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救済の聖女のやり残し ~闇と光の調和~  作者: 物書 鶚
第一章 第一部 二人の旅の始まり
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第二十九幕 「ルミナスの教え」

己の使命が魂を奮い立たせることが有る。

己の使命が魂を縛り付けることが有る。


「わたしの使命は、何なのだろう?」


ローナが身支度を終え、マーサと戻ってきた所で私とリリスは外に出た。

緑葉亭の外ではフィンが待ち構えていた。

腰の左側に携えた剣の柄に左手を添えて、周囲を警戒しながら。


村長宅までの案内と護衛を兼ねて待っててくれたみたい。

リアムは先触れとして村長宅に先行してくれてるそうだ。


ほんと二人共呼吸が合っていて自分の役割を理解している。


グリーンリーフ村自体、それほど大きな村ではないので村長宅までは数分でたどり着けるとの事だ。


リリスはマーサと一緒にローナの脇に控えてる。

彼女の足取りは既にしっかりしているが、やっぱり体調が不安だから両側に控えてもらっている。


私は一人フィンの少し斜め後ろを歩く。


ちょうどいい、今のうちにフィンにお詫びしとこ。



「…フィン様、ありがとうございます。」


「? どうかされたのですか?」


「野盗の根城に向かい連中と対峙してから先ずっと…不躾な物言いで色々と指図いたしました。なのにお二人共顔色一つ変えずに応じていただきました。この様な小娘の不遜な振る舞いに寛大でいていただきました。」


フィンは少しだけ驚いた顔をしたあと、柔らかい笑顔で答える。


「セレナ様はご自身のお立場というものを理解されている方かと思っておりました。貴女のような身分の方が我々の様な者を導くのは当然では?」


すこしだけ意地悪な質問だな。


「…私は女神ルミナスの徒として、聖女として成すべきを成すために王都から旅立ちました。力を持つものとして、その力を必要とする者の為に一切の矛盾なくこの力を施すことが私の身命にございます。権力者として為政者として民草に威を示す事はわたくしの役割ではございません。」


「ではあの様に厳しい物言いだったのは義憤やメイを思って事を迅速に進めるためなのですね。」


…だーいぶ意地悪だ。


「…そう思って頂ければ、恐縮にございます。」


「承知いたしました。」


語気が明らかに可笑しそうなんですけど。

すんごい笑いを堪えて肩を震わせてるように見えるんですけど。


マジ意地悪。


「見えましたよセレナ様。リアムと…村長もいらっしゃるようです。」


少し先行するフィンの背中にじっとりした視線を突き刺していたら村長宅に着いたようだ。


視線を向けると少しだけ大きめな建物の入口には昨晩の男性と手を降っているリアムが見える。




私が彼らの前にたどり着く前に、村長が深々と礼をしはじめた。

顔を下げ直角と言わんばかりに折られたままの腰。


私が村長の前にたどり着いても彼は最敬礼のままだった。


「村長様。どうぞお顔をあげて下さいませ。私は私の成すべきことを成したまででございます。…それもまだ終わってはおりません。」


「いいえ、村の長を努める立場にありながら…聖女様のお力添えがなければ二人を助けることは叶いませんでした。」


頭を上げずに、そのまま謝罪の弁を述べる村長。


「…お名前をお伺いしておりませんでした。」


「オルウィン・グローヴナーと申します。」


「オルウィン様、お顔を上げて下さい。」


「あなたが二人を救出しメイを治療していただいたことを聞きました。リックの治療にお越しいただいた事も知りました。あそこにローナが立っていることが奇跡のような事だとも思っております。」


