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救済の聖女のやり残し ~闇と光の調和~  作者: 物書 鶚
第一章 第一部 二人の旅の始まり
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第十七幕 「くの字」

耐え難い現実から目を背けることは弱さではない。


耐え難い醜悪から逃げることは弱さではない。


「それでも砕くべき闇は誰の中にでも有る。」

【注意】本章には性的虐待の暗示と暴力描写が含まれます(R15+)。苦手な方はスキップを推奨。


「なんかよぉ、急に反応無くなっちまってやがんな、コイツ。」

全裸の男が身体を揺らしながらぼやく。

剃り上げた頭に汗を滲ませながら、忙しなく動いている。


「そりゃあんだけ使ったらダメに決まってんだろ。頭悪い使い方しやがって。タコが。」

短髪の男は何やら機材を弄り回して薬物の調合をしている。


「だってよぉ、アレ使うと反応が面白くって、ついやっちゃうんだよぉ。自分に薬使ってギンギンになるのも良いんだけどよ。やっぱシラフで楽しむ方がスキだなぁ俺。」


「おめぇうっせぇよ。喋り続けねぇと腰振れねぇ生き物か何かか。どうせ出したら満足するんだから適当な穴ツッコんどけボケ。」


「てゆーか何作ってんの?コイツに使うやつ?あっ、解ったアレだろ!特殊調合で感度が何倍になる薬ぃー!みたいなやつだろぉ!」


「…」

男は無視して混ぜた薬液が入ったガラス容器をランプで炙る。


「いいねぇいいねぇ!早くコイツに打ってくれよぉ!どんな反応すんのかなぁ!」

興奮した男は更に腰の動きを早めると醜悪な笑顔を浮かべた。


「ッチ…勝手にサカってろアホが。」


「あぁぁぁあ!やべぇー!楽しくなっちまって俺いっちゃいそう!」

気持ちの悪い速度で全力で腰を打ち付ける男は壊れた機械の様に暴れる。


「おい、てめぇ。一人で無茶して壊すんじゃねぇぞ。せっかく調合した薬使って楽しもうとしてんだから。」

加熱を終えた薬液を冷却しながら短髪の男が言う。


「ぁぁぁ、あ?あれ?ソレ、コレに使うんじゃないの?」


「誰がンなこと言ったよ。」


「えー…、そりゃねーよぉー。一緒に楽しもうよぉ。」


「ガタガタうっせぇんだよ、さっさと出して変われや、ゴミ。」


「はー、ノリが悪いヤツぅー。…ん?」

スキンヘッドの男はふと腰の動きを止めた。

出口の方から人の気配を感じたからだ。


「おい、ドーズ。出口。」


「るせぇ、解ってる。オメェより先に気づいてるわ。」


「見張りのモックは何してんだ。」


「しらねぇよ、やられてんじゃねぇの。」


「はー、役に立たねぇ。」


「てめぇよかマシだわ、糞スケイル。」


次から次へと虫唾が走る言葉が飛び出てくる驚愕の会話は男たちにとって予想できない来客によって途切れる。


「おいおいおいおい、まじかよ。」


「こりゃまたかわいらしいお客様だ。」


セレナは一人でスタスタと男たちの眼前に現れた。


「ちょっとぉ、お嬢ちゃん?迷子にでもなっちゃったかな?」


「はー、ちっちぇ子どもじゃねぇか。ミートが居たらアレだな。」


「『たまんねぇよぉ!』ってか!ギャハハハ!」


「あいつデケェナリしてナニはクソしょんぼりだからな。」


―あの肉塊はミートっていうのか。

わかりやすい名前。


語彙力の愉快な肉塊を思い浮かべながらセレナは声を出した。


「こちらにいらっしゃるのはお二方だけですか?」

セレナは抑揚のない口調で目の前の野盗どもに問う。


「そうだよー、おじちゃん二人だけだよー?お嬢ちゃんは探検中かなー?滝の裏に洞窟なんか見つけて一人できちゃったのぉー?」


「おい、ガキ。一人でこんなとこ来たのか。他にツレはいねーのかよ。」


セレナは無視して部屋の奥にあるカーテンを凝視する。

