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救済の聖女のやり残し ~闇と光の調和~  作者: 物書 鶚
序章 旅の終わりと、旅の始まり
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第六幕 「眠れない街」

誰もが夜通し喜んでる、闇夜に灯りをともして


誰もが夜通し楽しんでいる、光りに包まれながら


「それなら闇にいる者たちは、あの中にはいられない」


日もすっかり落ちて、辺りは暗闇に飲まれつつある。


いつもであれば陽の光とともに街は静かになり


酒場の喧騒を伴う灯りや、巡回の衛兵による篝火の


灯りぐらいしか無い。



しかし今夜は違うようだ



王城の門はどこも盛大に篝火が炊かれ


城壁の上の灯りはどれも爛々と輝いている


夜勤の兵達は持ち場に椅子とツマミと酒を用意して


同僚と一緒に盃を打ち付け合っている



…王家の家紋入り長剣に腸詰めを刺して焼くんじゃない。




深夜に差し掛かろうという頃なのに


街の通りには煌々とランプや蝋燭の灯りが並んでいる



提灯らしき仮設の街燈は


様々な色の紙が貼られており


中で揺らめく光源により町並みは極彩色に染まり


幻惑的な夜景を闇に浮かべる



酒場も、食堂も、屋台も、食料店も飲料店も


服屋も靴屋も金物屋も、本屋も雑貨屋も。


しまっている扉を探すほうが大変な位に


街はどこもかしこも賑わっている。



屋台は格安で軽食を振る舞い。


酒屋は無料の酒を配っている。


食堂も、もはや注文を取る給仕が居らず


思い思いに調理をしたり、隣のテーブルの料理を分け合って楽しんだり


上機嫌の客たちは適当に銀貨を放り、店主に礼を述べて次の店へと繰り出す


もはや勘定など有って無いようなものだ。


それでも誰も文句は言わない


それどころか笑顔が通りに溢れているのだから



酒場はどこも満員だ



ちょっと通りから店内を眺めてみると。


英雄に乾杯を捧げるもの。


勇者に、魔導士に、聖女に、導き手に、守り人に


それぞれの推しを挙げ、競い合うように褒め称える者たち


自分たちの明るい未来に乾杯を捧げるもの。


魔導工学のうんちくを垂れ流し、妄執的な知識を披露するもの




農家のオヤジらしき男は手土産の食材を厨房に投げ渡し


駆けつけ三杯、豊穣への感謝を述べ、盃を空にする


そういえば、もうすぐ「光獲祭(こうかくさい)」の支度を始めなければならない


ルミナスにおける国教、ルミナス教の象徴たる女神ルミナスの慈悲に対して


秋の終わりに大地の恵みと実りに感謝を捧げ


冬の「光復(こうふく)の祭」に向けて蓄えをえる


神殿で冬の無事と春の訪れを祈り


神官たちと光の女神ルミナスに復活の祈りを捧げる…



そんな事を考えていると違和感が



ん?これは聖句で…。


…女神ルミナスの導きに乾杯をあげる者?


…どうやら彼は神官見習いのようだが…




神殿を抜け出したのか、そもそも監視するものが居ないのか。


今日ばかりは神職者も禁欲を破るようだ。



赤ら顔でカードゲームを楽しみ酒を煽りながら掛け金を上乗せしてるのは…


あれ、ケチな金貸しじゃないっけかな…?


んで、負けてるし。


でも、笑ってる。



動物嫌いの乱暴者で有名な鍛冶職人のオヤジが、野良犬と一緒になって寝ている。


あのオヤジ、工房に犬がきたら金槌もって追っかけるって有名なんだが…。



なんだかもう、違う世界にいるようだ。


色とりどりの灯りに見たこともない風景が広がっている



ふらつく足取りは軽く、安酒と雑な味付けの料理が最高に美味しく感じる。



今夜はまだまだ寝られそうもない…!






