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救済の聖女のやり残し ~闇と光の調和~  作者: 物書 鶚
第一章 第一部 二人の旅の始まり
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第十二幕 「指環と知識と思惑と」

やりたいことが有るのに出来ない。


出来るはずなのにやりきれない。


「それでも待つことは大事。きっと機会は訪れる。」


セレナとリリスは旅装のまま待機し、椅子に座って一息ついていた。

備え付けてあった水差しから中身を木製のコップへ注ぎ喉を潤す。

微かに香る木の香りが心地よい。


コンコン。


ドアをノックする音が聞こえる。


「お食事をお持ちしました、ドアを開けても宜しいでしょうか?」


先程の奥さんの声だ。

とても控えめな声量で異様に気を使っている様だが。


リリスは人差し指を立てて唇にあてると、セレナに向かってニッコリしながら「しー!」と合図をする。


「はい、どうぞお入り下さい。」


リリスが部屋の扉に近づいてから応えた。


「失礼いたします。」


カチャ…と、これまた控えめな音でドアノブが回されて静かにゆっくりとドアが開けられた。


「お食事をお持ちしたのですが、とても静かでしたので…もしかして聖女様はお疲れでお休みに?」

小声で続ける奥さん。



「いいえ大丈夫です、起きていますわ。お持ちくださりありがとうございます。どうぞ中へお持ち下さい。」

状況が飲み込めたのかセレナも声をだす。


「はい、承知いたしました。」

おや、といった顔をしたがすぐに笑顔に戻り中へと入ってくる。


「お食事はサンドイッチをお持ちしました。後から来られる方の分も含めてバスケットに入れましたのでお召し上がり下さい。あとお茶も、すぐ出られるように水筒に入れたお茶もご用意しました。こちらは3つに分けておきましたので…、テーブルの上に置いておきますね。」

そういって大きめのバスケットと肩紐付きの水筒3つをテーブルにおいた。


「お手数おかけして申し訳ありません、お気遣いの数々に感謝いたしますわ。同行していたものが戻るのは…おそらく2時間も掛からないと思います、私達の所を尋ねてくるはずですのでこちらの部屋へ通して頂けますか?

先ほどお伝えした通り、行商の方でエミリア様と仰ります。」

セレナはこの後の対応を依頼すると彼女は笑顔で応える。


「承りました、お越しになられたらご案内いたします。

それでは私はこれで失礼します。」

そういって奥さんは一礼すると部屋から出ていった。


最低限のやり取りで必要な用件を満たす優秀な接客だな。


そんな事を思いつつセレナはリリスへと向き直る。


「いまのが指環の効果の結果ってことね。」

相変わらず呆れたような顔のセレナ。


「はい、私が応対の意志をもって返事をした時点で。音の隠匿は自動的に切られる仕組みになってるようです。」


「はぁ、まさに至れり尽くせり、ね。」


「感覚としては魔術の行使に近い気がしますけれども、反応のスムーズさは比べ物になりません。」



—魔術の行使。


 魔術とは事象の顕在化。万象に宿るマナを操り、用い、目的を成す技術。

火を起こし、水を産み出し、土を隆起させ、風を操り、木を育む。生活に深く根ざしており各種族ともに文化の発展に伴い特色の有る進化を遂げている。


 当然ながら武力としての側面を持っており、連綿と受け継がれた魔術は長い歴史の中で様々な兵器として用いられてきてる。


 精霊との交流が一般的となる前の魔術の黎明期には、呪文の詠唱や魔法陣の使用によるマナの強制的な励起が一般的であったと聞くが、精霊との意思疎通手段の確立と魔術の体系化が進んだ現代においてはこれらの過程は省略され、戦術的意味合いにおいても魔術は『思うだけ』で行使される様になっていた。


 考えてみれば当然だ、一般的な戦闘において悠長に詠唱したり魔法陣の展開など害悪ですら有る。「私は今からこの魔法を使ってお前を攻撃するぞ。」などと冗談にもならない。


 しかしながら、やはり思うだけとは言え練達の魔術師としてスムーズな魔術の行使に至るには相応に修練が必要であり、高位の魔術の行使にはソレを可能にするだけの知識と想像力を必要とした。


 故に単独で魔術の発展を成し遂げる者は極稀であり、大抵は先達に師事することで『想いの力』を磨いた。


つまるところ『想う』だけで魔術を行使できるにしても、目的の魔術を顕在化させるには多少の時間を要するということだ。



…そういう意味でもこの指環は『異常』だ。

装着者の思考を読み取り瞬時にその効能を最適化する。視覚の偽装、聴覚の妨害。これらの知覚の阻害に加えて、効果範囲の調整、起動と停止の切り替えも完全自動だ。使い方を間違わなければ非常に強力な隠密性を確保できる。


 極めつけは空間の結界化だ、音の完全遮断と一言で表現するがとんでもない性能である。音の遮断とはつまり音波の遮断、振動の伝播を断絶することだ。これを成立させる条件次第では完全に人外の技術。

 遮断できる振動エネルギーの上限は有るのか?四方と床と天井の構成要件は?広さの上限は?構造の材質は問わない?


