第十一幕 「個室で食事とお話を」
いつも怒られてた。ちゃんとお風呂も入れって。
毛づくろいダケじゃダメだって。
煩わしかった。でも今なら理解できる。
自分は凄く愛されていたんだって。
この人たちも私を本当に心配してくれてるって。
「だからこそ、臆病な自分が嫌なんだ。」
上品な調度品と装飾で彩られた格式高いレストランの個室内に、カチャカチャとカトラリーの音だけが静かに響いている。
最高級、と言わずとも。値段相応に手の込んだ料理の数々がテーブルの上に並んでいる。たっぷりの香辛料が使われた肉料理、柔らかく脂ののった魚料理、湯気の上がっている透き通ったスープからは芳醇な香りが漂い、瑞々しく色とりどりの野菜が輝いたサラダは山もりだ。お酒は断ったので果汁を使ったさっぱりした飲み物が幾つか用意されている。
食後にはデザートも出るそうだ。
マナーを気にせずに食事と会話に集中できるよう、店側からの気遣いが行き渡った個室ならではの食卓。
しかしながら会話が弾んでいる様子はなく、黙々と食事が続いている。
豪快な肉料理を堪能していた手を止め、私はナイフとフォークを皿の上に置き、果汁を一飲みしたあと口を開く。
「いい加減に機嫌を直しなさいな。」
魚料理をたんまりと口に頬張り、さらにふくれっ面のままのミアに対し、私はため息交じりに声をかける。
食べづらくないのかな、それ。
「ミァ、赤ちゃんじゃないのだがャ。」
しっかりと咀嚼して飲み込んでから、ミアが口を開く。
お行儀は良いね。
だけど怒気の籠った目に「ギッ」と力を入れてこちらを睨んでくるミア。
ちょうこわい。
「そうね、赤子というより悪ガキだわ。」
「身体くらい自分で洗えるのだがャ!」
「お湯を被るたびに悲鳴あげて暴れたじゃない。」
「セレナ―?あんまり意地悪言っちゃだめですよー。」
おかんが怖い。
「ひどいのだャ。毛の奥どころか、あんな所まで洗うなんて。そんげんのはかいだャ。」
「別に気にするほどのことじゃないわよ。」
「そうですよー、ミアちゃん。セレナだってこのあいだ、寝てる間に私とメイって子に身体の隅々まで洗われてるんですから。」
「ふャ!?」
「え?」
何それ初耳。
「ぐでーんってなってるセレナを私が丁寧に丁寧に洗いました。余すところなく。」
「ひャ……」
「は?え?」
つまり、ソコやらアレやらを?
「ふにふにのつるつるでした。玉の肌だーってメイと話してましたよ?」
さも当然のことをしたまでですが?くらいの口調でリリスが話している。
自身の体からサーッと血の気が引いて体温が下がるのを感じる。
純朴淫魔と鈍感天才に汚された……
「……あれ?」
私何かやっちゃいました?
みたいな顔でキョトンとしているリリスを、私に負けないくらい青い顔でミアが見つめている。
「おそろしいのだがャ。寝込みを襲って身体を好き勝手するなんて……そんげんはかいの鬼がいるのャ。」
「もういいわ、触れないでちょうだい。……悪意がないだけマシよ。」
「その言い方だとミァに対しては悪意があることになるのだがャ?」
「……はぁ。」
私はミアの非難の眼差しをスルーして大きくため息を吐き出す。
「あの……ダメでした?」
「別にダメではないけども。デリケートな問題なのでお気遣いいただきたいところね。もしリリスが意識のない時に私に身体の隅々まで丁寧に洗われたらどう思うかしら?」
答えはおおよそわかっているのだが、僅かな希望を胸に分の悪い賭けに出てみる。
「えーと、大変お手数をおかけしましてー……ありがとうございます?」
だよね!
予想通り、顔色一つ変えずに状況を受け入れる旨を表明された。
ほんっとにこのサキュバスの認識は!どないなっとんね!
