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救済の聖女のやり残し ~闇と光の調和~  作者: 物書 鶚
第二章 次なる場所
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第十二幕 「月影の間にて」

肌を撫ぜる平原の風。

草の香り。夕焼けの景色。

心安らぐ温もり。優しい手のひら。


「わたしの知らない、わたしの大切な宝物。」


見渡す限りの白い空間。


広さも高さも解らない。奥行きがあるのかないのかそれすらも感じられず、ただひたすらに白い場所。


その空間には一つの扉があった。


造りはシンプルで白を基調に金の装飾がなされた木材とも石材とも金属ともとれるような不思議な存在感。見るからに神聖な雰囲気を漂わせる扉。



私とリリスとミアは白い空間にある、その扉の前に(たたず)んでいた。


私を中心に左後ろ側にリリスが、そのリリスにしがみつくようにしながら私と彼女の間にミアが立っている。

ミアはリリスに縋るように抱き付いており小さく震えている。この空間の異様な雰囲気に気圧されているのか、それとも完全に怯えてしまっているのか、耳と尻尾はへたり込んですっかり意気消沈といった様相だ。


まあその抱き着かれているリリス自身も割と唖然とした様子なのだけど。自分のことで手一杯のミアは、そのことに気付けていない。


ということはこの空間の『演出』は()()()()()()()ね。



『月影の語り場』もとい『夢見』に入って目を開けた時、私たちは本当に何もない白の空間に、ただぽつんと立っていた。


順番でいうと。リリスが最初に居て、続けて私がここに来て、最後にミアが現れた。ミアがこの場に現れた時は、風のように身体を吹き抜けながら流れる小さな威圧感が肌を撫ぜた―と思った次の瞬間、瞬きの間隙を縫うようにミアがそこに居た。


すごく不思議な感覚。


ミアは出現後に目を開くなり毛を逆立てながら怯えだしてしまい、すぐ後ろに立っていたリリスに気が付くと迷いもせずに抱き着いた。


で、リリスはリリスで完全に唖然としており、ミアに抱き着かれた時もそのことに気付いていないかのように立ち尽くしていた。


一応『夢見』の主導者なんだから、もうすこししっかりして欲しいものなのだけど……まぁこの雰囲気では仕方ないのかもしれない。



そんな二人を傍目に次は何が起きるのかと私が周りをぐるりと見回し、それに倣うかのように二人がきょろきょろと周囲を見回すころには……やはりミアの出現時と同様に、ただの小さな威圧感を感じたかと思うと、気が付けば扉がそこに在ったのだ。



