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救済の聖女のやり残し ~闇と光の調和~  作者: 物書 鶚
第一章 第一部 二人の旅の始まり
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第四十二幕 「論理の壁」

私は壁の中にいる。

高く頑強な壁は私を守るための物だ。

だが、私が守るべきものは壁の外に居る。

今も助けを求めて、抗い続けているのだ。


「だが私は、私の成すべき事のために歩み続けるしかない。

 たとえ、そこに如何なる犠牲があろうとも。だ。」


「こんにちは!はじめまして。で()()()()()?」


振り返った私とリリスに対して、朗らかな態度で挨拶。

私達の反応を心待ちにしてワクワクが止まらない。


そんな印象を抱かせる雰囲気。


「…そう…ですわね、()()()()()()初めてでございましょうか。」


「あー!いいよぉ。そういうかたっ苦しい言葉で接してくれなくても!さっきの子も言ってたけども、『聖女モード』だっけ?無駄だから止めて!もう色々見ちゃったから!」


「…あなた、何処から見聞きしてたの?」

嫌な予感がして曖昧な質問が口をつく。


「何処から、の定義に依るけども。私が『論理の壁』を構築しはじめて情報の洪水をやり過ごし始めてから、今現在に至るまでの事は全て把握してるよ?私の身に何が起きて今どういう状況なのかもある程度は仮説が立ててあるし、さっきの会話で色々と確証は得られてる。のかな?」


「わぁ、凄い饒舌。」

リリスが引いてる。

うおい、サキュバスが夢の中で圧倒されないで。


「ちなみにその仮説とやらを聞いても?」

予感が確信に変わりつつあるけども、取りあえず状況を進める。


「もちろん!」


そういってメイは嬉しそうな顔で()()()()()()()()()()

嬉しそうに息を大きく吸い込み喋り始めた。


「仮説『現状の眼の前にある情景は私の精神・もしくは脳内にて外的要因により実行されている超常もしくは魔法的現象であるが、現実である。』について。」


答えだわソレ。


「仮定。現在は私は既に囚われの状況から脱しており誰かしらの保護下にある。論拠はさっき言った通り『論理の壁』を構築して耐えていた情報の洪水が変化してから約47000秒が経過してるのだけども、その間に起きた私の知覚認識領域における状況の変化がソレを証明してくれていると思うの。」


「よ、47000びょう?うぇ…と?」

リリスが指折り計算をしてる。


「およそ13時間よ、リリス。貴女の言う『情報の洪水』が何を指してるか聞いても?」

この子は、自分が助かった…つまり野盗共からの凌辱から開放された瞬間を認識してた?そして今まで数え続けてた?


「薬物によって無法に無限に無秩序に開放された私の五感が認識した支離滅裂な知覚の事をそう呼んでいるわ!ちなみに『論理の壁』は私の記憶領域に保管されていたありとあらゆる学問の整合性を繰り返し脳内で反芻し続けることによって、異常な知覚による混沌とした五感の情報を隔絶するために自分で編み出した精神保護の為の方策をそう名付けたの!」


「説明ありがと。質問の手間が省けるわ。」

確信。

この子はやっぱりそうだ。


「でね!最初はあいつらが揃って休憩でもしてるのかな?って思ってたんだけども3600秒ほど状況が安定していたことから何かしらの状況変化が起きたという推定で観察を続けてたのよね。推論は幾つか挙げられたわ。『仲間が仕事で外出しているために凌辱サイクルの頻度が落ちた。』『私に飽きて別の何かで時間を潰している。』『私で遊ぶ順番を巡って争いが起きて死傷者が発生して混乱している。』位の事は考えた。のね!」


「貴女…凌辱サイクルだの飽きただの遊ぶだの…よく平気ね?」

軽い頭痛を覚えたような気がしてこめかみに指を添える。


この子の興味は、今現在その事には一切関与していないのを理解しつつも言わずにはいられなかった。


「平気ではなかったけど事実じゃない?続けるよ?先に上げた推論はおおよそ2週間という長大な期間、ほぼひっきりなしに続けられた私の身に降り掛かった理不尽の事を考えると少し早計かな?とは思ったんだけど、他の推論を定めるには情報が無かったから希望的観測が大部分を占めていたと思うのよね!」


この子はあの惨状の中にあっても常に正気で居続けれたのだ。

でなければ…


「では、その推論が変化した情報とは?」

私は順番に解説を求める。


「情報の洪水の変動率が落ち着いてから観測をし続けておよそ15000秒、最初の変化を観測したわ!実感として私の五感の全てから発せられていた外的刺激が異様に落ち着いたのを確認したの。おそらく連中によって負わされた私の躰の内外にある傷が治療されたのかな?と予測したわ。最初の痛みこそ痛烈に覚えているけども、ソレ以外の乱暴な扱いによる躰の損傷については既に正常な知覚ができなくなっていたから。ね!」


