第二十五幕 「次の行程」
何事もにも順序は大事。
たとえ急いでいても、困難でも、手順は守らないと。
なぜかって?
『そうしないで発生した失敗を回避するための手順』だからよ?
「急がば回れ、ゆっくりとじっくりと形作らなきゃ。」
結論から言うと、シャルへの身体的治療は驚くほど呆気なく完了した。
それはもうするりと言わんばかりに。
理力による治療行程はメイと同じで、彼女の身体能力強化による毒素の分解と排出を促進させたものであり、その結果も同じだった。
だが明らかに回数は少なく済んだのだ。
体感的な回数は1/10程度、一度に必要な私自身の消耗も同程度に少なく済んだ。それが相乗効果を出していたとするならば1%程度の消耗に抑えられたことになるのだろうか。
すごい効率化だ。
それでも飢餓感は結構なレベルだったので、準備してもらった10人前の料理は『例の方法』で頂いた。それはもうありがたく一気飲みだ。
味は……緑葉亭の主人ベンの料理と大差なかった。
そりゃそうだ、全部一度に混ぜて攪拌粉砕してペースト状だもの。
ミアとローザは床に置かれた寸胴鍋を眺めて唖然とし、ティガは大爆笑していた。
マジで秘密にしておいてね?
恥ずかしいから。
そして今回の件と前回の件において、使用された麻薬に含まれていた負のマナこそが私の理力における最大の障害となったことが確認されたことになる。これはかなり大きな収穫だ。
手順さえ正しく踏めば、同様のケースにあっても私の身一つでちゃんと処理できることがわかった。
……ディダからこのことについての『知らない知識』がなかったことについては未だだんまりだけども。まぁいいでしょう、いつか知ることになるのだろうから。
「ほんとに秘密にしてよ?こんなぶっとんだ食事するなんて世間に知れ渡ったら、私隠居暮らしするしかなくなっちゃうから。」
「ミァは……いわないのだがャ……」
「いっても信じてもらえません……よね?」
「イーッヒッヒッヒヒ!すげー!セレナは『山食いのジャリウス』よりすげー!!」
誰だそれ。
獣人族かな?
「ティガ……?言ったら、色々と後悔することになるわよ。」
「ヒィーッヒ……ひぃ!?」
私が全身に理力を漲らせ戦闘モードで威圧すると、ティガが一瞬で数m飛び退いて毛を逆立てた。
「ひぎャ!?せせせセレャが!おっ、おっかないのだがャ!!」
ミアもローザの後ろに隠れて毛が逆立っている。
「……?」
ローザは良く解っていない様子。さすが箱入り娘、殺気や威圧とは無縁の暮らしなのだろう。
「せっ、セレナ!あたしが悪かった!!そ、それやめて!!本気で怖い!!っていうかなんなんだあんた!!聖女って癒し手じゃないのかよ!?ばっ、化け物か!?」
ティガが尋常ならざる戦闘力を有した大魔獣を見るかのように全力で警戒している。だが目の前にいるのは矮躯の少女だ。
視覚情報と超感覚が一致せずに混乱してる。
「やめなさい。セレナ。」
ペンっとリリスに頭を叩かれる。
「痛い。」
「嘘つき。」
「心が傷ついたんですぅー。」
「じゃぁこうするので我慢して、ねっ。」
リリスはそういいながら私を抱っこするとスツールに腰かける。
あやされた。
「さて、予定より順調にことは進んでるんだけど。次にしなきゃいけないことを説明しようかしら。」
私はリリスの膝の上にちょこんと座ったまま話し始める。
「……ローザお嬢様、ミァもー。」
「えっ?あ。はいはい。」
羨ましそうな顔をしたミアがローザに甘えてる。
ミアの要求を察したローザも彼女を抱え上げると別のスツールに座る。
ほんとは物凄く仲良いんじゃないの。
いや、わかってたことか。
「リリスさんもすげーな……怖くないのかよ……。」
未だ体勢を低く構えたままで怯え気味のティガは、おそるおそる警戒しながらこちらへと近寄ってくる。
「ティガ、貴女はたぶん『王虎』の氏族よね?毛色がちょっと珍しいけども、その黒い虎模様は有名だわ。」
「そ、そうだけども……なんだよ。」
「今度手合わせしましょうか。『獣化』アリで良いわよ。」
ニヤリ、と挑発的な笑みを浮かべる私。
「は……。」
キョトンとして固まるティガ。
「は……あははははは!」
