最終幕 「闇と光の邂逅」
物語が終わると、次の物語が始まる。
そうでなきゃ世界が終わってしまうからです。
きっとあなたの退屈な日々にも
大事な物語が在るのかもしれないですよ。
大事なのは視点
夜が明けて、朝が来た。
太陽はまだ顔を出しておらず。
街はまだ薄暗い。
遠くの空が朝日を望み白んで来ている。
朝が早い仕事の者たちが、まだ薄暗い中準備をしているのが。
通りの静けさを更に際立たせている。
その街の中央、王宮と神殿が建つ城壁の中。
白亜の王城と金色の塔が先に差した朝日を浴びて輝き始める。
―まもなく街にも光が射すだろう
王宮の敷地内にあるとある建物、迎賓館とはまた別に。
招いた外国の賓客、重要な者をもてなす為の宿泊施設の客殿があった。
客殿の敷地の端、門の所に数人の人影が見える。
聖女セレナ、勇者レオン、王女アメリア、ドワーフの大男グラム、長身エルフのシルヴィア
そして、ルミナス教徒らしき白い僧服を着た尼が一名。
朝もやが少し立ち込めている庭先で、小声で静かに別れの前のひと時を過ごしていた。
「…そういえば、ソフィアは来ないの?」
レオンが辺りを見渡してる。
「ソフィア様は…昨晩の酒が元で、頭が痛いとのことで…。」
セレナは苦笑しながら応えた。
「あいつ、こんな時くらい顔をみせんかのう。本当に酒はろくなことにならん。」
グラムはすこし呆れてソフィアを咎めた。
「そうですか?私が昨晩初めて体験したあの高揚感はなかなか楽しいものです。」
シルヴィアは笑顔でグラムと対立した。
「あはは…。ソフィア様とのご挨拶は既に済ませておりますので…それに早めに治るようにソフィア様に治療を施しております。ご心配ありません。」
セレナは気を取り直すかのように、仲間の心配を諌めた。
「そうか、なら良いのだけど…」
レオンはそうはいいながら釈然としてない。
「聖女様、どうか…、どうか無理をなさらぬように…。私は女神と共に毎日旅の無事を祈っております。」
白い尼僧は祈りの姿勢を崩さず、閉じた瞼には涙が滲んでいる。
「ありがとうございます、シスター・クラレア。…どうか貴女の祈りが女神に届き、わたくしと貴女の信仰が世界に光をもたらさんことを。」
「オゥミナ。」
シスターは鼻をすすりながらセレナの祈りに同意を示した。
しばしの沈黙が流れた後、聖女は祈りの姿勢を解き顔を上げた。
「そろそろ、発とうかと思います。」
キッパリと明るい笑顔で。
「…そうか、寂しくなるよ。」
勇者は応える。
「レオン様、新たな旅は貴方にも訪れています。
色々な試練が待ち受けてます。ともに頑張りましょう。」
勇者は苦い顔をしながら、彼の胸に顔を埋めている王女に顔を向け、彼女の頭を撫でた。
「セレナさん、エルフの里に来たときは是非訪ねてくださいね。」
導き手は明るい顔で再会を願う。
「はい、ぜひとも頼らせていただきます。その時はよろしくお願いいたします。」
朗らかな雰囲気でとても軽い挨拶を交わす。だが信頼に満ちた顔だ。
「セレナ、ドワーフの街にも是非訪れてくれ。ワシも近い内に里帰りする。再会の機会もあるだろうよ。」
力強く、うなずきながら守り手は言った。
「はい、わたくしもドワーフの国で色々見たいものがございますわ。是非。」