「お顔を、オルウィン様。」

未だ顔を上げずに喋り続ける村長に少し語気を上げてしまう。


「そして今もなおメイが置かれてる状況も聞きました。貴女が諦めてない事をお聞きしました。昨晩からここまでずっと村民のために動いていただいて来たことを知りました。」


「オルウィン様。」

村長は頭を下げたまま手を組んで祈っている。

この方はルミナス教徒なんだ。


「この不肖の身。貴女様のお力添えに心より感謝申し上げます。そして我が身の無力さを嘆いております。どうぞ女神の裁きが正しく我が身に―」


「それは違います!」

私は叫んだ。


「!」

ビクリと身体を跳ね上がらせ、村長は俯いたままの姿勢で固まった。


私は彼の前に跪いて視線を向けた。


「聖女様、その様な…」

村長は姿勢は崩さなかったが明らかに青ざめた表情で言った


「女神ルミナスは失敗や不幸を廃してはならないと仰っております。

この世が完全でないように、人もまた完全たり得ぬ存在であり、完全で無い事こそが自然であると女神の教えにはあります。


では不完全な世界で忌避交々を経て、どう幸せに生きるのか。

試練がこの身に降りかかり続ける中を、どう強く生き抜いていくのか。

避けられぬ不幸を記憶にとどめ、なぜ歩み続けるのか。


それらを乗り越えた先に得る想いの形にこそ価値があるとされています。」


「…。」

泣き出しそうな顔の村長は黙って聞いていた。


「オルウィン村長様。あなたは村の責任者としての立場を全うされ、その上で降りかかる試練についても立派に立ち向かわれております。それでも起きてしまった不幸に対して誰が貴方を責めるというのですか?村人は皆一丸となって、愛すべき村のために尽力されております、それは貴方と一緒です。そうやって世界を生き抜いている者たちに女神が裁きなど与えよう筈がありません!」


「…女神は我々を見捨ててなどいませんか?」


「…だからこそわたくしがここに居ます。わたくしは自らの意思でここに参りました。しかし、世界が何者かの意志で動いており、ソレがあなたがたの手に余るモノであるのならば、女神ルミナスの導きと慈愛が聖女をここに導いたのです。」


「私は…赦されるのでしょうか?」


「元より貴方に罪などありません。貴方が全てを賭して、その生と責を全うし続ける限り。女神はそれを良しとし、我々は明日へと進むことになるのです。それに感謝し歩み続けることが我々の信仰の礎となるのですから。」


「オゥミナ…感謝いたします、女神ルミナス、聖女セレナよ。」


「さぁ顔を上げて下さい、オルウィン様。」


「はい。」


村長の顔には少しだけ不安が残っていたが顔をあげてくれた。



「村長殿。村のものは誰も貴方を責めたりなどはしない、貴方が村のために毎晩奔走していてくれることを知っているからだ。だから我々も協力を惜しまない。出来ることがあるなら遠慮なく言ってくれ。」

リアムが真剣な眼差しで言う。


「リックの件もだ、あんなに酷い傷の彼を懸命に世話してくれていた。諦めずに声を掛けてくれていた。だからローナは間に合ったんだ、普通に考えればあの傷を負い妻と娘を失った者が2週間もの間耐えられるわけがない。」


「いいや、それは薬師と治癒術士が…」


「彼らが諦めなかったのも村長の指示と声掛けだ。村の者皆の力が合わさって今があるんだ。胸を張ってくれ!ウィン爺!」


リアムが彼を励ますような口調で一生懸命話しかけている。

フィンも頷くだけだが村長のそばで成り行きを見守っている。

きっと昔からの知り合いなんだろう。


すこしだけ俯いて何かを逡巡していた村長。

やがて顔を上げると、照れくさくも晴れた表情で

「…そうまで言ってくれるか…。ほんとうに立派に、人を気づかえる騎士になったもんだ。小さい子供だったお前らを叱るために、追いかけ回してた頃が懐かしい。」


「それは今関係ない…いや、良いか。俺等の成長がウィン爺の支えになってんならソレは嬉しいことだ。」

フィンが反応している。


「ふふ、小賢しくなりおって。」

そういうと村長はセレナへと再び向き直り、姿勢を正した。


「聖女セレナ様。村長としてお願い申し上げます。今わの際にある我が村民を女神ルミナスの奇跡にてお救い願えんでしょうか。


彼は先日まで心身をひどく傷つけ失意と激痛に耐えながら床に伏すのみにございました。それでも聖女様が村に来ていただいて、そしてまだ家族が助かる可能性があることを知った彼は希望を得て、信じて生き抜いてくれたのです。


例え元通りに成らずとも、誰かの手を借りて生きることが出来るようになるのであれば我々で支えます。…ですのでどうか、彼の傷を癒していただけませんか。」

村の代表として、品性と気遣いに溢れた立派な振る舞い。


それに恥じぬようセレナは応えた。


「女神ルミナスの徒として、我が身命を賭して必ずや。」

そうして祈りの所作をもって一礼した。


村長はセレナに対し再び礼をすると。

「奥の部屋にリックを寝かせております。皆様、どうぞ中へ。」



そういって村長は先頭を歩き扉を開いた。


リアムとフィンが続き、ローナとマーサとリリスが入る。



皆が入室した後、私は祈りの所作を小さく行った。


そして、すぅと息を吸い、呟きながら村長宅へと乗り込んだ。


「女神の慈悲と救いがあらんことを。」


世界には大小様々な歴史が有るんですよね

その歴史が色々な規模の人間模様を形成する


すげーな世界

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