彼女は直後に高らかに声をあげて笑い出した。
「いいね!魔王討伐隊の一角の力、実はあたしも興味ある!しかも『獣化』アリでか!そんな人間きいたことねーや!」
心底面白おかしそうに呵々大笑するティガ。
「せ、セレャ……ティガ姉は強いのだがャ……大丈夫かャ。」
「ティガさんが凄い嬉しそう。」
「おうこ……ですか?御強いんですか?ティガさんの氏族は。」
「強いなんてもんじゃないわね。魔術攻撃を使用しない近接戦闘戦において『王虎』の氏族に勝てる奴なんて、そうはいないわ。同じ獣人族のごく一部か……人族では多分無理ね。」
「その人族のセレナが『獣化』したあたしに挑もうってのはどういうことなんだよ。くっくっく……」
未だ笑顔絶えぬティガはようやく緊張から抜け出す。
「私も興味があるのよ。自分の力がどの程度あなた達に通用するか。」
「はー、とんだ聖女様だ……いいね、ことが済んだら是非お手合わせ願おう。」
そういったティガの目がギラリと輝き、急に戦士の顔になる。
「ひぎャ。」
ミアが縮こまってしまった。
「ティガさん、さっきはセレナに怯えてたけど……『獣化』ってそんなにすごいんですか?」
リリスは平然としてるものの今一状況がみえていない。
「あたしらの氏族の『獣化』はシンプルに力と速さと体力を超強化するんだ。そして……体格も尋常じゃなくデカくなる。この部屋じゃ中腰になっちまうな。」
天井を見あげながらティガが説明してくれる。
「はえー。それは凄いですね……。」
「まぁ……私としてはリリスさんも気になるんだがね。」
鼻をすんすん鳴らしながらティガが良い笑顔で宣う。
あ、やべ。
この話の方向性はあかん。
「え……私は戦闘からっきしですよ?」
リリスがびっくりしたように己の非力さを明かす。
「ふうん……?でもさ……」
「はあい!まだ治療の途中ですのでー!次の行程にうつりまーす!」
私はわざとらしくティガの言葉を遮り声を張り上げた。
4人ともびくっと反応する。
「はい!話をそらしたのは私でしたね!ごめんねー!じゃー、シャルの治療で次の内容を説明します!」
『リリス!ミアの話してたことを忘れたの!?あの子たちは匂いで魔族を嗅ぎ分けてるのよ!この話、このまま進めたらローザにバレるわ!』
「あ゛……」
声に出すなや!
「「「?」」」」
私たちの不自然な振る舞いに3人が小首を傾げている。
ひー、ヤバい。
「さて!シャルの身体の治療は完全に元通り。それは見てもらえればわかるわね?」
私は構わず強引に話を進める。
そう言われて全員の視線がベッドに横たわるシャルへと向けられる。
既に肌には血色が戻り、美しい白い肌にもツヤとハリが蘇っている。
呼吸も安定しており、たおやかな乳房と共に胸部が上下しているのもはっきりと見て取れる。毛ツヤも戻り、動きこそしないものの耳も尻尾もふっくらとしている。
体毛のない部分を覆うようにかけられたシーツ越しだが、彼女は今普通に寝ているように見える。
先ほどまでの死に際の病人だったのがウソみたいに美しい寝姿。
「うャ……よかったのだがャ。姉たん綺麗に戻ったのだャ。」
「はい、こんなに美しい方だったんですね。」
ミアは心底嬉しそうに、ローザも本当の姿を初めて見たのか穏やかで安心した笑顔だ。
「でもよ、セレナ。なんで姉さんは目を覚まさないんだ?こんなにあたしらが騒いでたら普段ならキレ散らかすくらいには飛び起きてるぜ?」
一方ティガは違和感に気づいている。
「キレるのね……寝起きが良くないのかしら……じゃなくって。ティガの疑問は当然ね。彼女は病の毒の影響で、今は精神が混濁状態にある可能性が高いわ。」
シャルの場合、違法な薬物により身体を弱らせられ、負のマナ入り麻薬によりその感覚が何かしらの方向性で深い昏睡状態に強制させられていた状況であると見ていい。
人体は外的要因で長い間昏睡させられると生命活動が薄弱になり、自らの意思で覚醒することが難しくなる。
それが外的刺激により覚醒に至ることはあるが、彼女の場合は新型麻薬によってそれが出来ない状態に長くあった。
「ねぇ、ローザ。彼女たちが貴女の屋敷にきてどれくらい?」
「え、っと……かれこれひと月になるかと。」
