第七幕 「魔獣のジビエ」
生きることとは奪うこと
奪うということは自分以外に不利益を強いること
それが罪と言うならば…
「生きることは別に罪ではないと思います。」
「ちょっと焼きすぎたかも。」
セレナは少々残念そうな顔をしながら、目の前の焼き上がった肉塊を見つめる。
「はなひがほんへひまいまひたね。
ずーふんおいひいへふへほ。」
モゴモゴ咀嚼しながら応えるリリス。
「喋るか食べるかどっちかにしなさい。」
「んぐんぐ…、むぐ。はい。ごめんなさい。」
話も一段落し、少し遅い昼ご飯を楽しむ二人。
メニューは昨晩同様、魔獣のジビエ。
「まぁ、準備もろくにしないで出発しちゃったからねー。
携帯食も無ければ、パンもない。副菜なんてもってのほかよ。」
「私はお腹いっぱいになれば贅沢は言いませんけど。」
「そもそもリリスには荷物らしい荷物が見当たらないのだけども、あなた一体どうやって食を賄ってきたの?」
「それに関しては魔族の特性というのでしょうか…。
端的に言えば飢えに強い生物ですので、私達は。毎食お腹いっぱい食べずとも結構なんとでもなります。
量より、…質なんでしょうか。」
少し他人事の様に話し、最後を言い淀んだのは恐らく魔族の残虐な食性を思ってのことであろう。
リリスが触れないのなら自分も触れることでも有るまい。
そう思いながらセレナは話の方向性を変える。
「まぁ私も贅沢は言うつもりは無いわ。カロリーの摂取が出来れば取り敢えずは問題ないし、バランスの取れた食事は村や街で気にするくらいで、身一つで身軽に動くことを考えれば道中で狩りをするほうが合理的よ。」
そういって手元の肉塊にがぶりと喰い付き、豪快に引きちぎる。
「それにしてもセレナは凄い食べっぷりですね。」
リリスはセレナの食事風景を眺めていて思ったことを口にする。
華奢で小さな口に似合わない野趣あふれる振る舞いに感心をしている様だ。
「んー?」
口いっぱいに頬張った肉を難なく咀嚼しながらセレナは中空に目をやり。
「んぐ、まぁ…これは私も悩ましい所なんだけれども。
…理力の行使は結構心身に負担がかかるのよね。」
「やっぱり特別な力には相応に代償が伴うんですか?」
「相応かどうかはちょっと判らないけれども。
肉体的な強化は凄いお腹が減るのよね。自身に能力を行使するにしろ、他者に能力を行使するにしろ、そのどちらかの生命力を消費しないとダメなのよ、理力を使うためには。」
「あー、さっきの私の脇腹を治療した時は私の生命力?を使用した事になるんですか?空腹感についても言ってましたね。」
「生命力っていうと極端かも、ようは蓄えてる脂質やら筋肉からの…。」
ここまで喋りかけてセレナは口籠る。
「ししつ…?筋肉にも生命力が蓄えられてるんですか?
確かに筋肉質な身体は生命力を感じますけれども…単純に力が増加しているだけと思っていました。」
「あー、やっぱ生命力で良いわ。私も詳しい説明は出来ないし。」
そういって再び肉塊に食いつくセレナ。
「…?」
はて?といった感じでセレナに倣い、自分も食事の続きをするリリス。
脂質や筋肉、その他内蔵などにエネルギーを蓄え、必要に応じて変換して生命活動の維持に用いる。
これも自分たちの常識にはない「謎の知識」だ。
それに気づいたセレナは適当に話をはぐらかし食事を続ける。
「それにしても、熊の肉って凄い歯ごたえですね。すごい滋養がありそうですけど食べててちょっと顎にきます。」
「リリスでもそうなのね。筋肉質な肉だから焼きすぎるとすぐ硬くなってしまうのは仕方のないことね。軟らかく煮込むにも鍋も具材もないし。
それに魔獣の肉は余計に硬いから大変よね。」
「ですよねー、私も故郷でたまに食べる料理に肉が出ると、まぁ固くて固くて。たいへんで…し…た。」
「…リリス?」
突然喋るのを止めて青い顔をしだすリリスに気付き、セレナも手を止める。
「セレナ、この肉は熊の魔獣のじゃないですか…。」
「…そうね?」
「そうね!?えっ、あれ?!私の記憶違い?!
