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救済の聖女のやり残し ~闇と光の調和~  作者: 物書 鶚
第一章 第一部 二人の旅の始まり
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第四十三幕 「溶けゆく不安」

自分にだって拭えぬ不安は有る。

それを口にして認めてしまったら、何もかもがダメになってしまうんじゃないか。

ってね。


「そんな闇を委ねても受け入れてくれる人…

 それはとても得難い存在でしょうね。」




リリスが伝えてきた意志に返答すべく。

私は彼女の目を見て強く頷いた。


予想していた悪いことは幾つか有った。

だから私は動揺もしてないし迷っても居ない。

やるべき事をやろう。



…だから、こう切り出そう。


「会話の順番が間違ってたかしら。」

ややため息混じりの自省を込めた発言。


メイが身体をビクリと硬直させた。



「挨拶が中途半端だったわね。自己紹介もしてなかったわ。」

残酷かもしれないけど確かめなければ。


俯いていた彼女は弾かれるように顔を上げ、不安と戸惑いをなみなみと湛えた悲痛な面持ちで私を見つめる。


「わたしの名前はセレナ・ルミナリス。貴女の事を野盗から助け出し、貴女の身体を治療し、今こうして貴女の心を救いに来ました。」


レンズの向こう側にあるメイの瞳が大きく見開かれ、みるみるうちに潤んで涙が滲む。だが彼女は泣こうとしない。


「わたしは…リリスって言います。セレナと一緒に貴女の心を救うために…私の魔法であなたの心に干渉しています。どうか悪く思わないでください、決して悪いことをしないと誓います。」