簡素な布で区切ってるだけで向こうにも部屋があるのだろう。


「あちらにいらっしゃる方はお仲間では無いので?」


「あらら、ウソがバレちゃった!ごめんねぇー?あっちにはおじちゃんたちよりこわ~いオッサンがいるんだよ?お楽しみ中だから入っちゃダメだよぉ?」

おどけた表情で腰をくねらせながら前に突き出している。

無駄にキモ器用なヤツ。


「…おい、スケイル少し黙れ。」

短髪の男の方の顔が険しくなる。


「おい、ガキ。」


「セレナと申します。」


「るせぇ、ガキ。てめぇ門番はどうした。」


「おー、そうだった。おじょうちゃんココに来るときに別のおじちゃんに会わなかったぁー?」


「さぁ?扉のところには誰もいませんでしたけれども。」


「あれー?モックおじちゃんはサボりかなぁ?」


「黙れっつってんだろスケイル。てめぇナニモンだ、ガキ。」


「ただのガキでございますよ。ちっちゃくて貧相な体つきの。」


「ただのガキがこんな場所に来て門番をどうにかして、この状況で落ち着き払えるワケねぇだろ。」


「そうですか。こんな状況とはそちらで横たわって慰み者にされている女性も含まれるのですか?」

そういってセレナは手をゆっくりと上げて女性を指差そうとした。


「おい動くなガキ。次動いたり喋ったらボコすぞ。」


「おいおい、ドーズ。こんなちっちゃい子にマジになんなよぉ。どうせ大した魔術も行使できねぇ駆け出し冒険者だよぉ。」


「スケイルさんでしたかね。なんでこの状況で腰が動いてるんでしょう。」


「あららおじょうちゃん。大人の遊びが気になっちゃう?お年頃だねぇ。」


「いい加減にしろスケイル。こいつただのガキじゃねぇ!

っつうか喋るなっつってんだろ!痛い目にあいたいのか!」

ドーズとかいう男は立ち上がって脇に立てかけてあった得物を手に取る。


「やめろよぉドーズぅ、おじょうちゃんは大人の遊びに興味が有って混ぜて欲しいだけなんだよぉ。そんな殺気立つなよぉ」

そういってゲス笑いで顔を歪ませながら再び腰を激しく動かし始めた。


「あーやべぇ、人に見られるの新感覚すぎてハマっちゃいそ。ていうかさっきギリギリだったからもう無理かもおぉお!すっげーきもちいかもおおおお!」

また一人で盛り上がってガクガクと腰を振り出したハゲは涎を垂らしながら叫びだした。


「おい!スケイル!!マジで止めろ!!こいつは一人で俺等をどうにか出来るからココに居るヤツだ!アホやってねぇで構えろ!!」

目の前の小さな女の子から目線を外すことが出来ず、脂汗をかきながら視界の外に居るキモい動きの仲間に大声で忠告する。


「おほぉぉぉぉぉ!アホきもちぃぃぃぃぃ!!」

ラストスパートでもいわんやと全力で腰を振り。


「あああああ!もう出」

大きく打ち込もうと腰を引いた所で。


スケイルとかいったキモい動きをする悪い男は「くの字」に成りながら水平に壁へと吹っ飛び、そのまま轟音と共に壁にめり込んだ。


上半身が岩場に埋まったまま腰がビクビク動いて何か垂れ流してる。


セレナは吹っ飛んだスケイルを一瞥する。

―背骨折れてるのに腰動くのかよ。どこに脳みそあるんだアイツ。


「てっ、てめ」

一瞬で水平移動と轟音衝突を披露した仲間の姿に気を取られている場合じゃないと、スケイルが居た場所に視線を送るが誰も居ない。


「クソっ、どこに!」

そういって周囲を見回そうと身体を捻った所で。


『バヂヂヂヂッヂヂヂヂ!』

背後に居たセレナが短髪の男の後頭部に手を添えると紫電が疾走り、空気が震えるような奇妙な振動音が響き、あたりに焦げた臭いが漂った。


「…ケハッ…ガ、ガキ」


―こいつはコイツで、この出力に耐えるのね。


面倒くさそうな顔でセレナはくるりと軸足で回り、左足の踵で男の腰を撃ち抜いた。「ヒュゴッ」という風切り音と共に男の身体は真横にすっ飛び、錐揉み状に回転しながら壁にめり込む先客へとブチ当たり、そのまま床へ『ビチャリ』と音を立てて落ちた。


