第二十二幕 「お腹」
自分が手に入れたい物のためなら何を犠牲にすることをも厭わない
そんな単純な考えが時折頭をよぎる
そんな事ではダメだとも理解している
「それでも、手に入れたいものは有る。」
「セレナ…おなかぽんぽんじゃないですか…。お肉を豪快に食べてる時も思いましたけど…セレナの胃腸はかなり強靭ですよね。」
リリスが人の腹を凝視しながらなかなか酷い感想を述べている。
普段なら華奢な…自分で言うのもアレだが、起伏に乏しいボディライン。
今はお腹がぽっこり膨れてしまっている。
「あんまり見ないでよ…私だって好きで大量に食べている訳ではないのだけど…単純に手軽な補給手段が食事ってだけなの。端的に言えば、太りやすい食事は生命力への変換効率が高いの。」
太りやすい食べ物、と言った時にリリスの顔が「スン。」と無表情になった。さてはこのムチムチ魔族、食生活が偏ってるんだな。
「それでセレナ!メイさんの治療は次何をするんですか?」
考えるのを止めたリリスがことさら明るく次の施術を尋ねてきた。
「…乱暴されたことによる内外の傷と…彼女の生殖器官は『元通り』にしたわ。次は体に残留している薬物の分解と除去ね。」
セレナもリリスの選択に同意し話を進めることにする。
「セレナがメイさんに何をしていたのかは全く解りませんでしたけど、凄いことをしていたのは判ります。今度も似たような感じになるのですか?」
「そうね、外傷の治癒は見ててわかりやすいけれども。内臓の方に関しては何をしていたかは他の人からはサッパリでしょうね。」
「それはもう、さっぱりでした。」
「言ってしまえば『人体が持つ基本的な代謝の超強化』を行ったのよ。」
「と、言われましても…ヤッパリサッパリです。」
そらまぁそっか。
だったら。
「リリスは自分の体が生きていくのに必要なことを自分で意識して指示をだしてる?そんな訳は無いはずよ。呼吸も血の流れも、食べ物を飲み込んだ後の内臓の動き。汗をかいたり、涙を流したり。傷を負った時に自然に治癒する事も。眠くなったら寝て意識が途切れる、あるいは自然に目が覚める。他にも多種多様な事が無意識化で行われているわよね。」
自分の頭に浮かぶ『知らない知識と記憶にない記録』が次々と脳の機能を開示してくる、それを瞬時に理解し反芻し出力しながらセレナは喋る。
「…そう、ですね?」
「あなたはこれらが行われてる時に何が管理しているかしっている?」
「えっと、ここですか?」
そういってリリスは自分の頭を指さした。
「そう、頭蓋骨の中にある臓器『脳』ね。思考と記憶の器であり、本能と知能の同位体。そして意識と無意識の混成体。『脳』は人体が生きる上で必要なことを全て勝手にやってくれている器官よ。」
「そう…なんですか?身体の事は全然知らないんですけども…。」
「そうね、私達が知っている医学では解明されていない知識だわ。」
「…セレナが何を言おうとしてるのか解んないです…。」
「私だって自分が何を言ってるのか解ってないわよ。」
「…えぇ~…?」
「今度時間をかけて『私の知らない知識』について説明するわ。」
「なぞなぞか何かですか…。」
「なぞなぞというより…『謎』そのものよ。」
「うぅ…。頭がこんがらがります。」
「ま、今は忘れていいわ。メイの治療に専念しましょ。」
「は、はい。」
「んで、具体的に何をするかは説明しても無駄だけど、これから何が起きるかと言うと…メイの身体に大量の生命力を流し込みつつ、私の理力によってメイの生命活動を超強化し擬似的な時間操作を行うわ。」
「じかんそうさ!?理力は時の流れにも干渉できるのですか!?」
「物の例えよ…?人の体が一日かけて出来ることを、すごい速さで行わせることで数分で何十日分かの生命活動を強制するの。解る?」
「た、多分。」
「…まぁ良いけど。噛み砕いて言えば…強制的に人体が持つ臓器の力で薬物を変質させて体外にちゃっちゃと排出させちゃうのよ。どの内臓がどうやって何を何にしてどうなる、なんて説明はしても解らないだろうし意味がないから省くけど。」
「んー!解らないけど判りました!でも排出ってどこから出すんですか?」
「そりゃまぁ…おしっこになって出て来るわね。」
「…そ、そうなんですね?それじゃー…えっと…?」
何をどうしたら良いか判断できずにワタワタしているリリスをよそに、セレナは次の準備をしている。
「落ち着いてリリス。あまりメイを動かしたくないからおしめ代わりにタオルを使うの。大量に用意してもらったのはそのためだから、ある程度尿を吸わせたら取り替えるのを繰り返すだけ。」
「あっ、判りました。じゃぁ取り替えるのは私がやりますね。」
「お願いするね。」
役割の確認を終え準備が済んだ所で、再びセレナはメイの脇へと立ち緩やかに構える。ゆっくりと深呼吸を繰り返しながら自身の丹田へと意識を集中させながら理力を行使する。
セレナの全身を淡い光が包み込み、流れは腹部へと集中していく。
「え…セレナのお腹が…!?」
先程までぽっこりしていたセレナの下腹が見ていて解る速度で凹んでゆく。
「なん…なんですか!コレ!」
少し興奮した様子のリリスがキラキラした目でセレナの凹んでゆくお腹を凝視している。
「理力による強化で私の消化吸収器官…食べ物から生命力を摂り込んでいるの。当然ながら普通に消化するより無駄が発生しちゃうけど、時間あたりの生命力確保効率は上がるわ。」
理力を行使するエネルギーを得るために理力を使って消化吸収を強化するというのはちょっと無駄な気がするけども、メイを一刻も早く治療するためには多少の無茶も致し方あるまい。エネルギーの補給さえしてしまえばある程度は連続した理力の行使ができる。
私自身の気力の消耗は、まだ何とかなる。
「そうじゃなくて!痩せてます!すごい速度で!」
はわわと言った具合に手をわなわなさせながら食い入るように見つめる。
「…リリス、これは急速に大量の食事を摂取したことによる一時的な胃拡張での腹満状況よ…私は別にふとっ…」
やめとこ。
「リリス?そろそろ良いかしら…。メイに理力を行使して残留薬物の除去を始めたいのだけど…。」
リリスは夢のような光景に我を忘れて私の話しかけた失言を聞き逃してる。
…おいこらソコ、お腹を撫でるな。
理力は夢の力ですね。
でも人体に備わっている力でも有るんですよ?
人体って凄い