セレナもまた力強い意志ある顔をしてみせ。うなづいた。
「…アメリア?ほら。挨拶するために来たんだろ。」
レオンが自分の胸で泣きじゃくっている王女を優しく励ます。
小さく嗚咽を漏らす王女は動かない。
少し待ってセレナはアメリアに声をかける。
「…アメリア様、お見送りに来て頂いて本当に嬉しく思いますわ。…孤児のわたくしと本当の姉妹のように仲良くして頂いて、心から感謝しております。…どうか、レオン様をよろしくお願い致しますね?」
王女は聖女の言葉を聞いてひぅと息を吸うと勇者の胸を離れて聖女と向き合った。
「わたっ、私、本当にざみしくて…えぐっ、でもっ、セレナっ、様は立派に『じめい』をっ…なのにっ、なのに私、自分のことばかりっ…、ひぐっ…うぐぅ…」
セレナは微笑むと、何も言わずアメリアを抱きしめた。
「…ぅう、うああああああああ!」
堪えきれなくなった王女は子どものように泣いている。大粒の涙と鼻水を垂らして。
聖女の肩でどんどん染みを作っていくが、それでも2人は暫く抱き合っていた。
子をあやす母のように聖女は王女の背中をさすっていた。
やがて、しばらく後
ようやく落ち着いた王女は自ら聖女から離れた。
「ぐす…申し訳ありません。聖女セレナ様。見苦しい姿をお見せしました。」
目を腫らし、鼻水も拭かずに、ぐしゃぐしゃの顔をして。しかし先程まで泣きじゃくっていた子どもは王女に戻った。
「いいえ、王女アメリア様、見苦しくなんてありません。
どうかその心を忘れず、良き導きのため王の一族として立派にお進みください。」
ほっとしたかの様に、聖女は王女の頬をなでた。
…王女は数歩引いて英雄の傍にたった。
「…あいつは、ソフィアは結局こんのか。」
不満そうにグラムが言った。
「仕方ありませんわ、ベッドで頭を抱えてましたもの。」
セレナはちょっとだけ残念そうに微笑んだ。
「まぁ彼女らしくはありますけどね。」
シルヴィアは自然な笑顔で言い切った。
「それを言ったらダメだろ…」
レオンはあきれてソフィアが寝てるであろう部屋の窓をみあげた。
「ソフィア様…。」
アメリアは少し心配そうにレオンの視線を追った。
「さ、では行こうかと思います。」
「うん。気を付けて。」
「お気をつけて。」
「達者でな。」
「お気をつけて…。」
「女神の導きのあらんことを。」
思い思いの挨拶を交わした後。
セレナはルミナスの祈りの所作をしたあと
するりと踵を返し、門へとむかう。
少し寂しそうな背中はしているが
足取りは軽く、しっかりとしていた。
仲間たちは少しずつ離れていく背中を黙って見送る。
別れは済んだ、後は見えなくなるまで見守ろう。
門まで進み、セレナは立ち止まると。
最後に振り返り少し遠くなった仲間たちを見る。
そして静かに腰を折り、深々と礼をした。
仲間たちはそれに手を振ったり頷いたり
声をあげたりして思い思いに送る。
遠く小さく声は届かないが。
セレナにはしっかりと判っていた。
セレナが身体を起こして顔を上げようとした時。
彼らの後ろから「バンッ」という音がした。
何事かと一同が振り返り見上げると。
寝間着姿のままのソフィアがベランダに居た。
「レナーー!いってらっしゃーーーい!!
