断章 「動き出す悪意」
悪い人には正面からぶつかって来て暴れたり。
派手にやらかして怒られたり
結構バカっぽいところがありますね
本当の悪は静かに静かに忍び寄ります
誰にも気づかれず、誰にも覚られず
「あなたのそばにも、きっと何かが静かに…」
あの日の夜の、とある一室。
一人の男が頭を悩ませていた。
司教クラヴィス・モルド
ルミナス王国の国教、ルミナス教の大神殿で、日々信仰の徒として敬虔な信徒である者として恥ずかしくない振る舞いを行い。
また司教として一般信徒の導きとなるべく説法を行っている。
年の頃は四十代、かなりでっぷりとした体格で清貧を誓うルミナスの徒としては違和感は有るものの。
温和な顔と優しく語りかけるような口調はその体格も相まって包容力の有る司教として人気がある。
女神ルミナスの教えを広めるべく日々の努力を欠かさない立派な司教として、ルミナス教布教派の支持を一身に集めている。
実質ルミナス王国大神殿のNo.2といえるだろう。
そんな彼が普段信徒たちの前で見せたことも無い苦虫を潰したような憮然とした表情で一室に佇んでいた。
時折イライラしているかのように歩き回り、頭を掻いてまた考え込む。また歩き出して深い溜め息をついた
-なんとも厄介なことになった。
彼は一人考え込んでいた。
(まさか聖女があの様な行動に出るとは…、予想もしとらんかった。王が最初に提案した褒美の内容については、いずれ神殿の高い地位に就く事は予想していたことだ。
それまでに懐柔するか取り入るかして布教派の役に立ってもらうつもりだったが…。まさか旅に出るとは…。)
おそらく彼女は旅先で女神ルミナスの力を行使し、民に対して様々な救済を施すだろう。
それは間違いなく起き、そうなれば彼女への信奉者は増え結果として彼女の支持者となるだろう。
あの小娘にはそれだけの力と実績と人気がある。
聖女セレナ・ルミナリス…。
女神ルミナスの奇跡をその身に宿す聖女として、あのクラレアとかいう尼僧を筆頭に多くの信奉者を得ている。加えてここの大神殿で最高位にいるマティアス大司教の義理の娘。
魔王討伐を成した聖女と仲間のうち、勇者レオンと大魔道士ソフィアはその功績により与えられた地位によって、いずれこの地における権力者の一角を成す事になるのは想像に容易い。
聖女セレナもまた、いずれその権能と人気により神殿における高い地位を得ることは予想していた。
しかし国王の褒美によりすぐさま高い地位に就くことが示されたときは驚き、そして焦った。
だがしかし、それならソレで近場に居続ければその力を利用し自らの地位を高める事に役立てる事もできたろうし。
そうでなくても小娘を取り込む事などいかようにも出来たはずだ。
難しいことでも無い、そう思っていた…が。
あの小娘が一人旅に出て旅先で救済を成すとなると、そうもいかなくなってしまう。
自分の力の及ばない所でアレが自身の人気を高めていけば、その恩恵を預かることは難しい。それどころか義父である大司教マティアスめの支持にも繋がりかねん。
布教派として世界に信徒を増やし、自らの地位を高めるべく活動している自分にとっては面白くない展開だ。
いずれマティアスに取って代わって、この大神殿の責任者としての地位を得ることを目的の一つにしていたクラヴィスにとっては実に不都合な流れなのである。
イライラしながら彼は私室の一角にある机の上の盃を手に取り、中に注いであった酒を飲み干した。
…このまま座していれば、いずれ自分の障害になる…。
そう判断した彼は盃を置いて私室の角に向かう。
彼の目の前に小さな窓の様な木製の枠と、枠に合わせた取っ手付きの木の板が蓋となって、壁に備え付けられていた。
「…指令を出す、聖女セレナの動きを監視して逐一報告せよ。
例の奴らに依頼して情報を集めさせるのだ。多少金がかかっても構わん。徹底して追跡と情報収集を行うのだ。…ただし、決して接触はするな。良いか。」
こう言い放つと、小窓の奥からくぐもった声で返事があった。
「承知しました、手配します。」
クラヴィスはそれを聞くと頷いて小窓の蓋を閉じた。
—とりあえずはコレで様子を見よう。
こうしておけば何か有った時に後手に回ることもない。
付け入るスキがあれば、あるいは…。
そう思った彼は、誰も居ない私室を見回すと、再び盃に酒を注いでその中身を一気に飲み干した。
お話の始まりは素敵にドラマチックな方が良いですが。
やっぱり悪役の登場は欠かせません。
さぁ登場人物は揃ったのか、あるいは未だ居るのか!
それは「かみのみぞしる」




