第二十八幕 「語らいの時」
あなたが知りたいのは優しい嘘?
それとも厳しい現実?
ぬるま湯の中で生きてきたあなたは……
その胎から出た時に泣かずには居られる?
「赤子はその慟哭をもって世界に生まれ落ちたことを嘆くのよ。」
「二人共、こっちだがャ!」
ミアがティガとローザを急かすように先行する。
はしゃぐように道を進み、二人を待っては先に進むのを繰り返す。
子供じみた振る舞いが大変微笑ましい。
実際6歳だし。
「凄いところ……だな。」
「あわわ……本当に何が起きてるんですか……!」
感嘆を漏らすティガと狼狽しっぱなしのローザ。
まぁ箱入り娘には少々刺激が強かろうて。
相変わらずディダが用意した世界は「それっぽい」ので普通の人にはかなりの迫力があるのだろう。
『リリス。総勢6名っていうのは、夢見の負担としてはどうなの?』
私は気になっていたことを彼女に問う。
『私も6人は多いかなって思ってたんですけど。全然全くなんともないですね。ちょっと想定外です。』
『メイと3人で4時間ほどだったわよね。単純計算半分って想像してたけど。ちがうのかしら?』
『はい。個人的な魔力消費ペースの感覚は余裕綽々って感じで……セレナとメイがやったらめったら難しい話ししてた時より負担はかなり低いです。』
『そう?なら良いのだけど。一応厳しくなったら念話で教えて。』
『はーい。』
「セレャー!リリシュー!早くするだがャー!!」
ミアが呼んでいる。
「行きましょ。」
「はい。」
私たちは水の音と庭園の香りを感じながら回廊を抜け石畳の道の先、岬のフォリーを目指す。
ミアは先頭を嬉々として進み、足どりは軽い。
その後ろをティガとローザが並んで恐る恐る歩き、私とリリスは最後尾で悠然と三人を追う形だ。
対照的な足どりの後ろ姿がおもしろい。
庭園を抜け、視界が開ける頃。
ミアがふと足を止めた。
呆然と立ち尽くし、岬の先にある小さな人影を見つめている。
ミアに追いついた二人が彼女を覗き込む。
「ミア?」
「どうかしたんですか?」
彼女は二人の問いかけに答えずに、じっとフォリーを見つめたまま。
「綺麗なフォリーですね。誰か……いらっしゃるようです。」
ローザが先にミアの視線を追い、岬の建物に気付く。
「ん。そうなの……か……」
ローザの言葉に顔をあげてティガも建物に目を向け、ミア同様に固まってしまう。
「ティガさん?」
ミアとティガの様子がおかしいことに気付くローザだが、その理由が解らず戸惑っている。
岬の先端に建つ、白い綺麗なフォリーの中。
星が輝く夜空に浮かび上がるようにはっきりとその姿が見える。
金色の長く波打つ髪の女性。
こちらに視線を向けつつ微笑む姿が見える。
そしてもう一人。
白く輝くなだらかに揺れる長い髪の女性。
此方に背を向けて椅子に座っている。
頭にはふわふわの毛並みの大きな三角の耳。
ふさふさの尻尾がゆらゆらと左右に揺れている。
ふと、風が見えた。
金色の髪と白い髪がふわりと浮かび、風を孕んで波打つ。
柔らかな匂いが私たちを包み込んだ。
「ねえたん!!!」
ミアが叫び走り出した。
間髪入れずにティガも走り出す。
大きな白い耳がピクリとこちらを向き、彼女も立ち上がり振り向く。
大きく開かれたヘテロクロミアの瞳がみるみるうちに涙で濡れ、白く美しい猫人族の女性もフォリーを飛び出した。
「ミア!ティガ!!」
軽く流れるような足どりをもつれさせないように必死に動かしながら、3人はお互いを目指して全力で走る。
やがてお互いにぶつかり合うように抱き合うとその場に座り込んでしまう。
「ねえだぁぁん……!!ぶっ、ぶじ……おぎでぇ……うわあああああ!」
「よがっだ……ちゃんとおきでだ!ジャル!!おぎでだあああ!!」
もはや何度目かわからないほど泣き虫な子と、もう我慢できなくなってしまった頑張り屋。
二人が大声で泣いている。
「良かった……また会えた……終わって…なかった……!」
そう言いながら優しく愛おしそうに二人の頭を撫でる。
そのまましばらく三人は、きつくきつく抱きしめ合いながら泣き続けた。
「よかった……本当に、よかっ…だ……!」
そんな三人を見つめながら一人佇むローザ。
だが彼女も心底安心し、嬉しそうにしながら涙を流している。
必死に声を抑え、嗚咽を漏らすまいと息を殺す健気な姿は、心の底から姉妹を気遣い案じていたことを信じさせるに充分な……彼女の真摯さを証明していた。
「一件落着。でいいのかしら?」
「はい。シャルさんの意識がどんどん強まっています。夢見と接続した時は混乱と不安で僅かな意識レベルだったのが。今は安心と喜びに満ち溢れて物凄いことになってます。三人の思いが溢れて夢見の空間が崩壊しちゃうかも。」
