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救済の聖女のやり残し ~闇と光の調和~  作者: 物書 鶚
第一章 第一部 二人の旅の始まり
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第十九幕 「母の想い」

何かを成そうとしている時

それが本当に正しいのか考える

不安と焦燥が身を焦がし、されど待たねばならぬこの時


「その時が訪れたときに、後悔だけはしたくない。」


村へと向かう荷馬車の空気は重かった。


重体の娘が荷台の中央に寝かされており両脇には母親とリリス、後部にはセレナとグリムがそれぞれ向かい合う形で乗っていた。


母親は虚ろな表情で娘を見つめるばかりで、時折涙が頬を伝う。

所在なさげなリリスは伏し目がちに時折セレナの横顔を見つめている。当のセレナはグリムをじっと見据える。彼は目を瞑り、微動だにしない。


そんな彼を監視するかのように目をそらすと、ふと後続の3名へと目をやる。



後続のリアム、フィン、エミリアは手下の男三名を馬に積んだ状態で荷馬車に歩調を合わせながら付いてきている。セレナはエミリア達を見やり、内心で感謝した。おかげで親子も野盗も運べる。


ルーカスがグリムに対して振りまいた殺気についても、当然と言えば当然だろう。人さらいの野盗の首領が憮然とした態度で拘束もされずにその場に立っていることを警戒しないほうがおかしい。

セレナが埒外の存在であるとしても、目の前の犯罪者に対して警戒心を解かないことは彼の優秀さの証左でもある。


当の本人はあれ以降は飄々とした態度を貫いているが、セレナからしてみればソレが装いの態度であることは明確だ。


エミリアの様に正義感丸出しで衝動的に動いてくれるタイプと違い、真意を隠しながら慎重に動くタイプはやり辛い。


討伐隊の仲間にもそういった種類の人間が居たのを思い出す。


風の守り人、シルヴィア・グ・ウィネリン。

いつも涼しい顔をして落ち着き払った態度、一貫して自分を出さないくせに気がつけば必ず正しいポジションを取っている、気が利くタイプといえばそうなのだろうけど…見透かされているような気持ちがして苦手だった。


彼は導き手として優秀だったし、彼の弓の腕前に助けられたことは両の手で数えるには足りないほどだった。


それでもエルフらしからぬ飄々とした性格と、自分を出すことがない振る舞いには随分とヤキモキさせられた。

嫌いというわけではないが、セレナにとってはやり辛い相手だった。


ルーカスとシルヴィアは人間性が非常に似ている。


そんな事を思っていると、また小さな溜め息が一つ。

知らず知らずの内に漏れてしまっていた。

そんな自分に気付き、慌てて平静を装いながら気を取り直していると。


いつの間にか後方からリアムとフィンが速度をあげて追いついて来ていた。

会話ができるくらいの距離まで接近し、リアムが口を開く。


「セレナ様、まもなくグリーンリーフですので我々は先行して状況を村の者に伝えてきます。

グリムヴェインの件を前もって伝えておけば混乱は最小限でしょうし…リックに、二人の生存を伝えてやりたいのです。村の物も不安にしてるでしょう。」


どうやら先に行って色々と便宜を図ってくれるようだ。


「判りました、お願いいたします。我々は村に到着した後は、まずは野盗達を詰め所へ連れていきます。その後は彼女とお母様を診るために…緑葉亭へ向かいます。旦那様へは無事生きていることだけをお伝え下さい。御息女の現状を見ることはあまり良いこととは思えません。『聖女セレナが責任をもって必ず治療いたします。』そう言っていたとお伝え下さい。」

セレナは真剣な表情でリアムをまっすぐ見据えながら言った。


「…承知いたしました。お気遣い痛み入ります。」


リアムは一礼し馬車から離れると、馬の歩調を早めて馬車を追い越していった。後続するフィンもすれ違いざまに真剣な眼差しでセレナへ一礼すると、後を追う形で駆け抜けていった。



「…助ける手立てはあるのか。」

ずっと目をつぶったまま黙っていたグリムが突如喋りだした。


「本来であれば膨大な時間をかけて徐々に治療する様な形になる事ですが、それでは彼女の時間が失われすぎてしまいます。私はそれを良しとしたくはありません。しかし、私の理力が有ればあるいは。」


「理力…あの回復や強化の力のことだな?」

グリムは目を開いてセレナを真剣に見つめている。

いつの間にか顔をあげた母親も、縋るような表情でセレナを見た。


「…そうです。しかし身体は治せても心を治すことは困難を極めるでしょう…でもやり様はあるはずなのです。」

やや歯切れの悪い言葉で希望を口にするセレナの表情は険しく、これから行われることが易からぬことであるのを如実に語っていた。


「聖女様…どうか、どうか娘をお救いください…。」

再び涙を流しながら母親は弱々しく懇願した。


セレナは母親の顔を見てハッとする。

ここで私が弱気になってはダメだ、彼女が絶望してしまう。


「勿論ですお母様。ですのでどうかお気を確かに。貴女もこのままでは参ってしまいますわ。どうかわたくしめを信じてお任せ下さい。女神ルミナスの恵みと救いが必ずや御息女に未来をもたらします。」


