第十三幕 「村の詰め所にて」
恐怖とは人を御する効果的な力だ。
怒りとは己を鼓舞する魅力的な力だ。
だが呑まれてはいけない。魅せられてはいけない。
「誰かのために怒ったり、悲しんだりすることは…悪いことなんだろうか。」
程なくして宿屋の奥さんから声がかかり、エミリアが戻ってきたことを知らされた。礼を言ってセレナとリリスはバスケットと水筒をもって下に向かおうと立ち上がったところで「顔面蒼白で息も絶え絶えだった。」と、心配そうな面持ちの奥さん。
「やりすぎたかも?」
奥さんが階下に降りていったのを確認して、小さく一言だけ零すセレナ。
「フェデルさんに何処まで強化を施したんですか…?」
おそるおそる聞くリリス。
「んー、疲労回復と走力強化、持久力を上げるために筋肉に生命力付与ね。あと夜道用に聴力と少しだけ視力も。」
ほぼ全盛りではないか、とセレナの白状にリリスは引く。
「馬はもともと夜目も耳も効く生物だから、走力強化が殆どなはずだけど」
「もしかしたらフェデルさんは走るの好きな馬なんじゃないですか…、本能的に自分の全能感に興奮しちゃって歯止めが効かなかったのかもしれませんね。…エミリアさん大丈夫でしょうか。」
「野生の本能って怖いわね。」
「私はセレナの方が怖いです。」
川での出来事を思い出して身震いしつつ、エミリアに同情の念を禁じ得ないリリス。
そんな彼女を尻目に、セレナはスタスタと階段を降りてエントランスにある待合スペースのソファでぐったりしているエミリアをみつける。
「お疲れ様です、エミリア様。お勤め大変お疲れ様でした。」
そういってニッコリ微笑みながらセレナはエミリアにお辞儀をした。
「…あ、ありがとうございます。」
エミリアの膝がガクガク震えている。
「これ、宿屋の方にご用意していただいた軽食とお茶です、どうぞ召し上がって下さいませ。」
そういってセレナはソファの前のローデスクにバスケットと水筒を置いた。
「い、頂きます。」
迷わず水筒に手を伸ばしてフタ兼用コップを回そうとするが、手も盛大に震えているため上手くいかないようだ。
「お待ちくださいませ、エミリア様。」
そういってセレナはエミリアの隣に座ると彼女の手を握る。
そのままセレナは理力を行使し、エミリアの全身の疲労と緊張を癒した。
「…ありがとうございます、セレナ様。自身で体験すると効果の素晴らしさに驚かされますね…。」
エミリアは自分の手を握ったり開いたり、笑っていた膝を擦りながらしみじみと言う。
「申し訳ありませんでしたわ、フェデル様があんなに元気いっぱいに駆けていくとは予想しておりませんでした…。エミリア様のご負担が大きくなってしまったみたいで…。」
そう言いながらセレナはコップに水筒の中身を注ぎエミリアに差し出した。
「恐縮です。」
コップを受け取り中身のお茶を一気に飲み干す。
「プハッ……ふぅ、やっと落ち着けました…。」
「こちらも召し上がって下さい。」
セレナは皿代わりのテーブルナプキンにサンドイッチを幾つか取ってエミリアの前においた。
「ありがたく頂戴します。」
エミリアは手早く口に頬張ると数回咀嚼してお茶で流し込んでしまう。
「そんなにお急ぎにならなくても…。」
あわあわと取りなす仕草のセレナ。
「いえ、大丈夫ですよ慣れてますので。」
あっという間に4個ほど平らげ、平然として見せる。
「それにしても…、セレナ様はフェデルにいったい何をされたんですか…、あんなに嬉しそうに夜道を駆け抜けるあの子は初めて見ました…。」
思い出し身震いをするエミリア。
「私も夜目は効く方なのですが…僅かな月明かりの中で脇目も振らずに森の中を疾走するのはすっごく怖くて、体が緊張しっぱなしでした。」
「ほんとうに申し訳ありません…。わたくしは癒しだけでなく身体の強化を施す事も可能なのですが…、少々強めにしすぎてしまった様で。」
「いえ、結果として半分以下の時間で往復できましたので。その、まぁ怖い思いはしましたけど。助かりました。」
「エミリアさんもフェデルさんもケガなどは無かったのですか?」
それまで静観していたリリスは別のソファに腰を掛けながら問う。
「はい、フェデルはまだ元気で走り足りないといった風で。私も少々緊張と疲労が有ったくらいで今は何ともないです。」
