第十九幕 「ニニ◯四にて」
尽くす喜びと尽くされる喜びは公平ではない
尽くすことのほうが至高であり至福なのだ
人は傲慢ゆえに尽くされることは飽きるのだ
しかし尽くすことに飽くことは無い、なぜならば人が傲慢なのだから
「満たされぬ愛、満たし続けられる愛。
どちらの方がキミは好きかな?」
修羅と羅刹。
そういう言葉が私たちの言語にはある。
古い文献に記されている神々を現し、その苛烈な印象をそのままに荒ぶる者たちを形容する時に使用したりもする。
実態は守護者だったり破壊者だったり、文献によっては色々。
つまるところ、いろいろな顔を持つ神。
今のルーカスとエミリアがそれだ。
ミア達の境遇と現状を話していくうちに二人の顔は悲哀に染まりやがて憤怒へと変貌した。ミアを撫でていた手は止まり、口をきつく結んだ二人は修羅と羅刹の顔になっていた。
「生かしてはおけない。」
「万死に値しますね。」
おちつけ。
「おおむね同意いたしますが……現実はそうもいかないでしょうに。相手は豪商であり商会の長です。下手を打てば社会から糾弾されるのは我々ですよ。」
「事故死に見せかけてしまえばよいかと。」
「造作もありません。」
こえーよこの兄妹。
「二人とも、怖いのャ……」
「大丈夫ですよ、私たちはミアさんの味方です。必ずやお姉さんがたを救出してお幸せにします。」
「ミアちゃんたちが困るようなことにはぜっっったいにしません!安心してください!!」
ミアが怯えた声を上げた瞬間、二人の顔が悟りを開いた修行僧のように穏やかになり、再びミアを優しく撫でる。
すげーなこの兄妹。
「そんな簡単なことではないことぐらい、お二人は百も承知でしょうに。彼女たちを贔屓にするにも限界がありますよ。」
「お二人とも冷静に殺意を漲らせるのは普通に怖いです。」
私とリリスは完全に蚊帳の外で呆れかえる。
「二人とも、変なことをしたらしょーばい出来なくなってしまうのャ……それはミァも嫌だがャ……」
一応二人の事を行商人だと認識しているミア。そんな二人が商会に反目したらどうなるか。……という所まで理解しているかはわからないが、純粋に二人を心配するミア。
そんなミアの言葉に二人の目がきゅーんとなる。
「大丈夫です!我々はただの行商人ではありません!」
「売り買いはあくまで売り買い!ローム兄妹はこの手で目の前の障害を自ら排除する凄い行商人です!」
「護衛要らずの手練れです!」
「魔術だって使えます!」
やべーなこの兄妹。
そのうち諜報員ってことうっかり洩らしそう。
「お二人とも。おちついてくださいまし。私とて人の命を軽んじる彼らに対し少なからず憎悪を覚えますが……それだけでは済まされない理由がございます。お判りでしょう?」
「……ローザ嬢のことですね。」
ルーカスが苦虫を潰したような顔になる。
「……ミアちゃんを心配して眠れなくなってしまうなんて、可哀そうです。」
エミリアも悲壮感たっぷりの表情だ。
さっきから二人とも表情がコロコロ変わりまくりで面白過ぎる。
「親の罪を子に負わせる法はありません。罪過は本人と本人が築き上げた物に対し課せられるべきものであり。その血族が罪を受け継ぐかは我々が決めることではないのですから。」
「仰る通りです。ボロスを殺してしまっては罪の清算による影響がローザ嬢にまで及ぶことは避けられません。軽率でした。」
「きっと寂しがり屋なだけでとても良い方です。猫好きに悪い人なんていません。そんな気がします。ごめんなさい。」
今度は急に冷静になって落ち着いた。
「ミァもローザお嬢様には辛い思いをさせたくないのだがャ……。」
ミアがそう呟くと、ローム兄妹が泣きそうな顔になってミアを抱きしめた。
ちなみにルーカスとエミリアはピッタリ肩を並べてソファに据わっており、二人の片膝にミアをちょこんと据わらせている。
仲良しか。
猫好きって総じてこんなんなん?
