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救済の聖女のやり残し ~闇と光の調和~  作者: 物書 鶚
第一章 第一部 二人の旅の始まり
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第四幕 「できること、できないこと」

私はこんなことが出来ます。

あなたは?


私はこんなことが出来ます。

それなら…


「こうやってお互いの出来ることと出来ないことを確認する。

とっても大事なことですよ。」


「…ちょっと盛り上がってしまいました…」


「そう、みたいね…」


「別に深い意味はありませんからね?」


「そう、なら良いわ…」



何やら結婚式めいた契約の儀式を終え、我に返った二人は慌てて離れた。

さっきよりちょっと間が広がっている。


少し赤い顔で二人はてくてく歩いている。


「…で、えーと。何処までお話したんでしたっけ。」


「…現状の戦力確認をしたところね。」


「そうでしたそうでした。」


「とりあえず、私達の主な戦力は『理力を使った身体強化・操作による近接戦闘。』たったこれだけね。覚えておきましょ。」


「…あの力で石を投げたりしたら凄いことになりませんか?」

近接戦闘、という限定要素に疑問を感じてリリスが尋ねた。



「ある程度までなら意味はあるかもしれないわね。

でも一定の力を越えたら石のほうが耐えられず砕けるわ。

あと、私はそんなに投擲は得意じゃないの。」


「そうなんですか…そこら辺は土の魔術を使った方が良いので…、あれ?」


「どうかした?リリス。」


「セレナ…は魔術の攻撃手段を持たないのですか?」


「あぁ、そうね。それも説明しておきましょ。

私は魔術に関しては基本的な知識と、低級魔術以下の行使しか出来ないの。必要としなかった事もあるけど。私は主に『理力』の使い方を磨いてきたので魔術の素養は基礎程度だけなの。」


「その『りりょく』というのがセレナの権能の呼び名なんですね?」


「そうよ、『理力』。端的に言えば『生命が持つ力を強化して超常の現象を起こすちから。』ね。回復力、筋力、機動力を基礎として臓器や骨、血管の強化に至るまで可能よ。対象は私とソレ以外の生命体、無機物や魔術への干渉、完全に命の潰えた生命体もムリね。」


「いまいち…ピンと来ません…けれども。」


「説明するより見たほうが早いわね。」

セレナはそう言うと足元に落ちていた石を拾い上げた。


「これ、あっちの川の向こうまで投げられる?」

セレナの手には手のひらに収まるくらいの丸めの石。


「それくらいなら…たぶんイケると思いますけど…?」

腑に落ちない様子で石を受け取るリリス。


左手に流れる川を見るとそれなりの幅があり、街道から離れている距離を加味すると向こう岸までは7〜80メートル以上離れている。


—手頃なサイズで投げやすそうだ。

これなら力いっぱい投げれば川の向こう位、イケる…よね?


