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救済の聖女のやり残し ~闇と光の調和~  作者: 物書 鶚
第二章 次なる場所
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第八幕 「亜人・獣人種」

おしごとだから。

むちゃくちゃにされてもがまん。

にがてなたべものもがまん。

お水こわいけどがまん。

頑張ってがまん。


「でも、私はこの人を嫌いではないんだと思う。」


「つまり。貴女の仲間の一人であるシャルという子が、旅の途中で突然倒れて、それを偶然見ていた金持ちが高額な治療費の代わりに、貴女とティガを雇って色々と仕事をすることを交換条件にしてきた。という事ね?」


私たちはミアから事の経緯を聞いているところだ。


ちなみにミァじゃなくてミア。

ミア・アシュアだそうだ。字で書いて教えてくれた。この子の舌っ足らずな喋り方で勘違いしちゃった。


「うャ……シャル姉たん、元々そんなに身体は丈夫じゃなかったんだけど……シルバーハートに着いて直ぐに倒れちゃったんャ。」


「獣人族の方は特定の病気に非常に弱い、という話をどこかで読んだ記憶があります。確か……種族の特徴を調べた本だったかな?」


「そうねぇ……リリスの言う通り、獣人の中には特定の能力に秀でてる反面、ありきたりな病気で簡単に瀕死になってしまうって話はあるわね。」


俗に言う……いやこれ俗世の情報じゃないわ『知らない知識(ディダの入れ知恵)』の方だ。

それによると遺伝子的に極端に耐性のない、物質あるいは病原菌による症状。つまり「遺伝疾患(いでんしっかん)」だとか。つまるところ、生物として先天的に脆弱性(ぜいじゃくせい)があるって事だろう。

シャルと呼ばれている猫人族がどんな氏族かはわからないけども、大いにあり得る話なのだ。


だが、私の印象はちょっと違う。


なんていうか……びっくりするほど胡散臭(うさんくさ)い。

と思ってる。


「シルバーリーフに来て数日で体調を崩す」これはいい。慣れない環境で体調を崩すなんて事は珍しくもなんともない、問題はその後だ。

「たまたま居合わせた金持ちが治療の代わりに交換条件を持ちかけてミアを働かせている」というのが死ぬほど胡散臭い。


獣人族という特殊な環境下にある彼らを「商品」として見ている連中は今もなお少なくない。よく聞くのは「金持ちの好事家(こうずか)による奴隷まがいの雇入れ」という話。


現在のルミナス国家においては如何なる理由においても『奴隷を禁止』しているので、仕事という契約以外で不法に他者を従属させることはできない。それはエルフ族やドワーフ族だけでなくその他の獣人族を含む全ての亜人種が対象だ。


これはルミナス王家の先々代が提唱し先代が施行した法令。

破れば内容次第では極刑まであり得るし、関係者ももれなく処罰対象に含まれる。家族ぐるみや企業ぐるみで実行したら「それごと」処罰される。財産や資産没収も迷わず行われる。


人類の脅威たる魔族に立ち向かうにあたって、全種族の協力が必要だという論拠に端を発し、すべての人族と亜人族の一致団結を謳った先々代国王は様々な伝手を通じて各国と有力氏族へ友好と協力を求めて働きかけた。


それは先代国王まで引き継がれ、現国王の代になり魔王討伐軍という形で一つの答えを成した。もちろん、獣人族や他の亜人族たちも様々な場面で活躍することになる。


ありとあらゆる産業、商業、技術、輸送、情報伝達。彼ら亜人の特殊性は一般人には持ち得ない動物的な特異性をもって今や世界中になくてはならない『特技職』となっている。


猫人族は……まぁその感覚の鋭さと機動力から……戦闘や諜報が主な特技職なのだが……。


そうではない需要もあった。



愛玩奴隷。


つまり、その愛らしさや(しな)やかな肉体を(もてあそ)び、肉欲の限りに貪る連中。


そういう変態たちの需要が大金になると知ったあくどい連中が、良いところの氏族からその身を買い取り、あるいは拉致して目が飛び出るような値段で欲に塗れた金持ちどもに売りつける。