いや、違うだろうけど。
「そういう訳ですから、今回の作戦目標はあくまでシャル様とティガ様の救出です。ボロスの罪に対する調査はしかるべき機関に委ねましょう。」
「しかしセレナ様。その証拠はどうされるのですか。」
「いくら法務機関とはいえ、証拠なくして処罰はできません。」
「それについては……」
私はそういってリリスを見る。
「私が裏帳簿の存在を確認しております。表向きの決裁書に影響しないように慎重に資金を流入させ、その実態を記録したボロスの悪行の証拠となる裏帳簿と資料。それが仕舞われている場所と金庫の開け方についても把握しております。」
凛とした表情で彼女は答える。
「……ウソではなさそうですが、なぜリリィ様がそのような物の存在を?」
ルーカスは急に目つきを鋭くして問いかけてきた。
まぁ零番隊がリリスのことを最重要調査対象としてるのは明白。
そんな彼女が悪人の証拠の所在をしっているなど疑わない方がどうかしてるよね。
「私の生業はかつてとある組織の秘密調査員でした。今は色々あってルミナス教徒としてセレナ様の従者として連れ添わせていただいております。しかし、今でもそれらを可能とする魔具と魔術を有しております。お二人にならそれはご理解いただけるかと。」
誰にも見つからずに単独で社会調査を数十年送ってきた彼女、その手腕と業績を最も的確に表すのであれば、まさに諜報員そのもの。
そしてボロスの悪行調査の根拠とその証拠を証明できる立場も、奴の味方か機密調査員のみ。簡単に所在を明かせぬような裏帳簿の存在を知るものなどそれくらいだ。
だからこの情報開示は避けられない。
魔族であることが露見しなければ大丈夫。
な、はず。
「……なるほど?しかし……」
「リリィ様が敵側の間者でないという保証はどのように。」
「私が保証いたします。ルミナス教の聖女として、世界救済の旅を身命とする身として、リリィ様が敵でないことを証言いたします。」
私はきっぱりと言い切る。
「「……」」
諜報員の立場からすれば、この展開は怒涛の新事実といったところだろう。
特務官として慎重な判断が求められる場面だ。
「みんなのいってること、むずかしいのャ。……でも、ミァもリリ…ィのこと信じてるのャ……」
「わかりました信じましょう。」
「ご安心ください、疑う余地はございません。」
おいこらてめーら。
私の発言に悩んでミアの言葉に即応したな!?
「あの……えっと……?」
リリスもドン引きですよ。
「リリィ様。正確な場所と保管方法について全てご説明願います。」
「我々が緊急事案臨時特務官としてボロス邸を調査し、裏帳簿を確認いたします。そして今回は情報筋による不当な雇用実態と表帳簿の調査という名目で彼らを足止めします。」
おいこらお前ら。
この上なくボロだしてんぞ。
……まぁ良いわ。
もう私の知ったこっちゃない。
たぶん、ミアはいってることちゃんと理解できてないだろうし……猫下僕でも零番隊特務官としての理解力と手腕は本物だし。
「はあ……どうやら私の作戦もある程度予想がついているようですね。」
思わず大きなため息をもらして私は話を次へと進める。
「ローザ嬢の立場を尊重しつつ、ミアさんの御姉妹を救出。さらに帳簿の内容を確認しながらボロスを心胆寒からしめる手段。」
「おのずと限られてくるでしょう。」
「……理解が早いのは助かります。」
「……セレナ様、私はまだ理解できておりませんのでご説明を……。」
「ミァはぜんっぜんわからないのだがャ。てゆーかルーカシュとエミィアはなんなんだがャ?」
二人を見上げながら小首を傾げるミアにボロ番隊特務官が満面の笑顔でなでなでしている。
名前呼ばれた瞬間、ものっ凄い顔でデレてた。
きんもい。
「で、ございましょうね。ならば――」
ともあれ、私が説明せねばなるまい。と口を開き息を吸った次の瞬間。
「ご説明しましょうミアさん。エミリア。書記を。」
「はい、ルーカス。」
「セレナ様、見取り図に書き込みながらで説明いたしますね。」
ルーカスはそういうと私が了承する前に話し始める。
「最も懸念すべき事項はミアさんの御姉様方の安全です。今作戦は緊急事案臨時特務官として亜人保護法違反の懸念がある事を名目に、まず最初にシャル御姉様がたの安全を第一目標と致します。シルバーハートに在留している仲間を招集し荒事連中からお二人をお守りしつつ保護・運搬いたします。治療については聖女たるセレナ様のお力をお借りすることになるかと思いますが、我々はそれについて心配はしておりません。