—所変わって、同時刻帯の王城


昼間、王の演説を聞き英雄が威を示した広場は人気は無く閑散としている。

しかし案内の灯りを辿って庭園に向かうと…



王宮の一角ではやはり宴会が行われているようだ。


屋内会場だけでは足りないのだろうと


屋外にも立食テーブルが用意され


街燈と行灯に照らされた特設会場が人々の笑顔で溢れている


王城に招待された有力者や地主が仲良く談笑をしている



給仕の女性が、険のある婦人に呼び止められ


あなたちょっと休みなさい。コレ、美味しいから食べなさい。


などと、普段では絶対あり得ない風景がそこにある。


女中は女中でしっかり呑んでいるではないか。


ポケットに高級酒のボトルが覗いている。



ふと気づくと離れの迎賓館から煌々と灯りが漏れ、


中から優雅な音楽が聞こえている。


どうやらやや軽快な調子のワルツが流れ、ダンスが楽しまれているようだ。



大型の宴会場を備えた夜会向けの豪華な作りの建物は


やはり笑い声と乾杯の声が聞こえる。




テラスに見知った姿が数名。

飲み物を片手に語らっている。


「それにしても、ソフィア様の花火、ほんっとうに素晴らしかったですわ。まるで青空に大輪の華が咲いたようで。わたくし胸が打ち震えてしまいました。」

セレナが片手に果汁の入ったグラスを持ち、右手を胸に当てしみじみしている。


「んふふー、杖が急造の模造品じゃなきゃ、もっと派手にやってやったんだけどねぇ~」

自信ありのお披露目だったのだろう、ソフィアは上機嫌で強めの酒を煽っている。



「うむ、見事な精霊花火(せいれいはなび)であった。

ワシの故郷でも鉱炎反応(こうえんはんのう)を利用した、多色の花火があるが、真っ昼間にあそこまで大きく鮮やかな打ち上げ型の花火を見れるとは思わなんだ」

グラムがジョッキを片手に髭を撫ぜながら同意する。


「いやー、そんな事はあるけれどもぉー?まぁ、ダブルキャスターの私にかかれば楽勝ってことですネェ。粗悪な杖でもアレ位楽勝ですよぉー?」

照れなのか酒なのか、ますます頬を紅潮させるソフィアは、またもくいっと盃を空にする。



「はっはっは!『炎嵐の指揮者(えんらんのしきしゃ)』は伊達ではないな!」

ガレン将軍は呵々大笑し手に持っていた軽食を口へと放り込んだ。


「ん、うまいなコレは。塩っからくて酒が進む。」

将軍が頬を持ち上げて笑う。


「見慣れない料理ですけれども…来賓の方向けの料理でしょうか?」

セレナがテーブルの上にある同一のモノに興味をしめす。


ビスケット上にサワークリームのような白いモノ、その上には魚の切り身?が載っている。


「コレはワシの故郷の料理を似せたものではないかな?塩を大量に使った魚の保存食でな、ドゥ・ラウタの乾燥した土地でも日持ちする。こうやって焼き締めたパンやビスケットに載せてな、乳漿をすくい取って食うのだ。将軍の言う通り、酒の肴に最高なのだと我々の間では人気だそうだ。」


