第十三幕 「覚悟」
強いって何だろう。
力がなければ何もできないのはわかる。
でも力だけあっても意味がないのもわかる。
じゃぁ……力が無くても強くなれるのかな。
「クソザコが寄って集って立ち向かうってのはよ!いっちゃんこえーんだよ!」
幼いミアに授乳を終え、とんとんと背中を優しくたたきながら何か声をかけているシャル。ティガも慈愛に満ちた眼差しを向け「けふっ」とげっぷを終えて大事な役目をこなしたミアの頭を撫でている。
どう見ても同じ氏族とは思えない3人。
どう見てもただの姉妹とは思えない3人。
だが、どう見ても家族としか思えない。
周りの猫人族も微笑ましい笑顔でミアを見つめている。
ミアは灰色を基調とした虎模様。
シャルは純白の長毛。
ティガはやや薄い茶色の虎模様。
肌の色も違うし、目の色も違う。
他の猫人族も同じだ。
美しい漆黒の毛並みや、白と薄茶の毛並み。小柄だがしなやかな体つきの男女、黄色と黒の虎模様に筋骨隆々の男性もいる。白い肌、黒い肌、褐色の肌、黄色い肌に三色斑模様の毛並み。
十数名ほど共通する氏族らしき団体もいるが、逆に数人しかいない氏族もいる。どうやら猫人族の単一氏族の集落ではないようだ。
だがミアと同じ毛並みの氏族は見当たらない。
「ミァは……父ちゃんと母ちゃんを知らないのャ。だからシャル姉たんは、最初ミァの母ちゃんだったのャ。」
いつの間にか目を開けていたミアが、目の前の景色を複雑な面持ちで眺めている。
「ティガ姉も姉たんと一緒にミァのこと面倒見てくれたのャ。ミァが育つまでずっと一緒にいたのだャ。」
仲良く3人身を寄せ合いつつ、集落の皆で食事をとる猫人族たち。
「この頃は、まだ周りの仲間もミァに凄く優しくしていてくれたそうだャ。」
悲し気な口調でぽつりと、どこか他人事のように小さく零す。
「女神さまは凄いのだがャ。ミァこんな昔のこと全然覚えてないのャ。」
自分でも覚えてない景色、だが確実にあったと信じられる景色なのだろう。
懐かしいような、それでいて悲しそうな笑顔。
乳飲み子の頃を覚えている者などそうはいるまい、短命種であり人族の半分程の寿命である獣人族も同じだ。おそらくは十年に満たない、7~8年前の景色なのだろう。
「貴女の氏族は……同じ猫人族は他に居なかったの?」
おそらく彼女にとっていろいろな意味で辛い事実。あえて私はそこに触れる質問をした。
「居なかったのャ。父ちゃんと母ちゃんは人さらいに遭ったって、誰かから聞いたことがあるのだャ。他にもさらわれていった仲間がいっぱいいたって聞いたのだャ。
ミァがいたのは……そういう家族を失ったひとたちで助け合って生きている仲間がいっぱいいたのャ。それでも、同じ氏族がいるのがほとんどだったけど。……ミァだけは本当に独りぼっちだったのャ。」
やっぱりそうなのか。
「シャル姉たんとティガ姉はそんな私を大きくなるまで育ててくれたのャ。」
「シャルやティガの家族は?」
我ながら……なんて不躾な質問だ。
あのざまを見ていればだいたいの想像はつく。
でも知っておきたい。
「……ティガ姉は……自分以外の家族を小さいころに失ってるのだャ。戦うのが得意な氏族だから、小さな戦争に参加して……死んじゃったって言ってたのだャ。
姉たんは……自分の子どもをさらわれて、探しても探しても見つからなくて、ずっと探したけど……諦めちゃって。ある日一人ぼっちのちっちゃいミァを見つけて……そこから、母ちゃんになってくれたのャ。」
つまりミアもシャルもティガも、不幸により家族を失った一人ぼっち同士ということだ。そして我が子を失って間もなかったシャルはミアの乳母となり、似たような境遇だったティガも加わり3人は血のつながらない家族になった。
そういうことなのだろう。
「……辛い過去があったのに、3人とも頑張って生きたのね。」
私はそういうのが精いっぱいだった。
「……二人がいなかったら、ミァはっ……!たっ、多分死んでたのだャ!だから……ミァにとって!シャル姉たんとっ……ティガ姉は……母ちゃんと父ちゃんなんだがャ…っ!」
ミアの声がだんだんと涙声になり、しゃくりあげるように途切れ途切れで話す。必死に涙を堪えながら、それでも彼女は話し続けた。
「だがっだがら!今度は!ミァが二人を助けなきゃ!!なのにィ!!ぞれなのに、ミァは!!」
