第三十五幕 「正体」
私は私の事が嫌い。こんなの役に立つなんて思えない。
皆はすごい便利だよって教えてくれたけど。
「でも、コレはあなたにしか出来ないこと。」
「リック!ローナ!ワシだ、オルウィンだ!メイを連れてきたぞ。」
リリスの奇行に始まり私の当惑で凍り固まっていた妙な空気は、玄関から響く村長の声によって氷解する。
げ、人が増える。
「! 村長達だ。メイを運んできてくれたんだ。」
ガタっと立ち上がろうとしたリックが前のめりによろける。
隣に控えていたリアムが慌てて手をかす。
「リック、気持ちは判るが慌てるな。また俺とフィンで手伝うから。メイを迎えに行こう。」
「そうだな、ローナもついてきてくれ。二人でメイを迎えてあげてくれ。」
気の利いた二人の計らいで、夫妻も玄関に向かう事になる様だ。
えーとえーっと!
まってね…
時間を稼ぐには…!
ええい、ままよ。
「ハーセル夫妻。メイ様を一旦どこか落ち着いた部屋に運べませんか?ベッドさえ有れば小さめの部屋で構いません。」
むしろ小さめの部屋の方が良いんだ。
「それならば…小さい頃メイが使っていた部屋が良いかと。今は改装して来客用の寝室として使っている部屋がございます。」
ローナが即答してくれた。
それだ。
「そこならば問題ないでしょう…。私とリリィ様はもう少しこの部屋で調べ物をさせていただきたいと思います…。何か見落としやヒントとなることがあるやもしれません。」
「い…。」
何かを言いかけたリリスを『ギッ!』と目線で制した。
「あと、お二人とも少しでもお休みください。リック様は重症からの病み上がりですし、ローナ様も村に戻られてからろくに休息をとられておりません。それと、リアム様とフィン様もです。休憩はおろか食事もまともに取っておりませんでしょう?」
「しかし…それはセレナ様とリリィ様も同様では…」
リアムが「こんな時に休憩など。」とでも言いたげだ。
「いや、リアム。セレナ様の言うとおりだ、交代で見張りと補給、休息を取ろう。ハーセル夫妻の逸る気持ちは判るが、このままでは皆参ってしまう。夕食も兼ねて交代警護だ。」
フィンがフォローしてくれた。
「そうか…確かに夫妻の身体は心配だな。休息は必要か。」
相棒の言うことは素直に聞くリアム。
まぁそんなもんだよね。
「セレナ様、2時間ほどでよろしいでしょうか?」
フィンが私に聞いてきた。
「はい、調べ物自体は1時間ほどで済ませます。その後、我々も休息を取らせてくださいませ。」
「承知しました。」
フィンが頷く。
「ハーセル夫妻!リアム!フィン!おらんのか!」
玄関から動かないまま村長が声を張り上げている。
「いかなくては。」
「ウィン爺!リアムだ!夫妻と俺達で今行く!」
急かすリックを抱えながら、リアムが大きな声で返答する。
「では、後ほど何かお持ちしますね。」
ローナは私達を気遣ってくれている。
多分今一番疲労が溜まってるのはローナなんだけどな。
「ローナ様こそ、ご無理なされぬよう。もしアレでしたら緑葉亭で何か頼んで運んでいただいても…。ともあれ、少しの時間でもしっかりお休みくださいませ。」
わたしがそう言うと、少し申し訳無さそうな顔のローナは会釈してリックと騎士たちへ続いて部屋を出た。
私は4名を見送ると、両開きのドアノブに手を伸ばす。
『キィ……、パタン。』
静かな音をたてて扉が閉まる。
「ひぃ。」
なぜか、息を呑むリリス。
『ガチャリ。』
わたしは、部屋の唯一の扉に鍵をかけた。
「ひぐぅ…。かっ、鍵掛け…た!」
なぜか、涙ぐむリリス。
足がすくんでいるのかソファから動かない。
わたしは、扉の方を向いたままで口を開く。
「さて、リリィ様?」
「いやぁ…言葉遣いがぁ!他に誰も居ないのにぃ!」
ただならぬ私の雰囲気に怯えきってる。
「何かわたくしに重要な事を言い忘れている事はございませんか?」
「お、怒らないで聞いてくれますか…。」
「言い忘れていたのを認めてらっしゃいますね。」
「…認めますぅ。お、怒らないよね?」
必死に懇願してる。
「では。
あのタイミングで思い出した。
『重要な事』
と、やらを。
わたくしに教えて頂けませんか。」
ゆっくりと、油の切れた扉のように。
ギギギ、と音がなりそうなぎこちなさで。
満面の笑顔を浮かべたまま。
私はリリスへと向き直る。
「おおおおお怒ってないですか!?本当に怒らないんですか!?」