治療ありがとーー!少し良くなったぁ!!!」
大声で周りの迷惑も考えずに大きく手をふる大魔道士。
ちょっとだけ顔が青い。
きっと薄暗いせいだろう。
セレナの顔がぱあっと明るくなり。
「いってまいりまぁーーーーす!」と
大きな声で手を振りながら。
挨拶を済ませた。
「まったねーーーーー!」
大きく両手を振りかぶり、ベランダから身を乗り出してソフィアは別れを済ませた。
直後、彼女は頭を抑えて「いてて」と身を引いた。
セレナは彼女が大丈夫そうだと安心し。
もう一度深々と礼をして
再び踵を返すと。
今度はもう止まらずに歩いてゆく。
ソフィアから視線をセレナの方へ戻し。
「よかった。」
「はい、皆挨拶ができました。」
「まったく、あいつは…」
「…恥ずかしかったのかもしれません。」
「…彼女の…路に女神の…きと祝…が…」
思い思いに呟き、想い、祈った。
ベランダの手すりに持たれかかり
隙間からセレナを見送るソフィアもまた。
彼女が見えなくなるまで見送るのだった。
―ときは少し経ち。
トコトコと、軽い足取りでセレナは歩いていた。
王城も王都もすでに遠く離れ、郊外周辺の農家からも離れつつある。
既に日は登り切り、もう少しで正午に差し掛かろうというところだろうか。
左手には川が流れているのが見える。
王都へと繋がる緩やかながら勇壮な流れが心を安らげる。
セレナは街道を川沿いに上流に向かってあるいていた。
時折木陰を見つけては小休止をし、また歩き出す。
荷物は少なく、旅装も軽いものだ。
上は茶色い軽装のチュニック
雨具にも寝具なる焦げ茶のローブはフード付き
下は黒のキュロットパンツ
中にインナーレギンス、色は薄茶
ベルトにはサイドポーチが
靴は茶色ロングブーツ
荷物はショルダーバッグのみ
白く長い髪は少しまとめてじゃまにならないようにした。
そんな出で立ちの彼女は
昼を過ぎる少し前に、人影の見当たらない小高い丘へ辿り着いた。
全体の視界もよく通っており、見回すと相当遠くまで誰も居ないことが見て取れた。
それを2回ほどくるくる確認したセレナは
ふと、立ち止まってすぅうっっと大きく息を吸い込んだ。
両手の拳をにぎり腹に力をいれ上を向いて一呼吸置き。
突如
「いぃぇやぁああっほぉぉぉおおおぉう!」
吼えた。
「自由だあああああああああ!」
更に叫ぶ。
「やったあああああああああああああああああ!」
全身で歓喜を表す。
はしゃぎくるくると回りながら、ぴょこぴょこと。
「だーいたい何なんだってんですか!散々極地で激ヤバな任務に従事させて大した支援も補給もできないくせに魔王と戦えですって!?何をどう考えたら小さな女の子にそんな事を命ずるって発想にたどり着けるのかしら!神経と思考のヤバみをかんじます!でもまぁいいですよ?!たしかに私には特別な力が宿っておりそれを行使するのはわたくしの定めということは理解できます!しっかしながらですねぇ頭ぶっ飛んだ命令を飛ばしておきながらソレをこなした少女をさらに神殿か王宮に縛り付けようとするのは如何なものかと思いますけれどもねえええええええええ!」
すぁあああっとまた大きく息を吸い込む。
「てゆーうーかーーーー!なーーーにが面白くて神殿や王宮に住まわなきゃならんのですかあんな規律と戒律と法律と作法となんやかんやが有ってがんじがらめで窮屈で退屈で卑屈な所にうら若き乙女を閉じ込めようだなんて頭蓋に穴かなんか開いていて垂れ流れてませんかねええええええ、大事なものおおおおおおおお。それはわーたーくーしーもなーーおーーせーーませええええええええええん!」
また大きく息を吸い込んだ。
「後アレ!昨晩のテラス!!将軍と先生!!!お願いですから私の力の正体を探ろうとしないでいただけませんでしょうかああああ!わたくしだって正確なことはわかりませえええええええん!こぉんな人外な力の詳細をなんでわたくしがはあくしてなきゃならないんですかああああああああああ、都合のよい設定とかてーきとーうにいっておけばよかったですかねええええええ!バレないようにウソつくってホントーはすごーーーーーい大変なんですからあああああ!知りませんけどねええええええええ、なああああああんにもおおおおおおおぅ!」
まだ続けるようだ。
「ていうか!ていうか!なんなんですかーーーー?!わたくしの推定身体ととわたくしの推定頭のなかにある知識は!!!!どこのどいつだってんですか!!!!!何なんですか!『のるあどれなりん』って!