人間のどす黒く腐った泥のような側面。



亜人に対する非人道的な扱いが法的に厳禁とされ、バレれば身の破滅となることから、この愛玩奴隷の市場は急速に衰退した。


それでも連中は諦めなかったのだ。


隙あらば、あの手この手で亜人達を囲い込み、その身を違法ギリギリの形で従属させようとする。



そういう話を知っている私にとって、ミアから聞いた現状はそうみえてしまう。むしろ最たる理由くらいに思っている。


目的がミアなのかシャルなのかティガなのかは今のところ不明だが……

仲睦まじい3人の猫人族を離れ離れにして、個別に「需要を満たす」っていう可能性だってありえる。


ミア達3名は、シルバーハートにいる下劣な金持ちどもに目をつけられて、油断したスキを突かれて現在の立場に追い込まれた。


私は……そう予測している。



逆を言えば、命を奪われるってことはない、と思う。

いや、体調を崩したまま目覚めないシャルの事は凄く気になる。


彼女の氏族の系統次第ではもっと良くない状況下にあると考えられる。


まぁこの事は考えていても仕方ないことだ。

状況がわかり次第、さっさと行動に移すとしよう。




そんな事を理力で強化した脳で考えていた。

時間にして、ほんの数秒だろう。


ふとリリスがじっと私を覗き込んでいることに気付く。


「なに?なんか私の顔についてる?」


「最近、セレナが色々深く考えている時のクセがわかってきました。」


「一応隠してるつもりなんだけど。そんなにわかりやすかった?」


「あ、いえ。普通に見たら、ちょっと考え込んでるのかな?って程度だと思うだけど……セレナは理力を使って思考強化してるんですよね?」


「おや、貴女にしては慧眼(けいがん)ね。その通りよ。仲間が私の理力を使った思考時のクセを指摘したので、なるべく外観に変化がないように淡い光も出ないよう努力してるんだけど……なんでリリスは判るの?」


実際のとこ、深く悩んでるとか考えてるとか第三者にバレるのはいろんなシーンにおいて不利になる。さして考えていないってブラフが有効的な場面がないとはいえないから、リリスの指摘はありがたい。



「……私にしてはってのは聞かなかった事にしてあげます。私はセレナのことをしっかり観察してますからね。色々研究中です!」


「そのドヤ顔と観察宣言は別にどうでもいいんだけど……後学のために教えて、私って考えてる時にクセがあるの?」


「いーじーわーるー!」

ぞんざいな扱いをされてることに抗議するかのように頬を膨らませているリリス。なんというか……ムチムチのぷくぷくだ。


おもろい。


それはさておき、今は自分の隙について知りたいので。

リリスの抗議は捨て置く。


「教えなさい。」


「動じてくれない……まぁいいですけど。えーと、セレナは考えている時に呼吸が凄く安定しているっていうか……細く長くなってます。視線も固定されてるし。動きが凄く最低限になってる印象を受けます。」


「ふむ?」


「普通の人って深く思考すると、その人特有の仕草みたいなのが顕著(けんちょ)になりますよね?目を閉じたり、逆にきょろきょろしたり。呼吸が浅くなったり、ため息が増えたり。腕組んだり頭を傾げるっていうのもわかりやすいけど、それらを含めて色々です。で、セレナの場合は『動きが止まって呼吸が一定の間隔で安定していて、すごく集中してる』って感じです。」


ほあー……良く見てる。

普通に感心してしまった。


「前言撤回するわ。凄い見てるじゃないの。その指摘は的確よ。」


「えへへ。褒められた。」


「私が理力を行使する時の振る舞いそのものが思考時のクセになっているって事ね。言われてみれば必然的にそうなるわよね、理力つかって思考強化してるんだから。」


「理力を使う時のクセ、ってことですか?」


「そうよ。安定した呼吸と集中。運動能力の強化については反復練習で瞬間的にこなせるようになったけど。思考や五感の強化や他者の治療については高い集中とそれを維持する安定した呼吸が必要ってこと。」


「はー、なるほどです。」


「まぁ……これも私の課題の一つね。思考の圧縮化、か……」


「なぁなぁ、セレャ。お話続けて良いかャ?」

何言ってるのかわからないけど関係ない話をされていると理解してるのだろう、不満げな顔をしたミアが話に割り込んできた。


家族を助けて欲しい彼女にしてみれば私のクセとかどうでもいいよね。


「あ、ごめんミア。続きを話してくれる?」


「ごめなさい。話の腰を折っちゃって。」


因みにさっきからずっとミアはリリスの膝の上。

なんかこの子すっごい甘えん坊というか……常に人肌求めて丸まってる印象なのだ。猫人族ってどっちかっていうと排他的というか、心を許した仲間や信頼している人以外には懐かない印象なんだけど。