苦笑いしながらエミリアは答えた。
「それは良かった。…ところで首尾の方はいかがでしたか?」
頃合かと言った具合でリリスは本題を持ちかける。
「はい、会合中の領主殿と村長殿にお話は出来ました。王国からの御触れ状もあってスムーズに話はできましたし、お二人共こちらへ向かっています。それと、領主殿から書面を預かっております。」
そういってエミリアは懐から封筒を一つとりだす。
「聖女セレナ様へお渡し下さい。との事でした。」
そう言いながらセレナへ封筒を差しだした。
「拝見いたしますわ。」
セレナは手早く開封し中の書面に目を通す。
「…なるほど、ご領主様は非常に聡明で柔軟な方のようです。」
にこり、と笑顔を作るセレナ。
何処か決意のみなぎった雰囲気を纏わせている。
「…セレナ様、一体なんと書いてあるのですか?」
リリスがセレナに説明を求める。
エミリアも興味津々といった様子だ。
「どうぞ、御覧ください。」
そういってローデスクに書類を置いた。
リリスとエミリアが揃って覗き込む。
中身は聖女セレナへの挨拶と情報提供の感謝を文頭に添え、手練れを連れて直ぐに村に向かう旨と、先行して捕らえた野盗からの情報収集を進めてほしいとの内容だった。
「なんというか、全部解っている感じでしょうか?」
リリスは釈然としない表情をしている。
「いいえ、リリィ様。それは違うと思いますわ。領主様は前々から自領内の問題点を把握されており、今回を機にしっかりと対処しよう。そういうお考えに違いありません。…ですよね?エミリア様?」
「うぇっ?!えっ、あ、ッハイ。そうかも知れません。」
唐突に自分に振られて焦るエミリア。
「さ、そうと決まれば善は急げですわ。お二人共、早速例の3人組から情報を引き出すとしましょう。」
「判りましたわ、セレナ様。お供させていただきます。」
そういってセレナとリリスは颯爽と立ち上がり宿屋の受付カウンターへ向かってしまう。そんな二人を眺めながら慌ててエミリアは立ち上がり。
「えっ、ちょっ。セレナ様?まさかご自身で連中から情報を引き出されるおつもりなんですか!?」
ぎょっとした表情でセレナたちを目で追うエミリア。
「あら、何か問題がございましたでしょうか?」
「あっ、いえ。その様な役目は村の男衆にやらせておけば…。」
「いいえ、エミリア様。私であれば実に的確で効果的に相手とお話ができますわ。ご安心を、決して手心など加えたりいたしませんので。」
そういって本日一番の笑顔を作り目の前で握りこぶしをガッと突き上げた。
「流石です、セレナ様。」
リリスもニッコリ笑顔で小さく拍手をしてる。
「…はぁ…」
唖然としするしか無いエミリアをよそに、セレナは受付カウンターのコールベルを鳴らすと宿屋の主人を呼び出した。
「ご主人、少し外へ出ます。領主様から許可が出ましたので、村の詰め所にへ向かって例の野盗達から情報を聞き出そうかと思います。」
「こんな時間にですかい?いや、でも急いだほうが良いんでしょうな…。判りました、お帰りになるまでお待ちしておりますんでお気をつけて行ってきてくだせぇ。お夜食の準備なんかは大丈夫でしたか?長丁場になるようでしたらお持ちすることも出来ますけども。」
「…そうですね。いえ、お持ち頂かなくても大丈夫かと思いますわ。少し冷えるかも知れないので何か温かいものをご用意して頂けるとありがたく思います。お心遣い感謝いたしますわ。」
「そんなら具だくさんのスープでも用意しておきますよ。」
宿屋の主人はにっかり笑顔で胸を叩く。
「お気遣い重ねて感謝いたします、女神ルミナスの祝福と愛がお二方にありますように。」
そう言って祈りの所作をしたあと一礼して出口へと向かう。
「お気をつけて!」
そう言って主人はまたいそいそと奥へと姿を消した。
三人が外へでると宿屋の入口脇にある馬つなぎ柵にフェデルが居た。
こちらに気づいたフェデルがブルルと小さく嘶く。
「フェデル様、頑張って頂いて有難うございます。」
そう言いながらセレナが近づくとフェデルは頭を下げてセレナへと鼻先をセレナの伸ばした手へと寄せた。フンフンと鼻息を荒げ「まだまだいけるよ!」とでも言いたげに意気軒昂の様子。