堪え切れなくなり、ぽろぽろと涙を零しながら彼女は嘆く。
自らの不甲斐なさを。無力さを。
「安心なさい。必ず貴女の家族を助け出すから。でも、ミアにだってちゃんと手伝ってもらうんだから、泣いてなんかいられないわよ。」
私は力強く励ますと同時に、彼女を厳しく叱咤激励する。
この家族思いの弱虫を立ち上がらせるためにはやさしさだけじゃだめだ。
そう思ったからだ。
「でっ……でも。ミァ、何にもできないのだがャ!じゅうかも出来ないから!だから皆に見捨てられてっ、なのに!二人はミァと一緒に来てくれて!!そのせいで二人は大変な思いを!!」
あぁ……やっぱり、そうなのか。
この子がこんなにも自虐的な理由。
獣人族の固有能力、広義の意味で種族魔法と呼ばれる想いの力。
『獣化』
亜人の中でも獣人族だけが持つ、生物因子の意図的な活性化、あるいは超短期的先祖返り。それと同時に筋力や瞬発力、五感を含めた超感覚の取得。
人間の体格をそのままに野生動物並みの身体能力を手に入れる、獣人族の多くが戦闘に向いているとされている理由の一つがコレだ。
単純なフィジカル強化の他に、五感の強化によって得られる様々な恩恵。
ある意味、私の『理力』にも通じる驚異的な先天的身体能力。
これを常用できない獣人は、現代社会において碌な仕事のできない単に持久力すらない貧弱な者とされてしまい……同族から落伍者の印を押されてしまう。
一部の温厚な獣人族に見受けられる社会問題の一つ。
表立ってそれを非難する者は居ない。
だが公然と潜在する社会悪。
「劣等種への差別」
……知ったことか。
それは私が彼女を助けない理由にはあたらない。
「だから何よ。」
だから私は彼女に対しても言ってやる。
「あなたはそれでも悪漢から必死に逃げ延びて、私たちへとたどり着いたの。偶然だとか、たまたまだとかはどうでもいいわ。」
私の厳しい口調と何を言おうとしているのかが理解できないのか、ミアが困惑の表情になる。それでも私をじっと見つめている。
相変わらずボロボロと涙を零しながら、それでも自分へと向けられる言葉に必死に希望を見出そうとしているんだ。
「貴女が家族を助けるのを手伝って欲しいと言ったから、今ここに私たちはいるの。貴女が諦めなかったから貴女はまだここにいられるのよ。
貴女が死ぬ気で頑張ったからこの状況は生まれたの。
そんな貴女を私は認めるわ。間違いなく強い者だと、意志ある者だと。全力を賭して救うに値する、尊重すべき気高き魂であると。
他の誰が何と言おうと、私は私の意思に従い貴女たちを助けるわ。
その為に必要な……一番大切なこと。
貴女は『どう在りたい』の?」
ミアがハッとしたような表情になる。
「ミア。二人を助けなきゃ。そのためなら自分に出来ること……」
「何でもやるのャ!!」
真っ赤に腫らした瞼、涙と鼻水でぐずぐずの顔。
だけどもう目は決意に染まって強い意志が宿っている。
「……よく言ったわ。その覚悟があれば私の力は貴女を助けることができる。その意思があれば私の力で貴女は今を超えられるわ。
……やれるわね?」
そういった私の厳しい視線をまっすぐに受け止め、強く頷くミア。
彼女の目に宿る光、強く脈打つ鼓動、落ち着きつつある呼吸。
覚悟を決めた者の強烈なマナをミアが纏っている。
これなら大丈夫。
そう思えた。
私は安心してミアから視線を外し、正面へと向き直った。
そして対面にいたリリスを見てビビる。
ミアとは比較にならないくらいの涙と鼻水でぐちゃぐちゃの顔。
顔をしかめてはダメだと言わんばかりに見開いた目、嗚咽を洩らすまいと必死に口を堅く結んで、それでもとめどなく溢れ出る思いに顔面ずぶぬれのリリス。
なんともまぁ……かくも見事なもらい泣きか……
『リリス。泣き崩れたりミアを抱きしめたりするのを我慢したのは誉めてあげるから。その顔は何とかしてくれるかしら……まだ夢見で知りたいこともあるのよ?』
思わず呆れた顔で思念を送ってしまった。
「あ゛い!」
リリスは鼻声で元気よく返事をすると、手品のようにハンカチを取り出すと「ぶびー!」と豪快に鼻をかむ。
どっぷりと水音を響かせながら、顔面の始末を終えると。
スッキリした元通りの顔に戻るリリス。
夢見の主導者のリリスなら、鼻なんてかまずに元通りに出来たでしょうに……ある意味これも演出なのかしら?
