第八幕 「噛ませエビ」
悪は恐ろしい事だ
では善は恐ろしくない?
「そんな事は、なかった。」
「こんにちは、何か御用でしたでしょうか?」
凛とした佇まいでセレナは声をあげる。
「おう、御用だとも。
ちょいと焚き火と肉の焼ける臭いがしたんでな?人が居るんじゃねぇかとおもって様子を見に来たわけよ。」
がっしりした体型で体毛の濃い男。
背中に山刀を背負っている。
「そうそう、こりゃ近くに人がいるなァって思ってな!」
痩せぎすだが鋭い目をした猫背の男。
腰に短刀を二本差している。
「たまんねぁなぁ!こりゃ!」
やたらデカい。凄いデブだ。素手だ。
3人ともニヤニヤとした嗤いが気持ち悪い。
「それはお騒がせをいたしました。少し遅い昼食と休憩を取っておりました。わたくし達は旅の者でして。此方の者と一緒に殉教の路に身をやつしております。」
丁寧な口調に、丁寧な仕草で、セレナはルミナス教徒としての祈りの所作を交えながら目の前の男どもに挨拶をした。
「へぇ、若いのにご丁寧!しかもルミナス教の信徒さんですか!それはそれはご苦労なこった。」
「若くてキレイな女がたった二人で!?のんびり歩きでェ!?」
「たまんねぇなぁ!そりゃ!」
一人語彙力が愉快な奴が居る。
「女神ルミナスの教えに従い、己の身命を掛けての旅路にございます。どうぞお静かに見守って頂ければ幸いでございます。」
なおもお淑やかに、それでも凛とした威を纏うセレナ。
「大変だねぇ、女神様の教えってのは。そんなんやってるより楽しい事なんていくらでもあるだろうによォ」
「有るねェ!食って!呑んで!ヤって!また食う!!寝る暇もありゃしねぇよォ!」
「たまんねぇよぉ!もぅ!!」
だんだんと上がる威勢、実に頭が悪そうである。
「欲に塗れずとも人は生きる意味を見出せます。欲無くして人は栄えませんが、過ぎたる欲は己の身を滅ぼしかねません。己を律して進む先に得られる物こそ真の得難きものです。たとえ小さく細やかな物でも。」
相変わらず凛としているが、そろそろ目が笑ってないセレナ。
「あぁ?別に説法してもらいに来たわけじゃねぇよ、小娘が。
きたねぇナリした野郎が3人連れ立って、美人の前に来てやってんだよ。そしたらやることなんて一つっきゃねぇだろうがよ。ボケてんのか?」
「んっとによぉ、祈りすぎて大事な事が頭から抜け落ちてんじゃねぇの。おめでたいねぇ真面目な信徒さんは。女神さんは危機感ってもんも教えに取り込んだほうがいいんじゃねぇの?」
「なぁ!もうたまんねぇよぉ!」
お前、それで最後までやり通す気か。
「おやめになられたほうが宜しいかと思いますが。…白昼堂々、街道沿いの見晴らしの良い所での無体な振る舞いなど。女神の目にも人の目にも触れます。ろくなことにならないかと思いますわ。」
恐れている様子などおくびにも出さず、セレナは周りを見回す。
まるで警戒もしていないかの様に、しっかり体ごと振り返る。
「人に見られながらヤんのも一興だがねぇ?安心しろよ。ちゃんと攫って根城でかわいがってやるからよ。具合も良けりゃ暫く飼ってやってもいいぜ?酒も美味いモンもある。一緒にたのしもうぜぇ。他にもお友達が居るしよ」
「それに!もっといーもんがあんだよォ!それ使ってヤったらよぉ!もう病みつきだぜ!?まじ寝る暇もねぇくらいにギンギンよォ!皆よだれ垂らして喜んでるぜぇ!?」
「ギンギンだよォ!たまんねんだよぉ!!」
むしろそろそろ逆に凄い。
「それはまた随分な言い様で。…時に御三方、私共が何の備えも無く女二人だけでの旅をしているとでもお思いで?」
もはや正対することも煩わしいかのように、目だけを無法者たちへ向け睨みつけるかのように言い放つ。
「思わんよ?嬢ちゃんたちは普通なら護衛が居てもおかしくねぇ上物だ。だがねぇ俺等もバカじゃぁねぇんだ、四方数百メートルにわたって通行人がいねぇのは確認済みなんだわ。護衛も助けも無ぇってな?」
「そして俺等はただのザコじゃぁねぇんだよ。武器も使うし魔術も使えるからな。単純なバカかと思ったか?バカはてめぇだクソガキ共が。」
「まだかよぉ!もうたまんねぇんだよぉぅ!」
何を懇願してんだ。
「…わたくしども個人が抵抗しないとでも?」
ため息混じりで肩を落とし、目を伏せながら言う。
「しても良いぜ?痛い目みてぇんならな。大人しくしてりゃ五体満足で生きられる、楽しい思いも出来る、運が良けりゃ生きながらえる。」
「別に腕の1本や2本無くても、俺らは別に楽しめる。」
「あ゛ぁ゛~、も、も゛う!た゛ま゛ら゛ん゛!!!」
遂に語彙力が失せかける。
「そうでしたか、それならば同意の上ということで。」
するり、とセレナは男たちへと向き直り緩やかに体を開く。
「バカが。」
先頭に立っていた男がするりと背中の山刀を抜き腰を落とす。
「まぁ痛めつけてやりゃあ直ぐにでも泣いて懇願すんだろ。」
やや右後ろに構えていた男は腰から二本の短刀を抜いて構える。
「あ゛っ、あ゛。あ゛っ た゛ま゛っ て゛き゛た゛。」
左最後尾に居た男は何も持たず、脱ぎ始めた。
温まってきた?頭が?
「では—」
言った直後、セレナの姿はその場から消失する。
「は?」「えっ」「あ゛っ?」
三名は同時に声を上げた。
次の瞬間、三名の後ろに影が疾走り同時に「ヂヂヂヂヂ」という空気を震わせるような奇妙な音がした。
「「「…!」」」
ビクン!っと三名は身体を硬直させ、構えの姿勢のまま動かない。
そしていつの間にか先頭の男の背後に居たセレナは。
「やはり、あなた達にはこう言った『救い』が相応しいかと。」
と言い、おもむろに男の股間を蹴り上げた。
『ッパァアン!』という破壊音が響いた。
「2つ。」
「ごびゅ。」
口から内臓が飛び出そうな音を出しながら男の目が白くなる。
多分気のせいだろう、男が微動だにせず50cmほど浮いた様に見えた。
「こうして差し上げれば、今後罪を重ねることもないですわ。」
そう言いながら、右の男の後ろにスタスタと歩いていく。
男の後ろに立って、またスルリと構え。
「4つ。」
そう言いながら、セレナはまた蹴り上げたようだ。
『ッパァアン!』また凄い破裂音が響く。
「ぴゅ。」
男の喉から音が漏れた。
この男もぴくりともせずに空に浮かんで落ちた。
めんどくさそうな顔をしてセレナは三人目の背後に回る
「6つ。」
『ッバアァン!』
ひときわ大きい音がして巨漢が震えた。
「た゛ま゛っ」
信念を貫く音がした。
よく見えないが、蹴ったのだろう。巨体が30cmほど浮いて落ちた。
…先程まで吼えていた犬達は
今は物言わぬ貝のように、そこに横たわっている。
いや、貝では無いな。
すっごいリズミカルに痙攣してる。
エビか。
玉無しの。
どうやら女神の裁きは死ぬような物ではない。
死ぬなんて生易しい事は許さない。
あとエビに謝れ。