「ふふ、お元気そうでよかった。エミリア様、一応フェデル様もお連れ下さいますか?詰め所に繋いでおけば領主様方が来た時に解りやすいと思いますし。」
「承知しましたセレナ様。よしフェデル、おいで。」
そう言いながら手綱を柵から外すと
「お二方、詰め所へご案内しますね。ついてきて下さい。」
そういって先行して歩き出す。
少し後ろをセレナとリリスは連れ立って歩いていくが、そのうちリリスが
「セレナ様、情報を聞き出すって仰ってましたけど。尋問の心得などお持ちなのですか?」
と、何気なくセレナに尋ねた。
「尋問…と言うと特に専門知識があるわけでは無いですけれども。ご安心下さいリリィ様。どんな大の男だって心を折るのは容易ですわ。」
さらりと言うセレナ。
—心を折る?なんか…すごい怖いこと言ってる。
「そう、なんですね…。」
これから起きることに一抹の不安を覚え、表情が曇る。
先行してるエミリアも不安な表情でこちらをみている。
程なくして詰め所へ到着した3名と1頭。
歩哨の男性は領主の書状を見せ事情を話すと直ぐ通してくれた。
別の男性に案内され、詰め所の奥にある牢屋のある部屋へと向かう。
護衛の代わりに帯剣し槍を持った男性が2名ついてきてくれた。
牢屋に近づくと昼間の男たちがうずくまってうんうんと唸っている。
どうやら意識は戻っているようだ。
毛深い男はうつむいて唸りながら両膝をついている。
細身の男は横になって丸まってしまっている。
デブ男は仰向けになりながら「ひっひっ」と浅い呼吸を繰り返している。
割りと凄い光景だ。
「ごきげんよう、御三方。お加減はどうでしょうか?」
セレナは臆面もなく声を掛ける。
「…! て、てめぇ昼間のメスガキ!よくも俺等の大事なもんを…!」
リーダー格であろう毛深い男が顔をあげてセレナを見るやいなや怒りに歪ませ睨みつけている。
「あら、アレは大事な物でしたの?あまりにもぞんざいな申しぶりに思わず蹴り潰してしまいましたの。申し訳ありませんでしたわ。」
無表情で野盗の目を見ながら淡々と話す。
「舐めやがってクソガキが…!この魔術緘口錠を外しやがれ!丸焼きにしてやる!!ボケが!!てめぇがヤったこと必ず後悔させてやるからな!!」
痛みで額に脂汗を浮かべながら目を血走らせて涎を垂らしながら激昂する。
ガチャガチャと金属が鳴り男はこちらへ近づこうとするがろくに動けない。
手足は後ろに回され手錠が嵌められていて、首には鈍色の金属に魔術文様が刻まれた拘束具が装着されている。それぞれは鎖で繋がれており、鎖の端はしっかりと床に固定されていた。
鈍色の拘束具は魔術緘口錠と呼ばれる防犯器具であり、これを首や頭部に嵌められると魔術の行使ができなくなる。思考を制限している訳ではなく周辺のマナへの干渉を阻害する小規模な結界発生装置であり、現代社会において犯罪者が囚われた時にもれなく装着される一般的な器具である。
「後悔をするのは貴方達の方でございます。その様でどうしようと言うのですか?よしんば緘口錠が外されたとしてもまともに動ける状態でもないでしょうに…。」
やれやれと、肩をすくめながら両手を広げかぶりを振る。
「てめぇ…!言いたい放題言いやがってぇー!!」
「叫ぶなよぉ…、股間に響いて痛てぇよぉ…。静かにしてくれよぉ…。」
「たまんねぇよぉ…たえらんねぇよぉ…」
どうやら既に二人は既にギリギリで泣き言を漏らしている。
語彙力は相変わらず。
「わたくし無駄なやり取りは嫌いですの、単刀直入に申し上げますわ。貴方達のアジトの場所を教えていただけませんか?教えていただけるなら、その股間の痛み、直して差し上げてもよろしいのですよ?」
「セレナ様、その様な輩に癒しの技など…。」
エミリアが口を挟むがセレナは振り返りそれを手で制した。
「問題ありませんわ。見ていて下さいませ。」
そういって野盗の方へと向き直る。
「で、どうされますか?ご返答は?」
小柄なセレナでも見下せるくらいに伏している男は憎悪に満ちた顔でセレナを睨みつける。
「バカにしてんのかクソガキ…!やすやすと仲間を売るわけねぇだろうが!それに俺はしってんぞ!魔術で内蔵を治そうとしても時間がかかるってなあ!くっそ高額な霊薬なら話が別らしいが、んなもん俺等に使う気もねえくせに!適当ぶっこいて情報引き出そうとしてんのがバレバレだぜ!」