ってゆーか思念で返事しろい!
不自然やろがい!
「良いでしょう。ミア、貴女の宝物と守るべき未来はしかと見届けました。さあ、次に識るべきことを思い描きなさい。
貴女の立ち向かうべき試練、打ち砕くべき壁、振り払うべき暗雲。
その者とその場所を思い描くのです。」
リリスの醜態を見て、少しだけおかしそうに笑うディダ。
彼女は再び柔らかな表情に戻るとミアに次の情報を促す。
「ミア。私たちが戦うべき相手を思い浮かべて。ボロスとその手下たち、その屋敷にいる人で、貴女が敵だと思える人たちよ。
考えなくていいわ、ミアの直感で良いの。」
私はディダの言葉をミアに簡潔に伝えるとともにアドバイスを加えた。
この子は自虐的であるがゆえに周囲の敵意に敏感だ。
それゆえに彼女が感覚的に敵だと思える者たちは注意した方が良い。
私の言葉を聞いたミアはしっかりと頷くと再び目を閉じた。
『さ、リリス。頼んだわよ。』
『はい!任せてください!』
そう言って彼女も目を閉じる。
直後には周りの景色が紫煙となって霧散した。
そして目の前に広がる何もない漆黒の空間。
見えるのは私たち4人とテーブルと椅子だけ。
不思議と恐怖のようなものはない。
むしろ安らぎと心地よさを覚える闇。
そしてミアの背後にある闇の向こう側に霧の様に紫煙が漂い、それが霧散すると同時に大きな屋敷が姿を現した。
豪奢な作りと成功を誇示するかのような装飾。
一級品の素材と技能によって建てられた建造物だと一目でわかる、とても立派で威厳のある佇まい。
これがボロスの屋敷……
ていうか、すげーでっかいな。
ちょっとした大貴族の屋敷並み。
ボロスの束ねる商会の大きさを物語るかのような豪華な建物。
「いいでしょう。ミア、目を開けなさい。そして振り返るのです。」
ディダの言葉に従い目を開けたミアは、おそるおそる振り返る。
彼女の背後にそびえたつボロスの屋敷。
ミアはそれを見た瞬間、ほんの少しだけ息をのみ、緊張した様子になる。
「安心なさい。これは女神ディダ様の力によって作られた虚像。貴女の記憶の奥底にある情報によって再現されただけの幻よ。」
私はそう言って椅子から立ち上がる。
「さ、案内して頂戴。貴女が知っていること全部。どこに誰がいて、貴女の家族が療養している所。知ってる範囲で構わないわ。あ、ついでにローザ様のお部屋もね。
……リリス、行きましょ。」
「はい!ご一緒します。」
そういってリリスは立ち上がると、未だ座ったままのミアの隣に立つ。
「大丈夫ですよ。セレナと私が一緒ですから。」
そう言って笑顔でミアを促した。
ほんの一瞬だけ躊躇したミアだったが、キッと強く眉を結ぶと力強く頷いて立ち上がり、自ら先頭を切って歩きだす。
「私はここで貴女達を待っています。しっかりと見て話し合ってきなさい。」
ディダは座ったままそういうと、ゆったりと椅子にもたれかかる。
彼女が纏うマナに僅かに残る少しだけ不安そうな気配、だけどしっかりとした足取りでミアは屋敷の入り口へと向かっている。
そんなミアを気遣いつつも一歩引いた隣を歩いているリリス。
彼女もまたミアの一人立ちを必要だと理解し、彼女を気遣っている。
良い気迫じゃないの、ミア。
その調子よ。
リリスもさすがね。
私はほっと一息安心したかのように息を吐く。
ディダに一瞥の笑顔を向けたあと、直ぐに二人を追いかけて歩き出す。
月影の女神は一人、満足げに三人の背中を見送った。
さて、ミアちゃんの覚悟
とくとご覧いただこー
めっちゃ凄くしよ




