第三十七幕 「打ち合わせ」
気持ちが合わさる。
心が重なる。
ふたつの想いが一つになる。
「ふたりなら大丈夫さ。」
「この指環の効果、『魔術の最適化』の可能性…ですよね。」
リリスがわたしの目の前に左手をかざして呟く。
「魔術では看破できないレベルまで初級隠匿魔法を知覚完全認識阻害化。
あなたの角を自然に隠すため部分的に施術された初級隠匿魔法を最適化。
さらに一定の広さの部屋を一方向のみの遮音結界化する自動対応機能。
そして恐らくメイの治療時になされたであろう、リリスの闇系統昏倒魔術の最適化。」
わたしは今までに起きていたであろう指環の効果を端的に口述した。
「正直、術者の感覚としては魔術強度の減衰が普通より遅いかなって程度だけで。本当にメイさんの知覚を完全遮断できていたのかは自信ないです。」
術効果の最適化が理学的に検証されず、場当たり的になっていれば当然の反応だろう。
「大丈夫よ。人間の体って刺激に対する強制反射みたいなのがあるんだけど。あの時のメイは完全に体が弛緩してて無反応だったわ。あの昏倒魔法だって流石に内臓が急激に変異して激烈な痛みが走れば嫌でも覚醒するでしょう?」
あの時のメイの体内で起きていたことを簡単に言うと、数日掛けて行われていた月経時の子宮内膜の剥離が『ものの数秒』で発生したことになる。
私は軽いほうだけど、数日間続く痛みが一瞬に凝縮されたらと思うと正直ゾッとする。
「まぁ…外部の刺激をある程度遮断できても…内臓がってなれば別なのかも?」
「それが最適化されていたから理力による急激な代謝の違和感と内膜剥離の痛みにも無反応だったんでしょ。」
「じゃー、成功ってことで?」
やや眉を寄せながらリリスが私を見つめてくる。
「そ。」
わたしも何でもない事だと言わんばかりに明るい顔で見つめ返す。
実感が無い以上、リリス的にはあまり腑に落ちることでは無いとおもうけど、私の『知らない知識』と外科的治療経験から言わせてもらえばアレは『完全な全身麻酔』に類する効果だ。
「そして、次の課題。『夢見』によるメイの意識への干渉。素の状態で彼女に影響を及ぼすことが出来るのは確実みたいだし。あとは内容をしっかり決めて打ち合わせした後、指環の効果を祈りつつ挑戦するしか無いわね。」
「うぅ…未知の体験なのにすべて私に掛かってるというのは不安です…。」
「そこら辺は度胸でぶち当たってねとしか言えないわね。」
「あんな暗号みたいな数字の山を数時間で頭に入れるなんて無理ぃ…。」
「あ、そっち?」
「セレナは頭いいから大丈夫なんでしょうけど…私にとってはアレは無理です。ちんぷんかんぷんってヤツです。」
「それに関しては多分大丈夫。」
「とゆーと。」
「『夢見』のプロ的な見解が欲しいところだけど…私はこう思ってるの。メイの心を呼び起こすために最も効果的なのは『彼女の才能の原点』を刺激するのが一番なんじゃないかなって。」
「才能の原点…あ、そっか。」
リリスが間仕切りの向こうにある、ベッド脇の棚の方へ目をやる。
「ふふ、流石リリス。やっぱり頭の回転が早い。」
泣き虫うっかりさんだけど。地頭は良いのよねこの子。
「積み木と…毛糸ですね。」
「せいかーい。」
両手を掲げて丸を作る。
手の平にリリスの髪が触れた。
「んで『夢見』のプロ的には効果の期待値はどーですか。」
ついでに髪をわしゃわしゃしながら聞く。
「その『夢見』のプロって気に入ったんですか?」
ちょっと呆れたような笑顔を向けられた。
「だって今のところ世界で唯一の技能よ?お金普通に取れるわよ。」
「また話が変な方に…。そうですねぇ…記憶の源泉に触れる、という感覚が共感して貰えるか判りませんけども…その人が心の奥底で大事にしていることは大抵が小さな頃の経験だったりします。逆に悪夢になると物心ついてからの激烈な体験がトラウマの根幹だったりするのですけども。まぁ、逆も然りなんですけども、見当としては当たりかと。」
「じゃー、お墨付きということで決定。使う道具は積み木と毛糸。形状も色も単純だから夢の中で再現するのも容易ね?」
「はい。問題ありません。」
「そして、語りかけの内容としては…『メイとローナはもう助かってるってこと、体も治療したし汚物も薬物も取り除いた。リックの体も元通りだ。』という内容を基軸に、積み木と毛糸で彼女の原点を刺激する。
こんな感じかしら?」
「はい。まぁその、ちょっと治療という観点から『夢見』で干渉するのが初体験なので…探り探りになるかもしれませんけども…。」
やはり不安げな様子。
「そこは…ほんともう任せるしか無いかもしれないから。頑張って!」
「せめて一緒に居てくださいね?」
ぎゅっとされる。
「当然よ。」
ぐっと体重を預けとく。
「ふふ、心強いです。」
すんごいにっこりされた。
「まぁ…指環の効果が望み通り最適化されて私まで『夢見』に同行できれば…色々と捗るんだろうけども…そこまでご都合主義では無いわね。」
高望みはするまい、だけど様々な状況の想定は大事。
「はい、心を閉ざしたメイさんとコミュニケーションを取れれば御の字。位に考えておきましょう。」
そうそう、過度な期待は良くない。
最善を尽くして、あとは天に祈るの…み。
「あっ。」
そうだ。
「? どうしたんですか?」
「アレやっときましょ。」
そう言いながら私はリリスの包容からスルリと抜け出す。
「アレ?」
きょとんとするリリス。
私は振り返りリリスと向き合うと、ややズレていた目線の高さをあわせる。
「こうするやつよ。」
私は右手で彼女の右手を取ると指を絡めて握った。
ちょっと顔が熱いけど気にしないでおく。
察してくれた彼女が満面の笑みで右手を握り返してくれた。
私を優しく引き寄せながら彼女も少し前に出る。
どちらからともなく、お互い左手の甲を相手に向け右手を包むと。
自然と、指環に額が当たるように顔が近づく。
額が指環に触れる頃、二人同時に目を閉じた。
「傍に居るから。」
「うん。」
「頑張ろうね。」
「うん。」
「メイを助けようね。」
「うん。」
「私達なら大丈夫。」
「うん。」
「…えーと。」
「ありがと、セレナ。」
絡んだ指が更にきつく握られた。
なので私も強く握り返した。
なんだか…額がすっごく熱く感じた。
―あの時よりも。
額合わせ。
と呼ぶと妙な感じがするので止めておこう。
この物語には相変わらず挟まると即死する可能性があります。
諦めて。