どこか他人事の様な言い回しに将軍がはて?と反応をする。


「なあ?グラム。お前それ…手に持っている中身。もしかして酒ではないのか?」

何かに気づいたかのように、ガレンはグラムの持っているジョッキを覗き込む。


「ガレン将軍はさすがのごけーがん(ご慧眼)にございますわぁー。

この、世にもめふらしい(珍しい)巨くのドワーフ。他にもひりつ(ひみつ)がございましてよぉー。」

ソフィアはいよいよ酒が止まらんといったふうにボトルを手に持っている。


「まさか、グラン…!貴殿!!」

将軍が目を見張る。


「……ええ。ワシは下戸です。

若い頃は故郷でよく揶揄われたモンです…」

グラムはちょっとだけ照れくさそうに、昔を思い出してるように目を細める。


「下戸のグラム様。あぁ、…アレは、大変悲しい事件でございましたわ…。」

セレナが遠い目をしながら少し頬を引きつらせている。



「…お前たちの旅路に、いったい何が起きたのだ。

酒が苦手なグラムが何かをやらかしたのか?」


「…ワシは一切何も覚えておりませんのでな。責任を問われてもかなわんのですが。」


ちらりと、ボトルをラッパ飲みしている酒乱をグラムが睨む。

グラムの非難のこもった視線に気づいたのか、ソフィアはへべれけになりながら応えた。


「あによ、…あらしだっておっさんがしゃけ()によわいだらんて。ゆえ()にもおもっれなかっらんお?」


「ソフィア様?あの、もうそろそろお酒を控えて頂けませんか…?もう何を仰ってるのやら…?」

セレナがあわあわしながらソフィアの醜態を見られてないかと周りを気遣う。


「やーあー!いあまえ(今まで)がまん(我慢)しらんあー!こんあわ(今夜は)はくあえ(吐くまで)おあらんおー!」

駄々をこね始める酒豪が酒に呑まれつつある。

手を使わずにボトルを咥えて上を向いて飲んでいる。


「ソフィア様!あぶないですわ!!」

聖女がウワバミと化した魔女の咥えているボトルを背伸びして支える。


「こいつ相変わらずの酒好きか…。よりにもよって年代物のブランデーを安酒のように…」

将軍が珍獣を見るかのような目つきでソフィアを見つめる。


「ワシには理解しがたい存在ですな。」

深く頷いたあと、グラムはジョッキの中身のお茶を煽る。


「酒の飲めないドワーフも中々に希少であるぞ。グラム。」


「ほっといてくだされ。」


「で、グラム。貴殿らの旅の途中で何が起きたのだ?酒でぶっ倒れただけか?」


「…ひっぱりますな、将軍?」


「それは…、世にも珍しい巨体をもったドワーフが酒が飲めないなど…。この、か弱き聖女セレナが、素手で熊を捻り潰す様な不条理ではないか…?」


「…ガレン様。わたくし、ガレン様が何を仰っているのか、さっぱりわかりませんのですけれども…。」

セレナが支えてる空になったボトルから、ちゅぽん。と口を外したソフィアはフラフラと次の酒を探しに旅立つ。


「…あやつ、まだ呑むか…。

アレでは炎嵐の指揮者ではなく酒乱(しゅらん)混濁者(こんだくしゃ)ではないか?」

将軍は上手いこと言えたと顎に手をやりながらグラムを見る。


「相変わらず言葉遊びがお好きですなぁ。」

やれやれといった面持ちでグラムは肉を頬張る。


「…どういう意味なのでしょうか。わたくし言葉遊びは苦手でございます…。」

置いてきぼりを食らったセレナが頭を悩ませていると。


「指揮者という言葉を別の言葉で表す。

それがヒントですよ?セレナさん。複数の言語形態を持つ文化ならではの遊び心ですね。」

横からもう一人の仲間が、にこやかに合流した。


「シルヴィア様。氏族の方とのお話はもうよろしいのですか?」

セレナがシルヴィアの同族との交流を気遣う。


「私は、変わり者ですから。血族としての結束を重んじて

酒宴の席で無愛想に固まって座るなどしないのですよ。

何よりあそこには少々苦手な人がおりまして…。」

シルヴィアはバツが悪そうに苦笑して

テラスから見えるエルフたちが固まっているテーブルに目をやる。


「私個人としては、彼らがこの場に居ることは心の底から驚ける事なんですけれどもね。」

シルヴィアは少し遠い目をしてエルフたちを見つめる。


「それだけの事を、貴殿らは成し遂げたのだ。

祝わぬ者のほうがどうかしておるぞ。」

ガレン将軍は盃を軽く掲げ、新参した英雄を歓迎した。


「そういうものですか、ね。」

シルヴィアは将軍の言葉に少し複雑な表情をしながらグラスを掲げ返した。


「で、シルヴィア。貴殿はグラムの秘密を知っておるのであろうな?」


「まだ食い下がりますか。将軍!」

グラムが呆れている。


「グラムさんの秘密…あぁ、あの寝酒の悲劇の事ですか。」


「寝酒の悲劇…?グラムが起き抜けに

水と間違って酒を飲み昏倒した…いや違うか。」


シルヴィアのヒントにガレンは即座に思考を巡らせる。

まだ答えはでていないようだ。


「シルヴィア、別に将軍に喋ってもワシは構わん。

どうせワシのせいでは無いからな!」

ちょっと投げやりな感じで、やや不機嫌な巨漢は言う。


「では御本人の許可も頂けたということで…

…極寒の死地を行軍中、彼の地の北東部へ向かう機会が有ったのですが。」


「北東部…。『絶氷の棺桶(ぜっひょうのかんおけ)』か!」

とんでもない名前が出てきて驚く将軍。


「えぇ、あの絶対零度の地へ、まぁ肝心の目的は果たせずで失意の我々はベースキャンプに戻ろうと極寒の嵐の中をソフィアさんの炎系魔法補助とセレナさんの強化術で強行軍突破しようとしたのです。」