『お待たせ。準備が出来たから扉から入ってきて良いよ。ボクも協力するから、二人ともちゃんと合わせてね。』


私たちが手をこまねいていると、ディダからの思念会話が来る。

用意が出来たからこいとのことだが……私はリリスの方に向き直り、彼女の反応を確認する。


目をパチクリとさせてキョトンとしたままの彼女。


『リリス、ディダからの思念は届いた?』

改めて私から彼女に確認をしてみると、ハッとしたかのような表情に切り替わった彼女がうんうんと慌てて頷いている。


どうやら『夢見』の空間内ではリリスにもディダの思念が届くようになったようだ。先日の『対の指環』の機能開放による思念会話の延長上ということだろう。


いっそのことリリスにも現実世界でも思念会話できるようにしたらいろいろ手間が省けるのに。


『そこらへんは事情があるんだよ。そんなことより、いいから二人ともミアを連れて入ってきて。』

ディダが急かしてきた。


「え、えっと。女神さまから入室の許可が出たようなので……ミアちゃんはついてきてくださいね。」

アドリブであろう振る舞いでやや焦りながらも取り繕うリリス。


「こっ、こわいのだがャ。」

心底怯えた表情のミア。


「大丈夫よ、とって食いやしないから。」

私はそう言い放つと、先に歩き出し目の前の扉を押す。


ドアノブの類は無いし取っ手らしき部品も見当たらない。適当にディダが合わせてくれるだろうと信じて私は迷わず両手で扉を押し開く。

一切の抵抗を感じず、一切の音もせずに目の前の扉がスーっと向こう側に向けて開いていく。



何もない空間に浮いていた扉の向こう側。

まるで宙空に浮かぶ窓枠に切り取られた景色のように、見たこともない景色が広がっている。


大理石のような巨大な石柱に囲まれ、同じ素材の床材が敷かれているのに継ぎ目が一切確認できない。壁は存在せず、石柱の向こうには見たことも無い植物が青々と茂っている庭園のような風景。

蛍のような淡い燐光が漂っている幻想的な庭園。


その向こう側には巨大な雲が立ちこめており雲海のような景色を作っている。遠くに目をやっても地面が途切れたかのようになっており、地平線は見えなかった。海や川によって隔てられているというより、高原の絶壁のような……そもそもあんなデカい雲が目線と同じ高さにあるのはどういうことだ。

そして大きな雲の向こう側は……夜空というか……星のような光が輝く暗い空間がある。


その夜空には信じられないくらい大きくて白銀に輝く満月。


なるほど『月影の語り場』にふさわしい空間だ。



ふと耳にさらさらと小さく水音が聞こえていることに気付き、見ていた方と逆側に向き直ると……滝のように天から落ちてくる水流が目に入る。水が落ちる先には同じような植物が生い茂る中に、透き通って湖底が見えるほど美しい池ができている。