「おっけい。私の負けよ。今後ともお手柔らかにお願いするわ……。」
「はい。お願いされました……?」
いまいち釈然としないリリスが小首を傾げている。
こと細やかに説明するにはちょっと下品なので、この話は止めにしたい。
「お、お願いするのかャ……。」
「世界には色んな価値観があるのよ。気にしたら負けなの。」
私はそう言うと、食べかけだった料理に再び取り掛かる。
「ミアちゃんも、あなたのために頼んだ魚料理ですから。遠慮なくいっぱい食べてくださいね。」
悩むほどのことでもないと判断したのだろうリリスは満面の笑顔に戻ると、ミアに食事の続きを促している。
シルバーハートはルミナ大陸北部中央に位置する内陸都市なので魚介類は贅沢品。メニューを見て目を輝かせていたミアのために、リリスが魚料理を注文したのだ。
「うャ!」
素直に良い返事?をしつつミアは三匹目の魚料理に取り掛かる。
ま、機嫌が悪いというよりかは、不服を主張したかっただけみたいだし。驚愕の事実でうやむやになったから良しとしましょ。
いくらか穏やかな雰囲気を取り戻した室内。
先ほどよりも少しにぎやかになった食卓。
料理を楽しみつつも……どことなく不安が漂い続け、そこはかとない緊張感と焦燥感を残したままの食事は、その後つつがなく進められていった。
「さて、腹ごしらえも済んだことだし。宿に戻る前に少し話を進めておきましょうか。」
食後のデザートを楽しみ終わり、食後のお茶をふーふーと一生懸命冷ましているミアに対し、私は改めてそう切り出した。
「今まで聞いたミアの話をいったん整理しようと思うのだけど。どこか間違っていたら教えてね。」
そう言って彼女に視線を送ると、真剣な表情と眼差しで頷き返してくる。
良い顔だ。
「ではまずは目標についてね。……ミアの家族であるシャルとティガが商人によって卑怯な手段で不当に囚われている可能性がある、この証拠を見つけて彼女たちを解放することが一つ。
そして現在昏睡状態にあるというシャルの治療がもう一つ。これについてははっきりとしたことは言い切れないけども、不治の病でもない限りは私が治してみせるわ。
契約上、シャルの病状が回復してしまえばミアもティガも自由になるはずだから、無理やりにでもシャルを治療してしまえば諸々の問題は解決。
と、言いたいところだけども。
今現在のミアの状況は少々面倒なことになっているのよね?」
ここまで話終えた私は、改めてミアに確認のために話を振る。
「うャ……。多分、ボロスの手下が適当なこと言ってミアが逃げたって報告してると思うのだがャ。ローザお嬢様は優しい方だから、悲しんでるかもしれないかもだけど……正直、ミァは次何したらいいか全然わからんのだがャ……。」
ミアのいうことはもっともだ。
しかし、ローザという子の性格次第では大した問題ではないと思う。
むしろ危惧すべきはミアの姉たちの方。
ボロスの手下が話していたという、シャルとティガとミアの分断計画。
十中八九、ボロスがミアを手に入れて娘のローザのものにするための画策であることは間違いない。それと同時にシャルも何かしらの手法により木偶人形に仕立て上げて好事家に高値で売り渡す。後は適当な理由をつけてティガにもシャルを救うための労働契約……戦闘奴隷の真似事か、傭兵か。あるいはもっと酷い使い捨ての戦闘員か。
何れにせよ、シャルもティガも何かしらの目的により囲い工作の対象となっていると考えていいだろう。そういう意味では、一人娘の相手役程度で収まっているミアよりも彼女たちの方が立場的に危険だ。
「ミアに話を聞かれたボロスの手下たちについてはあまり考慮する必要がないと思うわ。一人娘のためとはいえ、望みを叶えるために法的にほぼ真っ黒なあくどい手法で獣人族を囲いこもうとするのは、相当な子煩悩か恐れ知らずのどちらかよ。ミアがローザを嫌っていないということは、その子自体はむちゃくちゃ我儘な子ってわけでもないんでしょ?」
「うャ……ローザお嬢様はミァをずっと離してくれないけど……凄く優しく気遣ってくれているのャ。」
「そういう子は大事なお友達がいなくなったら悲しむかもしれないけども、我儘で高飛車じゃないようだし……逆恨みしてミアの立場が反故になるってことはないと踏んでるわ。」
私もリリスも、ミアからの話を聞いていた当初はローザという娘が我儘でミアのような猫人族を欲しがっていたのではないかと予想していた。
自分好みの人形やぬいぐるみを可愛がったり着せ替えたりして楽しむ。小さな女の子特有の庇護欲から来る我儘。ともすれば甘やかされて育った大商会の娘ともなれば、ねじ曲がった情操教育から発生する行き過ぎた支配欲。
まぁありきたりな「我儘お嬢様」なんじゃないか、と予想した。
だがミアの態度や話を良くよく聞くと、ローザ自体は非常に良い子に思えてくる。ミアをお人形のように可愛がるのは同じだが、どうもミア自身が嫌がるようなことはしていないっぽいのだ。
となれば、ボロスの商会組織内においてローザはとても大事にされているはず。そんなお嬢様の大切なお友達がいなくなったとなれば……下手を打った手下どもは正直に話せば処罰されかねないだろう。
