第三十一幕 「壊れたはずの世界」
全てが絶望な世界だけが残った
全ての希望が失われた筈だった
「誰がこの世界から救い出してくれたの?」
隣に居る女の子の言葉がうまく理解できない。
この子は誰だろう?
見たことがない。
だが知ってる気はする。
彼女が自分の右手を伸ばしゆっくりと握ったり開いたり。
そして俺の失った右手を見る。
無くなった両の脚を見る。
「あ…。」
手足に違和感を覚える。
ゆっくりと、恐る恐る、自らの両手を持ち上げた。
そして確認する。
眼前に失った右手が、確かにそこにあること。
動かなかった左手が、確かに動いていること。
「ああ…。」
頬を伝う熱い水気を感じながら震える右手を庇うように身を捩り、全身の肌を手で触れ確かめながら起き上がる。
あぶなっかしい身のこなしなんだろうな。視界の隅で、村長と騎士が心配そうに身を乗り出している。
というか、いつからソコに居たんだ?
女の子が手を上げて彼らを制している。
半身を起こし、両足が有ることを確かめるように両手で静かに擦る。
そして認識する。
失った事を受け入れたはずなのに…、今目の前にある景色はそれを否定している事になる。
両の目はボロボロと涙を流し、溢れた雫が失った両足に落ちる。
受け入れがたい未来は変わったんだと教えてくれた。
「リック…。」
もう聞けないと思っていた声がした。
俺は弾かれるように首を上げ、声のした方を目視した。
驚愕する。
失ったはずの最愛の者が居る。
「ロー…ナ…。」
口がうまく動かない。
そもそも口は動かなかったはずなのに。
体がうまく動かせない。
そもそも動かせる体は失われたはずなのに。
頭がちゃんと働いてくれない。
…本当にこれは現実なのだろうか。
記憶と覚悟と今の景色がすべてぐちゃぐちゃになっている。
そもそも村長から彼女が戻ったことを聞いたはずだ。
いや、あれは夢だった?
ちがう、今見てるのも夢で。
俺はまだ絶望的な状況でベッドに寝てい―
突如、身体にドンと衝撃が走る。
炎と肉の焼ける臭いを最後に何も感じなくなった鼻に懐かしさすら感じる香りが満ちていく。
灼熱と痛みを最後にひたすら耐え難い疼きを生み出すだけだった肌にぬくもりと心地よい重さを感じる。
朧げで僅かな光と、くぐもった遠い音しか無かった世界に。
聞きたかった泣き声と失われた愛しい景色が映っている。
動かなかったはずの残った左腕と、失われたはずの右腕が…何も掴めなくなった両の腕が。
取り戻すことの出来なかった世界を、慟哭と後悔の果てに受け入れようとしていた失われた愛を、二度と離すまいと全力で抱きしめている。
夢じゃないんだ。
後はもう、思いが、感情が、ただただ目と口から溢れ出た。
守れなかった後悔が謝罪となって、永遠につぶやき続けてた誰にも届かぬ懺悔は、もう戻らないと思っていた再会への歓喜と感謝に変わった。
失われた絶望がもたらした無意味な生と、渇ききった肌に流すことの出来なかった涙は、止めどなく溢れ出る泉のように再び私に生きる実感と意味を与えてくれた。
壊れてしまった世界に、光と音と香りと温もりが戻ってきた。
絶望した真っ黒な世界にもたらされる救いを何ていうかご存知ですか?
世界はそれを求めて動いてるんです。
善人も悪人も。
短いですけど、大事なお話




