第五幕 「相容れない二人」
あなたは人で
わたしは魔
「解り合えないことも有る…?」
分かれ道のたもとで、そこら辺の石で組まれたかまどの中でパチパチと音をたてながら焚き火が煙を上げている。
熾き火を作るために結構な量の焚き木が投げ込まれている。
時間はお昼をちょうど過ぎた頃。
焚き火の傍には仲良く並んでいる人影がふたつ。
日が昇りきり、それなりに暖かい昼下がりには少々豪快な火勢だ。
がさごそと樹皮製の包みから、昨晩の簡易燻製肉を出しながらセレナは一言ぽつりと漏らす。
「よく考えたら矛盾してるわ。」
「えっ。」
「『対の指環』の装着者同士には指環の効能は適用されない。
リリスは『黒い衣』の効果範囲を額部分に限定することで魔族の特徴を隠匿している。それによって私以外の人には角が無いただの人が見える。」
「…そうですよ?」
「…なんで私にも角が見えないのよ。」
「…見たいんですか?」
「何で顔を赤らめてんの。」
「恥ずかしいからですけれども!」
何故か両腕で自身を抱きしめて身を引くリリス。
—あんたの角は何処に生えてんだ。
いい加減な事を考えながらセレナは続けた。
「指環の性能をしっかり把握しておかないと、今後なにかに差し支えるかもしれないから、ちゃんと知りたいだけよ。」
「変なことしないでくださいね。」
「角をどうすると、変なことになんのよ。」
「…見るだけですからね。」
「見る以外に何をするってのよ。」
「触ったりしたら怒りますからね…」
「いい加減にしないと、本当に凄いことするわよ。」
「わかりました、ふざけすぎましたごめんなさい。」
「…で、どうして私にも見えないの。」
「恥ずかしいのは本当なんですけどね…」
そう言うとリリスは立ち上がり、何歩か歩いてセレナから離れる。
距離にしておよそ4m
「何で離れるの?」
「それを今からご説明します。」
そう言うとリリスは更に2~3歩後退する。
「…あ、角が。」
およそ5m程だろうか、セレナとリリスが離れている距離。
「これが私自身、というか指環の装着者同士の場合に効果が適用される範囲みたいなんです…。」
リリスの額には二本の角がのぞいている。
「つまり、何?第三者には特に距離関係なく魔術の変異は適用されてる。だけれども指環の装着者同士には有効範囲が5mに限られるってこと?」
セレナが今まで見てきたどんな魔族よりも。
「なんで使い分けする必要性があるのか、ちょっと流石に理解が及ばないのだけれども。」
陶磁器のように白く輝き、小指の先っちょの様なサイズの。
「これを造った人は何を考えてそんな機能をつけたのかしら…。」
白くて小さくて可愛らしい角が、ちょこんとリリスの額に覗いていた。
「あ…、それと着用者以外の外部に影響を及ぼす精神の安定作用についてはソレ以外観測できてません。しかも永続性はなく、本当に一時的な…。」
当の本人は伏し目がちで、褐色の肌はかなり赤くなってるようで。
非常に恥ずかしそうだ。
「うん?」
「本当に、『黒い衣』の隠匿魔法の効果を変異・最適化している様な機能しか観測できていないんですよ。」
「んん?!」
「あと別に隠匿魔法を行使する必要性は無いかも知れません。」
「ぬー?!」
「ぶっちゃけ仮説でなんの検証もできてないですけど。」
「ぬぁー!!」
「あ。あと効果範囲は5mじゃなくて、0mから5mに自由に調整が出来ます。わりと単純に装着者が『思う』だけで。」
リリスはそう言いながらセレナの目の前までトコトコ歩いてきた。
およそ1mの距離、セレナからは角が見える。
「…。」
セレナは呆然としながらリリスの角を見つめている。
「…あの、もうセレナにも見えない様にして良いですか…?」
近くで角を見られて更に恥ずかしいのか、手で顔を覆ってるリリス。
「あ、あぁ。ごめんね、もういいわ。」
「…有難うございます。」
すうっ、と角が隠れてリリスもすこしは取り直した様に顔を覆っていた手を元にもどす。
まだ顔は照れている様だが。
「…なんか、凄いんだか凄くないんだか、訳が分からないわ。」
「…私は凄く恥ずかしいです。」
「あんたはあんたで何でそんなに恥ずかしがるのよ。」
事も無げにリリスの振る舞いに疑問を投げかけるセレナに。
「…?!」
リリスは信じられない物を見るような非難的な視線をぶつける。
「わっ、私達は角の形状や色、大きさでお互いの優劣を決める様な文化が有ります!」