『のる・あどれなりん』ですか!『のるあどれな・りん』ですか!『のるあど・れなりん』ですかぁぁぁあああ!レナリンってよんだら可愛くなーーーいでーーーすかーーーー!?知識だけがいつの間にか頭の中にあるって正味怖いんですけれどもぉぉおおお!見た事が無い、聞いた覚えが無い、記憶にない記録が頭の中にいつのまーーにかぬるりと存在する恐怖!!!こわい!誰かコレわかりませんかあああああ!わからないよねーーーー!!わーたしだけだもんねええええ!!!!推定ルミナス様あああああああああ!ほんとに貴女なのでしょーーおーーかーー!!ほんだらば幻聴でも幻覚でも幻視でも何でも良いのですので何かしらの外からの情報をいただけませんのでしょーーーーおーーーーかーーーーーーーーーーーーーあぁい!」
上を向いたままここまで一気に喋りきった彼女は。
そのまま、すぅと息を吸い込む。
とめて。
深く吐いた。
息を吐ききって前を向き。
もう一度深呼吸をした彼女は、「ふんす!」と意気込んで歩き出した。
「あっ」と言って彼女は何かを思い出し、ふと後ろを振り返る
小高い丘の麓に小さな茂みと木立がある。
「…ま、いいんですけど。」
そういって振り返ってまた北に向かって歩き始めた。
ふと遠くの方に動く影が見える。
何かと思い、じいっと注視した。
―熊…?
どどっ、どどっ、と豪快に街道を蹴りながら土埃を上げている。
―こんな森から離れた街道に…?しかもアレは
まだ遠く離れている熊の姿は「普通なら」気づくのも難しいだろう。しかしながらセレナの目の周りには「淡く青い光」がまとわりついている。
理力を行使し視力を強化しているのだ。
水晶体を引き伸ばすために毛様体帯を極限まで緩ませる、毛様体小帯が緊張し水晶体が薄くなり。虹彩を調整して瞳孔を最適化。
錐体細胞の活性化を行い光の感度を調整して最もよく見えるように、まだ遠くにいる猛獣をみる。
そうしてセレナの視覚的認識情報において対象の確認と現状を把握した。
(魔獣化してる…?!)
体格は肥大化し、そのフィジカルで全力疾走する姿は異様。
口は大きく開かれ舌がだらりと垂れている。
よだれも口角から垂れ流しだ。
中には恐ろしくデカい牙がずらっと並び、あの大アゴで噛みつかれたら
金属鎧でも無理だろう。
太い四足は地面を抉りながら豪快に前後し、その巨体を脅威のスピードで運んでいる。
(目測で、時速約70km/h。馬でも逃げるのは大変かも。)
どうやら真っすぐじぶんに向かって走ってくる焦げ茶色の猛威を迎え撃つため。セレナは肩から下げていたショルダーバッグを少し遠くに放りなげた。
トントン、と足首と膝の動きだけで軽い上下運動をし
目標の接近を待ち構える。
対象はもうすぐそこだ。
(目測10mを切ったかな。)
観測を続ける。
体毛は総毛立ち、目は血走っていて出血も見られる。
やはり体格はゆうに4mを越え5mに達する勢いだ。もはや腕は人の胴よりも太く、爪は人の首など容易く刈り取れる長さだ。
(やはり魔獣化している…。)
主に両手両足の先がどす黒い岩の様な物に覆われ、目口の周りも
同様の鉱物が鱗のように生えている。
口から生えている岩の鱗はそのまま目の周りをずらりと囲み
流れるように耳まで達し、そこに角のような物を形成している。
もはや対象の1~2頭分の距離しかない。
そして魔獣熊はそのまま踏み込むと、ぐわっとセレナに向かって飛びついてきた。
(これを相手するのは一般兵じゃ一部隊でも厳しいかな?
将軍クラスとは言わないけれども、いっぱしの武器でも体毛を貫くのすら厳しそう。
まぁレオンなら一捻りだろうけど。ていうかこの熊、体格に対して腹部がちょっと痩せてる感じがするかも…?)