ちなみに別にリリスだけに懐いてるって訳じゃない。

私にもグルグル喉を鳴らしながら丸まって身を寄せてくる。


正直、かわいい。


「気にしてないャ。それで……ミァはシャル姉たんが元気になるまでお金持ちの商人の家で働くことになったんャ。」


「働くって、どんな仕事なんですか?」


「一般的に猫人族に求められる特殊職は荒事や諜報だけども……。」


「ミァ……戦うのとか苦手なのゃ。」


でしょうね。

そんな気迫というか、気概というか……剣呑さが一切感じられない。


箱入り子猫。ってかんじ。


「じゃ、何をして働いてるの?」


「ローザお嬢様の……遊び相手?暇つぶし?みたいのャ?」

全力で半疑問形だ。


「ローザお嬢様っていうのはどなたですか?」

リリスがミアの頭をなでなでしながら聞いてる。


無意識かアレ。

ミアもむしろ撫でて欲しそうに頭を寄せてる。


さすがリリスね。

あったかナデナデぷくぷく母性淫魔だ。


「んャー……ローザお嬢様は、姉たんのお薬を買ってくれている商人の……ボロス様の一人娘ャ。」


「ボロス様?」


「あー……大金持ちの商人の一人娘のお嬢様。なるほどなるほど。()()()()()()だってわけね。」

なんかもう絵にかいたような、胡散臭い話になりつつある。


「セレナが一人で納得してる。相変わらずですね。」

いまいちピンと来てないリリスが不満げな眼差しを向けてくる。


「セレャは何がわかったのかャ?」


「ミア。貴女、ローザお嬢様とやらには、すごく可愛がられてるでしょ。」


「うャ。そ、そう……ですャ。」


「服を着替えさせられたり髪飾りやリボンつけられたり、ずっと抱っこされたりして一時も解放してもらえない感じでしょ。」


「な、なんでわかるんャ!?」


「お菓子とかご飯とか色々贅沢な食べ物を毎日与えられてるでしょ?」


「怖いャ!どこかで見てたかャ!!」


「あー……私もなんとなく理解しました。そういう事ですか。お風呂であっちこっち丁寧に丁寧に洗われてふわふわのタオルでわしゃわしゃされてるんですね。」


「リリシュもかャ!なんなんですかャ!?二人ともボロス様の手の物かャ!」


怯えるミアの髪の毛がふわーっと逆立ちつつある。


「落ち着きなさいミア。そのロボスだかズタボロだかなんだかは知らないけども。貴女の境遇というか待遇は実に在り来たりの話なのよ。」


「うャー……ミァには良く解んないャ……。」


「つまり。ボロカスさんはシャルさんの病気を理由にミアさんを囲い込んで、娘のローザさんの我侭にミアさんを付き合わさせている。ということですね!」


リリスもなかなか言うね。


「ボロス様ですャ……カスかも知れないけど……うャ。」


「おや。ミアにも思い当たるところがありそうね?」


「あいつ、姉たんやティガ姉のお尻見て……()()()()()()してたャ。」


うっひ。

蹴り上げた方が良い案件かしら。


「発情?ボロカスさんはちょうどその時期なんですか?」

リリスがキョトンとしてる。




あー……またコレか。


「……人族は発情期がないの。一年中、常に生殖が可能よ。」


「えっ。」


「あなた人族の文化や生活調べてたんじゃないの?」


「あっ、いや。そういう場面を目撃する機会がなかったわけじゃないですけども……てっきり個人差で時期がずれるタイプの生殖周期なのかと……そういう周期が合った人と番になるのかなーくらいに思ってました。」


「貴女の性への知識の取っ散らかり具合はどうなってるの……?」


サキュバスのくせにリリスの解釈が平和的すぎる。


「はえー。一年中発情してるんですか……どうりで人口がどんどん増えるわけですねぇ。」


人族の性に関する生態に感心された。



いや、合ってるけど……間違ってて欲しいんだけど。

悲しいかな、事実だわ。コレ。



まぁ……カスの性的志向についてはどうでもいいや。


ともあれ、ミアが置かれている境遇は理解できた。

あとは、なぜミアが死にかける様な状況になったか。


これがわかれば成すべきことが見えてくるでしょ。



そう思って口を開こうとしたその時。


「ねぇねぇ。セレナ、質問です。」


リリスが純朴で興味津々な眼差しで私を見つめてくる。



「……なによ、どうかしたの?」


「セレナもずっと発情してるんです?」




……ぶっ飛ばすわよ。


信頼を勝ち取る前に親切にしすぎると

大抵の場合、不審がられますよね


まず大事なのは敵じゃないって理解してもらうこと



ほらほらー、こわくないよー

ぐへへへへへへへへ

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