「投げる前に石の形状、よく見て覚えておいて。」

トントン、と足首と膝の動きだけで軽い上下運動。

いつの間にかショルダーバッグを地面に置いてセレナが準備運動をしている。


「…大丈夫だと思います…、投げて良いですか?」

石をくるくる回して形状と特徴を確認したリリスが言った。


「どーぞ。」

セレナは軽く腰を落として準備をする。


「いきまーす!」

リリスは大きく振りかぶり、ぶん!と空を切る音をさせながら投擲した。


「あっ」

彼女の意に反して石は低弾道で投げられた。

あの様子だと向こう岸のだいぶ手前に落ちてしまう。

失敗した、と思いつつ再挑戦を提案しようとセレナに向き直ろうとした。


その時。


ビュゥ!という風切り音と共にセレナの姿が掻き消えた。


「えっ?!」

風の流れにつられてリリスは川の方を向く。


ダダダダ!という打ち付けるような連続音の先で土埃が上がり

何事かと思っていると何かが水の上を跳ねるように疾駆する。


50メートルは有ろう川幅を横切るように数回派手な水しぶきが上がり、それらの飛沫を点として結んでいった延長線上の川岸にはセレナと思しき人影が立っている。


「…えっ、一瞬であんな所に…?」


自分が石を投げてからセレナが向こう岸に立つまで、ほんの数秒だ。


向こう岸でセレナが手を振っている。

とりあえずリリスも手を振り返す。


次の瞬間、セレナの体が宙に浮いたように飛び上がりとんでもない高度まで上昇し、たっぷり10秒ほどかけてリリスの近くへ飛んできた。


ストッ、と軽い音で着地し、なんでもない様な顔をしてリリスを見る。


「と、まぁこんな感じ。」

手には先程の石。

間違いなく形状も特徴も一致。


「…何が起きたんですか…。」

信じられないものを見る目でセレナを見つめながらリリスが言う。


「えー…、説明しても多分解んないよー…?」


「『説明するより見たほうが早い』って言われて見たはずなのに…、見てもサッパリわからなければどうしたら良いのか解りません…」


「ごもっともなご意見です。」


たはー、と額に手を当て破顔するセレナを見て

茫然自失といった風なリリス。


「端的に言えば、最初はものすごい速さで動いて水面を蹴りながら跳んだの、んで超低空機動のまま着水寸前の石をキャッチ。向こう岸からは助走を付けずに一足飛びでここまでぴょーん。」


「ぴょーん、という可愛い感じでは無かったですけど…何十メートル飛び上がったんですかアレ…。」


「んー。100mはいってないと思うけど…計測なんてしないから正確な数字はだせないよー。」


「ひゃく…、その高度まで上がったことも凄いんですけど。その高さから落ちてきてなんで無事なんですか…、凄い軽やかに着地してましたよ…。」


「落下時には風の魔術を応用して落下速度を抑えたの。

風を呼んで空気をはらみながら落下してね。もちろん着地時には脚部から腰部を重点的に強化したよ。」

事も無げに答えるセレナ。


「あ。えっ、アレを私にもさせることが出来る、ってことですか。」

『—対象は私とソレ以外の生命体。』という言葉を思い出し、慌てて尋ねる。


「離れている対象にあそこまでの強化と調整は難しいかも。数年連れ添った仲間たちならいざ知らず、筋肉の動かし方とか関節の稼働のクセとか、人の動きって千差万別なの。出力オーバー気味に強化することは出来るけど、そうすると今度は当人が強化に振り回されてケガしちゃう。」


「つまり、出来なくはない…ってことですか…?」


「まぁ、そうね。」


「ヤらないでください。」


「そうならないように気をつけましょ。」


恐怖に青ざめた顔でリリスは腕を抱えている。

普通に考えれば100mの高さからの単身自由落下なぞ恐怖でしか無い。


嬉々として高所から飛び降りるのを好む人種が居るとしたら、その人達は頭のどっかが致命的にアレしてると思う。


なんて事を考えてるかはさておき、二人は再び歩き出す。


「まぁ細かいことは後々詰めていくとして、現状の戦力はこの程度ね。」


「『この程度』を誤用してると思います。」


「他にも色々出来ることは有るけれども、それこそ口で説明するのが面倒な物ばかりになるの。今はこの程度の認識でいてくれれば良いわ。」


「まだ色々できるんですね…」



はー。と呆れるやら感心するやらでリリスは天を仰ぐ。


「そういえば、もう一つ確認しなきゃならないことが有るわね。」

ふと思い出したようにセレナはリリスを見つめる。


「…?」


「コレよ。」

セレナは自分の左手を掲げて目の前でひらひらさせる。


「指環ですか?」


「そうこの指環。

察するに、コレの効果で貴女は敵地においても安全に行動する事が出来る効能を得てるんじゃなくて?」


「…そんなことまで判るんですか!」

驚き目を見開くリリス。


「簡単な推理よ、闇魔法を使える者が身一つで『魔具』も『魔導具』も持っていない。『魔族にしては』簡素な装いがその理由ね。

 そして肝心の闇魔法の行使の気配が薄い。高密度でもなければ複数展開でもない。そもそも闇魔法の系統に『真っ昼間に隠匿可能な魔術』は観測されたことがない。

 これらを複合的に考えると、闇魔法補助系統第2『黒き衣』を行使した状態で指環の効能により全身に纏っている魔法効果に何かしらの変異をもたらしている。それによって『貴女は外観上魔族とは思われずに済んでいる。』

