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救済の聖女のやり残し ~闇と光の調和~  作者: 物書 鶚
第一章 第一部 二人の旅の始まり
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第九幕 「エミリア・ローム」

かくして悪は退治され、法の下の裁きを受ける事となる

たとえ今世が悪しき道に染まるとも

彼らの来世が良きものと生まれ変わる事を女神に願い祈りたてまつらん。


「…生まれ変われるとしたら、私は何になりたいのかな。」


「…死んじゃうんですか?コレ」

びくんびくんと跳ねる3体のエビを見ながらリリスは問う。


「死にゃしないわよ。気絶してるだけ。

死にかけても私が生かすし。償わせずに死なせるなんて、そんな優しいこと私が許さないわ。」


「ひぇ…。」


浅い呼吸を繰り返し口角から泡を吹く姿を見てリリスは青ざめる。


「泡吹いてますよ…、コレ。」


「呼吸が止まるようなら教えてね、死なない程度に治療するから。

泡吹いてるって事はまだ呼吸は出来てるから。

しかしまぁ…、エビみたく跳ねたり、カニみたく泡吹いたり。

きっと来世は甲殻類ね、こいつら。」


「…迷わず逝ってください…。」


「殺さないってば。」


セレナはバッグからロープを取り出すと、するすると3人を纏めて拘束し足を結わえた後にロープの端を手に持つ。


「木ゾリか荷車がほしいわね…。

引きずるのは出来るけど、コイツらの服や皮が擦り剥けるわ…。」


「むきエビになっちゃいますね。」


「自分を棚に上げて言うわけじゃないけど、リリスも結構言うわね。」

愉快そうな顔をしてセレナが問う。


「まぁ、人間社会において悪い奴らだってことは判りますので…。」


「あら魔族では違うの?」


「えぇ、わりとココらへんは違いますね。

やはり力が物を言う社会ですから、男女の交わり事もそういった側面を持ちます。好みの異性に戦いを申し込んで勝てば好きにして良い、負けたら文句は言えない。そんな交際が普通です。」


「それはまた…ずいぶんと脳筋な世界ね…。」

セレナは顔をしかめて言う。


「そうですか?別に力で勝てずとも搦め手や罠を使うことも認められてます。ようは何をしてでも勝てば良い。全身全霊を賭して負けたら素直に配下に下る。実に後腐れ無くシンプルな手段だと思いますけど。」


「文化が違う、わね…。」


「別に非力だから不利だって訳でもないですからね。実際、力で叶わずとも知略で男性魔族を制して足蹴に付す女性魔族もかなり居ますよ。」


「それは恐ろしい話だわ…。」

ずりずりと大の男を3名引きずりながら、華奢で可愛らしい聖女が曰う。


「…そうかな…?…そうかも?」

左を向くと見える奇妙な光景に戸惑いつつ、リリスは答えた。


「手伝わなくて大丈夫ですか?

一人凄いのがいるから4名分ですよ、実質。」


「平気よ、コレくらい。」


「なら良かったです。…ところで、セレナ。

一つ聞いてもよいですか?」

思う所あり、といった風にリリスが改まって聞く。


「? どしたの?」


「さっきの私とセレナの関係を言った時の事なんですが…」


「あぁ、殉教の旅とリリィって呼んだことね。」


「はい、それです。」


「とっさの嘘だったんだけど。丁度良いわ、これから第三者に関係を話す時の偽装工作として


『我々は世界救済の為に殉教の旅をする者たちです。聖女の行いに感銘を受けたルミナス教信者のリリィは身一つで聖女セレナに縋りつき同行を求めた。彼女の熱意に折れた聖女は一緒に行ける所までの同行を許し、旅の共柄となることを認めた。』