滝のように、と表現したのは……滝の裏側には岩肌が無く、本当にただ水だけが流れ落ちているのだ。風で散ることも無く静かに流れる垂直の水の流れがあるだけ。


ていうかどっから落ちてきてるんだ、この水は。と思って上に視線だけ向けると天井がなくて、雲も見えない。

無限に続く闇と星のような光が広がるだけ、その先がかすんで見えなくなるまでそびえる石柱と幾つかの垂直の水流が見えるだけ。



そういえば風が一切感じられない……。

月明りに照らされる雲は悠然と流れているのに、ここだけは空間が切り取られてるかのような……そんな印象を覚える。



これは……ずいぶん凝ったことをしてくれたわね。


さすがの私も思わず唖然としそうになるが、ミアが居る手前そうもいかない。


「さ、行きましょう。」

私はちょっとワクワクしながら二人についてくるよう促しつつ先を目指す。


石柱が立ち並ぶ先には少し下る段差があり、その先には左右同様に植物が生い茂った地面が見える。地面には石畳の道が続いていて、緩やかな曲がり道になっている。

道の先は植物の陰になっており先が見えないのだが、植物たちより高い白い建築物が覗いているのが見える。多分フォリーか何かだろう。


石柱の回廊を過ぎ、段差を降りて石畳を歩き続ける。

昆虫や小動物の気配が一切ない異様な雰囲気を放ちながら、青々と生い茂る未知の植物と淡い光の間を進んでゆくと、次第に視界が開けてくる。


植物が途切れ、ひらけた視界の先は岬のように地面が切り立っており、石畳だけが続いている。

その石畳が続く先、岬の先端にやはりというかフォリーのようなこじんまりした建物がぽつりと鎮座していた。


造りは簡素で飾り気がないが、扉同様の金の装飾が施されており神聖な佇まいといった感じ。見たところ、あの天まで続く巨大石柱と一緒の石材かな。

白一色の石材には継ぎ目が一切見えない。



フォリーに近づくと、建物の中央に何もないテーブルと椅子が並べられていて、その一つに女性が座っていることに気付く。


長身で美しい肌、緩やかに波打つ金髪、端正かつ女性らしいしなやかな肢体の曲線を荘厳な装飾の施されたキトンで包んだ美しい姿。

とても柔らかく暖かな視線でこちらを見守る青い瞳。


こりゃまた、ずいぶんと化けたわね……。


私は歩みを止めることなくフォリーへと入り、用意してあった椅子の一つへと腰をかける。


表情一つ変えずに私が着席するのを見届けた彼女は、リリスに抱き付いたままでいるミアへと向き直る。


「ミア。貴女も座りなさい。遠慮はいりません。」


美しく透き通った声色。耳から入った音が全身を突き抜け、身体を清めていくのではないかと思わせるような錯覚さえ覚える。

ディダの声が聞こえた瞬間、ミアの耳がぴくりと動き、女神の方へとぴったり向けられている。


なのに彼女はキョトンとしたまま棒立ち。


まるで今聞いた音が、人が発した声だと認識できていないかのような。

とてつもなく美しい何かの音を聞いて、混乱しているかのようだ。


「リリス、ミアに席をご案内して。目の前の席で良いから。」


やはりキョトンとして動かないリリスにディダらしき女性が声をかけた。


「あっ、はい。承知いたしました。」


リリスはかろうじて返事をすると、慌ててミアを目の前の椅子へと押しやり椅子をひいてあげる。

ミアは完全に惚けており、リリスにされるがままだ。目線と耳の向きはディダに釘付けになっている。


そんなにかね?

まぁリリスが作り上げて私に施した究極の美といい勝負なのは間違いない。


でも元のちんまい姿だったディダが持っていた『神格としての雰囲気』に比べると、どことなく違和感がある。


ともあれ、今は話を進めたい。

雰囲気に呑まれ切っている二人を待ってたら何もできやしない。


「リリス。貴女も座りなさいな。話が出来ないわ。」

私はとりあえずリリスを急かした。


「は、はい。失礼いたします。」

いつものほんわかした態度は霧散しており、どことなく緊張した面持ちのリリス。彼女も慌てて残っていた椅子に座る。


かくして女神ディダを上座据えて、彼女の右手に私が座り、私の対面にはリリス。女神の対面にミアが座る形で円形のテーブル席は埋められた。



「それで、セレナ。今回の私への用向きはどういった内容かしら?」


いつものディダは、あどけなさが残る少女の姿と声。そこからは想像できない威厳のある振る舞いと美声。


思わず笑ってしまいそうになるのを堪えながら、私は女神の問いに応えた。


「慈愛と導きの女神ルミナスに使えし敬虔なる信徒、聖女セレナ・ルミナリスがお答えいたします。

女神ルミナスと双璧を成す対の女神ディダ様。『月影の間』へとお招きいただき、語らいの時を設けていただいたこと、こころより感謝いたします。

私は女神ルミナスの導きにより、我が救済の旅路に新たなる出会いと我が身命と賭して挑むべき試練を得ました。」


せっかくだから全力で乗っておこう。


「そうなのね。我が主に使えしルミナスは貴女にどのような試練を用意したのかしら?」


ディダもしっかり合わせてきてる。


ミアは目を見張り、感激と緊張に満ちた表情で真剣に私とディダの会話を聞き入っている。


なおリリスは完全に目が点になっている。

事態が呑み込めてない。


しっかりしろ、夢見の主導者。


「旅路の途、冷たい雨が降りしきる中……己が命が燃え尽きんとする今際の際(いまわのきわ)まで運命に抗い、家族を思う無垢なる魂を見出しました。

己の無力を嘆き、信じるべきものを見出せず、失意に染まりながら。それでも迷い続けながら闇の中での光を信じ歩む者。この者は人の業に安らぎを蝕まれながらも、ただひたすらに家族との安寧を取り戻せると信じ、己の務めを果たそうと奮起する気高き魂の持ち主。


この者はルミナスの慈悲と救いを賜るに相応しい魂と信じております。


我が身命に従い、この者を救うため。女神ルミナスより賜りし我が権能を振るうことをお許しいただき、この者の記憶のかけらを覗く機会を賜りとうございます。」


死にそうになって困ってる子が居たから助けるね!

記憶を参照したいんだけど、リリスの正体バラしたくないから手伝ってね!