人間が魔獣の肉なんて食べて大丈夫なんですか!!?」
「あぁー。そう言えばそうだった。」
「反応が軽い!?」
リリスの反応は正しい。
魔獣とはつまり、負のマナをいずれかの方法で体内に摂取し、それらが身体に蓄積される事によって変質を遂げた野生動物を指す。
負のマナによって汚染され、後天的に変質、異形化。魔族の特徴と同じく、動物の魔族化とも言えるのが魔獣なのである。
先天的に問題なく負のマナを溜め込める魔族と違って、生命として適性がない野生動物が魔獣化すると、極端に気性が荒くなったり、爆発的な生命力を発揮する。体皮や歯、爪の変質もそうだが。
一番顕著なのは肉である。
魔獣の肉を食うと、シンプルに体調を崩す。
普通であれば魔獣の肉など食べれば上から下から大変な事になり。
最悪死に至るまでのたうち苦しむのが一般的な認識である。
故に一般常識として魔獣の肉を食に用いることはしない。
「それについては、私の理力の影響ね。
解体した魔獣の肉にはマナによって変質した悪性の…目に見えないマナの残滓みたいのが残ってるのよ。それを理力によって消毒…。うーん、えーと。
…そう、浄化してるの。見た目は良くないままだけれども食べて問題ない状況にはしてあるわ。実際仲間達と『極寒の死地』を旅していたときは、あの地域に棲む魔獣を狩って食料にあてていたの。」
少数精鋭による敵地潜入任務における最大の課題が食糧問題である。
普通であれば食べられる植物や樹の実、野生動物を狩れば問題ない、しかしながら彼らの任務地は「極寒の死地」。その名の通り永久凍土と猛烈な吹雪が荒れ狂う極限の大地であり、まともな植物は育たないし普通の野生動物なぞ真っ先に凍死。
ごく限られた品種の環境に適応した植物と異形化したまま生態系に馴染んでしまった魔獣だけしか居ない地域である。
華奢で戦闘力を持たないセレナが魔王討伐隊に組み込まれた理由は回復役だけでなく、パーティーの食糧事情を解決する為でもあった。
むしろセレナにより食糧問題が解決出来ることが解ったが故に、少数精鋭による敵地潜入と魔王討伐が決定されたのである。
「へぇ…、理力って本当にすごいですね…。」
「そうね。あ、でも香辛料は欠かせないの。
匂いを取り除くこともできるけど、それをやっても味気ないし。
調味料と香辛料って偉大だわ。」
「それは私も思います。」
疑問も解決し、のんびり食事の続きを楽しむふたりであった。
程なくして食事も終わり一息ついていた所で、リリスから当然の疑問が投げかけられた。
「それで、今後はどういった予定になるんですか?」
「情報収集と補給と休息と、諸々詰めてすぐ近くの村に行く予定よ。
この分かれ道を左に行って北西に有る【グリーンリーフ】ってところね。距離としては…既にそんなに旅程は残ってないわ。歩いて…4~5時間って所かな?」
「んじゃぁ、何もなければ夕方過ぎには着けるんですね。」
「…そうね、何もなければ。」
ぴくり、とセレナが眉を動かし、西の森の方に目をやる。
「宿はあるんでしょうか?ちょっと私も流石に無茶な旅を続けてきたので、ここいらでしっかりと休息を摂りたいです…。あ、お金は心配ありませんよ?わたしこうみえ…ても。」
リリスは喋っている途中でセレナの異変に気付き話すのを止めた。
「…セレナ?どうかしましたか…?」
不安になってリリスはセレナに問う。
セレナは視線を一点にとどめたまま口をあけた。
「リリィ、どうやらお客様がお見えになられたようですわ。」
そういって、セレナは立ち上がる。
「お客様…?というかセレナ…、リリィ…って?口調も…。……!」
事態が掴めていなかったリリスにもようやく理解できた。
「おやおやおや、ぶったまげたね。
まさかとは思ったが、女子供だけで旅とは…へへへ。不用心だねェ。」
「しっかもまぁ、ずいぶんと美味そうな女じゃねぇか。」
「たまんねぇなこりゃ。すげぇ俺好み!」
粗野で品のない、汚らしい格好をした三人の男が
下卑た笑顔を浮かべながら此方へ向かってくるところであった。
解りやすい悪役は好きです。
判りきった結末が約束されていて、安心して見てられるから。
物語のはじめに出てきた解りやすい悪役が、仲睦まじい女子二人の間に割って入る。
これはもう、フラグでしかありませんね。
彼らの冥福を祈りましょう。