飛びついてきた弩級の熊を「するり」と事も無げに躱して、相手が地面に降り立つまでじっくり観察する。
対象を右に避け触れないようにギリギリを保つ。
(やはりそうだ。
この熊はあばら骨が浮き出ている…。)
ざらりとなでると、ボコボコと硬い骨が手のひらにふれる。
(あの豊かな森で食料が無いなんて事…有り得るのかな。)
熊は地面に前足が付いた所。
(前足と後ろ足を比べると前足の方が比較的魔晶化の汚染が酷い。)
後ろ足が降り立った所で熊は身体をひねり、軸足を起点にグリンと振り返ろうとしている。
(よし、もういい。
可哀想だけど、楽にしてあげなければ。)
セレナは右足を軸に自身の身体を反時計回りにひねり、目で追っていた熊の頭部の位置を確認した
熊はもう間もなく振り返りがおわり、その後には右前足をセレナに振りかざそうと予備動作が行われている。
セレナはそのまま軸足で回転を続け、一回転半したところで左足かかとを熊の左側頭部に叩き込んだ。
熊からしてみれば何事かといった所だろう。
(眼の前に居た美味そうなヤツに食いつこうとしたらスルリと左に避けられた)
(振り返ってヤツを再度捉えようとしたら回っている。自分のほうが絶対はや―)
そこで魔獣化した熊の意識は消えた。
ズゥン、と巨体はそのまま地面に伏した。
セレナは無言で熊に近づき片手で熊を掴むと仰向けに転がした。
そのまま喉元を目掛けて手刀を振り下ろす。
『グゴギィッ』と、肉と骨がめり込み砕かれる音がした。
こうして獰猛で巨大な猛獣は、小柄で矮躯な少女の細腕により
いとも容易く絶命させられた。
自ら屠った魔獣の亡骸を眺め、北西の森を眺めた。
この魔獣化した熊が来たであろう森。
「…これは、ほっとけ無いわね…。」
セレナはぽつり呟いた。
先ほど放り投げたショルダーバッグを回収し左肩にかけると。
魔獣の首根っこを捕まえて軽々と引きずり出した。
街道は進まず、左に大きく曲がった。
西側を流れる川が見える。
近くに茂みと木立が幾つか育っていて、ちょうど良さげだ。
(少しはやいけど、あそこで今夜はキャンプしよう。
コレも解体したいし。)
まだ日は高いが、この熊を一人で解体するのはすごく大変そうだ。
―さらに時は過ぎ、夜中
痩せていたとは言え、やはり5mに及ぶ熊だ。
どっしりとした肉が大量に取れた。
朝早く出たため買い物の時間が無く、糧食は乏しい。
討伐隊時に使っていた旅の装備品を流用し、そのまま出てきてしまった。
(あんまり意味は無いが、大部分は燻して明日以降に使うとして。
今は、この少なくはあるが脂の乗った部分をいただこっかな。)
小柄で華奢な少女の目の前で、おおよそ似つかわしくない豪快な肉の塊が焚き火でじゅうじゅうと炙られている。
やや不気味な色をして、異様に滋養のありそうな肉。
ショルダーバッグから調味料の小瓶を取り出し、パラパラと振る
香辛料の匂いが食欲をそそる。
ぐぅ、とセレナのお腹がなる。
パンくらいもってくればよかった。
と考えながら肉が焼けるのをまっている。
ふと手を止め自分の右手にある草むらと何本かたっている木立を見た。
「…。」
胡乱げな目で、そちらを見つめつづける。
かさり、と焚き火が音をたてて崩れた。
セレナは傍らにあった薪を幾つか放り込むと棒で焚き木と熾き火の場所を調整する。
手が止まり、じーっと火を眺めていたセレナは再び草むらの方をに顔を向ける。
そして、こう言い放った。
「ねぇ、いつまでそうやって黙って私を付け回すつもりなの?
いい加減姿くらい見せたら?