「冗談でしょ。それ。」
「はい!それくらい凄いってことです!」
「貴女も泣き虫なとこさえなければさまになるのにねぇ。」
「ほっといてください!自然に出ちゃうんです!」
「ま、貴女らしいわ。」
思わず笑いながら私は再び彼女たちを見つめる。
きつく抱き合う三人。
一人佇む一人。
見守る二人。
しばらくそのまま誰も動けずに時をすごす。
気づけばディダがフォリーから出て私のことを見ている。
『随分と粋なことをするわね。』
『おや。お褒めに預かり光栄だね。偶然とはいえ、セレナの琴線に触れるようなことが起きたとは驚きだ。』
『貴女とシャルの座る位置とか、風向きとか、タイミングとか。』
『知らないよ。少なくともボクはやってない。』
『は。じゃ、あと残る犯人は一人ね。』
『犯人とは人聞きが悪い。』
『“人”聞きねぇ…?』
『セレナ。毎度で悪いけども。』
『はいはい、リリスにだって言わないわよ。意識も向けてないもの。』
『ありがと。大好きだよ。』
『それ気に入ったの?怖いから止めて。』
『反応が面白いからね。』
『ねー、お二人共ー。なんか話してません??夢見で内緒話するとなんか妙な気配がお二人の間に流れてることに気づいたんですけど。』
『お、凄いわねリリス。ちゃんと主導者してるじゃない。』
『リリス。君の夢見における認識も少し改めた方が良いよ。メイの時より明らかに魔力効率と世界構築速度、密度、精度が上がってる。あとリリス自身の魔力量についてもうなぎ登りだ。』
『へっ!?そうなんですか!』
なんつう流れるような誤魔化しだ。
神業か。
神業だったわ。
『うん。魔術深度と強度についてもどんどん上がってる。今度色々検証してみるといい。』
『は、はい!ありがとうございます!!』
『はー、リリスの夢見はまだ発展途上だったってこと?凄いじゃない、私も負けてられないわね。』
『たまには私に勝たせてください!』
『何いってんの、6:4で私の負け越しよ?』
『なんです、その比率……?』
『直感。』
『いい加減だなぁ。』
『さ、ローザと一緒に三人の所へ行きましょ。まだやらなきゃいけないことはあるわ。』
『……ローザさん。大丈夫でしょうか。ボロスの……父親と商会のこと聞いても……。』
『それも多分なんだけど……平気かも。』
『ローザさんから覚悟の香りがしてたのは私も理解してますけど……そんな所にまで意識が及んでますかね?』
『そうじゃなくてね。まぁ……理由を知れば納得するわ。』
私はリリスとやり取りをしながらローザの肩に手を置く。
「さ、三人を迎えに行きましょ。」
「ぐすっ……。はい…!」
ようやく泣き止みつつあるミアとティガの後ろから来た私たちにシャルが気がついて笑顔を向けてきた。
「はじめまして。で良いのでしょうか?シャル・ペーテルシアンと申します。」
「ご丁寧にありがとうございます。セレナ・ルミナリスと申します。」
「えーと、リリスとお呼び下さい。セレナの従者です。」
「……ローザ・ウリマルクと申します。」
「えっと……申し訳ありません。未だ状況が理解できなくて……もし何かご存知であればお聞かせ頂けますと……。」
「もちろん。もとよりそのつもりよ。女神の所へ行ってそこで話をしましょ。」
「はい。わかりました、お願いします。ティガ、立てる?」
「ゔん……」
涙と鼻水でくしゃくしゃのティガがのそりと立ち上がる。
ミアはシャルに全力で抱きついたまま離れない。彼女の乳房に顔半分埋まっててピクリともしない。
息大丈夫かソレ。
あ、夢見で関係ないか?
シャルは気にせずミアを抱っこしたまま立ち上がる。
「さあ、行きましょう。」
うーん。
凄い母性。
『いい勝負ね。』
『え。なんですか急に。』
『頑張って。』
『……はい……?』
各々立ち上がり、ディダの待つフォリーへと向かう。
柱にもたれかかりながら優雅に微笑み、我々を待ち受けるディダは私たちをみるなりクスリと笑いながら口を開く。
「みんな可愛い顔が台無しよ?リリス、話す前になんとかしてあげて?」
「あ、はい。」
彼女は返事をすると目を閉じて集中する。
各々の顔面にふわっと薄紫の靄が漂うと、思わず皆が目を閉じた。
目を開ける頃には皆の腫れぼったい顔も詰まった鼻水も綺麗さっぱり。
ようやくミアもシャルの胸元から顔をあげて目をぱちくりさせた。他のみんなもお互いの顔をみて目を瞬かせている。そしてその後、各々私とリリスの顔を見て首をかしげている。
そんな不思議な癒やしを経て、各々がテーブルに備え付けられた椅子へと座る。今回は椅子が六脚用意されている。
あれ?
たんなくない?
ディダ入れて七人じゃん。
あ、ミアがシャルに抱っこされたまま降りないから?