「いー、15000秒。えーと3600が、一時間だからー?」

リリスが再挑戦してる。

でも待つ気はない。


「およそ4時間と少し、よ。どうぞ続けて?」

リリスがすんごい不満げな顔をしているが無視してメイに先を促す。

ちなみにコレは多分、私が最初にメイの身体の内外にある負傷を治療したタイミングだ。

リリスの『冥魂の揺籠』による知覚遮断もおそらく認識している。その間に治療したことで痛覚への刺激が無くなった事と混同してるみたいだけど。


「はーい!外傷がその時の私に及ぼしていた異常な知覚が途絶したことで、情報の洪水の変動率はさらに落ちたわ。馬鹿になっていた痛覚が落ち着いたものの相変わらず他の感覚が異常知覚していたから、洪水が収まったわけでは無い事を確認し、その原因を記憶領域と推定私が受けているであろう扱いを元に予想される負傷を代入して予測値を比較した事で私は『私は治療を受けている』推定を得たわ。」


助けられて、無事治療を受けられた。という事を…かくも小難しく話せるものだと関心しかけたが…、そうかコレも『論理の壁』の一部なのか。

だとするならば…今この様に振る舞う彼女は…?


「で、その推定が確証に変わった事象は割とすぐに来たの。時間にして1574秒、あの状況下における私の観測領域において最大の劇的変化、情報の洪水がみるみるうちに変動率を落としていって、1712秒で完全に0に。ね。」


「えーと、えーと。」

2つの秒数を言われて両手で律儀に計算しようとしてる。

頑張れリリス、待たないけど。


「26分14秒と28分32秒よ。よくもまぁ数えてられるわね。」

彼女の中で数えられた秒数がどれほどの精度かは知らないが、その執着心は紛れもなく本物。

一方、リリスは諦めてうなだれてる。

『夢見』の施術が解除されたりしないか、ちょっと不安になる。


「ふふふん、私は数字についてはバカみたいにこだわるの!」

ドヤ顔で胸を張るメイ。


「バカみたいに、とは()()()()()()()けど。凄いみたいね。」

親バカとは隔絶された真の才能の発露と発覚。

夫妻は純粋に的確にメイの事を評価していた。


と、ここでメイの発言が止まる。

おや?と思って彼女の目を見ると…やや動揺でもしているかのように瞳が揺らいで眉が曲がっている。


「どうかした?何か異常を感じるの?」

さっきまで暴走したかのように饒舌に喋っていた彼女が突然押し黙ってしまったので心配になる。


「あっ、いや。大丈夫!で、えーと?ど、何処まで話したっけ。」

明らかに動揺してる。


「1712秒で観測し続けた情報の洪水における変動率がゼロに。」

最後の観測を端的に復唱してあげる。


「あ、そか。…んで、『情報の洪水』が収まった後は…ひたすら色々試していたの、この状況から…なんとか脱するために。」

メイの言葉から勢いと覇気が消えた。


メイに動揺が広がるのがありありと見て取れる。


「それはどんな風にですか?」

リリスが前に進み出ながら喋りだした。


「え?えっと。『論理の壁』を再確認したり…、未使用の知識を反芻してみたり…?覚えてる数式をいろんな変数で計算しまくったり…?」

メイの声が震えてる。


「他には何か試してみました?思いついたこと、教えてください。」

リリスが何かを察したかのように、メイに語りかけながら近寄る。


「え、他に…?数字の計算と、知識の反芻…あ!あと、色々仮説や推論を考えてみたり…。」

しどろもどろになりながら、突如子供みたいに口ごもるメイ。


「うん、ほかに何か思い出せる?」

リリスは優しく問いかける。

既にメイの隣に寄り添って彼女の手を握って背中に手を沿えて。


「えっと、他に…、他に…?」

うつむき加減になり、目を泳がせながらメイが狼狽えている。

足取りも覚束なくなり後ろに転びそうになるが、リリスはそれを危なげなく支えてそのまま座らせた。


自分が転びそうになったことを認識していないかのように、メイは突如としてぶつぶつと呟きながら必死に何かを考えている。




私はメイを見ていて嫌な予感の一つが当たってしまった事を確信する。


彼女は2週間という長い期間、口にするのも憚られるような状況下に晒され続けたが…自分の知識と才能により『論理の壁』を脳内に構築することに成功し、自身の精神が崩壊することを防ぐことは出来た。


しかし、その壁の外に在るモノまでは守れなかったんだ。

 


『セレナ、聞こえますか。夢見の権能でセレナだけに意志を伝えてます。』



メイは自分の心を守るために必死に自分にできることを実行し続けた。

『数覚』と『知識』と『思考』と『記録』を延々と実行し続けた。



『手短に伝えます。今、メイさんの記憶を覗いて解ったことがあります。』



『情報の洪水』に耐えるために、必死に自分の中で築き上げ続けた自己に内在する知識の牙城は彼女だけを守った。



『メイさんの記憶…家族や、村の人たちとの思い出はズタズタです。

 彼女の中に残ってるのは膨大な知識と数字と数式と図形。

 人の名前や容姿、交流の思い出は…もはや形を成していません。』




代償に、彼女は『思い出』を失っているのだ。


線引。

取捨選択。

何かを選んだ時、何かを諦める。


二兎を追う者は一兎をも得ずだそうで。


うさぎは喰ったことねーです。

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