疑問が泉のように湧いてくる。


「…セレナ?どうかしたのですか?」

唐突なリリスの声掛けでセレナの思考は途切れた。


「セレナの周りに淡い光が…理力を使っていたのですか?」


「…みたいね、ちょっと指環の事を考えていたの。」



また無意識に理力を行使してしまっていた。

…いや、そもそも自分が今考えていた事はいったい何だ。


『音波』?『振動エネルギー』?


治癒や人体の知識体系とは別の、また未知の知識体系が自分の脳に存在している…。



ゾッとした。


本当に、この『指環』といい『自分の未知の知識』といい。

一体何なんだ。



「…大丈夫ですか?凄く怖い顔をしてますよ。」


「平気よ、私の知識で指環に関する仮説を立ててみようとしてただけ。」


「仮説ですか?」


「そうね、なぜこの指環は『対の指環』なのか?とか。どうして視覚や聴覚への阻害機能を有しているのか?とか。部屋の結界化機能についてもなぜこんな事が必要なのか?ってね。」


「それでどんな仮説が思い浮かんだのですか?」

ちょっとワクワクしながらリリスが尋ねる。


「その前に教えて、この部屋の結界化の条件ってリリスは把握してるの?」


「えぇっと…。大きな部屋だと結界化できない。って事と、結界が解除される条件として扉や窓が開放されるとダメだって事くらいでしょうか…?」


「大きな部屋ってどの程度かしら?扉や窓以外に壁が崩れてたり隙間の大きさの条件なんかは確認した?あと建物の材質に関してはどうかしら?」


「えっ、えっと?大きさに関しては正確に計測したことは無いです…。感覚的な話になってしまいますけど、私の住んでた城でも広い部屋では結界化出来ませんでした。小さな倉庫やクローゼットの様な所では機能しましたけども…。私の主寝室はダメで、研究所に併設された仮眠室は機能したのを覚えてます。素材は…石材とか木材…?あとは、隙間?えっと、えー?」


「大丈夫よリリス、いまのでも充分な情報。貴女の住んでた環境を考えれば相応に答えが導き出せるわ。」


「えっ、そうなんですか?流石セレナ…。」


「まず貴女の住んでた城は様々な魔族の大きさに対応するべく、建築様式としてはかなりの大型の建造物になるわね。でもって広い部屋、恐らく王座の間や回廊、大食堂や会議室みたいな所は大きすぎる部類ね。

 加えて貴女の主寝室も王族の姫としてそれなりに大きな作りだったんでしょ?だけど小さな倉庫やクローゼット、仮眠室は機能した。これはある程度の部屋の大きさでしか機能してないことの証明だけども、具体的な部屋の大きさについては仮説として指環の効果範囲が考えられるわ。」


「というと、5mくらいまでなら広がるという?」


「そう、5m。ただしこの場合は半径では無く、恐らく半径5mの球形が条件に使われているんじゃないかしら?つまり、半径5mの球体の体積が、そのまま部屋の体積以内であれば結界として機能する。とかね?」


「そうなんですか?」


「これは実測してみないと証明は出来ないわね。今度やってみましょ。

そして隙間に関してだけど…これは検証が難しいけど、結界化した領域内へ第三者が侵入する事で破綻するんじゃないかしら。

 扉や窓の様な人が通れる空間が境界化した壁や床、天井に開くことで結界が解除されるってことは第三者を招き入れることを許可した、という装着者の思考を指環が自動認識した。と考えられるわ。

 逆に考えると、装着者以外が結界内に侵入することは結界の無効化を意味する可能性が有るわね。隙間の検証が難しいのは「第三者の侵入」の対象範囲が不明なところね、小動物が含まれるか、小さな子どもが通れる隙間は適用されるのか、第三者の意志が関係するのか。」


