第二十五幕 「支え」
誰かの役に立てるってことは本当に嬉しいことなんだ。
それが自分にしか出来ないことなら尚更だ。
だから一生懸命になれる、一心不乱になれる。
「私の手の中の命がどうなるかは、私にかかっているのだから。」
フィンさんがマーサさんを呼びに行ってる間、びしょ濡れのセレナをベッドに寝かせるわけにもいかないので、傍にあった備え付けの椅子に座らせることにした。
リアムさんと協力してセレナを椅子に座らせた所で、改めて彼女の状況を確認してみる。
顔は真っ青で汗だく、目も開いてないけれども…表情は眉間にシワを寄せ口も固く結んでいて苦悶に歪んでいる。
呼吸はしっかりしているが…四肢は脱力してる…これ、胴体はかなり強張ってきているのでは?
気絶している訳ではなさそうなのに返事が無いのはなぜ?
…だめだ、知識がなくてどうしたら良いのか判らない…!
休ませればちゃんと治るのかな…さっきみたく食事で生命力の補給をさせれば良いのかな…?というかこんな消耗してる状態で食事なんて出来るの…?
理力にここまでの代償が発生する可能性があるのなら、なんでセレナはあの時にちゃんと話しておいてくれなかったのだろう…。
焦るばかりで体が動かない。
でも、なんとかしなきゃ…。
「セレナ…セレナ様?!しっかりして下さい!大丈夫ですか?!聞こえていますか?」
思わず彼女の肩を掴んで揺すってしまった。
「…めて…。」
苦悶の表情のまま彼女がかすかにつぶやいた。
「! 良かった、意識はあるんですね?もう一度仰って下さい。」
耳がくっつくくらいに彼女の眼前に自分の顔を曝け出し、声を聞き逃すまいと耳を澄ませた。
「や…めて…。」
…やめて?
「空きっ腹に…響くから…揺すらないで…。」
…すきっぱら?
「あと…水と…塩、持ってきて…。」
…みずとしお?
セレナが何を言ってるのかサッパリだ。
どういうことだろうと…ふと、リアムさんの方をみるとすごい怪訝な顔をしている。
そりゃそうだ、セレナの声を聞き逃すまいと深刻な顔をしていた筈だった私の表情は、多分今すっごい呆けた間抜けな顔をしているだろうから。
「だ、大丈夫なんですね…?」
不安になってもう一度確認しておく。
「うん…。」
ぜんぜん大丈夫じゃなさそうだ。
喋るのがやっとで、聖女の仮面を取り繕う事もできてない。
これだけ耳を寄せてやっと聞こえる声だからリアムさんには聞こえて無いようだけれども…
とりあえずセレナの言う通りにしよう。
「リアムさん、セレナ様の意識はハッキリされている様です。それと塩と水を持ってきてほしいと仰っております。お願いしてもよろしいですか?」
「えっ、塩と水ですか?…ど、ドレくらいの量でしょう?」
「えーっと、量は…ちょっと…私も解りませんけど、ベンさんから調味料用の塩入れと水差しいっぱいの水をもらってきて下さい。足りなければおかわりしたら良いかと。」
「それもそうですね、わかりました。行ってきます。」
そう言ってリアムさんは扉を開けて走っていった。
セレナ、塩と水を何に使うんだろう…。
とりあえずもう一度聞いてみよう。
「セレナ?大丈夫ですか?塩と水はどうしたら良いですか?」
ちゃんと聞き取れるように耳元で控えめに質問した後、セレナの唇に着くくらい耳を近づけてそばだてる。
「…ほんのり塩味くらいの…塩水作って…。」
喋り方がギリギリな感じで大分しんどそうだ。
「ほんのりですね、判りました。作った塩水は…セレナが飲むんですか?」
「うん…ごめん、できたら飲ませて…。」
「わかった、任せて…みなさんが来るまで休んで待っててね。」
セレナのか細い声につられて、自分まで言葉が小さく短くなってしまう。
「…ふふ。」
なぜかセレナが小さく笑った。
「…?」
釈然としない私をよそにセレナは元の苦悶の表情に戻ってしまった。
しばらくしてリアムさんが塩の小瓶と水差しを持ってきてくれたので、言われた通りほんのり塩味の塩水を、文字通り私のさじ加減で作った。
首を上げるのもつらそうだったので、もう一度リアムさんに手伝ってもらい床に座った私の膝上にセレナを寝かせ、私が片手でセレナの肩を抱きかかえ仰向け加減な状態で彼女の口に水差しでゆっくりと飲ませてあげた。
相変わらず難しい顔をしているセレナだけど、口内に塩水が入って来たのを知ると普通に飲み込んでくれた。
よくわからないけど…ちゃんと飲んでくれて良かった。
私も安心したのか、変に緊張していた肩や体から力が抜けていく。でもセレナが飲みやすいようにしっかりと抱きかかえるのを忘れない。
ホッと一息ついてセレナの顔をじっと見つめる。
…それにしても良く飲むなぁ。
酒場で使ってるであろう大きめな水差しに、塩を直接いれて作ったので結構な量の塩水が出来てしまったが…セレナはごくごくと一心不乱に喉を鳴らしている。
…あ、なんかこれ…アレだ。
あかちゃんにお乳あげてるみたい。
えへへ。
そんな事を考えて何かほんわかした気分に浸っていたら。
セレナから淡い光がぽわっと幾つか浮いてきた。
メイさんに施術していたときのような激しい光の奔流ではなく、すこし頼りないけどほわほわした温かい光がセレナの回りをふよふよ浮いている。
…良かった、理力を行使できる位には回復したのかな。
いつのまにか水差しの中身は空になっていたので、セレナの口元から離して床に置いておく。
「セレナ様?大丈夫ですか?」
なんとなく血色が戻ってきたように感じたので、普通に声を掛けてみる。
すこし間が空いてから、セレナはゆっくりと目蓋をひらく。
まだ気だるそうに薄めのままちらりと私の方をみて一言。
「はい…少し…楽になりました。有難うございます、リリィ様…。」
そういって弱々しい笑顔を作ってみせた。
リアムさんは安堵したのか「ふぅ~…」と、大きなため息をついた。
「いいえ、お役に立てて良かったです。」
本当になんだか嬉しくて自然な笑顔をセレナに向けていた。
「ご心配をおかけしました…どうやら理力を使いすぎてしまったようで…今の塩水を用いて理力にて少し体調を整えている所です。」
ちょっと申し訳なさそうに眉を寄せてセレナが話す。
「わかりました。ではもう少しこのままお休み下さい。」
そういって彼女の肩に添えた手に、すこし力を込めて抱き寄せた。
「はい…。」
そういってセレナはまた目を閉じて私の方に体重を預けてくれた。
セレナの身体を巡っている淡い光も、すこしだけ光の強さと巡る速さを増して、相変わらず彼女の回りをふよふよと浮いている。
わたしの目の前を優しい光が行ったり来たりしていて…なんだかとっても不思議な光景だ。
+ママみ。
気をつけろリアム。
下手に干渉すると死ぬぞ。