という設定にしておきましょう。」


「なるほど、その方が良さそうですね。」


「私は一人での旅を希望すると、夜会の席でとっさに言ってしまったけど。コレくらいは範疇でしょ。なにせ旅先では何が起きるかなんて誰も判らないわけだし。」


「例の追跡者…?と呼びますけど、それは大丈夫でしょうか?」


「リリスが話してくれた指環の効能が正しいのであれば、昨晩の焚き火での会話も位置的には聞き取られてないし、今朝以降の会話も問題ないはずよ。

指環の効果範囲も不要に縮めたりしてないでしょ?」


「はい、そこは大丈夫なはずです。」


「私も『()()()()()』で考えてるから、多分平気。」


「なら、まぁ大丈夫ですかね。」



大して歩調も遅くならない程度にぐいぐりとエビだかカニだかを引きずりながらあるくセレナ。

 時折炉端の石に頭が当たり「ゾリッ」と音がするのを気にするリリス。



1時間ほど歩いたのだろうか、程なくして後ろから蹄の音が近づいてくる。



軽快な連続音は早足で有ることを示しており、背後から馬が近寄ってきている事が判る。



いち早くそれに気づいたセレナは背後を振り返り、音のする方を注視する。

リリスも次は何事かと、視線を追う。


「リリス、さっきの設定忘れずに。

基本的に私が話すので、そっちに振られたら頑張って演技して。」


「…なるほど、誰か来たんですね。」


「そうよ、しかも…」


—しかも、相手は『()()()()()()()()()()』。


そう言いかけてセレナは言うのを止めた。

無駄に警戒心を煽るだけか、と。


「しかも?」


「一直線に此方に向かってるわ、目的は私達ね。」



比較的なだらかで直線状の林間道。

既に視界内には小さな影が見て取れる。

既にセレナには、その正体が見えている。


「大丈夫、敵では無いはずよ。」


「判りました…、頑張ります。」




既に普通の肉眼でも馬と騎手が目視出来る。



まだ少し距離がある所で、騎手は馬の速度を緩める。

早足から並足へ落とし、ゆっくりと此方へ接近してきた。



声が届くくらいの距離になった所で、騎手は此方に右手を上げて害意が無いことを示す。


セレナもにこやかな笑顔を向け、右手をあげる。

リリスも倣う。


やがて騎手はセレナ達の前で止まり、そのままスムーズに下馬した。


「旅の邪魔をして申し訳ありません。

聖女セレナ・ルミナリス様ですね?」

降りて一言、『()()』はセレナに誰何する。


「はい、そうです。」


「初めまして、私は『()()()()()』で、エミリア・ロームと申します。」

にっこりと笑顔を向けて彼女は跪いた。


ごくごく普通の旅装、やや薄い茶髪に快活な表情がよく似合っている。

馬には商品らしき荷物がいくらか積まれているが、そう多くはない。


「初めまして、エミリア様。女神ルミナスの導きによる新たな出会いを喜ばしく思います。貴女の目指す道に女神の祝福が有らんことを。」

セレナは祈りの所作をもって応え、彼女との出会いを喜ぶ。


「有難うございます。実は私は伝聞の任務(クエスト)を受けている所でして、グリーンリーフに向かっているところだったのですが。お姿を見てもしやと思い、声を掛けさせていただきました。」