二人は折り重なってピクリとも動かなくなった。

そんな汚物に一瞥くれてやったセレナは。


「楽に死ねると思わないことですね。」

そう吐き捨てると、テーブルの上に投げ出された躰の方へと向かった。


「…酷いわね…。」

弱々しく呼吸をするだけで、ぐったりと四肢を投げ出した身体。

視点が定まっておらず、体中の痣が痛々しい。


「…胸糞わるい知識。」

セレナが目の前に広がる惨状を見ると、自分が得た記憶のない記録が次々と思い浮かぶ。眼前に在る消え入りそうな呼吸をするだけの身体と心が、今どんな状態にあるのか。

どうすべきか、すべきでないか。


ギリリと歯ぎしりの音がして、自分が無意識に歯を食いしばっていることに気づく。強く握った手の平に爪が食い込んで赤くなっていた。


「セレナ様。」

リリスの声で我に返り彼女の方を見ると、かなり後方にリアムとフィンの姿が見えた。


セレナは手早くローブを脱ぐと、目の前の女性に掛けて肌を隠した。


「お二人共、ご遠慮ください。人目に晒して良い状況ではございません。」

きつい眼差しで二人の騎士を見つめる。


「承知しておりますセレナ様。しかし…無茶をしないと約束したではございませんか…お一人で突出するのは危険だとあれほど…。」

リアムが苦い顔をしながら立ち止まり愚痴る。


「…だがリアム、お前セレナ様の動きを目で追えたか?俺は未だに目の間で起きたことが理解できん。」


「それはそうだが…!護衛を任された身としてこれはあんまりでは…?」


「お二人に頼んだのはリリィ様の護衛ですわ。私は数に入れないでくださって結構です。そんなことよりもそこらに鍋や桶は無いですか?湯を沸かして彼女の身を清めたいのです。」

冷たく吐き捨てるように喋るセレナの口調に、並々ならぬ怒気を感じた護衛騎士はそれ以上何も言えなくなってしまう。


「セレナ様、連中の話ではもう一人野盗が居るのでは。」

リリスが部屋の奥にあるカーテンを見ながらセレナに問う。


「そうですわね、リリィ様の言うとおりです。」

そう言いながらキョロキョロと当たりを見回し手頃な桶や鍋が無いか探すだけのセレナ。


「そうです!セレナ様、まだ野盗が残っているのなら油断するのは早いです!全員制圧せねば!」

リアムが気を取り直して具申するも。


「…必要ないかと。」

またも塩対応で、淡々と作業をすすめるセレナ。


「…セレナ様、何かお気づきなら俺達にも共有して頂きませんと、手につくものもつきません。お願いいたします。」

フィンが膝をつき懇願するように言う。


「…はぁ…」

セレナは一言ため息をつくと


「そろそろ出てきて頂けませんか!そのまま黙って待っていてられても連れが納得してくれ無さそうなのです。…手を頭の後ろで組んでゆっくりと出てきてくださいませ!」

奥のカーテンに向かって声を張り上げた。


しばらくするとカーテンの隙間からのそりと体格の良い男が出てきた。

両手を頭の後ろに組み無抵抗の意思表示をしたままゆっくりとカーテンから数歩前に出て立ち止まった。


「…」

男は何も言わず、硬い表情のまま動かない。


「良いでしょう。リアム様、フィン様。彼に緘口錠をはめて捕縛してくださいませ。」

きっと強く厳しい眼差しを男に向けたままセレナは言った。


「だ、大丈夫なのですか。」

思ったよりも大きな男が出てきて彼我の戦力差に不安を覚えたリアムがたじろぐ。


「彼に抵抗する意思は有りません。そうですね?」

セレナはそう言いながら男に問いかけた。


男は黙って頷き、そのまま両膝をついた。


「なんだってんだ…いったい。」

フィンも腑に落ちない様子でおそるおそる近づく。


「…抵抗しないで貰えると助かる。」

そう言いながらリアムも近づいた。


「お二人共、無駄に警戒しないで下さいまし。よしんばその男が抵抗したとしても、あそこで重なってる2体が3体に増えるだけですわ。」

事も無げにセレナが言う。


「…あいつらは生きてるのか。」


野太い声で跪いたまま男が問うてきた。


「背骨が折れていますが命に別状は有りません。拘束が済み次第怪我も完全に治癒いたします。死んだほうが良い連中とは思いますが、私は死して償うより方の裁きと自戒の責を追うべき。というルミナスの教えに沿っているだけです。」


