第二十七幕 「報告」
最悪とは考えうる最も悪いこと。
だから覚悟はしてたはずなんだ。
最善を尽くしたとしても、悪い状況から抜け出せなければ…
「でも後悔はしたくない、だから私は足掻くんだ。」
「ふぅ…」
セレナが大きく息を吐くと、纏っていた淡い光がフッと霧散する。
セレナは理力の行使を終え2度目の補給を完了した。すでに形容し難い食事は完了しており、理力での消化と吸収を促進した後だ。
彼女の隣には例の名状しがたい液体の残滓がこびりついた寸胴鍋。
正面には色々と諦観の表情で見守るリアムとフィン。
彼女の少し後ろで小さく拍手をしているリリス。
そして鍋を挟んで向こう側には初めて彼女の力の一端を観た緑葉亭の主人ベンが腕を組んで立っている。
「いやぁ…聖女様の食事法というか…お力というか。何もかんも凄すぎて言葉がありませんや…。」
自分の料理が奇想天外な扱いを受け、料理人としての矜持を傷つけられた。とかそういう事は一切無かったようで。ベンはひたすらに感嘆していた。
「申し訳ありません、ご主人。わたくしも本当はじっくりとお料理を楽しみたいのですが…なにぶんメイさんの治療を急ぎたいもので。どうか、わたくしの無作法をお許し下さい。」
「あー、いやいや。気にせんでくだせぇ。確かに料理はつくりやしたが…速さと量、聖女様の注文に応えただけの雑な料理ですけぇ。むしろ大量の料理をこうも短時間でどうやって食ったのか見れて…なんちゅうか面白かったですわ。」
また豪快な笑顔でにっかりと笑い返してくれた。
気持ちの良い方だ。
「そういって頂けると、わたくしも安心できますわ。…あ、でも…この不躾な食事についてはご内密にお願いいたしますね?」
唇に立てた指をあてて眉を寄せながら懇願するセレナ。
「セレナ様、多分言っても誰も信じません。」
「確かに。『華奢で小柄な清貧を誓いし女神ルミナスの敬虔なる徒、聖女セレナ・ルミナリスは10分で6人前を平らげる健啖家である。』などと、荒唐無稽すぎて噂話にもなりませんね。」
リアムとフィンが呆れ顔で横槍を入れてくる。
「セレナ様が…この2時間で摂取された料理は…。
分厚く大きなステーキ600g12枚。
根菜とマカロニのチーズたっぷりチキングラタン(大皿3人前)を4皿
シュガーバター輝くクリームたっぷり練り込んだビッグブレッド6斤
と、なるようです。」
ひぇーといった顔でカウンターにあった酒場メニューを読み上げるリリス。
リアムとフィンが青い顔で口をおさえてる。
「下ごしらえの食材からオーダーに合う料理っつーてですな、こんなんなりましたが。ご満足いただけやしたかな。」
ニッカリ笑顔のベン。
「えぇ、とっても。事が済んだらスープやサラダもお願いしたいですわ。」
ニッコリ笑顔のセレナ。
まだイケるぞと言わんばかりのジョークを飛ばしてみせた。
ベンはきょとんとしたあと、額に手を充てて「こりゃまいった」と天を仰いでいた。
「…さぁ、皆様のお陰で私も調子を取り戻せましたわ。メイ様の為に…成すべきを成しましょう。」
時刻は16時に差し掛かろうかという頃。
「セレナ様…メイは今どんな状況なのですか?」
リアムが心配な面持ちで問いかける。
「メイ様のお体は完全に治療いたしました。彼女の身体は表面も胎の中もキレイに治療済みでございます。もはや『何の傷も異物も』ございません。無論、体内に薬物の残留も無いはずです。」
ホッとした顔をするリアム。
「しかし、この様子ではまだ治療の途中ということですか?」
フィンが続けて尋ねてくる。
「…その通りで御座います。でも一度、お母様に状況をお伝えしようかと思います。ずっと失意の中待ち続けさせられるのはお辛いでしょうし…。わたくしもお母様にお伺いしたいことがございます。」
真剣な表情でフィンに答えるセレナ。
少しだけ、顔には不安な気配が覗いている。
「では片付けはこちらでやっときますんで。皆様方、メイの事をよろしくたのんます。」
そう言うとベンは寸胴鍋を片手で掴み、大型ワゴンを引きながら厨房へと消えていった。
「…では、お母様の所へ参りましょう。」
そういってセレナは廊下を歩き出し、宿屋のカウンター方面へと向かう。
リリスがその後ろに付いて歩き、リアムとフィンも続いた。
足取りが少し重いのは、まだ完全に調子が戻っていないからなのか。
それともどうしようもない不安があるからなのか。
セレナが宿部屋通路方面から受付カウンターへと戻ると待合所では俯きながら手を組み祈り続けるメイの母親が目に入る。
マーサも彼女の横で心配そうな表情で失意の母親を見つめている。
二人ともまだこちらに気づいていない。
なんとなく気配を抑え、足音を立てないように近づいてしまう。
なんて声を掛けたら良いのだろうか?
どう喋りだしたら良いのだろうか?
母は今どんな心境なのだろうか?
私は彼女を救えるのだろうか?
「お母様。」
何を言おうとしてるか決まってないのに口が勝手に動いた気がした。
言葉に迷いが滲み出てしまう。
バカか私は、これじゃダメだろう。
「!」
ビクッと肩を震わせた少し後、メイの母親は恐る恐る顔を上げる。
不安と絶望に塗りつぶされた生気のない顔がそこにあった。
「せっ、聖女様…。娘は…メイは…。」
震える声で、不安に押しつぶされそうになりながら問うてくる。
「…ご安心を。メイ様のお体は完全に治療いたしました。無体な扱いの傷跡も胎に残った理不尽の一切をも、すっかり元通りの綺麗なお体に戻してあります。無論、薬物も彼女の身体には残っておりません。」
まずは安心させなくては。
そうでなくては次の話をすることも出来ない。
努めて柔らかい笑顔と落ち着いた口調を意識して。
私は聖女なのだから。
女神ルミナスの使いとして遍く救済をもたらす存在として、希望の存在として油断なく振る舞わなければ。
「…あ。」
母親の顔から、すっと表情が抜け落ちた。
恐怖と不安と絶望に歪み、強張った顔から力が抜けてしまった。
次の瞬間にはぽろぽろと涙がこぼれ落ちて、安心したかのように破顔する。
虚ろだった目には僅かな光が宿る。
「ああ…、聖女様…!本当にメイは…!」
ふらふらとソファから立ち上がろうとするが、よろめいて倒れてしまいそうになるのをマーサがあわてて支える。
母親を気遣う彼女の顔は険しい。
「…聖女様…?」
マーサの表情を観た後、私の顔を見た母親の動きが固まる。
膝をついたまま、見上げるように私の方を向いている。
ダメだ。
顔に出すな。
でもどんな顔をしたら良いかわからない。
「…お母様、どうか私の無力をお赦し下さい。」
私は跪き、母親と目線を合わせた。
両の手を組み、祈りながら許しを請うように。
「…いったい…、何を。」
先ほど安心しろと言われたのになぜ?と戸惑う母親。
私の顔から視線が外れず固まってしまっている。
覚悟を決めた私は告げる。
残酷な真実を。
避けられなかった現実を。
7.2kgのステーキ
具沢山のチーズグラタン12人前
もっちりもったりクリームツイスト12人前
2時間で消化まで済んでます
おぇっぷ