悲鳴のような声をあげながら非難してくる。
怒らないとは言ってない。
一言も。
「はて?言い忘れていたことが何か判らないわたくしが。」
じり…。と私が一歩前へ出る。
「ひっ。」
リリスがソファから飛び退いた。
「重要なこととやらが想像つかないわたくしが。」
じり…。さらに一歩前へ。
「イヤァ…。」
後ずさっていくリリス。
「リリィ様の何に対して怒るのですか?」
じりぃ…。
「お、おこっ…怒らないって、約束して?」
涙目で精一杯の笑顔を浮かべながら。
「ですから、怒るような事かどうか、まだ聞いておりません。」
じりぃぃ…。
「うぞだー!もう何か察してるもんー!おごっでるもーん!」
泣き出しよった。
だが歩みは止めん、逃がすか。
「怒ってなどおりませんよー。逃げないでくださいましー。」
平坦なトーンで潔白を主張。
じりじりぃ…。
「いやだぁー!セレナがごわいー!」
ポロポロ涙を流してる。
リリスの背後にはワークデスク。
下がれなくなった彼女は脚を滑らせて机にぺたんと尻もちをつく。
「あぅ。」
退路を誤った事に焦ったリリスが私から目を離した。
瞬間、理力で機動力を強化しリリスに詰め寄る。
同様に強化した腕力でリリスの両手をがっちり掴んだ。
「ひぃ!」
身を引きつらせて緊張した身体は全身がぶるぶると震えている。
恐怖に歪んだ顔が目の前の脅威に射竦められて目を離すことが出来ずに固まっている。
腰が抜けてしまったのか、両手には力が入っておらず弱々しく震えているだけだ。
なに本気で怯えてるんですかこの子。
「さて、では。『答え合わせ』と参りましょう。」
「…(ごくり。)」
無言でつばを飲み込むな。
「一つだけ質問にお答えくださいませ『リリス様』?」
「は、はい。」
「あなたの、魔族としての種族分類は…魔族特性は何でしたかしら?」
「…は、話してませんでしたもんね…?」
「はい。伺っておりません。」
「…特性を見せたことも使った様子もなかったですもんね…?」
「はい。拝見してないかと。」
「…怒らないで聞いてくれるんだよね…?」
「いいえ、聞いてみないと。」
「イヤァァア!怒ってるぅ!!」
「いいえ、聞いてみないことには。」
「手がびくともしない!なにこれ!鋼!?」
「いいえ、さっさとしゃべらんかい。」
「おねがい!約束して!怒らないって!!」
「…わかったわよ、リリス。怒らないから言って。」
溜め息をついて手の力を抜く。離さないけど。
「…ほんとに?」
口調を戻したことに安心したのか、リリスも力を抜いた。
まるで叱られるのに怯える子供じゃないか。
机に尻もちをついたままのリリス、掴んでいる手を彼女のふとももの上に持ってきて、目をしっかり見ながらゆっくりと話す。
「ええ。だから教えて?あなたの種族は何?」
少しの沈黙の後、意を決したリリスが喋りだした。
「私は…魔族なのに非力で…。攻撃呪文も苦手で…。」
「はい。」
言ってたね、戦闘は苦手だって。
「使える術も闇魔法系統の防御系や補助系だけで…。」
「はい。」
その補助系のお陰でメイの治療が出来たんだけどね。
「魔族のくせに運動苦手で機動力もないです…。」
「…はい。」
そんな話は初耳だ。まぁ魔族にしてはむっちむちだものね。
「これらは…私の魔族としての種族特性と、私個人の境遇が影響してると言えると思います…。」
「…ええい。さっさと話さないと脇腹揉むわよ。」
「いいます!いいますゥ!脇腹はやめて!」
「はい。ではどーぞ。」
私は掴んでいた両手を離すと、リリスの目の前に立って憮然とした態度で彼女の言葉を待った。
「…。」
もじもじしながら言うか言うまいか悩んでるリリス。
本当に往生際が悪いな。
「言いたくないなら私が当てましょうか?」
しびれを切らしかけた私がため息混じりに妥協案を提案すると。
「う。いや、いいです…。ちゃんと自分の口で言います。」
すこし葛藤した後、最後の覚悟を決めたリリスが口を開く。
「私の種族は。『サキュバス族』。
夢魔や淫魔と呼ばれる…
人の『精神』や『夢』に入り込んで
惑わし、魅了し、拐かし、堕落させる。
『淫蕩』と『嫉妬』の負のマナを好む…。
精神と肉体の堕落を糧としながら精を貪る。
…えっちな魔族と認識されてる種族です。」
私はたまらずリリスの胸に飛び込み、彼女をデスクに押し倒した。
待たせたな、兄弟姉妹。
時間は2時間ある。
たっぷりと楽しもうじゃないか。