「…モックは…門番は?」


「彼も昏倒してるだけですわ。捕縛済みで木戸の脇に転がっております。他の三名も怪我などはしておりません。」


「…そうか、皆殺さずに捕らえたのか。」


「たとえ死にたがったとしても、やすやすと死なせませんわ。」


「あいつらに、そんな勇気は無いさ。」


「左様でございますか。」

セレナは冷たくあしらうと、かまどの傍にあった比較的きれいな鍋を手に取ると水のマナを行使しきれいな水を顕現化させる。

男の拘束を終えた騎士二人がセレナの下へ戻ってきた。


「フィン様、これを人肌程度にあたためていただけますか。」


「はい、承知しました。」


「リリィ様。フィン様からぬるま湯を受け取ったら彼女の身体を清めて下さい。今は外側だけで結構ですわ。決して強く擦ったりしないように。」


「承知しました、セレナ様。」


「リアム様、あっちで重なってる汚物2体の拘束をお願いいたします。」


「いっ。アレをですか…。」


「乙女に汚い物を取り扱わせるおつもりですか。」

セレナがギロリとリアムを見つめる。


「承知いたしました…。」

とぼとぼと魔術緘口錠を取り出しながら折れ曲がった男たちの所へとリアムは歩いていった。


「さて。」

セレナは立ち上がると、ツカツカと男の前に歩み出る。


「お名前を聞かせて頂いてもよろしいでしょうか?」


「グリムヴェイン」



「グリム様、とお呼びしても?」


「様なんていらん。」


「それはわたくしの勝手ですわ。」


「では勝手にしてくれ。」


「グリム様、この方のお母様は何処へ?」


「俺が出てきたカーテンの奥に居る、縄で縛っては居るが危害などは加えていない。」


「フィン様。湯の支度が終わったらお願いいたします。」


「承知しました。」


「さて、グリム様。一体どういった意図でこのような事を?」


「質問の意味が判らん。」


「あなたからは『臭い』がしません。」


「…滝で水浴びをするのは好きだからな。」


「違います。グリム様からは血の臭いや淫らな臭いがしません。」


「…」


「この空間には6人の男の臭いと、一人の女の臭いが漂っています。あなたの体液の臭いや、もうひとりの女性の体液の臭いがしません。」


「お前は犬か何かか。」


「それを凌駕する嗅覚を持ち合わせております。」


「…そうか、お前がルミナスの聖女か。」


「…聖女に嗅覚の逸話などありましたっけ…。」


「背骨の骨折を直すと言い切ったり、異常な身体強化を見せたり。五感も鋭いって事だろ。」


「やはりグリム様は『馬鹿』では無いですね。」


「お褒めに預かり光栄だ。」


「では何故、無法者の首領などを?」


「…馬鹿に野盗の首領など務まらんだろう。」


「血の匂いが染み付いてない、人さらいをしても淫猥な臭いを纏わない野盗の首領も大概ですわ。」


「偏見だな。」


「そうでしょうか?」


「…何が言いたいんだ。」


「グリム様の罪の多寡を測りかねております。」


「ふん、聖女が裁くか。」


「いいえ、包み隠さず法務機関へ報告いたします。そこへ私見を添える事でグリム様への裁きが変わる可能性もございます。」


「…いらんよ、温情など。」


「…罪を被るおつもりですか?」


「被るも何も、俺は野盗集団の首領で人さらいの指示を出した者だ。最低でも縛り首だろう?」


「そのお覚悟が有るのならば、みなまで申しません。」


「それで良い、それが俺の役目だ。」


そこまで言ってグリムヴェインは目を伏せてしまった。


眼前の男を見てセレナは思った。


殺気も纏わず、血の臭いも、淫臭もしない。

覚悟と諦観の気配をまとった目の前にいる男に。

セレナはかつて対峙した魔族の将や魔王を重ねて嫌な気持ちになっていた。


素直に悪者で居てくれれば良いものを。

そんな無責任な想いがふとよぎるが慌てて振り払う。


気づけばフィンがカーテンの奥から女性を一人連れて来るところだった。


最初全力でゲス表現したら、えらい諭された。

そらそうだ

悪の解像度を上げることで被害者の傷を広げちゃいみない。

しっかり修正したよ。




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