 …こんな所かしら?」


「…すごいです、ほとんど正解です。」


そう、リリスの外見は魔族の特徴を一切持っていない。

魔族特有の濃い赤系統の髪色、濁ったマナが滲み出た目の色、同じく負のマナ汚染による紫がかった肌、発達した牙や尖った爪。個体差はあれど大概の魔族はこのどれかの特徴を備えている。

 そして何より特徴的で全ての魔族に共通なのが、頭部から生える角。

その角の形状、大きさ、色の濃さは魔族の凶暴性の表れであり、戦いを好む魔族自身の誇りの象徴でもあった。



今のリリスの外観は全く違う

 髪はアッシュグレー、目の色だって普通だし、牙や爪も尖ってはいない。

肌の色については褐色だが、ルミナ大陸の南部には同じ様な肌を持つ種族が居るので別に珍しくもない。

 そして、魔族の象徴たる角は彼女の頭部には無い。

小さいとか隠れてるとかではなく『無い』。


「…最初に貴女の姿を見たあの夜、暗さのせいとは思えないほど魔族の特徴が無くて驚いたの。口には出さなかったけれども。

 でも闇の魔術の気配は魔族特有のクセみたいなものは有ったし。本当に目の前の子が魔族なのだろうかと疑ったわ。」


「なんというか、恐縮です…?」


「なんで畏まるのよ。で、どうなの?」


「えーと、ではまず私に対する指環の効能についてお話しますね。」

頭の中で話す内容を整理しているのだろう、暫く考えるような仕草をしてからリリスは口を開いた。


「まずは闇魔法の行使については正解です。

私は今現在、あなたがたの言うところの「黒い衣」を常時展開し身に纏っています。魔族の魔術概念に系統分別法は無いんですけれども便宜上はそちらの魔術系統分別法に倣っておきましょう。」


「あら、そういうものだったの?でも言われてみればそうね、魔術の体系化と系統分別法は人族が主導になって築いてきた魔術の知識だものね。」


「はい、魔族にも闇魔法以外の五大元素を行使する魔術使いは居ますが人族の様に体系化されておらず、大概は攻撃的な魔術を使うものばかりです。」


「なるほど、理解したわ。」


「そして指環の効果についても、概ね間違って無いです。

…この指環は父と私が把握している限りでは、『周囲のマナに干渉する力』をもっている可能性が高い指環です。」


「周囲のマナに干渉…?」


「はい、父と生前の母の研究、そして私が手伝って来た現段階での判明している情報になります。ちょっと複雑なのですが、良いですか?」


「良いわ、話してみて。」


「はい、まずは装着者に対しての効果ですが。強い感情の抑制や装着者自身の魔術に干渉する効果が観測されています。いわゆる『負のマナ』に類する悪意や敵意、害意なんかを抑制する効果が高いです。その一方で不安や迷いみたいな自身に向けられる『負のマナ』の抑制効果は感じられなかった様に思えます。」


少しだけ悲しそうな目をして指環を眺めるリリス。


「そしてもう一つの装着者への効果として挙げられるのが、『行使した魔術の変異』です。私の認識している限りの話ですが、この指環は私が隠匿のために使用した『黒い衣』を強化、もしくは最適化してる可能性があります」


「最適化…というと?」


「『黒い衣』は自身に闇を纏わせ、夜や暗所での視認性を著しく低下させる隠匿の一種。人族の体系化はこんな感じでしたよね?」


「合っているわ。」


「はい、指環によって『黒い衣』は闇を纏う、つまり光を吸収してしまう魔法ではなく。視認性を阻害してしまう魔法へと変異しています。」


「なにそれ、凄い。」


「はい、父は発見時に非常に驚いたと言ってました。私も始めてそれを体験したときは驚きました。」


「…それは驚くでしょうね。」



「視認性の阻害、つまり『そこに居るのに視覚では居ないように見える。』という謎の現象が起きています。

 探して見つけようとしても視界に入ってるのに見つからない。視覚的な隠匿魔法においては極限とも言える効果です。

 もちろん触れますし、感の鋭い人の近くに居れば気配でバレてしまう可能性はあるようですけれども。」


「音はどうなの?」


「音に関してもある程度の効果を発揮しているように思えます。

私は風のマナ適性は無いですので風の補助系統についての素養は無いですけれども、今の状態ですと足音や呼吸、布が擦れる音なんかは全く認識される事がありません。走っているような状態でも…恐らく抑制はされていると思われます。」