どうやら下手に出て懇願する気はなさそうだ。
「あら、よくご存知ですのね。御名答ですわ。でも残念ながら私は魔術も霊薬も使う気はありませんの。」
そういってセレナは振り返り、今度は護衛の男達に声をかける。
「申し訳ありませんが、あの毛深い男を牢屋から出して膝まづかせてくださいますか?」
男たちは互いに顔を見合わせてうなづいた後。牢屋の鍵を開け、毛深い男を連れ出す。牢屋の外にも鎖の固定金具が有り、しっかりと動けないように再度拘束される。
「てめぇ、何する気だ…!拷問なんてしても無駄だぞ!」
「それはどうでしょうか?」
そういってセレナは少し離れた所から男に向かって手をかざす。
淡い光がセレナの手に集中しふわふわと飛んでいく。
「えっ…、アレ?痛みが…。」
自身の体に起きてる事と自分の置かれてる状況が符合せず混乱する男。
「どうでしょうか?もう痛みは無いですか?」
相変わらず見下すような目で睥睨しながらセレナは尋ねた。
「は、ははっ、スゲぇ。あの痛みがウソみてぇだ!違和感がねぇ!!」
痛みから開放され目に光が戻った男。
後ろで蹲っていた二人も何がおきてるのか理解できず目を見張っている。
「よろしいのですか…?セレナ様。」
エミリアは納得できていない顔をしている。
リリスは状況を見守っているだけで表情に曇りはない。
護衛の男性たちも困惑しているようだ。
「で、どうでしょうか?アジトの場所を話していただけますでしょうか?」
少々声に苛立ちが含まれた口調でセレナは尋ねた。
「…は。しらねぇよ!俺は直したら話すなんて言ってない。てめぇが勝手にやったこ」
『パァン!』
「おぐぉぼ」
男が喋ってる途中で突如部屋に破裂音が響く。
直後に男の口から不気味な音が漏れる。
エミリアは一瞬何が起きたか判らなかった。
聖女が野盗に癒しを施して、情報を吐くか尋ねた。
野盗は不遜にも自白を拒否して聖女が勝手にやった事だと言いかけていた。
その直後に聖女の姿が一瞬ぶれて…
破裂音がして…?
なんで野盗の男はまた股間をかばうように蹲ってるんだ…?
エミリアと護衛の男性2名は状況が理解できず困惑している。
リリスは…、すこし悲しそうな顔をしてかぶりを振る。
檻の中の二人もよく見えてないのか状況が掴めてないようだ。
「申し訳ありません、この男の上体を起こして頂けますか?」
非常に面倒くさそうな顔をしてセレナは護衛の男性に助けを求める。
「は、はい…。おい、やるぞ。」
呆然としている片方の男性が我に返り、もう片方の相方に声をかける。
「お、おう。」
そういって二人は蹲った野盗の両脇に立つと上体を起こす。
痛みに歪んだ顔面を真っ赤にしている野盗。
目も怒りと痛みで血走るやら涙があふれるやら、悲惨だ。
「で、でめぇ、まっ、またっ俺の…」
一生に一度しか味わえない痛みを一日に二度。
あり得ない状況に脳が混乱し始め呼吸が上手くいかないようだ。
そんな野盗を無視しセレナは話す。
「わたくし無駄なやり取りは嫌いですの、単刀直入に申し上げますわ。貴方達のアジトの場所を教えていただけませんか?教えていただけるなら、その股間の痛み、直して差し上げてもよろしいのですよ?」
一言一句違わず、先程より低いトーンで。
言い聞かせるように話すセレナ。
最早目は一切笑っておらず、表情も能面のようだ。
再びセレナは手をかざし、理力を行使する。
淡い光は男の体へと吸い込まれ。
直後に男の呼吸は安定する。
しかし体には激痛の余韻が残っていて、何が起きたかは体が覚えており、感覚が抜けきっていない野盗は完全に混乱したままだ。
そんな野盗を無視し続けセレナは続ける。
「で、どうでしょうか?アジトの場所を話していただけますでしょうか?」
同じセリフ、低いトーン。
野盗の男は目を白黒させてセレナを見るが、口と舌がうまく回らないのか。
「あ…、え゛ぁ。」
と言葉にならない音を漏らす。
『ッパァン!』
再び破裂音が部屋に響いた。
一生に一度しか体験できない事を、一日に二度体験できる。
できる、は語弊がありますね。
体験させられてしまった。
ですね。
こわ
ご意見、ご感想、おまちしてます。