少し思い出すかのような仕草をしてシルヴィアが語りを続ける。


「荒れ狂う風と氷の精霊の激しさに、私の語りかけも役に立たず。

視界2mもないような中、なんとか嵐を抜けようと。皆で固まって移動をしてたのです。


 偶然、山間に自然窟を見つけた我々はその日の野営と嵐をやり過ごすために洞窟に避難しました。

 幸い中は広く風をやり過ごす位の場所は確保できそうだったんです。しかし洞窟の大分部は氷結しており、奥へと続く道は下方へ傾斜して危険でした。奥へ行けば天然の大型滑り台で一気に地の底へ、そんな場所でした。


 比較的乾いて滑落を免れそうな場所に、野営の道具を広げようとした折に。ソフィアさんがグラムさんに自分の飲んでいたスキットルを渡したんです。


『おっさん、壁役(タンク)おつかれさん。』ってね。


悪気は一切無かった筈です。

グラムさんがお酒苦手なんて、その時まで私も含め誰一人知らなかったので。


…その体格を活かして壁となるため我々の行軍の先頭を買って出てくださったグラムさんを身体が冷えてはいけないと。ソフィアさんなりの気遣いだったのでしょう。」


シルヴィアはすらすらと語り、一呼吸を置く。


「まさか、グラム。貴殿、一気にヤったのか」

状況を思い浮かべ将軍が興味深そうに話に食いついている。


「…ワシには前後の事が一切記憶に残っておりませんのでな。二人の証言を聞いて頂けますかな?」


シルヴィアは話を続ける。


「—極寒の吹雪の中、視界不良で足場も悪く、背後の我々への気遣いも忘れず、その巨体で豪風を一身に受け、それでものしのしと歩く姿は宛ら雪男。しかしながら、やはり極限状態に居ることは変わらず。グラムさんの心身には相当の負担が掛かっていて、喉も大変乾いていたことでしょう。」


「シルヴィア。おぬし、なんか楽しくなってきとらんか?

誰が雪男だ。」

グラムが語り部を非難する。


「…水を差し出されたと思ったのか、グラムさんはそのスキットルを煽り、渇きを潤す為に一気に喉を通したのでしょう。時に仲間同士の信用は意外な結果を生みます。


『あっ、ちょっ』と、ソフィアさんは飲みすぎだ、ちょっとで良いんだ。

と、止めようとしたんでしょうね。


…しかし手遅れでした…。


ウィスキーか、ブランデーか。きっと雪中行軍用にキッツいのが入っていた筈です。」


シルヴィアは手を額に添え、悲劇を憂うように頭を振った。


「そして、貴殿は即ぶっ倒れ。運悪く天然の滑り台によって、遥か下方へと落ちていった。だが『不動の黒鉄』が持つ強靭なる肉体は無事であった。そんな所か?」


シルヴィアが話した情報を元に、状況を分析。テーブル上の年代物のブランデーボトルを眺め。

被害者が今此処に居るということはそんなに深刻なことでは無いだろうにと思いつつ。

将軍は答えを急ぐ。


「…いいえ、将軍。確かにグレンさんは倒れて滑落し下の方へ。

それにグレンさんの身体は氷ごときでは傷つかず。

天然のすべり台は意外と短かったのです。少し離れたところで彼の身体は止まってくれました。」


それのドコが悲劇に繋がるのだ。と将軍が首を傾げると。


「その先は、わたくしからご説明いたしますわ…。」

神妙な面持ちでセレナは将軍を見つめ返すのだった…。




何かが終わった時、何かが始まるのなら


喜劇が終わった後に始まるのは、なんなんだろう。


「喜劇を光とするならば、悲劇は闇なのだろうか」

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