「そういえば魔族は大きくて黒い奇妙な形をした角を持ったヤツほど偉そうにしてるやつが多かったわね。実際地位も高かったみたいだし。」
「おっ、大きくて…く、黒い…。奇妙な…かっかた。」
「つまり、白くてちっこい角を品定めされるのは、羞恥心に苛まれる?」
「気にしてるので言わないでください!」
ふとセレナの纏う雰囲気に異変が起きる。
「…べつに、ちっこくて困る事は無くない…?」
セレナの視線が妙な所に向かう。
「そこは…、文化の違いってヤツですので…。」
「…。」
どうやら自身の胸部を見つめているようだ。
「割りと、かなりセンシティブな問題なので。
触れないでいただけると心穏やかでいられます。」
「………。」
ギギギギと軋む扉のような動きで首だけを動かしている。
その奇妙な動きで視線はリリスの胸元へと向けられる。
「…だったらあんたのその胸は何なのよ…。」
魔族の共通の特徴として角の話とは別に。
「…むね?」
魔族は男女別で体に共通の特徴が有る。
「…ナンデ…」
魔族の男は大柄で筋肉質、シンプルに見て判る程に膂力を讃えた肉体を持っていることが普通だ。
「…何で…?」
魔族の女は逆で、細身で長身。体の隆起に乏しい傾向が多い。
「なんであんたの胸は!そんなに大きいのよ!!」
つまるところ、ぺったんこなのだ。
「む、胸の大きさは関係なくないですか!」
リリスはその対象的な胸部を揺らしながら身を捩る。
「関係は有るわよ!なんなのよ!貴女の胸の大きさ!魔族でそんなにでっかいやつ見たこと無いんですけどぉ!?」
「しっ、知りませんよ!気がついたら勝手に大きくなっただけで私がなにかやったわけでは無いです!!」
「大体あんな極地に住んでいる魔族の食料事情を考えたらなんでソコまででっかく健康的にたわわなものが育つんですかねェ!?」
「わかりません!何なんですか!いったい!何が不満なんですか!!」
「ふまんんん!?っていうかよく見たらあんた胸だけじゃなくてお尻も太もももむっちむちじゃないの!魔族でそんなむっちりしたやつ見たこと無いんですけどぉ!?」
「むっ!?貴女今私が言外に太ってるって言ってませんか!?
事と場合によっては戦争ですよ!!?」
「ほぉぉぉん?!よいでしょう!受けて立とうじゃないのォ!
泣き虫べそかきでかちち駄肉魔族がぁ!」
「んなっ!なっ、なんって言い草!!
いいでしょう!!全身全霊でお相手いたします!!!」
「ヤッテミロヤァァァァアアアアア!!」
セレナは突如稲妻のような動きでリリスの背後に回り込んだ。
「な?!早い!」
「後ろががら空きなんだよォ!」
間髪入れずにセレナはリリスを羽交い締めにする。
「っぐぅ!離して下さい!!」
リリスは戒めを解こうと暴れるが万力のような力でびくともしない。
「ハッハァ!さぁてどうしてやろうかぁ!!」
セレナはそのままリリスを締め上げると左手でセレナの右腕を掴んで締め上げる。いわゆる「片羽締め」の型だ。
「さぁ!片手が空いちゃったぞぉ?手持ち無沙汰だなぁ?!」
フリーになった右手をわきわきさせながらセレナが邪悪な笑顔を浮かべる。
「何をするつもりなんですか!」
焦りながらもリリスは藻掻くが、やはりセレナの腕は微動だにしない。
「こうしてやるのさぁ!!!」
そう言いながらセレナはリリスの右脇腹を掴むと。
「そっ、そこは!」
しこたまもみくちゃに揉みまくった。
「いひ!?ひぁはははアハハハハハ!や、やめへっくだっはははははあはは!あひぃひひひひひ!わ、わきよわぁあはははははははぁん!」
「ほらほらぁ!さっきまでの威勢はどうしたのかなぁ?!」
「えひぇーへへへへぐぅ!あはっはははは?!
やめっへ!やめぇー!たすったすけへぇへへへ!ひぃー!」
「止めて欲しかったら言うことが有るんじゃないかなぁ!」
「いーひぃひひひ!いいっ、いいまっああははは!いひまう!
ふひひひ!?あっあやまっ、あやまりますぅううううひぃははははは!」
「聞こえないねぇー?!」
「ごふぅ、ごべんなざいぃー!わたっ、わはしがまちがっへまちたぁ!!
ゆっ、ゆるひへくらはははは!ゆるしてぇーへぁははは!」
「まだまだァ!!」
「いやぁぁぁああああはははははははは!」
青空に乙女の悲鳴?が溶けてゆく。
バトル回です。
楽しんで下さい。
ウソです。
真面目に巫山戯てるだけです。
ご意見、ご感想、お待ちしております。