ミアの立場が危険ではない理由はこんなところだ。
無論、ボロスが自らの不法が露見することを恐れてミアを消しに来る可能性はある。だが、それを実行するのは本当に最終手段だろう。
現代において。猫人族に限らず「獣人族を手中にする」ということは滅多に機会がなく、さらに色々な制約の壁が存在するという非常に困難を極めることなのだ。ミア達のような境遇の獣人族を都合良く囲める機会など、万に一つもない話。
そんな希少な存在、貴重な商機を。大商会を束ねる豪商が逃すわけがない。
何れにせよけったくそ悪い話ではあるのだが。
とにかく私はこれらを根拠に、ミアの現状における立場予想を説明した。
私の話を聞いたミアは特に異論はないと言った感じで納得していたし、リリスは相変わらず感心した様子。
二人共納得しているし、自分としても的を射た内容だと思っている。
絶対ではないけども。
「……セレャは凄いのだャ。」
感心したかのような口調でミアが呟いた。
「そうです、セレナは凄いんです。」
何故かドヤ顔のリリス。
まぁ悪い気はしないのだけど。
でもまあ、これから提案することを考えれば……
「何いってんの。一番すごいことをするのはリリスよ。」
そう言わざるを得ない。
「はぇ?どういうことですか??」
突然名指しで凄いことをすると言われて目が点になるリリス。
「作戦の中核を成すのは貴女よ、リリス。ボロスから証拠を手にれるにしても、シャルの治療をするにしても。貴女の能力が最重要ってことよ。」
私の発言の意味する所はもちろんリリスの『夢見』の力のこと。
貴女の能力、のくだりで私の意図する所を理解したのか、リリスが「あ、なるほど。そういうことか。」みたいな腑に落ちた顔になる。
「おー……?リリシュも凄いのかャ?」
「正直、私なんか足元にも及ばないくらい凄いわね。」
「セレナがそう言ってくれるのは嬉しいですけど。流石に盛り過ぎでは?」
「あら。忖度なしに本気でそう思ってるわよ?」
「もー!褒めたって何も出ませんよー?」
リリスが凄く嬉しそうに相好を崩し、うねうねと身体をくねらせながら照れている。
ちょっと動きがキモい。
「ぐたいてきに、リリシュは何をするのだャ?」
ミアが当然の疑問を投げかけてくる。
『リリス。ミアにどこまで話すかは、貴女に任せるわ。もちろん『夢見』でボロスから情報を抜くのは手伝うし、ローザとミアの関係についても一応調べておきたいの。手を貸してくれるわよね?』
私は思念会話でリリスに確認する。
『もちろん、お手伝いします。ミアちゃんには……ちょっと体験してもらおうかな。それが一番実感が得られるし信頼してもらえると思うので。』
「んー、どう説明したらミアちゃんにわかりやすいかなぁ。」
リリスが思念会話と同時に、わざとらしい仕草で悩んでる風を装う。
『いつぞやにメイと話した、魔族とバレないようにする工夫はしてよ?』
『はい!大丈夫ですよ!』
元気良く思念を送ってくるリリス。
まぁバカな子じゃないから大丈夫だとは思ってるけども。
「わかりやすく言うと……実は、セレナは女神の使いでして。」
リリスがなにやらバカな事を話し始めた。
「セレャはるみなすの聖女さまだがャ?」
「そうです。そして私はルミナスの女神様とセレナに使える従者です!」
おい、大丈夫か。
何がどうなるんだこれ。
「おー……聖女さまと女神さまとじゅーしゃしゃまャ。」
舌回っとらんがな。
「はい。この後、私に与えられた従者の役割として、聖女セレナと女神ディダ様の『月影の語り場』にミアちゃんをご招待します!」
女神ディダ様と来たか……多分間違っちゃいないんだけど、リリスは無意識というか、わかってないでやってんのよね……。
そして『夢見』改め『月影の語り場』か。
嫌いじゃないわ。良いセンスね。
てゆーか。
ディダ、あんたこの後リリスに使われるわよ。
『セレナ。ディダさんにいい感じの女神様になれるか聞いてみて!』
ほら来た。
『この間セレナの姿を変えた時の、究極の美とかがオススメです!』
しかも推薦付きときたもんだ。
ちゃんと応じてあげなさいよ?
『……ボクとしては雇い主から賜った姿を弄るのは気が引けると思ってたんだけども……どうやら問題なさそうだよ……。』
別の思念会話で、ディダの不満げな答えが返ってきた。
おやおや?これはどうなるんだ??
全く予想がつかないぞ。
「つきかげのかたりば……かャ?」
『どうやらディダも快諾したみたいよ。夢見で口裏合わせてくれるって。』
『ありがとうございます!』
「はい!とても素敵な夜になるかと!!」
何やらウキウキのテンションでリリスが説明をしている。
やっぱサキュバス的には大好きなんだろうね。『夢見』に誰かを招くのが。
ともあれ、今宵は色々と荒れそうだ。
おもろくなってきたぞぉ。
可哀想な猫耳少女を助けるために作戦を練るセレナとリリス。
カギとなるのはサキュバスの権能、夢見の力!
さぁ、悪いやつの腹の中をしっかりチェックしてやるんだから!
次回「夢見あらため月影の語り場にて」!
ディダちゃんスタンバイ!
なんだこれ