復讐でも何でも良いけれど、そんな尻込みしてる様じゃ先が思いやられるわね。魔王の娘なんて肩書だけ?
そうやって迷ってメソメソしていても何も変わらないのよ?
貴女の父君の魔族救済の意志を継ぐために取るべき行動はべそかいて闇に潜んでれば叶うの?」
いらいらを吐き出すようにまくし立てたセレナは
数秒はそのまま草むらを見つめたが、じぅ、と脂の焼ける音がして焚き火を見た。
セレナが肉塊をひっくり返して、もう片面にも調味料を振る。
暫く後、観念したかのような表情で。
セレナが見ていた草むらの向こう側。
―不安な心はそのままだった。
深い闇の奥から、一人の少女が姿を表す。
―でもこのままではダメだって思ってた。
うつむき加減で暗い表情の少女。
―だから。
―魔王の娘と呼ばれた彼女は驚いた以上に混乱していた。
いままでずっと自分の闇魔法だけでなく古代人の遺物による隠匿技術を駆使して尾行と監視を行っていた。
自分の知る限りコレを看破する方法など存在しないはずだし眼前の聖女が何かしら魔術を行使した様子もない。
現に父の最後を見届け、複雑な想いを抱えたまま勇者達を追跡し同行していたが今の今まで誰一人自分を認識する素振りすら見せなかった。
それを見破るどころか、自分の目的や魔王である父の目的を知ってる風な言い草。
理屈が合わない。
「あの…、えっと…?どうして…?」
どう聞いて良いのか口がうまく回らず戸惑ってる彼女に対し、察した聖女が言葉を返す。
「私ね、皆が思ってるような癒し手の聖女さんって訳じゃないの。
もっとこう…、人間の枠組みを外れた?規格外な存在?
あなたが見てた通り、素手で魔獣をぶっ殺すし。」
プラプラと細腕を揺らし目をやりながら聖女は続ける。
「あなたは魔術と…何をどうやったかはしらないけど痕跡を残さないように移動してたでしょ?
五感を極限まで強化するとね、魔力の流れを認識する感知技術以上に明確な違和感を覚えるの。そこに妙な空白があるというか…ってそんな話したいわけじゃないの。早くここ来て座んなさいよ。」
話を脱線したことに気付いた聖女は思い出したかのように彼女に目を向け自分のそばをぽんぽんと叩く。
腑に落ちないまま彼女は言われた通り素直に聖女のそばに腰を下ろす。
が、まだ何を話したものかと逡巡する。
それを見越してか聖女は言葉を続ける
「御存知の通り、私は貴女の父君の仇の一人。
復讐すべき憎き相手が目の前に一人。
予想に反して、非力どころか怪力聖女さんだけれども?」
自嘲気味に鼻で笑いながら聖女は言葉を紡ぐ
少し落ち着いた声で、促すような口調で。
「なのに貴女は手を出さず殺気も纏わず、ずーっと迷ってる。
貴女が纏っているマナが、貴女の迷いを如実に語ってる。
どう切り出すべきか、伝えるべきか。
どうしたら…助けて貰えるか?」
そこまで話して聖女は語るのを止め、炙っていた肉を徐ろに取って食いちぎった。
もぐもぐと咀嚼している聖女を伏し目がちに見つめていた彼女は
…不安げな表情で、ようやく口を開く。
「貴女の言う通り、私は魔王の娘。
あなた達が憎む魔族であり、貴方は私の仇…。
…でも…私にはもう貴方くらいしか頼る人が思いつかなくて…。
父が目指した事…せっかく私に託してくれた…、なのに私どうしたら良いか…。
私っ、全然わがんなくて…!」
消え入りそうな声で必死に言葉を紡ぐ彼女の目にはみるみるうちに涙が溢れ出し、言葉に詰まった彼女はそのまま泣き出してしまう。聖女は食べるのを止めて魔王の娘がすすり泣く姿を見つめる。
今度は聖女がどう切り出したものか、と。
一瞬の間逡巡するが…
すぐさま彼女はこう切り出した。
「最初の違和感は、魔王の城を探索していた時に見つけた明らかに建築様式の異なる建造物を発見したとき。
魔族の意匠とは明らかに異なる構造物が相当な深部まで続いてるであろう規模でそこに有るのに全くの生活感が無い。
別の文明の遺跡なのは明らか。
魔族の言語形態と異なる文字列も幾つも見つけたけれども解読するには時間も材料も足りないし、仲間たちが別の方向の探索を提案したから従った。
次の違和感は城の深部へ向かう道すがらで見つけた書斎にあった。
『大量の書籍』と『先程の遺跡との関係性が見られる研究資料』。
残虐極まる私達の敵、力の信奉者、暴虐の獣たちが?
