第十四幕 「折れる心」
罪に罰は必要。
罰とは社会に必要な掟。
「あの人には、何の罪が有ったのだろう。」
三度目は耐えられなかったのだろう。
毛深な男は奇っ怪な音を喉から鳴らしながらそのまま仰向けに倒れた。後ろ手に固定された拘束具と鎖がジャラリと音を立てる。
「え゛ぁ、あ゛っあ゛っ」
水気を含んだ音が男の口から漏れ続けるが様子がおかしい。
体も短い間隔でガクガクと痙攣しており、呼吸も吐き出すばかりで息が吸い込めてないようにみえる。
もう誰の目にも明らかだ。
目の前の男は、昼間に睾丸を潰され、先ほどそれを奇跡の技で癒やされ、即潰され、また癒やされ、三度潰され…。
彼の心身は今どんな状態に有るのか想像を絶する。
「ヒィィ!あっ、あにっ、兄貴がっ、兄貴ィ!」
「あぁぁぁあぁ!もう、たっ、たすっけぇああぁ!」
悲鳴をあげながら牢屋に残っている二人が後ずさる、拘束具に阻まれほとんど動けないのに、必死に離れようともがいている。
「あ、あのっ、聖女様、この男、呼吸が。ど、どんどん弱く…」
両脇で支えていた男性の片方が顔面蒼白になりながらセレナに話しかける、男を支えていた手が震えている。
「問題ありませんわ、拘束を解いて横向きに寝かせて下さい。」
想定の範囲内だと言わんばかりに、即時に指示を出す。
震える手でガチャガチャと鎖の固定と手錠を外す。
「魔術緘口錠はそのままでお願いいたしますわ。有り得ないとは思いますけれども、意識を取り戻した場合に備えて。」
そう言いながらセレナがしゃがみ込む。
「はっ、はいぃ!」
目の前で起きている惨状を頭で理解してしまい、恐怖で視野狭窄にでもなっているのだろう。視界にセレナの顔が入ったことで護衛だったはずの男は明らかに動揺している。
「落ち着いてくださいまし。貴方達に危害など加えるつもりはございません。慌てて作業しますと怪我をしてしまいますわ。」
普通の少女の顔をして心配そうにしている。
「ひぃ!い、いえっ。だっだいじょうぶです!」
そういって護衛の一人が拘束具を解くやいなや腰を抜かしたまま壁際まで後ずさっていく。もう片方の護衛は呆然と口が開いてはいるが、淡々と拘束を解いている。
半身うつ伏せで片手片足を支え棒代わりに、気道を確保するために顎をあげさせて吐瀉物が喉につまらないように頭の向きを調整する。
毛深な男は相変わらずガクガクと痙攣し、呼吸音も殆どしない。
セレナは気にもとめずに男に手をかざす。
再びセレナの周りに淡い光が浮き出て、音もなく男の方へと流れていく。
すぐに男の呼吸が回復し、小さくゆっくりと肩が上下する。
「ぃ゛い゛ぃ゛ぃ゛~…」「ぇ゛ぅ゛う゛ぅ゛~…」
とても人間の呼吸音とは思えない音だが。
…細かな痙攣も治まっておらず、ガクガクと全身を揺らし続けてる。
「さて。」
そういってセレナは立ち上がる。
「ひっ。」
誰かが発した悲鳴なのだろう。
構わずセレナは牢屋の扉まで歩み寄る。
「あ、あぁ…嫌だァ…。」
「だずっ、だずげぇ、ぁあぁ!」
次は自分の番なのか、そう思ったのであろう。
拘束具の存在を忘れ、ひたすらに奥へ逃げようとしているが叶わない。
金属でこすれた皮膚から血が滲んでいる。
『ガシャン』
牢屋の扉は耳障りで重たい音を立てるが、施錠されていて開かない。
「あら…、申し訳ありません。牢屋の錠を開けていただけますか?」
くるり、とセレナは振り返り茫然自失としている護衛の方を向く。
「鍵は…あいつが…。」
ぼーっとした表情のまま壁際で怯えるもう一人の方を向く。
「ひぁ!かかか鍵はっこっこちらに!」
腰に結わえてあった鍵束を震える手で掴み差し出すが、手が覚束ないのか突き出した手の平から落ちてしまい『ガシャリ』と音を立てる。
「お借りしますわ。」
ツカツカと歩み寄り、さっさと拾って扉に戻る。
壁際の護衛は身体を縮こまらせて、こくこくと頷くだけ。
『カチャカチャ、…カチッ』
乾いた音を響かせ鍵が開く。
『ギィィィ』
やや錆びついた扉がゆっくりと開いていく。
「こなっ、来ないでェ、嫌だァ!」
「ヒィィ、やめ、やめでぇぇだずげでぇぇ。」
恐怖に歪んだ顔からはありとあらゆる汁が垂れ流されている。
張り付いたような笑顔のまま、ゆっくりとセレナは牢屋の中に歩み入る。
笑顔のまま、するり。と怯える二人の方を向く。