—なるほど、それでリリスはこんな格好をしているのか。


リリスの服装はごく普通の布服であり、上下ともに色は暗色系統ではあるものの別に魔法的効果の付与や魔導具として設計されている気配はない。

マントも暗色系統だが、ごく普通のマントだ。

靴も同様、普通のブーツ。


—まてよ…『普通の格好に見える』?


「…ちょっとまって、変だわ。」

セレナは立ち止まってリリスをまじまじと見つめる。


「なんでしょう?」


「…どうして私には貴女が見えているの?」


「…セレナは本当にすごいですね…そこに気づくなんて。」


「…ということは理由があるのね。」


「はい、この指環が「対の指環」と呼ばれることを解明した父もそこに気づくのに時間を要したと言っていました。

この隠匿効果は『指環の装着者同士』には適用されません。」


「…わけがわからないわ…。」


「すごい技術ですよね。」


「そうなると…もう一つの疑問が湧くのだけれども、良いかしら?」


「はい、何でしょう?」


「私、今なんの隠匿魔法も行使してないの。…もし誰かがこの状況を見たら、私が独りで喋っている様に見えてるのかしら?」


「っつ…!」

突如リリスは非常に嬉しそうな、興奮しているような表情をして

自身を抱きしめ身震いをさせた。


「セレナさん!貴女やっぱり本当に天才なのでは!」

歓喜のあまり声のトーンが上がっている。


「なっ、なによ。何なのその反応は!」


「あー!本当に素晴らしいです!この短時間でこうも容易く私の状況を看破するなんて!本当に凄い!」


「えっ、え?何なのよ本当に!」


「高い推力と思考力、第三者的視点での観察力!こうも柔軟に多角的に物事を判断できる人なら!きっと、セレナなら父の研究を越えられます!」


「そこは頑張るけれども!何なのよ、説明してよぉ!」

テンションを独りで爆上げしているリリスに、若干怯え始めるセレナ。


「はー!すごいっ!!」


「怒るわよ。」

突如トーンを下げてセレナはリリスを威嚇した。


「はいっ、すみませんでした。」

しゃんと直り、続けるリリス。


「大丈夫です、今の私は第三者からも見えています。けど問題はありません。

理由は簡単です。私は『黒の衣』の効果範囲をココに限定しています。」

そう言ってリリスは自分の額部分をトントン。と指し示した。


「…『魔族の共通特長である角』への限定隠匿…?」


「はい!大正解です!!」

またもテンションを上げ、拍手をしながら喜ぶリリス。


「…出鱈目だわ…。」


「更にはもっと凄い事に、ただ見えなくするだけではなく!

角がもともと無いように『違和感なく消して』るんです!」


「解ってるわよ、だから出鱈目って言ったの。そうでなきゃ貴女の額が透けて見えることになるわけだものね…。」


「さすがセレナ!そこもお見通しだったんですね!」


「はー…、驚きの連続で疲れてきたかも。」

すこし肩を落としてとぼとぼと歩き始めるセレナ。


「そう言えば、話しながらでしたけど結構歩いてきましたね。」


ふと、背後を振り返り、続けて辺りを見回すリリス。


「もう少ししたら別れ道があるわ。

 そこで一旦休憩しましょ…。」


やや重くなった足取りのセレナ。


「はい!承知いたしました!!」


陽気に軽やかな歩調のリリス。


「…その口調、ちゃんと改善してね…?」



奇妙な組み合わせの二人は仲良く連れ立って歩いているようだ。


何でもできちゃうチートって良いですよね。

物語を都合よく進められる。


でも制限があるのも良いものです。

そこを考えながらお話を綴っていくのは

大変だけどワクワクします。


まぁ、お二人共大概ですけどね!

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