古代文明の遺跡を研究し新たな兵器でも見いだした?
いいえ、今までの戦闘で未知の文明による戦術は見られない。
既存の魔術体系か魔族の固有魔法、あるいはありきたりな武器とか一般的な兵器。」
まくし立てる様に喋り続ける聖女の言葉に魔王の娘は先程よりも驚いた表情で見つめ返している。
彼女は気づいていない。
眼の前の聖女がほんのり淡く光ってることに。
「思い返してみれば違和感はまだ有ったわね。
魔都に入ってから無作為に散発的に、とても稚拙な戦術で向けられた私達に対する迎撃部隊。個々の戦力は確かに脅威だったし油断なんて出来なかったけれども、まるで連携の取れてない連中。
魔王に指揮された部隊というより、命令無視したかのように喚き散らし暴れまわる無秩序な散兵と無謀な将」
聖女は独り言かのように思考を巡らせながら話をつづけ
魔王の娘は泣くのを忘れ目を見張り聖女の話の続きを食い入るように待つ。
「なのに、たった一人だけ。
玉座の間の扉を守るように待ち構えていた魔族の将だけは全身に怒りと覚悟のマナを纏い、私達を見据え。何も語らずに構え、私達と刃を交え、敗れた。そして…無念そうに倒れたわ…。」
いつの間にか聖女の口調は悲しみを讃え、記憶の中の相手を慈しむかのような表情をしていた
魔王の娘も必死に涙をこらえて、忠臣の最期に思いを馳せる
「そして確信を得たのはその時。」
それまで虚空を見つめながら語っていた聖女は
じっと魔王の娘を見据えて言葉を紡ぐ
「父君と貴女の会話、あの重厚で荘厳な玉座を隔てる扉を通しても聞こえていたの。
あの5人の中で私だけね。」
―ざわり。と、体の奥で何かが動いた気がした。
「だからこれは私だけが知っていること。」
聖女が発した言葉の真意を測りかねて
魔王の娘の瞳が狼狽える
願いか、希望か、それとも絶望なのか。
次の言葉を待つ彼女には隠しきれない戸惑いが見て取れる
しかして、聖女の口からこぼれた言葉は
「私ね、やり残したことが有るの。」
―息が詰まるようだったのが、ふと軽くなったきがした。
「貴女の力になりたい。
世界の為だとか。聖女としてだとか。
そんなんじゃない。
貴女の父君が全てを賭して託した事
貴女が全てを捨てて残ったもの。」
「どうか私に手伝わせて。」
―そしたら、次の瞬間には胸の奥から全部溢れてきた。
魔王の娘の目からは堪えきれず次々に涙が溢れ出し
震える口からは誰をはばかることも無く嗚咽が漏れ出す。
どちらからともなく二人は抱き合い
片方は泣きじゃくり、片方は優しくなだめ続ける
深い深い闇の中に揺らめく焚き火の灯りが二人を静かに優しく照らす
―こうして闇と光が出会った―
長い長い序章も終わり。
読んだ方はお疲れ様でした。
伏線はいろいろ散りばめて、大事なことはほんの少し。
あなたがどう思ったか。感想お待ちしております。