「ひっ」
「嫌ァアァ」
化け物に追い詰められた童の様に息を殺し目を見開く二人。
そして、セレナは口を開く。
「わたくし無駄なやり取りは嫌いですの、単刀直入に申し上げますわ。貴方達のアジトの場所を教えていただけませんか?教えていただけるなら、その股間の痛み、直して差し上げてもよろしいのですよ?」
張り付いた笑顔は消え失せ、真顔で平坦なトーンで、しかしハッキリと。
三度繰り返されたその言葉は、もはや処刑の宣告だ。
「い゛、い゛い゛まずぅぅ!!じゃべりますぅぅ!!だずげでぇぇぇぇ!!」
「嫌だぁぁぁぁ!があぢゃーーーーあん!!」
慟哭をあげ怯える二人は股間の痛みなど、とうに忘れた二人は気が触れたように鎖を引っ張りガチャンガチャンと引き、肉が抉れるのも気にしていない。
セレナは無言のまま、手をかざす。
淡い光が再び溢れ出し、セレナの手元へと集まる。
「む゛っ、村の南に゛ィ!たっ滝っ、滝の有る水場のっ、ぞのだぎのう゛らにっ!あっ、あな゛、穴がぁ!そごが、ねじろでずぅぅ!!!」
「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!」
ゆっくりと淡い光が二人へと降り注ぎ、身体へと吸い込まれていく。
「嫌あああああああ!」
「ま゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!!!!」
傷が癒えていっている筈の二人は絶叫し。
「あ。」
「ま゛。」
そう鳴いて意識を手放した。
「あら、お二人とも手を怪我をされてますわ。」
おやま、といった風にセレナは手早く手首の醜い裂傷を癒してしまうと。
てくてくと牢屋から出て、呆然としている護衛に鍵を手渡す。
「では!後はしっかり拘束して見張りをお願いいたしますわ。怪我は全て治しましたし、死ぬような事は無いはずです。」
にっこり笑顔でセレナは曰う。
「はい…、お疲れ様でした。」
恐怖で我を失っているわけでは無さそうだが、相変わらず呆然と答える。
「さて、リリィ様、エミリア様。」
いつもの屈託のない笑顔でセレナは向き直る。
「…セレナ様は、容赦ありませんね…。」
よくもまぁ、といった顔でリリスは感想を述べる。
「…心を…折る?粉砕したのでは…?」
途中からただただ目を見張っていたエミリアも何とかコメントを述べた。
「女を物のように扱い獣欲を貪る輩には相応しい末路ではありませんか?」
事も無げにセレナは言った。
「さ、そろそろ領主様が到着される頃ですわ。…もしかしたら外でお待ちかもしれません。大事なお話になるはずですので外へ向かいましょう。」
そういって牢屋部屋の扉へと向かうセレナだが、扉の手前で歩みを止める。
「そうでしたわ。」
扉に向き合ったまま。
「彼らが目を覚ましたら、お伝え願えませんか。」
ゆっくりと首をひねり、顔だけ向けると。
「もし、滝の裏に。『何も』なかったら、『また来る』と。」
その口元は笑顔だったが目が笑っていなかった。
護衛の二人は無言で頷く。
「お手数おかけして申し訳ありませんが、よろしくお願いいたします。」
そういって笑顔に戻ると、すたすたと扉の外へと歩いていった。
「あっ、セレナ様待って下さい。」
先程の惨状が無かったかのように、日常のトーンでリリスはセレナを追う。
「…はっ!ちょ、セレナ様!わわ私もいきます!」
我を取り戻したエミリアが続く。
三人は扉の奥へと消え、部屋には静寂が漂う。
護衛の二人は呆然としたままだ。
「最後の釘刺しは要りましたか?護衛の方が怯えてらして可哀想です。」
「あれは気絶している3人に『念を押した』だけですわ。」
「心の傷にならないと良いんですけど…。」
「リリィさん、私は既にだいぶ心にキてます。」
「あの方、語彙力がついに一文字でしたわ。」
扉の向こうからワイワイと遠い会話が聞こえる。
そんな会話を聞いてか聞かずか。
呆然としている方がぽそり、と
「女って、すげぇな。」
そう漏らした。
「怖かった…。本当に…。」
壁際の方もか細く答える。
耳をすませば、痙攣する男の布擦れの音が聞こえた。
ホラー回ではないです。
ちびりそう。
ちょっと短めですがキリの良いところで区切りました。
ご意見、ご感想お待ちしてます。