リリスは結構大事なことまで話している。

夢見の主導者である彼女がそうまで言うのなら大丈夫なのだろう。


既に隣り合わせで座り込んでいたリリスとメイ。

リリスの発言に嫌悪感のようなものを示しては居ないけど、リリスが防衛線を張ったのは何かを思ってか、彼女の夢見の定石なのかは解らない。


すくなくともメイは涙を堪えたまま静かに頷いた。



しかし、言葉を待つ私とリリスをよそに、メイの目は戸惑い唇は震えたままで次に話すべき言葉を話せずにいる。


だから私は彼女に残酷な言葉を突き立てる。


「…貴女は、自己紹介…できるかしら?」


メイの顔が絶望に歪んだ。顎がガクガク震えて奥歯が鳴っている。

堪えていた涙がボロボロと溢れだしているのに、彼女は息を浅く繰り返して声を上げることはしない。



彼女はまだ耐えているのだ。


アイデンティティである数学の才能と知識を守ることに執心することで、自分と家族の記憶を失い、近しい者たちとの思い出を失った。

でもここでソレを後悔してしまったら、残した物の価値を見失ってしまっては自分に何も残らなくなってしまうから。


『なにもない独り』になってしまうから。



私はそんな彼女に、なんて言ったら良いのか判らなくて戸惑っていた。



でも、リリスは違った。


「大丈夫。怖がらないで? 貴女は独りじゃないよ。今までも、これからも。必ず貴女をここから助け出して、貴女の大事な人達に会わせてあげるから、一緒にがんばろう?」


とつとつと、静かにやさしく諭すように語りかけるリリス。

へたり込んで投げ出されたメイの手を右手でやさしく取り、左手を頭に沿えてあやすように撫でる。


見つめる目は慈愛に満ちて、彼女を静かに励ました。


「ひぐっ…うぁ、うわああああぁぁぁあん!!」


次の瞬間、メイの顔はくしゃりと崩れ感情を堪えきれなくなって大声を上げて泣き出した。


人目をはばからずに感情を爆発させる幼子のように、不安だった心を開放して全てを吐き出すために。しゃくり上げながら涙と鼻水を垂れ流しながら泣き続けた。


リリスがやさしく彼女を抱き寄せて肩を寄せると、メイはされるがままにリリスに寄りかかり泣き続けた。




流石はリリス。

多分これはリリスだから出来ることだ。

サキュバスだからとかはあまり関係ないんだろうな。



なんてことを思ってたら。


『何してるんですかセレナ。貴女もメイさんの傍に座ってあやしてあげてください。』


怒られた。


リリスに素直に従い、いそいそとメイの横に腰を下ろす。


さて、どうしたものか。

と、メイを見上げながら手をこまねいていたら。


『どこでも良いので体に触れてあげて下さい。』


急かされた。


身長差で手を伸ばすのが難しそうなので、こてりとメイにもたれかかって身体を預けてみた。


突如、ガバっとメイが左手で私を抱き寄せる。



…ちょっとビックリした。


衝動的に抱き寄せて何も考えずに抱きしめてるんだろうな。

と思うくらいには乱暴で感情的な扱いだったけど。


別に悪い気はしないので、そのままメイに体を預けて大人しくする。


メイはずっとそのまま泣き続け、リリスはそれを優しく受け入れ続けた。

私はぬいぐるみの様に抱きしめられてただけ。


いつの間にかメイの左手は私の手を握っていて、リリスもそこに手を沿えていた。




…ふと、さっき夢見の前にリリスにあやされていた時を思い出した。

あの時と違って、臭いが無い事に気づく。


肌の触感や温もりも、何か違うというか妙な違和感を覚える。

なるほど、コレが夢見の五感に関する情報精度的な話か。




そんな感じで十数分、メイをリリスに任せっきりで勝手に色々比較検証をしていたら上から静かに声が降ってくる。



「落ち着きましたか?」

優しく温かい口調。


上を見上げるとメイもリリスの胸にもたれ掛かってる状態。

涙で目を腫らして、鼻水まみれの顔。

ちょっと虚ろな表情でメイは静かに頷いた。


凄い落ち着くよね、そこ。



そう思いながらメイを見上げ続けてると、ふと彼女がこちらを見て虚ろな表情のままの表情と目線が合う。相変わらずぎゅーっと抱きしめられたまま。


今度はゆっくりと、虚ろな表情のままリリスの方を向き直り彼女を見つめる。リリスはふんわり優しい笑顔で見つめ返してる。


また私を見る。

二度見された。


メイの頬が朱に染まる。


「うあ゛。」


メイが身体をビクリと硬直させ、反射的に離れようと後ろにのけぞる。

が、リリスがそれをガッチリホールドで阻止した。


「うぇっ?!」

メイが想定外の状況と、予想外の反応をされて更に狼狽える。

狼狽えすぎてて私のことは抱っこしたまま。


「大丈夫ですよ。私達二人共迷惑なんて思ってないですからぁ。

 このまま皆でお話しましょう!」

リリスが満面の笑みで見逃さない。


お、なんだなんだ。

そういう方向性になるのか。


んじゃ私も。


「と、彼女が仰ってますので。私も特には申し上げません。

 どうぞ遠慮なさらず私を抱擁し続けてくださいまし。」

抱かれたまま身を捩り、メイに向かって正対する。

そのまま腰に手を回して抱きついてやった。


「ひぇ!?」

私の事を抱きしめていたことをたった今思い出したかのように、慌ててメイは両手を緩めるがリリスに抱きつかれてて身動きがとれない。


ひぇ!? ってなんじゃい。


「せせせいじょさまに!こんなことされては!」

あわあわと狼狽えてるメイ。


あ、そこ?てか、リリスは良いのか。


…ん?

というか、コレは私を聖女セレナと認識してる?


「私のことをご存知で?というか記憶されていらっしゃるので?」

これは記憶が蘇った?


「ちち治療されたという類推と!さっき話していらした小さな子が言っていた『聖女モード』という言葉から!すっ、推察してました!助けていただいて治療していただいたと仰っていたのでぇ!あのっ、知識として聖女さまの容姿も一致しておりますのでぇ!!その様な仮説がたてられると思いまして!」


おー、饒舌に戻った。

そして思い出したわけじゃなさそうだ。

でも、まぁ。


「それはとっても良いことですよ。是非このままでお話しましょー。」

ニッコリ笑顔でリリスはメイを更にかっちり拘束する。


「そういう事になるかもしれませんわね。荒療治に類する行動かもしれませんけれども。ここはリリス様の意見に賛同いたしますわぁ~。」


多分、リリス的には『このノリ』で行ったほうがメイには良いんだろう。そう判断した私は変な聖女モードのまま流れに混ざる。


「あっ、あのリリスさん?!私、あの!自分のことも他人の事も何も思い出せなくて!貴女のことが全然判らないんですけれどもっ、以前にお会いしたこと有る方でどの様な間柄だったのやら!?おっ、教えていただけますかっ。」


「ご安心くださーい、初対面ですよぉー。」

やや間延びした口調でゆったりと答えるリリス。


「初対面でこの様に触れ合う方はご安心出来ないかもしれません!」

ますます赤面しながらメイは早口で答えた。


それはそう。


「まぁまぁ。悪いことはしませんからぁ。」

なだめるように言うが、やってることは凄いぞ。


悪意は無くても気恥ずかしいんだよなぁ…コレ。



「うぅ~…、何これぇ…!」

さっきの泣きじゃくっていた時とは別の震える声で、メイが現状を憂いて感情を吐露する。


ねー、私もそう思う。



でも、多分彼女はもう大丈夫。


さっすがリリス。


違う点同士が出会う、点が繋がり線となる。

別の点が増えて線が2つ増えると、そこは面となる。


彼女たちの面に囚われると、おそらく死どころか即座に昇天する。

極限浄化領域アイリス・トライアングル。


我々が触れてはならない禁域だ。

そこへ向かうのは辞めておきなさい。

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