次いで問題とされるのは、ボロスが証拠隠蔽に走る可能性。これが実行されるとシャル御姉様の安全と健康が確保されたとしても不当な調査による権利侵害と糾弾される可能性がでてしまいます。
これに対応すべく、私とエミリアが即証拠を押さえることが肝要となります。ご安心を商会の雇われゴロツキなど歯牙にもかけません。
連中を牽制しつつ調査を進めるには迅速さが必要になりますのでリリィ様から頂ける情報がある意味最重要情報となります。表向きは正規の帳簿の調査を進めつつ、裏帳簿の確認と証拠の確保を同時進行いたします。
これについても相手に気取られることなく状況を進めることは容易ですのでご懸念は不要かと思います。
ローザ嬢への対応についてはことが終了次第説明をするという形をとらせていただければとりあえずの問題はないかと思いますが、フォローとしてミアさんを含めセレナ様とリリィ様にご協力を頂きたいと存じ上げます。
そして作戦進行手順について。セレナ様にご提示いただいた邸宅の見取り図から算出される最適行動手順については――」
下僕の饒舌が止まらない。
ていうかミアの理解力が拙いことを良いことに言いたい放題なんだけど。
大丈夫かな、コレ。
その後ルーカスは、10分間程かけてリリスからの情報確認と作戦立案の説明を続けた。作戦内容は私が考案していたものとほぼ合致した内容であり、むしろ実践的な視野を有したものでより詳細な内容だった。
さすが専門家といったところか。
悔しくはないが、釈然としない。
本当に大丈夫かな、コレ。
ちなみにミアは一生懸命真剣に聞き入ってたけど、その顔にはずっと「?」が浮かんでいた。当然と言えば当然だが。
リリスは何とか話についていったようだけども……終始あきれ顔だったのが大変おもしろおかしかった。
「以上です。エミリア、作戦評価を―」
「問題ありません、特務官厳守事項抵触要素なし。特権対応可能範囲内と評価します。」
やっぱそういうのあるよね。
で、大丈夫だよ、と。
ほんとかな。
「……よいでしょう。私としても作戦内容について異論ございません。」
「私も……とりあえず大丈夫です。」
「……ルーカシュとエミィア……なんかすごいのだがャ。」
「同感です。」
「恐縮でございます、ミアさん。」
「さすが兄さん。」
説明の間は見取り図に噛り付いていた二人だが、ミアの感想を聞いた途端にソファに戻って再び彼女を抱えると仲良く座ってしまった。
「エミー。携帯型魔導通信にて現地特務官へ緊急通信。状況は『風』『6の12』『4つ』『臨の5、二二〇三』」
「『風』『6の12』『4つ』『臨の5、二二〇三』、了解。」
そして私たちの目の前で堂々と、謎のやり取りをするローム兄妹。
……たぶんこれはルミナス王国軍秘匿任務専属特殊部隊
通称零番隊における召喚通信連絡だろう。
状況緊急性、作戦要項概容、要求戦力、場所…かしら?
宿を指定したってのはこういう意味もあるのね……。
つまり端的に言うと
『隠す気ゼロ番隊が部外者の目の前で秘匿通信を始めた』
ということだ。
もうしらね。
エミリアが携帯魔導通信具を起動し秘匿通信をしている間、私はお茶のおかわりを淹れ直しに向かう。
私は新しい茶葉の入ったポットにお湯を注ぎつつリリスに思念会話を送る。
『そういう訳だから……まぁいろいろ想定外の事態になりつつあるけども。ミアの姿はリリスが同行して隠しておいてくれるかしら。』
『はーい。わかりました。しかし……なんででしょ。問題要素がまったくなくなったハズなのに……私、不安な気持ちが止まりません。』
『同意するわ。』
『エミリアさんはともかく、ルーカスさんがああなるとは思ってもみなかったです。』
『まったく同意するわ……』
『……猫ってすごいんですね。』
『それはちょっとわかんないわ。』
私は大きくため息を吐き出すと、5つのマグカップをお盆に乗せて運び、ローテーブルへと並べた。
通信を終えたエミリアと、満足げな顔のルーカスがミアと戯れている。
側から見てると、すんごく微笑ましい情景。
ただまぁ……信仰の象徴と狂信者に見えなくも……
……ないか。
それはないな。
うん。
さ、気をしっかりもって!
シャルとティガをきっちりと救出しなきゃ!!
動物愛護は行き過ぎると宗教になりますので
狂信者はあながち間違いではない
履き違えぬよう生きていきたい
犬は友、ネコは神
そんだけだ




