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救済の聖女のやり残し ~闇と光の調和~  作者: 物書 鶚
第一章 第一部 二人の旅の始まり
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第三十幕 「ルミナスの奇跡」

失ってしまったものは戻らない、それがことわりなのだから

理不尽という事が多すぎる人生において、これを知っていることは大きい


「それが覆されることを、奇跡というんだ」


村長宅の客用宿泊部屋、そこに有る大きめベッドで彼は寝ていた。


男の名はリック・ハーセル。

グリーンリーフ村の主産業である林業において、木材の卸業を担っている人物であり、村長に次いで村への影響力を持つ商人だそうだ。

金銭欲や権力欲は無く、商才と数奇な運によって得た物を村の発展のために注ぎ多大な寄与をした人格者。


村の人から尊敬を一身に集め、次期村長としての期待をされていた事を現村長自身の口から伝えられた。


その彼は今、直視しがたい状況でベッドの上に横たわっている。

頭部を含む全身を包帯で巻かれ、隙間から覗く肌は重度のやけどで爛れていた。右手は二の腕から無く、両の足も太ももから先が無い。

呼吸は長く浅く、唯一まともに残っているのは左目だけだ。


筆舌しがたい、あまりにも悲惨な状況。


セレナたちが部屋に入ってきた時、彼は自分で起き上がることも叶わず…首すらも動かせずに天井を眺めていた。



傍らに控え、リックの容態を見守り続けていたであろう老齢の女性は静かに立ち上がるとセレナ達に向き直った。


「お待ちしておりました、聖女セレナ様。村長の妻、ラナと申します。」

そう言って深々と頭を下げ、祈りの姿勢をとった。


セレナはそのままラナの前まで歩み出ると。


「セレナ・ルミナリスと申します。女神の導きと運命を紡ぐ糸が途切れぬ事に感謝を。潰えぬ魂と意志の行く末に恵みと慈悲が有らんことを。」

セレナは祈りの所作とルミナス教の聖句をもって応えた。


「オゥミナ。女神の導きに感謝いたします。」


「ラナ様、彼の容態を教えて下さいませ。」

目の前の悲惨な状況を目にしてもセレナは静かだった。


「右手と両足を切断された後、全身を灼かれております。薬草によって鎮痛と化膿の防止は出来ておりますが皮膚の引きつりにより喋ることは叶いません、それでも意識はハッキリとしております。」


「この施術は…ラナ様は軍医の経験がありましたか?」


「そのとおりでございます、十年ほど従軍いたしました。」


「失血と栄養状態は。」


「三肢の切断直後に断面ごと灼かれた事で失血は最低限で済んでおります。栄養状態も調合した霊薬により小康状態を維持しております。」


「五感で残っているのは。」


「左目の視覚と聴覚が僅かに。触覚については重度の火傷で無理かと。嗅覚と味覚についても炎を吸い込んで粘膜が灼かれておりましたが、幸い肺は無事だったようです。」


「承知いたしました。良くぞ彼の命を繋ぎ止めてくれました。」

そう言うとセレナは彼の目を覗き込み顔を近づける。

弱く微かな意志の宿る片目がセレナを見る。


「聞こえますか、リック様。私はセレナ・ルミナリス。女神ルミナスに遣われし聖女と呼ばれた者です。今から貴方様を治療いたします、少しだけ痛みと苦しみが伴いますが、すぐに終わらせます。よろしいですか?」

少しだけ瞳が揺れた後、ゆっくりと瞬きをした。


「ご了承いただけたと、受け取らせていただきます。」

再びゆっくりとした瞬き。


ほっと息を吐くセレナ。


「不幸中の幸い…なのでしょうか。薬草採取の為に森へ向かう途中でした。道の途中で焼けただれている状態で彼を見つけた時、それが私と治癒術士で無ければ彼は死んでいたでしょう…。」

当時を思い出しているのだろう、特上の苦虫を潰した顔でラナが語る。


彼の苦しみと絶望に想いを馳せているのだろう。



だがしかし


「本当に幸運でした。この程度の傷で意識がしっかりしてるのであれば問題有りません。元通りにすることが可能です。」


ふぅと息を吐いて、セレナは事も無げに言い放った。



ラナは目を剥いて聖女を見つめた。

部屋に居たローナと村長、騎士たちも驚いている。

リリスは目に喜色を滲ませる。


「頭部や脳の損傷、あるいは心臓の損傷であれば望みは無かったですが…」


「聖女様は…これが癒せると仰るのですか…?」

ラナが信じられないといった有り様でたじろいでいる。


「はい。かの極寒の死地における魔王軍との戦闘において、私が癒やした五千を超える兵の大抵は…四肢のいずれかが千切れ飛び、身を灼かれ、半身を割かれた様な五体満足ではない方々でした。不運にも頭部を失われたり心臓の損傷により失血死あるいは即死された方を除いて、ほぼ全てが女神のお力の範疇に収まりました。」