「それはご苦労さまです、良き知らせが民へと渡ることは喜ばしいことですわ。それで…、わたくしどもにどういった用件でしたでしょうか?」

はて、といった風に小首を傾げるセレナ。

完全に聖女モードだ。


「あぁ、申し訳ありません。用件というほどの事では無いのです。

伝聞の内容の主が目の前にいらしたので、ついお声がけを。」


「…ということは、もしや伝聞とは陛下からの…?」


「はい、聖女セレナ・ルミナリスの『世界救済の旅』の御触れです。」


「一昨日の晩の事を、かくも早く…陛下の勤勉さに身の引き締まる思いですわ。」


「とても大事なことですから、皆に知らせたいのは私もです。」


「皆様のお心遣い、女神の導きと愛に心より感謝いたします。」

セレナは所作を行った。

リリスもそれに倣う。

意外と様になっている。



「それで…聖女様…?」


「はい、いかがされましたか?」


「後ろで跳ねている…、男たちは何でしょうか…?」


「あぁ、こちらの方々ですね。」


「それに、聖女様の救済の旅はお一人でと伺っております…。

こちらの女性は一体…?」

やや訝しげにリリスを見るエミリア。


「先にこちらをご紹介いたしますわ。この女性は南方より殉教の旅をしていらっしゃる方です。リリィ様とおっしゃるそうですわ。

昨晩の野営中にお声掛け頂いて、同じ殉教の旅ということで話が合いまして、同じところへ行くようですしご道中ご一緒することに。」


「初めまして、エミリア様。リリィと申します。女神の導きと新たなる出会いに感謝を…。」

そういってスムーズに祈りの所作を行った。


セレナが少し意外な顔をする。


「これは大変失礼しました、南方からの殉教の方でしたか。

言われてみれば確かに、肌の色が南方の方々の特徴でいらっしゃる。」


「わたくしも北へ向かうところですので、旅程に役立つ拠点の案内も兼ねて共に旅をすることとなりました。とても熱心なルミナス教徒の方で…。」


「申し訳ありません聖女様。私の無理を聞いて頂いて、一人旅の所を…。」


「いいえ、リリィ様。同じ殉教の徒として旅を共にすること、とても嬉しく心強く思います。年齢も近いようですし、わたくしも有り難いのです。」


「そういって頂けると、私も心安らかにいられます。」

今度はセレナに向かって、リリスは祈りの所作を捧げる。


「女神の導きに感謝を。」

そう、呟いてセレナも祈りに応える。


「なるほど、そういうことでしたか。聞いてた話と違ったので…、少々早合点だったようです。たいへん失礼しました。」

エミリアも頭を下げた。


「いいえ、お心遣いに感謝します。」

セレナがそう言うと、リリスも頭を下げる。


「それで…、後ろの男達は…、生きてるのですか…?」


「はい、命に別状はございません。

1時間ほど前に、南の分かれ道で我々に無体を働こうとしましたので、わたくしが対応いたしました。今は気絶しております。」


「なんと…、では賊の類ということですか?!」


「そうなりますわね。」


「その様な輩をなぜ…、切り捨てて野に打ち放っておけば良い物を…!」


「…それはソレで野の獣の糧になって意味のある行為でしょう。けれどもわたしくしは女神の教えに従い命を無碍にすることを厭います。

然るべき機関へ差し出し、法の裁きを受けさせるべきです。」


「…そうでしたか、流石は聖女様です…。確かに、この先のグリーンリーフにも監房は有ったはずですが…。そこへ向かわれているのですよね?」


「はい、旅の癒しと補給を兼ねて向かっているところへ、この三人組に襲われた次第です。」


「なるほど、判りました。聖女様、私もお手伝いいたします。

私の馬に連中を載せましょう。…フェデル、頼めるかい?」

そういって彼女は愛馬の首を撫ぜる。

フェデルと呼ばれた馬もエミリアに顔を寄せる。


「よろしいのですか…?」


「はい、少しくらいならお力になれます。是非…に…、って。」

エミリアは3人を改めてみて思いとどまる。


「一人、凄くデカいですね…。」


「そうなのです、他の二名が彼の巨体に絡まったり乗ってしまうせいで少々運びづらくて…」

さっきは物ともせずに引きずっていたが。


「ちょ…っと、この巨漢は…フェデルには荷が重いかもしれませんね…。」


「そうですよね…、でしたらこの毛むくじゃらの男をフェデル様にお願いできませんか?そして細身の男をリリィ様とエミリア様に。

私がこの肉塊を引きますわ。」

事も無げにセレナは言う。


「えぇ…?聖女様が一番重い物を…?それこそフェデルの役目では。」


「いいえ、この脂身は軽く100kgを超えるでしょう。フェデル様は既に荷をいくらか積んでらっしゃるようです、コレは無理でしょう。

それに私、ご存知の通り『極寒の死地』を越え他の英雄と共に旅をした実績がございます。このくらい平気ですわ。」


「…わかりました。なんというか聖女様は回復以外も凄いんですね…。」


「ふふ、恐縮ですわ。」


そういってセレナは毛深い男だけを引きずり、フェデルの横へ放った。


「呼吸をしては居ますが、浅くもあります。うつ伏せにしたり肺を圧迫しないように載せられますか?」


「はい、大丈夫です。敷物とロープもこちらで…。フェデル、いくよ。」


よっ、と掛け声で毛もじゃを馬の背に載せ、気道を確保するようにぐいぐいと位置調整。その後ロープでふん縛り、そのまま鞍に固定する。


「フェデル、大丈夫?」

再度首を撫でながらエミリアは愛馬に問う。

フェデルも特に嫌がる様子もなく、ブルルッと息を鳴らし応えた。


「大丈夫そうです。」


「では、細身の男はリリィ様とエミリア様にお願いいたします。

私はこの巨体を引きますわ、っね。」

ぐいっ、とロープを引っ張るとてくてくと歩き出すセレナ。


「…ほんと凄いですね。」

呟くエミリア。


「…はい。エミリア様、私達も行きましょう。

よろしくお願いいたします。」

そう言ってロープの片方を渡す.、もう一方はリリスが持っている。

積み込んでる間にセレナが結び直したようだ。


「あ、はい。よろしくお願いします。リリィさん」

左手に手綱、右手にロープの一方を持ちエミリアが歩き出した。


「思ったよりも軽いですね。この男性は。」

そういってリリスも左手だけで軽々とひく。


「なんか凄い光景ですね。」

エミリアは3名と3体と1頭を見回しながら呟く。


「あ、エミリア様。フェデル様が汚れないように気をつけて下さいましー。もう出血は止まってますけども、その男の股間は汚れてますのでー。」

事も無げにセレナは声をあげる。


エミリアは思わずフェデルの背中にいる男の股間を見る。


色んな意味で汚い輩の更に黒ずんだ股間を見て、エミリアは何が起きたのか何となく察してしまう。



「彼らに御冥福を…」

そう言って天を仰いだ。



「死んでませんよ?」

リリスがツッコんだ。


来世は甲殻類だそうです。


シャコとかどうです?パンチが凄いらしいです。

プラズマが起きる位のパンチだそうです。


…セレナといい勝負かもしれません。


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