またもちらちらと淡い光を纏いながらセレナは矢継ぎ早に話す。


「はー…、そんなことまで考えてるんですね…、凄いです。」


「ま、建物の素材に関しては検証するほどのことでも無いでしょうけどね。きっと『普通の建造物』とかいう謎の条件が適用されるのよ。」


「ちょっと投げやりになってませんか…。」


「だって一般的な建材以外で部屋を構成して検証するなんてアホなことしてらんないもの。」


「そりゃそうですけれども…。」


「とりあえず大事なのは結界化を過信せずに常に一定の警戒心を保つ事ね。今後も部屋内で密談するときは小さい部屋で行うようにしましょ。」


「はーい。」


「でもリリス的にはこの部屋って広いの?入った時に感嘆してたけども。」


「あ、それは『一般的な人族の宿部屋にしては広い』って意味です。私、調査の時にちょいちょい色んな宿を利用してたので。」


「なるほど、道理で落ち着いてる訳ね。」

腑に落ちた様子で手に持っていたコップの水を飲む。


「それで、仮説ってどんななのですか?」


っち、覚えていたか。


「…聞いて呆れたり怒らないでよ?」


「えっ、そんな仮説なんですか?」


「…対の指環、小さな部屋の結界、一方向だけ音の遮断、知覚に対する認識阻害機能。これらを総合するとね…」


「…はい!」

目がキラキラしてる、あんまり期待した目を向けないで欲しい。


「…男女の秘め事、というか夫婦が寝屋で…」

もごもごと口籠るセレナ。


「…はい?」


「だから、男と女がベッドで…愛し合う時に…。外に音が漏れないようにするための指環なんじゃーないかなー…と。」

珍しく顔が赤いセレナ。


「…あー。」


「え、何その反応。」


「あ、いえ。仮説としては理解できるんですけど…、なんで夫婦の交わりに限定したのかな、と?」


「え、だって左手の薬指に着けたじゃない。」


「えっ」


「え?」


「…あっ、そう言えばそういう風習が人族にありますね?」


「えっ、そういう意味で着けたんじゃないの?」


「へっ?」


「へっ、て。左手の薬指じゃないと機能しないとかじゃないの?」


「あ、いえ。別にどの指にも収まりますし機能しますよ。」


「…なんであの時左手の薬指に着けたの…。」


「父がいつもそうしてたので…私も倣ったのですが…。」


「…じゃぁあの互いの手を絡めてお互いの額に当てる祈りの形も?」


「はい、父がいつも私を調査に送り出す時に、無事と安全を祈る時にそうしてくれてました。」


「…ややこしいことを…。」


「文化の違いですね!」


「…そうね。」


「なんでちょっと不機嫌なんですか。」


「別に不機嫌では無いけれども…。相応に覚悟を決めて喋ったことに肩透かしを食らって腑に落ちてないだけよ。」


「…?」


「深堀りしないでもらえると助かるわ。」


「わ、わかりました。」


 セレナは「ふぅ」とため息をつくとバスケットから一つサンドイッチを取り出して口に放り込んだ。もぐもぐと咀嚼して目を見開く。食べやすいように小さく切られたサンドイッチだが具材はみっちり詰まってて非常に美味しい。


「んぐ。これ凄い美味しいわ、リリスも食べときなさいよ。」

飲み込むやいなや大絶賛のセレナ。


「あ、はい。いただきます。」

リリスも一つ取って一口食いつく

咀嚼しながら幸せそうな顔をしている。



「それにして、エミリアは中々うっかりさんよね。」

唐突にセレナが切り出す。


「んぐ?」

二口目を頬張るリリスは何のことだという顔。


「彼女、私の大絶叫やら魔獣瞬殺やら目撃してるけど、ビックリしたフリしてたのよ。でも王国軍としての正義感が先行しちゃって積極的にうごいちゃったりしてる辺り、凄い良い方だわ。」


「…むぐ。ご存知なんですか?」


「いいえ、恐らく王国諜報機関の所属じゃないかしら。多分陛下から私の監視と援護を命じられてるのよ。騎乗も行商の者っていうより軍馬の扱いだったし。フェデル自身、荷運びより早馬が様になってたわ。」


「色々みてますね。私、そういう知識はさっぱりです。」


「それに、野盗との会話を聞いた時の彼女の顔、凄く怒ってたわ。」


「セレナも怒ってましたね。」


「…あれは自分の不甲斐なさに少し苛ついただけよ。」


「…奥さんと娘さん、無事だと良いですね。」


…無事では無いはずよ。

そう言おうとして口を紬ぐセレナ。


「何れにせよ、もうじきエミリアが戻るわ。程なく村長か領主が来るだろうから。そしたら許可を得てあの3人から情報を引き出さなきゃ。」


「…有用な情報が聞けると良いですね。」


きっとリリスも理解してるのだろう。

少し重い空気が二人を包む。


エミリアが早馬を出して間もなく2時間が経とうとしていた。


…便利な指環だ。

どんなにはっちゃけプレイしてもOK。

リア充爆発が起きても外への被害も漏らしません。


んなわけねー


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マジで

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