第二十四幕 「リアム・ヴェルン」
『自分が不甲斐ない。』そんな思いは大事にしなければならない。
『自信に溢れた人ほど、失敗した時に脆い。』なんて話も聞くし。
「悩んだり、戸惑うことは必要。でも、ソレだけじゃダメだ。」
施術中に部屋を覗くことを禁じられていたため、ひたすら待つことを覚悟していた。
それは別に良い。
正直、手伝ってくれって言われても一介の騎士である自分に何が出来るかなんてさっぱりだ。
魔王討伐隊の一員たる聖女セレナ・ルミナリス。
たった5人でこの世の最も危険な所へ赴いた一人。
生半可な強さでは生きることすら困難な『極寒の死地』を単独生存可能と、事も無げに言われた時は正直ゾッとした。
彼の地で「独りで生き抜ける」という言葉。
それは「極寒の死地での環境と生態系に対して独りで優位に立てる。」って意味だ。
単純に気温が極端に低く一般的な生命が生存不可能な地域、猛威を振るう負のマナの吹雪、一般的な王国軍の兵員でも対応装備無くしては生存不可能と聞いたことがある。
その環境下で生態系を築いている魔獣群、そして単独の生命体として最も強力で残酷な魔族が住まう地。
そこで「独りで生き抜ける」って言い切れる身体能力と精神力。
そんな力を個人が持ち得て良いのだろうか。
野盗のアジトを制圧しに行った時も、彼女は終始俺達を数字に入れずに単独で制圧することを考えていたのだと思う。
フィンや俺の魔術が役に立った場面は有ったけれど、すごく些細なものだったと言わざるを得ない。
自分より小さくて華奢で若い少女に色々な面で劣るって言うのは…騎士としてセドリック・グリーンヴェイル子爵に仕えて、領主と領民のために全てを捧げる誓いをした身としては…。
正直言うと、悔しかった。
フィンは何事においても小器用な奴だからな、そこら辺は割り切って立場に徹しているんだろう。羨ましいやつだ。
分不相応に高望みな自分の性格が恨めしい。
その程度だと思ってた。
…でも、そんな彼女が。
聖女セレナ・ルミナリスが、明らかに憔悴して部屋から出てきた時に…自分の視野の狭さや矮小さが、いい加減さに心底に嫌になった。
世界を救った英雄の一人が、強大な武力を持つ英傑が。
たった一人の村娘を救うために死力を尽くしてくれてるんだ。
世の中の理不尽に晒された小さな命を救うために。
命を削って尽くしてくれてんだ。
アホか俺は。
強いとか、弱いとか。
偉いとか偉くないとか。
なんて次元の低い所でチョロついてたんだろう。
どんな事でも自分が出来ることをやれれば良い。
今はソレでいい。
そんな事を悶々と、扉の傍で考えてた。
「リアム、あまり考え込むな。いつも言ってるだろ?『お前は別にお前のままでいい。』お前みたいに実直で不器用な奴ってのは必要なんだ。最初にまっすぐ進んで問題にぶち当たってくれる人間が居ないと物事が進まない。」
突然フィンが俺に話しかけてきた。
やや呆れた視線を向けながら。
「何だよ突然。」
見透かされてる気がして思わず冷たい反応をしてしまう。
「騎士としての矜持があるのは判る。同じ領民であるメイの事を心配だと思う心も判る。でもセレナ様はそういった次元を超えた所で動いておられる方だ。」
「…。」
やっぱ見透かされてた。
「あの洞窟で一人先行されたのも、身体能力の強化によって事前に中の状況を把握されておられたのだろう。義憤に駆られ…我々を蔑ろにしてまでもメイを救う事を最優先に選ばれた。それは我々が弱いからとか、役に立たないからとかそういった次元での話では無いんだ。」
「解ってるさ。セレナ様が親身になって我々の為に考えて動いてくれてることは…誰の目にも明らかだ。」
「だったら何でそんな難しい顔をしている。」
「…そんなに顔に出ているか。」
「お前みたいな真っ直ぐな人間が、不満が顔に出ないと思うのか。」
少しだけ可笑しそうにフィンが言う。
…悪かったな、単純で。
「まったくお前はわかりやすい。子供の頃からずっと変わらん。」
「お前は子どもの頃に比べるとかなり小賢しくなったぞ。」
「お前みたいな奴を立てる為には多少小賢しい位でないと務まらん。」