なんとか取り繕いながら母親をとりなし落ち着くように言うが、実際の所は自分自身も不安が拭えぬ状況であることに変わりない。


「俺が言えた事では無いのは解っている。だが、言わせてほしい。何とか彼女を救ってやってくれ。」


「…解っておりますわ。」


ジッとセレナを見つめながら無責任に懇願してくるグリム、セレナは一瞥しながら一言だけ答えた。


「セレナ様、私もお手伝い致します。何としても彼女を助けましょう。」

リリスが心配そうな顔で覗き込む様に言ってくれた。


「感謝いたします、リリィ様…是非お力添えをお願いいたします。」

そういうのが精一杯だった。


ジクジクと胸のあたりに焦燥感だけが募る。







村についたのは正午を少し過ぎた頃。


門のところにはフィンと門番が待ち構えていた。

既に準備はできているとの事だったので荷馬車を詰め所の前に移動させた。


グリムヴェインの手には金属製の手錠が嵌められており、彼は抵抗する素振りも見せず大人しく詰め所の奥へと連れて行かれた。



緑葉亭へと戻ると宿屋の主人と奥さんが店先で待っており、心配そうな面持ちでこちらを見つめていた。隣にはリアムの姿が見える。


既に話は通っているらしく、1階にある小さい部屋を用意していてくれた。

カーテンが締め切られた小さな宿部屋へと重体の娘はリアムとフィンによって慎重に運び込まれ、柔らかなベッドへと移された。


セレナは一旦全員で部屋の外へ出るように指示を出し、自身も部屋の外へ出て静かに扉を締めた。


一同は待合所に集まっており、セレナもその場へと向かった。


待合所にはリリスと護衛騎士2名、緑葉亭の夫妻。そして夫妻に挟まれる形で母親が…皆一様にセレナの方を向いて言葉を待っていた。


やや伏し目がちに、神妙な面持ちでセレナが口を開く。


「…今から私の力で彼女を治療いたします。体内に残っている薬を抜き、内外の傷を治します…。」


少し歯切れの悪い口調で喋り出す、まだ不安と迷いが拭い去れないセレナ。

しかしこれではダメだと、顔を上げ皆を見つめながら続けた。


「リリィ様は私と一緒に来ていただいて治療の補助をお願いいたします。リアム様とフィン様は部屋に誰も入ってこないように警護を。緑葉亭のお二人には…奥様は彼女のお母様についてやってください。」


それぞれが黙って頷く。


「それとご主人。」

セレナは改まって緑葉亭の主人を見据える。

何事かと彼はセレナを見つめ返した。


「彼女の治療には非常に大量の生命力を消費することが予想されます。簡単な料理で構いません。滋養のある、吸収の良い料理を大量にご用意いただけますか?」


「へ?へい。承知しました。しかし…えっと、どんな料理が良いんで?」

唐突に『治療のために料理を。』と言われてもさっぱり意味がわからない。

主人は混乱した様子だ。


「脂身の多い肉や、チーズなどの乳製品…あとは穀物を使った料理も有用だと思います。可能であれば…甘味、果物なども。量は…とにかくいっぱい必要になるかと思います。」


「肉料理にチーズと穀物の料理を大量にですかい…ふむ、承知しやした。」


「時間がかからない料理が望ましいです、よろしくお願いします。」


「お任せくだせぇ。」

そう言うと緑葉亭の主人はさっさとカウンターの奥へ消えていった。

相変わらず料理のことになると脇目も振らずだ。

でも今はそれが有り難い。


「あの…セレナ様、大量の料理を一体何に…?」

リアムが腑に落ちないといった面持ちで問いかけてきた。


そりゃそうだ、普通に考えたら結びつくわけがない。


「わたくしの治療の力…『理力』の行使には私か施術対象者の生命力を消費します。今の彼女から生命力を消費することは命に関わりますし、まともな食事を採れる状態ではありません。

なので全てわたくしの生命力を消費することで問題を解決できます。

しかし私個人の生命力といっても限りがございます。それを補うために大量の食事をもって補給する。そういう事にございます。」


ざっくりとではあるが、なるべく理解できるように噛み砕いた説明。


「…なるほど、あの脅威の癒やしの業なら相応の代償が有って然るべき。」

顎に手を当てて考え込んでいたフィンが納得したように顔を上げた。


「俺は…よくわからんが、セレナ様がそういうのなら従おう。」

一応は納得してくれたリアム。


「それと熱い湯と水。大量の清潔な布が必要になります。どなたかご用意いただけますか?」


「私がやります。マーサ、入れ物や布の場所を教えて下さい。」

フィンがいち早く反応し、緑葉亭の奥さんへと近づく。


―マーサっていうんだ、宿屋の奥さん。


そう思いながらリリスへと向き直るセレナ。


「リリィ様、部屋の中で打ち合わせを。」


「承知しました、セレナ様。」

そう言って二人は彼女が寝ている部屋へと向かおうとしたその時。


「聖女様!」


不安そうに事態を見ていた母親が叫ぶような悲痛な声で聖女を呼び止める。

セレナは振り返り無言で母親を見つめた。


「娘を…、メイをどうかお願いいたします…。」

消え入りそうな声でそれだけ言うと、両手で顔を覆って泣き崩れた。

マーサが慌てて駆け寄り彼女の背を抱いた。


「死力を尽くします。」

セレナはそう言って一礼したあと、リリスへと目配せをして部屋へと入っていた。リリスもまた一礼の後セレナの後へと続き部屋へと消えた。




彼女が幾度となく口にした、母の願いを。

己の無力さを嘆く思いを。


無駄にしてたまるか。


壮絶な戦いが始まるよ。

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