第四十幕 「準備」
すきまなく ぴったりと あなたと ふれる
すこしずつ とじていた こころが ひらく
すこしだけ ひめていた おもいに きづく
「あぁ…こんな思いに気づかなければ…。」
時間にするとたかが2~3分。
されど2~3分。
完全に無抵抗で私はリリスにただ抱きしめられていた。
抱きしめられるに留まらず頭も撫でられてた。
すんごい優しくヨシヨシされてた。
最初は恥ずかしさで混乱した頭が状況を理解してくれず、されるがままだったけれども次の瞬間には気持ちが落ち着いて心地よくなってしまった。
なんだこれ、サキュバスすっごいな…。
なんて思ってたら「知らない知識」が私に告げてきた。
『身体において急激な羞恥心によりコルチゾールが増大。ストレス過多で不安定になった精神状態をリリスとの素肌接触を含む直接的な包容が多幸感を産みオキシトシンを増大させて生物学的リラグゼーションを生み出す。新生児が母親との素肌接触により急激にストレス緩和を見せる現象と同様。また、新生児に母乳が推奨されるのは初乳による抗体効果の他にも母親自身のオキシトシン増大にも効果がある。』
あー、これはサキュバスの能力とかじゃなくて、普通に母性なのか。
理力を使わなくてもこんなに効果あるものなんだ。
すごいなぁ、母性…。
ていうか何この新生児トピック。
ていうかサキュバスの母性てなんやねん。
ていうか誰が赤ちゃんじゃい!
「あれ?また顔が熱くなってきました?」
私の頭を撫でていた手が止まって、上から優しい声が降ってきた。
「なんでもないわ。ちょっと脳内の失礼なやつに憤りを覚えただけよ。」
「ふふふ、いつものセレナだ。
…もう落ち着いたみたいですね。良かった。」
またヨシヨシされた。
…ていうか今の「知らない知識」…何か違和感があるんだが…。
今までは…私の行動目標に適切な情報が自動提供される様な形で知識が思い浮かぶようなイメージだったんだけど…。
今のはなんというか、私の思考や疑問に対する答えだった…?
ていうかリリスに関する言及…。
…あれ?
なにこれ、今までで一番怖いぞ。
「それじゃぁセレナの服、脱がしちゃいますね。」
リリスが私の着ていた借り物の服の前ボタンをプチプチと外している。
実はもう上着は取られてた。
悠長に一人で考えてる場合じゃなかった。剥かれる。
…でも、まぁ…。
「リリスの中では脱ぐことはもう決定事項なの…?」
「えっ、だって理由を説明して納得してたんじゃないですか?」
「説明も理解したし、納得はしたけど…許可した覚えは無いんだけど…。」
「あれー?そうでしたっけ…?でもー…正味な話、サキュバスとしては脱いでくれたほうが安心して『夢見』を行使できるんですけれども…。」
不安そうな顔してしょげてるリリス。
「わかったわよ…脱ぐわよ…。」
こうなってしまっては抗うだけ無駄だろう。
私はため息混じりに脱ぐことを承知した。
「えへへ、流石セレナ。お気遣いありがとうございます!」
なんて純朴な瞳と純粋な目的で人を脱がせるんだ、この淫魔は。
恐ろしい子!
こうして私はまんまと脱がされて、下着姿へ。
そして目の前に横たわる、哀れな少女の衣服を剥いている。
二人がかりで。
ほんとうに、誰にも見られませんように…。
そしてしばらくした後。
扉は施錠されており、窓にはしっかりカーテン。
信用もされて任されているし、指環の効果で結界化もされている。
部屋の片隅に寄せられたベッドの中央には下着姿で仰向けに寝ている状態のメイ。手元には積み木と毛糸の束が握られている。
「さーて、じゃあ私は壁際に。セレナはこっち側へ。」
そういってリリスがのそりとメイを四つん這いで跨ぐ。
褐色の肉感溢れる肢体が、なんかよく解んない色香を出しながらメイの右側に横たわる…。
つくづくサキュバスだ。
リリスが能力を行使するんだからリリスが主導するのは普通。
ベッドが狭いのも仕方ない。セミダブルじゃ3人仰向けに寝るのは無理だから必然的に二人共メイの方に横向きに寝ることに。
んで、案の定ギリギリ。
肌も色々触れてる。
「ねー…リリス。せめて一枚上に何か掛けない?」
私もモソモソとベッドに上がりメイの左側に寝る。
そして最後の悪あがき。
「それじゃ私とセレナの接続が上手くいかないかもですから…脱いだ意味無いじゃないですか。」
もー。まだ言いますか!
みたいな顔でちょっとぷんぷん顔のリリスにすぐ咎められる。
はい、そうですよね。
「ほら、セレナ。左手をこちらへ。」
そう言ってリリスは自分の右手をメイの胸の上にかざす。
「んぇ?」
もぞもぞと位置調整をして何とか良い収まり場所は無いかと模索していたので唐突な要請にマヌケな声がでる。
「積み木と毛糸を持っているメイさんの手の上に私達も手を重ねましょう。本当はもう片方の手もメイさんを包むように腕枕しときたいんですけど…いっそのこと二人でメイさんを横から抱っこしません?」
「やだ、この上なく密着して恥ずかしい。」
「仕方ないですね…。もう片方の手は自分の腕枕にでも…」
「リリスもそうするの?」
「いえ、私はメイさんの頭部に手を沿えておきます。」
「…じゃあ私もそうする…。」
そうした方が良いんだよね?
おやま。って顔をした後ニッコリ微笑むリリス。
「ありがとうございます。」
「ここまでやったんだから…。」
「もちろん手を尽くします。セレナも一緒に来れるように指環に願ってくださいね。もしダメでも…このままちゃんと見守ってて下さいね。」
「うん、わかってる。頑張ってね。」
―時刻は22時を回った頃。
月は高く昇りつつあり、真円の天体から月の光が降り注ぐ。
「じゃあ、セレナ。始めるよ。」
深い森に囲まれた村が月に照らされ闇夜に浮かび上がる。
「うん、お願い。」
リリスの全身から紫紺の靄が溢れる。
中空にただよう紫煙のように、流れる靄は3人を包んでゆく。
「目を閉じて、力を抜いて…楽にしていてください。」
聖女は言われた通り静かに目蓋を閉じる。
同時に素肌へ微かに『何か』が触れる。
「無理に眠ろうとしなくても大丈夫ですよ。
夢見の誘いは静かに自然に、いつの間にか行われます。」
肩に、腕に、指先に。
耳に、頬に、鼻先に。
つま先から太ももを緩やかに撫ぜるように。
背中からうなじ、頭を優しく包むように。
「あちらで…会えるのを楽しみにしてますね。」
メイにもたれ掛かるように静かに寝息を立てている聖女に。
優しく淫魔は微笑みかけた。
川の字
あー、流されたい
この激流に身を任せどうにかなりたい