1か月間。
毒薬と新型麻薬によって強制昏睡状態にされていたシャルの身体は、薬物の影響もあって外的刺激に対する反応が一切ない。
視覚も聴覚も触覚も嗅覚も、味覚も多分駄目だろう。
この状態の彼女に覚醒の為の刺激を与えるには、やはりリリスの『夢見』による精神への干渉が必要不可欠だ。
「おそらく……病気とそれを抑えていた薬のせいで、シャルの身体は今そとからの刺激を一切感じることの出来ない状態よ。」
「……!」
ミアとローザの顔が曇る。予想だにしていなかったことなのだろう。
「……そうなのか?」
ティガの顔も深刻そうだ。
「多分、私たちの声も聞き取れていないし。肌に触れても反応はないわ。目を無理やり開けて日の光を見せても、瞳孔すら動かないと思うの。」
実際、運搬時に彼女の瞳孔対光反射検査をしても一切動きはなかった。
『知らない知識』によれば、僅かでも動きがあればある程度の意識レベルであることの証明になる。
「あの……セレナ…様。治癒魔法による覚醒魔術は無駄なのですか?」
ローザがふと疑問を投げかけてくる。
「試す価値はあるかもしれないけども、おそらく駄目ね。あれは一種の知覚増幅による強制的な覚醒を促す行為なのだけども。重体で意識が完全に途切れた対象には意味をなさないの。ほんのわずかでも意識が残っている人に対して行う物であって、今の完全無意識のシャルには効果はない可能性が高いわ。」
既存魔術体系にある治癒魔術はその程度の物だ。
昏睡系魔術に対し相克属性の拮抗魔術を施すか、僅かにある反応を強化して意識を保たせる。魔術による昏睡とは無関係で、意識レベルが皆無な今のシャルには意味がない。
話をしているうちに、3人の顔がどんどん暗くなる。
「「……」」
「じゃぁ……どうやって姉たんを起こすのだがャ……?」
意気消沈してしまった3人。ミアが泣きそうな顔で私たちに問いかける。
「あら。ミア、貴女は一度その解決方法を体験しているのよ?」
私は何の問題もないと言った具合に笑顔で答えた。
「うャ……?」
「「……!?」」
どういうことだと言わんばかりに二人の視線がミアに集中する。
「ふふふ。ヒントは『女神』と『従者』かしら。」
私が悪戯っぽい笑顔でそういうと。
「……! 『つきかげのかたりば』だがャ!!」
パァっと明るい笑顔になったミアが元気よく答える。
「せいかーい!」
そういって私は両手を掲げて〇を作る。
ちょうどその中にリリスの笑顔が収まった。
「はい!では、皆さんを女神様の所へご案内いたします!」
リリスも良いノリだ。
「「つきかげのかたりば?」ですか?」
ティガとローザがハモった。
「すごい綺麗な女神さまがいるのだがャ!」
なにかワクワクした様子になるミア。いつの間にかあの場所とアレを気に入ったらしい。
「「女神様?」ってなんだ?」
相変わらず要領を得ない二人は困惑気味だ。
ミア、それじゃ伝わんないってば。
「リリス。ちゃんと説明してあげて。」
「はい、承りました。」
背中にむけて体を預けながら上を向き、私の要請に満面の笑顔で答えるリリス。何か、彼女自身……今までになく嬉しそうでわくわくしてる感じ。
やっぱサキュバスにとって夢見に人を招くのは良いことなのかな。
それがサキュバス当人にとっての好みの差があり「悪夢」だったり「淫夢」だったりするわけで。リリスの場合はそれが「希望」だったり「愛」だったりするのかも。
結構なことじゃない。
何事も使い様ってことね。
私の理力と神聖魔術、各属性の基礎魔術も同じかしら。
これからも色々と考えなきゃね。
「では、まずは皆さん!脱いでください!全部です!!」
嬉々として高らかに宣言するリリス。
いそいそと服を脱ぎ始めるミア。
え、なんで?みたいにキョトンとするティガ。
そして、顔面蒼白で固まってるローザ。
……忘れてたわ。
……この子の無頓着さと、羞恥への忌避感のズレ。
これからも……色々と考えなきゃだわ……。
……リリス、セレナ。
ミア、ティガ、シャル。そしてローザ……。
ろ、6名の裸のふれあいだと……!
これが……ヘクサ・リリオン《完全領域》!
……描写カロリーヤバそう。