「誰も立ててくれなんて思ってない…。」
「分かっている、お前は認められようとして動くようなタイプじゃない。誰かのために体が思わず動いてしまうタイプだ。考えなしに突っ込んで停滞する状況を打ち壊してゆく一番槍だ。
案外、そういう奴が居てくれたほうが物事ってのは上手く回るんだ。あとはそういう奴をフォローできる人間が居れば良い、その役目が私だ。」
「いつも感謝はしてるさ。」
「それも分かっている。」
こいつ…したり顔で。
「…セレナ様みたいなすげぇ存在がさ…こんな時に居てくれたことは感謝なことでしか無いんだ。だけど自分が立場相応の働きが出来てないことだとかセレナ様に戦力として考えられてないかも知れないって、自分がちっぽけに思えて仕方ないって考えちまった。
でも、俺は俺の出来ることをやるしか無いんだって事を考えてた…どんな事であろうと役に立つのならソレで良いんだ、って。そんな事を思ってたんだ。」
「なんだ、答えは出ているんじゃないか。そうだ、お前はソレでいい。」
フィンはまた、少し可笑しそうな顔をして言った。
本当に、こいつは子供の頃から比べると随分小賢しくなったな…。
羨ましいよ。
でも…一緒に村から出て、セドリック様に使える騎士になってくれて本当に感謝している。
さすが相棒だ。
そんな事を考えていたら肩の力が抜けて、こわばってた顔の違和感が溶けた気がした。
斜向かいで柱にもたれかかっていたフィンが安心したように視線を俺から外した。
「リアムさん!フィンさん!手を貸して下さい!!」
そんな時だ、中から悲鳴のようなリリィ様の呼び声が聞こえたのは。
俺とフィンは同時に互いを見ると、弾かれたように扉へと向かう。扉の正面に居たフィンがドアノブへ手をかけ間髪入れずに開けた。
フィンに続いて部屋に入ると床にへたり込んでるリリィ様の背中が見えた。部屋の中央にあるベッドの上に全裸のメイが横たわっていたのを視界の端に捉えつつ、俺はセレナ様の姿を探したが見当たらない。
「リアム!セレナ様はリリィ様の腕の中だ。様子がおかしい、お前が手をお貸ししてくれ。」
フィンがベッドの向こう側に回り込みながら手早くシーツを掴み、そのままメイに掛けながら教えてくれた。
リリィ様の体にセレナ様の華奢な体が隠れていて気づかなかったのか。
俺は背を向けたままのリリィ様に近づきながら覗き込むようにセレナ様を見て…心底驚いた。
先程と比べ物にならないくらい血の気の失せた顔色、頬も痩けていて少し前に豪快な食事をこなした姿との乖離が激しすぎる。
顔と身体は大量の汗で髪や服が肌に貼りついている。
力が入っていないのが一目瞭然の、だらりと投げ出された四肢と身体。
目の前の状況がどうして起きたのか判らない。
でも俺はリリィさんの正面に回り込んでしゃがんだ。
「マーサが隣の部屋にもベッドを用意してくれてると言っていました。セレナ様をそちらにお運びしますのでしばらく休まれて下さい。」
彼女が泣きそうな顔で不安げにしてたから。
なるべく努めて冷静に、リリィ様に話しかけた。
「は、はい。お願いいたします。」
「リリィ様はそのまま上半身をお持ち下さい、俺はこちらで下半身を持ちます。」
そう言ってセレナ様の膝辺りに手を沿えて持ち上げようとした。
手にびちゃりと水気を感じ、同時にひやりとした冷たい感触。
まるで着衣泳でもしてきたかのようにずぶ濡れの下履きをみて、俺は状況が更に尋常ならざることを理解した。
「フィン。マーサに伝えてきてくれ。セレナ様の着替えになるような衣類を貸してくれと。」
「解った。」
阿吽の呼吸で俺の語りかけの途中から動き出してくれる。
「さぁ、リリィ様。セレナ様を隣の部屋に運びましょう。」
目に涙を一杯溜めたリリィ様は無言で頷いて、セレナ様の両脇に手を差し込んだ。
俺もセレナ様の膝裏に手を差し込んで自分の体に寄せた。
ひやりと衣類越しに伝わってくる彼女の体温の低さに、俺も背筋に寒いものが伝わるのを感じた。
万能チートパワーでは無いんです。
それは誰の中にも有りえる力。
彼女はソレがちょっと自由に使えるだけ。
…だから代償は有るんです。




