮説なんだけど。野盗のボスとのやり取りから推察するに、おそらく私は彼と内密に契約を交わし、その内容は『私を好きにする代わりに母に手を出すな。』だと思うの。ね。」


「え゛っ?!」

なんで驚くのかサキュバス。

そこら辺の記憶は読んでないんかい。


「私もそう予想してるわ。貴女、論理的思考を持ち合わせてるようだけどちょっとぶっ飛んだ賭けをしたわね。」


「いやー…、やっぱそうなのかな?我ながら凄い予測演算をしたと思うよ。あ、それでね聞きたいことに戻るんだけど。野盗達、特に私と契約したボスはどうなったのか気になるのは、私の記憶に残ってる47000秒においてね、最初の情報の洪水の変動率が落ち着いた直後ぐらいから…暫くの間なんだけど別の情報を観測していたの。ね。」



「…それはどんな情報かしら?」

私の胸のうちに物凄い感情が溢れ出る。

だが悟られぬ様に冷静に彼女に問う。



「すごく曖昧な表現で申し訳ないんだけど…安心したんだよね。多少落ち着いたものの相変わらず荒れ狂う情報の洪水の中で、ほんの少しだけ観測されたんだよ。何処の誰かの物かも解らなくなってたんだけど…その情報だけはなんとなく大切な何かが無事だったんだって思って。あぁ、私は目的を果たせたんだ。っていう感情が自分の中に湧き出てきて。ね。」


メイが本当に守ろうとしたものは自身のアイデンティティじゃなかったのかもしれない。もしかしたら、本当に守ろうとしたものは壁の向こう側に有ったのかも。

あの状況下で自分の母親の安全のために自分を材料にありとあらゆる可能性を考慮して彼女なりの最善を導き出した。


そんな仮説が私の中に生まれた。



「で、セレナ様の話を聞いてたら。その『目的を果たせた』の意味がなんとなく成立する仮説が立てられたので…契約は履行されたという類推は成り立つんだけど…ふと、契約先の無事が気になりまして。ね?」


そのうえで…更に野盗の心配とか、バッカじゃないのこのコ。

父親を襲い、自分と母親を誘拐し、自分を犯し尽くした相手達の責任者がどうなったか心配するとか。


尋常じゃない価値観と精神力。

こっちの情緒がかき乱されそうだ。


「はぁ…、あなたも大概ね。」


「言ってることのヤバさは認識してるんだけど。ね? 私の根幹は感情じゃなくて論理なの。」

本当に凄い娘だ。


「…ぐすっ。」


「「えっ?!」」

上の方から鼻をすする音がして、驚いた私とメイは顔をあげる。


目に涙を一杯溜めたリリスが鼻を赤くしている。


「ごめんね、なんか…すごいなって思って。」


「あわわ、私なんかすっごい変なこといってるよね!解ってるんだけどね!?まさか泣かれるような事とは思って無くてね?!ごめんね!!?」


「なんでリリスが泣くのよ!おかしいのはメイでしょ!?」


「えぇ!?合理的判断に基づく多方面で一番損害の少ない安全性を最優先した選択だと結果的に評価できると思うんだけど!?ちがう?!」


「結果としてはそうかも知れないけれども!成人もしてないような若い乙女の思考では無いね!自分を生贄に純血を野蛮共に捧げてまで母親を守り通す覚悟と精神力は驚嘆に値すると思いますけどもー!」


「じゅっ、純血を捧げた訳では無いし!結果としてそれが釣り餌になった可能性は否定しないけど!別に私の中で処女であることは重要ではないですー!それが失われて私の才能に多大なる影響が出たりするようなことが有れば取り乱して錯乱したかもしれないけど!数学的才能に処女は関係ないですー!」


「それはっ…、そうね?」

言いくるめられた、ていうか本当に価値観が凄いな?


「ほらー、ワケがわからない喧嘩しないでくださいよー?」

おかーさんに怒られた。


リリスがメイを抱えていた腕をガバっと広げて私ごと抱きしめた。

もうギッチギチ。


「ほんと、二人とも考えが似てますね。冷たい思考のようで愛に溢れた選択肢を諦めない考え方。私、ちょっと感動しちゃいました。」

褒められ…てるんだろうな。

むず痒い。


思わずメイと目が合う。

彼女も同様の感情を表に滲ませている。


「はぁ…メイの価値観はさておき。答えるわ。

野盗は全員生きてるわ、私もルミナス教の聖女として無闇に人の命を奪うことを良しとしない立場だし、殺してしまうより法的裁きの下で自戒の時を過ごさせることに意味があると思うもの。何より『死体は情報を吐かない』ので喫緊の危険性が無い限りは私も殺さない方向性で行動するわ。」


「なによ、それならセレナだって合理主義者じゃない。」


お、サラッと呼び捨てにしたぞ。


「わー…凄い会話。セレナもメイさんも…。」


「リリスは呼び捨てにしてくれないんですかー?ね。」


「うぇっ?」


自覚しての自発的言動だったのか。

グイグイ行くなぁ、メイは。

照れもない。

合理的。


「えー、と。め、メイもセレナも本当に似てま…似てるね?」


「知識にある聞き及んでいた天の上の存在である『聖女像』では無かったけどねー、不思議と身近な存在と理解できたので。あと凄いかわいい。ね。」

うりうりと抱きしめられる。


「人をぬいぐるみ扱いしないで。ていうか、なんで他の人物の記憶がないのに私の事を聖女と認識したのよ。」


「そりゃ、今言った通りだよ?手の届かない天上の存在、耳に入る奇跡の業、埒外の存在、女神よりもたらされし奇跡の担い手。そんなのは思い出というより『別格の存在』として知識に分類されるモノだよ、一般的には。ね。」


「あー、まぁ近しい関係でなければそうなるのかな?理屈は通ってるわね。で、ここでのやり取りで色々と評価の更新が行われているわけね。」


「セレナは変な可愛い子。ね。」


おん?

なんて?


「メイ、端的に言い過ぎじゃない?変というより理屈っぽいの、セレナは。」


おぉう?

いってくれるじゃない?


「理論は大事だよー?リリス。理屈と言われようとも物事への理由付けは行動原理へと繋がり原理は動力となって思考の加速を促すの。ね。」


それには同意。

無言で頷いておく。



「ほんとに似てるなぁ二人共。」

リリスが朗らかな笑顔でうんうんと頷いてる。


「そして、脱線しすぎだよ二人共。今は事件のあらましを紐解く時間じゃありません。そろそろ本格的にメイを夢から覚ましましょうね?」


「「…はい。」」

メイと揃って返事をせざるを得ない。



さっすが、おかーさん。


おかーさん


すごい存在なんだぞ。

覚えておくように!

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