噂に聞く聖女の偉業『奇跡の包容』、五千の兵を一瞬で癒やし絶望的な戦局をひっくり返した逸話。


概要は有名だが、その状況の多くは語られてない。


「あっ。一応軍事機密にございますので、皆様ご内密にお願いしますね。」

ぽん、と。

ついうっかり忘れていたとでも言わんばかりに手を叩きながら軽く言い放つ聖女。


一同唖然である。

各々口をぽかーんと開いたまま微動だにしない。

リリスはこれから何が起きるのかワクワクしながら静かに控えてる。


「ローナ様。」

セレナがくるりと振り返り呼びかけた。


「は、はい。」

唖然としていた所に急に呼びかけられた彼女がつっかえながら返事をした。


「今からリック様の治療を開始いたします。それなりに酷い有様の彼を見ることになりますのでご退室をお勧めいたします。」


「いえ…ここに居ます。」


「…本当におすすめできませんよ。」


「大丈夫です。」


「…良いでしょう。お覚悟の上ということであるならば。」


ローナの少し青ざめた顔だが強い意志を宿したままの瞳。


言うだけ無駄だろうと判断したセレナはラナに向き直る。




「では、治療を始めましょう。彼の包帯を全て取りますのでお手伝いいただけますか。」


「…承知いたしました。」


そこから暫くの間、じょきじょきと包帯を切る音だけが部屋に静かに響く。

彼の肌が露わになるにつれて、その場にいる誰かが息を呑む音が時折聞こえる。それを気にすること無く、少女と老女が手慣れた風に手を動かしている。


…やがてリックの体中を巻いていた包帯は全て取り払われ、彼の肌が露わになった。筆舌しがたい傷口と灼けた肌。


村長が思わず顔を伏せ、騎士二人は顔をしかめた。

妻は涙を静かに涙を零すが視線は微動だにせず、わずかに眉を歪ませるだけだった。


リリスは真剣な表情で成り行きを見守る。


セレナは彼の身体を上から下までゆっくりと目視した。


「うん、これならば大丈夫でしょう。ラナ様、お手伝いはここまでで大丈夫です。少し離れて下さいませ。」

彼女の方に目線だけやると離れるように促した。


ラナは静かに頷き一礼した後、すっと身を引いた。


セレナはベッドの脇に一人立ち、室内にいる人達をゆっくりと見回し、ローナのところで視線を止める。


「これより女神ルミナスより賜りし『理力』と魔術の併用による治療を行います。ご覧になる方々は、この場で行われることをみだりに外へ漏らすことの無いようにお願い申し上げます。」


一同は静かに頷く。


「それでは、奇跡と呼ばれる女神の力の一端。とくとご覧あれ。」


そう言った後、セレナは再びリックへと向き直る。




緩やかに体を構え、両手を彼へとかざす。



すぅ、と静かに息を吸った直後。

彼女の周りに次々と淡い光が浮かび上がる。


光の粒は数を増やしながら聖女の周囲をただよう。

増え続ける輝く粒子はやがて流れるように円を描き一定の距離を廻り始めた。幾つかの輪が彼女の周りに作られて陣を形成した。


やがてそれぞれの輪は流れの激しさを増し光を強くする。


音もなく圧もなく回る光の輪が五つになった頃。


「リック様、参りますよ。」

それだけ言い放つとセレナは目を見開き、かざした両手を大きく開いた。


リックは片方の目をすっと閉じた。


大きな輪が彼の全身を水平に囲む。

中くらいの輪は彼の頭部に配置される。

3つの輪が欠損した手足の付け根に流れ込み小さな輪になる。


大きな光輪が勢いを増しリックが小さく呻くと、頭部に控えていた中くらいの光輪がすーっとと彼の足の方へ移動していく。

みるみる内に爛れていた肌が治ってゆく。炎症し爛れた組織が水分を失い剥がれ落ちた後、きれいな肌が覗いている。


皆が息を呑み感嘆する声が聞こえる。


そのまま彼の足の方へと流れていった光輪は周囲の大輪へと合流し消えた。



次の瞬間、右腕と両足の太ももの末端が『シュピン』という風切り音と共に輪切りにされる。骨、筋肉、血管、皮膚、様々な組織の断面が見えるが血は一切流れない。


再び小さな悲鳴と息を呑む音が聞こえた。

形容し難い光景が目の前で繰り広げられる。


小さな光輪がスーッと移動すると流れるように骨が形成されていく。

光輪が根本に戻り再びつま先へと移動すると筋肉が形成され。

血管が。神経が。皮膚が。


何度か光輪の往復が繰り返されると、すっかり元通りの綺麗な皮膚が見える手足がそこに有る。


その後小さな光輪も水平の大光輪へと吸い込まれた。


大きな光輪がゆっくりと流れる勢いを減らしていき、勢いが無くなるとリックの全身に散らばったあと身体に吸い込まれてゆく。





やがてすべての粒子がリックの身体へと吸い込まれると、セレナはそのまま彼に近づきベッドの脇に畳まれていたシーツを広げてリックの身体に掛けた。


セレナはもう一度、リックの頭部からつま先をゆっくりと目視した後、小さく無言で頷いた。


「ご気分はいかがですか?リック様。」

聖女は彼の目を見ながら柔らかな笑顔で、自然な声で優しく語りかける。



リックはゆっくりと両目を開いた。


「少し…ぼうっとするというか…、視界が揺れます。」

ぽそりと彼が喋る。


少し呆けているのは鎮痛と血流抑制の為に強制分泌された脳内麻薬によって意識が混濁しているのかもしれない。



左目しか動かなかった彼が喋った事で、ラナは大きく息を呑み手に口を当てた。村長と騎士たちは「おぉ…」と感嘆し動けずにいる。ローナは無言で目を見開きボロボロと涙を零している。


「手足の方はいかがでしょうか?動かせますか?」


「え…。」


この二週間、ここまで生存していた事で恐らく彼は自身の凄惨な状況を認識し受け入れ様々な覚悟の上で必死に生き抜いたのだろう。


もう失った物として受け入れたはずの彼が、その手足の事を問われれば困惑するのも理解できる。



彼は今、せん妄の真っ只中だ。


なぜ、ぶった切ったし


新鮮で綺麗な断面の方が色々とやりやすい。

そんだけヨ

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