謎の気遣いだ。
てゆーか、皆がもう疑問に持ち始めてるんだよなー、聖女の癒やしと従者がこの場において色々と権能を持っていることと女神の存在にさー……
聖女の癒やしじゃなくて従者の癒やし?ってなるよねー。
あー、もうバラしたほうが早い気がする。
もう信用は充分だと思うんだよなー、お互い。
ローザだけが不安っちゃ不安だけども。
やー、大事を取ってまだ隠すべきかー。
どーしよーかなー。
やめとこ。
ディダがだんまりだし。
『セレナ?リリスにちゃんと相談してあげてね。』
『わかってるわよ。』
気遣われたわ。
「さて、皆々様。ようこそ我が『月影の間』へ。この場にてお会いできたことをとても嬉しく思います。」
領域の主とでも言わんばかりに、この場を取り仕切るディダ。
相変わらずその神々しい女神の出で立ちと相まって荘厳なことこの上ない。
「我が名は女神ディダ。そこの聖女セレナと従者リリスと縁ありし女神のひと柱。そんな所です。どうぞお見知りおきを。」
そう言いながら柔らかな笑顔を振りまく。
「女神様……。」
いち早く反応するルミナス教徒らしきローザ。
「ええ。ルミナスと双璧を成す女神。とでも思っていただければよろしいかと。ただし私に対し、ルミナスの教徒としての礼儀は不要です。あれと私は似て非なるもの。そう認識していただければ充分です。よろしいですね?ローザ。」
「えっ、あ、は、はい!承知いたしました女神ディダ様!」
名指しで聞かれて彼女は狼狽える。
信仰の対象を呼び捨てにしたり「あれ」などと呼ぶ存在に畏れを抱かぬルミナス教徒もそうはいるまい。事実、彼女はとっても神々しいし、超常の現象をまざまざと体験させられている。しかも明確な実体験を伴ってだ。
これを奇跡の体験としないのも難しいかも。
「シャル、ティガあなた達も特に問題はないですね?」
「はい、問題ございません。よろしくお願いいたします、皆様。」
「あ、はい!大丈夫です!」
「ディデャさまーミァはー?」
一人呼ばれぬことを不満に思ったのかミアが訪ねてくる。
「あら、ミアは私と会うのは初めてじゃないもの。もうお友達でしょ?」
ディダが笑顔でミアにそんな返しをするもんだから、ミアはぴこんと耳を建てたあと嬉しそうに相好を崩す。
「うャ!」
「ミアが失礼をしてなければ良いのですが……」
「なー!?ミァちゃんとしてるがャ!」
「大丈夫ですよ、シャル。この子は良い子です。貴女とティガの教育の賜物。しっかりと他者を気遣える子です。」
女神スマイルのディダにまっすぐ褒められたシャルとティガが頬を染める。照れてるのか嬉しいのか、実に素直な反応だ。
「ローザ。貴女もですよ。優しく気遣い、正しく生きようとする真っ直ぐな姿勢、なによりも暗闇を恐れずに前に進もうとする勇気。ルミナスも喜んでいます。貴女の信仰と優しさがルミナスを通して聖女たちを導き、この家族は救われたのです。誇りなさい。」
「……はい。」
「ルミナスは貴女の不安と迷いを理解しています。そしてそれを見守っています。どうか貴女の信じた道を貫く勇気を持ち続けなさい。それがどんな結果を生もうと貴女自身がそれを後悔することのないように。」
「…はい。お言葉を……感謝いたします。」
……ディダは私だけじゃなくて皆の思考も読んでるのかな。
それとも私の思考を読んだ上でこのことを話してるのかな。
どちらにせよ、今この場において、私が言いたかったことを最もふさわしい者が言うべき相手に言ってくれてるのはありがたいことだ。
何より楽だ。
「さあ、セレナ。ルミナスの僕として、聖女として。なすべきをなすために『この場において語りなさい』。存分に、心ゆくまで。」
おい、楽だっつってんだろ。
もー…楽させてよ~。
そう言ってディダは柔らかな笑顔のまま黙ってしまう。
「そうね……私が伝えたいこと、そして貴女達が知るべきこと。シャル、ティガ、ミア。そしてローザも。貴女達は自分たちに何が起きているかを知る必要があるの。そして考えてほしいわ。自分自身のために。貴女達の未来の為に、ね。」
そう言って立ち上がる。
『リリス。ボロスのこと、色々と明かすわ。夢見の情景再現でフォローして。』
『……はい。わかりました。』
やや緊張気味な表情のままリリスも立ち上がり私の隣へと来る。
「私がミアと出会ってから今までのこと。見たこと、知ったこと……考えていること。色々と話すわ。」
私とリリスのただならぬ雰囲気に固唾をのむ三人。
ミアは一人不安な顔でシャルへとしがみつく。
「それを聞いた上で、貴女達からも話を聞きたいと思う。」
私は厳しい顔をして彼女たちを睥睨した。
「覚悟なさい。生易しい話ではないわよ。」
『月影の間』が暗転し、闇へと移り変わる。
さぁ、語らおう。
この場にある者たちの真実を。
よがっだねえ!!
またあえでぇ!
あれ?デジャヴ。
まぁいいか。嬉しい再会は何度だって有っていいのさ。