というのを場と雰囲気に即してディダに伝える。

無論、ディダはもう全部承知しているのだけども。


「ルミナスの力を振るうことに私からいうことはありません。セレナ、貴女が思うままに全てを尽くしなさい。記憶の件については協力しましょう。

この者の想いと願いを理解し、貴女の務めに用立てるとよいです。」


そう言ってディダはミアへと向き直り彼女を見つめた。


「ミア。貴女の姉妹と、貴女の願いを強く思いなさい。貴女がかつて過ごした心安らぐ時、場所、姉妹の絆。そして目指すべき未来。強く、しっかりと願うのです。」


柔らかい笑顔で女神はミアへと語りかける。

だが当の本人は何をどうしたらいいのかピンと来ないのか戸惑いが目に浮かぶ。


「ミア。目を閉じて頭に思い浮かべるの。シャルとティガと過ごした日々、彼女たちの元気な姿。一緒に遊んだ時や寝ている時の思い出でもいいの。目を瞑り、深呼吸して。そして思い出してみて。」


私はミアにかみ砕いて伝える。

彼女は頷くと、少しだけ不安な表情のまま目を閉じて深呼吸をした。


『リリス。ボクはこの空間を一旦白紙にするから、彼女の記憶を読んでこの場に再現してあげて。』


ディダの思念が私の頭に響く。

リリスにも同様の内容が聞こえてるのだろう。


そう思って彼女の方を見る。


が、リリスは目が点のままだ。

「あれ?ディダさんがやるって話じゃないの?」くらいの表情でキョトンとしている。


おいこらしっかりしろ夢見のプロ。


『リリス、夢見は貴方の権能であり、ディダの演出は貴女の力の間借りよ。ミアの記憶に干渉するのは全部あなたの役目だからね?』

私はちょっと呆れた思いを混ぜつつリリスに思念を送る。


『おわ!そうだったんですか!?ここにきてからの空間構築というか……見たことの無い景色が……ディダさんがいろいろ凄すぎて、今回は私の出番ないなーとかおもってました!!』


『夢見による記憶参照をサキュバスの力だと感づかせない為の協力提案はリリスの案じゃないか……しっかりしてくれよ。』

さすがのディダも呆れている。


『すっ、すみません!今やります!!』


慌てつつも大きく息を吸い込み目を閉じて集中するリリス。


がんばれ、うっかりぽけぽけ淫魔ちゃん。


「良いですよ、ミア。そのまま。願い続けなさい。」

リリスの夢見に干渉可能なディダは、その権能の行使を気取ったのだろう。

彼女はミアに声をかけつつ、身じろぎ一つせずに『月影の間』を消し去る。


一瞬で幻想的な庭園が白一色に戻り、私たちが座っているテーブルと椅子だけが空間に取り残される。


凄い浮遊感。



私はひとり、そんなのんきな感想を抱いていた。






次の瞬間――


私の視界に知らない景色が飛び込んできた。


目の前に広がる見渡す限りの平らな草原。点在する大きな木。

遥か彼方に見える山脈と、沈みゆく夕日。


黄昏時に照らし出され、長い長い影を平原に落とす小さな集落が見える。

木組みと皮と毛織物で作られた移動式住居が、ささやかな柵の中に寄り添うように立ち並んでいる。


そのテントの中央で、焚き火を囲い煮炊きの支度をする者達。

可愛らしい獣耳と揺れるしっぽ。


様々な猫人族が和気あいあいと家族との一時を過ごしていた。



そして私は見つける。


今よりだいぶ幼い……赤子のミアと、彼女を愛おしそうに抱きかかえお乳をあげている白い長毛の猫人族、それを暖かく見守る茶虎模様の猫人族。



ミアとシャルとティガの思い出のひと時。


ため息をつきながらせっせと空間を構築するティダちゃん

絶対に凝り性です

頑張って作った空間を一瞬で消す思い切りの良さもポイント高いね


またどっかで出そう、月影の間

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