幕間 「ボロスという商人」
巨大な悪とは、優秀であるがゆえに巨大になる
政治で、経済で、宗教で、武力で――
大きい。たったそれだけで、その相手は「優秀であり油断ならない」のです
とっても厄介ですね。
「優秀な商人ってどんなだろ……むっずい」
「ローザはまだ寝とらんのか。」
男は召使いに忌々しそうに問いかける。
「はい……お食事もほんの少し召し上がっただけです……。」
びくびくしながら応える召使いの女性。
「あの猫娘はまだみつかっとらんのか!もっと人を手配して探せばよいのではないか!」
男は傍に控えていた執事に怒鳴りつける。
「しかし……あまり大々的に探しますと……その、良くない噂が立ちかねません。やはり内々に探すしか。」
「クソ!なぜ急に屋敷から逃げ出したのだ!ローザもあんなに可愛がっていたし、何一つ不自由などしてなかったはずだというのに!」
「それについては何とも申し上げようも……。」
「手下どもはどこで油を売ってるんだ!奴らがワシに反目して別の商人に売った可能性については話したはずだぞ!」
「はっ、仰る通りでございます。あの日屋敷に居た者達には個別に聞き取り調査を行っております。既に話のつじつまが合わない内容を話すものがでてきておりますので、その可能性も視野に調査をすすめ……」
「では『例の連中』に声をかけて拷問にでもかけさせればいい!これ以上娘を待たせるような事をするな!」
「はっ!しょ、承知いたしました……手配いたします。」
「愚図どもが!さっさとしろ!」
そう言って、男は手を振り払うような仕草で執事と召使いを下がらせる。
一人書斎に残った男はでっぷりした腹を揺らしながらソファへと向かい、身体を投げ出すように座った。
ミシッという木の軋む音が豪華で立派な一人用ソファから響く。
―どいつもこいつも、寝こけて仕事をサボりよって……!
なんだというのだ!
ミアが逃げ出したという報告が一晩あけて昼前にだとか…ワシを舐めておるのか!ローザが構い過ぎたと自省していたことを良いことに、報告を怠りおって!
誰のおかげで酒が飲めているとおもっとんだ。あの三下どもは!
だいたいあの猫娘も姉どもを置いて逃げるとは……想定外だ!連中が薄情なつながりの一行だったということではないか!高い金を払って情の深そうな猫人族を探し出させたというのに……完全に無駄だった!
こうなれば斡旋してきた奴にも賠償請求をせねば!
しかし、せっかくローザの相手役が見つかったというのに……このままでは、あの子が悲しんでしまう。今は体調を崩したから治るまで接触を控えるようにとウソをついて、なんとか居なくなった事実を隠しているが……ミアが見つからなければいずればれてしまうだろう。あの子に嫌われるのだけは避けたい……。
いっそ別の『灰の一族』を一人雇うか?
いや、あいつらは氏族の結束が固い。単独で稼ぎに出すような事はしないと言っていた。やはりミアのようなはぐれものは稀少なのだろう……。
それにローザはアレをいたく気に入っていた。別のものを用意したとて機嫌を損ねてしまうかもしれん。
せっかく戦争が終わっていろいろな事に気を回す余裕ができたから、ローザのために方々に手を回したというのに……忌々しい。
……いや、まて。
これは外部の誰かによる妨害工作である可能性もある。
亜人保護法をネタにワシの商会打倒を目論む敵対組織が画策した罠……あるいは全く無関係な第三者による突発的な人道的介入……
もしく、政府側が潜入捜査的な意味合いで亜人を使い、囮として3人を遣わせた……いや、これは無いな。そんな手法が世間に露見すれば人権派連中の格好の餌食だ。
生臭司教から『救済の聖女』による計画への障害が発生したという嫌な報告もあったな……あの時にもっと警戒し慎重になるべきだったか…?
だがまぁ……聖女が手引きをした線は無いか。ワシが闇商人を通じてあの3匹を探し当てた時と連中が極寒の死地に居たのは同じころだ。時期が合わん。
それに聖女がこの都市に来ていたとしたら方々で騒ぎになっているはず。あの奇跡の力とカリスマ性、知名度を利用しようとしない連中が沸き立つに決まっておる。
だがこの都市にそんな話は無い。
王都からのお触れによる期待で少々世間が浮ついてるくらいだ。
聖女関連も無かろう。
やはり、外部組織による妨害計画だったという線が濃厚か……。
であるならば、次に起こる可能性がある事態はミアの報告を受けた敵対組織による実妨害行為か交渉……か。
どの手法をとるか?
この場合も政府同様おとり捜査の線は薄い。
偶然を装ってミアからたまたま経緯を知ったというシナリオが一番説得力があるだろう。そして姉どもの保護を理由に政府の介入を示唆させ……ワシを強請にくるか?
もしかしたら交渉などせずに、さっさと通報して政府による直接介入で証拠を探し出させ、亜人保護法違反による商会の崩壊が目的か?
となると裏帳簿の存在が危険になる。
アレは組織内でのワシの立場を維持するための大事な資料であると同時に、露見した場合はワシの命すら危うくなる。
それに裏帳簿には『銀の筒』の流通に関する記録も……。
あれだけは本当に露見させられない。
だから破棄は出来ぬ。だが今は手元に置いておくのは危険だ、一旦どこかに隠しておく必要があるか……。
面倒だが正規の帳簿以外はどこかに隔離する必要がある。
だがこれは他人に任せることができん。
ワシの生命線となる情報と証拠の塊だ……いくつか商談予定を取りやめてワシ自らどこかに隠すしかあるまい。
そうさな……適当に地下室のある一軒家でも購入してそこへ運び込み、封印するか。灯台下暗しというし、近場で構わんだろう。
契約書を交わす必要がないくらい高額で空き家を買い取れば足もつかん。
気晴らし用の家だとか、召使いの宿舎だとか、それこそ亜人どもに用意するための家だとか。理由なぞいくらでも思いつく。
台帳と資料の束は鞄一つで済む量だ。
2~3日もあれば片付くだろう。
……よし、何とかなる。
ローザの機嫌については別の何かで紛らわせるしかあるまい。
あの子が悲しむのは辛いが、大事なのは今の暮らしを守る事だ。
ローザも解ってくれるだろう。
さて、まずは執事に近場の物件資料を集めさせるところからか――
執事に指示を出したらひと眠りしよう。
実はワシも先ほど、ほんの15分ほど寝ていた。
心労か疲労か、我ながら珍しい事もあるものだ。
この先いろいろ忙しくなることを考えればしっかりと休息も取らねばなるまい―
男は考えがまとまった事を一安心する。
そして、彼は早速行動に移す。
執事を呼ぶために、執務机の上にある呼び鈴に手を伸ばそうとした。
血相を変えた執事がノックもせずに執務室に飛び込んできたのは同時の事である。
悪役の狡猾さと優秀さを描きつつ
それを凌駕する主人公側を描くのって
ビックリするほど難しい
バトって殴って気合でドカーン!
ってとても有り難い表現だったんだね……
しみじみするわ




