第二幕 「三位一体となりて」
いつか叶えたい夢がある
それは普通であれば叶うはずの夢
普通になれなかった私には叶わなった夢
でもこの先はわからない、さきの未来では叶うかも
私の運命は決まってなどいないはずだから
「あなたが私の手をとってくれた、それが始まりの標」
柔らかな絨毯のある豪奢な内装の広々としたドレスルーム。
鏡に写った自分を眺めつつ、私はため息を一つ零す。
何やらフリルが大量についた豪奢だか豪華だか良くわからない飾り立てられたドレスを着ている私は、手持ち無沙汰で待ちぼうけを食らっている。
リリスはドスゴリだかボスロリだかって言ってたふわふわなふりふり衣装。
なんか見た目とギャップのある厳つい名前よね。
そして暇なので辺りを改めて見回してみる。
目の前には床やらソファーやらチェストやらテーブルやらありとあらゆる場所に所狭しと並ぶ、脱ぎ捨てられた衣服やら衣装やら。
地味な服から派手な服、赤青黄色と色とりどりだ。
ドレスもあるし、意味わかんない構造の服もある。
コレ着たら上も下もモロ出しじゃない?
どういうシーンで着るのかしら、こういうレザースーツっぽいの。
なんでリリスはこんな服持ってんだろ……魔族の風習だとしたら私が知らないのも頷けるけど……。
一瞬手にとって悩まれた時は背筋に悪寒が走ったけど。
「これはセレナには無しですね。」
っていってリリスが着せ替え候補から外してくれて良かった。
しっかし……よくもまあ次から次へと衣服が出てくるものだ。
しかも当の本人はさらなる別の衣装を探しにどこかへ行ってしまってるのだが。
思い出してるのに探しに。
人の記憶の奥底を覗けるサキュバスが、自身の記憶の断片を頼りに収納場所を忘失して手当たり次第に衣装を引っ掻き回してる姿は、いかにもリリスらしいうっかりさで面白いのでそのままにしてある。
探してる間に休憩も取れるし。
「君たちの仲の良くなりようには目を見張るね。」
いつの間にかソファに座っていたディダが呆れたように一言感想を述べた。
「別に悪いことじゃないでしょ。私は別に苦でもなんでもないし。」
「じゃあもう少し楽しそうな顔した方がいいんじゃないかな?」
「可愛い服を着てはしゃぐっていう経験領域がないから、どうはしゃいで良いかわからないのよ。」
ちなみに夢見に来てからしばらく経つが、約束通りリリスの着せ替え人形と化した私はされるがままに衣服をとっかえひっかえされ、リリスの要求に応じてポージングなどをしている。
ポーズに合わせて表情にも注文がつくのだが、最大限答えてあげるように努力はしている。なお衣装と表情がリリスの好みにぴったり合うと、彼女がびっくりするほどの笑顔ではしゃぎ出す。
そして市井のおなご達はこれが大好きだと。
実に意味が解らん。
私は実はおなごじゃなかったようだ。
「セレナってたまに意味のわからない戯言考えるよね。」
「うるさいわよ、これは私なりに世の中の不条理に折り合いつけてるの。」
「変な処世術だね。」
「っさい。」
「それにしてもスゴい量だね。100年生きてきたリリスが色々な所から集めてきた衣類ってことになるんだろうけど。系統と種類がバラバラで彼女の迷走っぷりの歴史を眺めてるようだよ。」
「言いえて妙ね。実際、自分に似合う服を探してけっこう迷走してたみたいだし。この衣類の山も然り、って思うわ。」
「でもそのおかげで今彼女は心の底から楽しんでるんだ。苦労が報われたと言うことにして、セレナも協力してあげるといい。」
「もとよりそのつもりよ。」
そんな会話をしていたら、突如として虚空に紫煙が浮かび上がり膨れ上がる。煙が人間大になったかと思うとリリスが煙を散らしながら飛び出してきた。
「おまたせしたっ!」
楽しげで弾みのある声をあげるリリス。急いできたのか興奮しているのか息が上がっているかのように肩を上下させ頬が赤い。
「あれ。ディダさんだ!」
ぱぁっと更に明るい嬉しそうな顔になるリリス。
「やぁ、リリス。楽しそうだね。」
「はい!可愛いセレナが可愛い格好で可愛いポーズと可愛い表情してくれるのが可愛くて嬉しくて!もう幸せです!!」
持っている衣装の山をぎゅっと抱きしめながら身体をくねらせるリリス。
「それは何よりだ。」
「ディダさんは私達に御用でしたか?」
「ううん、別に。何かあれば何かが起こるだろうし、何もなければ何も起こらないだろうし、ボクはそういう意味でここに居るから。」
「……えーと、ごめんなさい。良くわかんないです。」
「ふふ、気にしないで。続きを楽しんで。」
「そうそう、禅問答なんてしてないで続きを楽しみましょう。」
煙に巻いたセリフでリリスを混乱させないようにして欲しいものだ。
純粋な子なんだから、意味深なこと言って変に悩んだらどうするんだ。
「あれぇ?なぜかセレナが積極的で良い笑顔です……ようやく楽しくなってきました?」
ニンマリ笑顔でリリスが私に絡んできた。
「私なりに状況を楽しもうとしてるだけよ。相変わらずどう楽しんで良いものやら悩ましいわ。」
「むー。もっと素直に着たい服とか試してみたい服とか選んでくれていいんですよ?そうして自分がいいなって思ったら嬉しくなるんです。」
「それがいっさい思い浮かばないから悩んでるのよ。ほら、いいから選んで着せて見せてよ。」
「もったいないなー。可愛いのになー。」
そんな事をつぶやきながら彼女はすごい笑顔で持ってきた衣装と私を交互に見比べる。さっきからこうして候補の中から一つを選んで着せて見せては「やっぱりこっちが……」「いやいや、これと組み合わせて……」とひっきりなしなのだ。
つまり巷の乙女たちは、毎度こうして苦労していると。
実に難儀なことだ。
私は乙女じゃなかったらしい。
「セレナはちゃんと乙女だから安心して。」
「脳内でボケてんのに突っ込まないで。」
「え?何か言いました?」
「「気にしないで」いいよ。」
「……はーい…?」
良くわからないといった風のリリスだったが、ふとディダの方に視線が留まっている。次に衣装を見て、最後に私の方を見る。
ハッとしたように真剣な顔になり、彼女が口を開いた。
「ディダさん、お願いが!」
「嫌だよ。」
「何も言ってないのに!」
「何を考えているか判るから嫌だよ。」
「でも絶対良いと思うんです!」
「それはリリスの感性における絶対であってボクの趣味じゃ―」
「なるほど、良いわね。やっちゃいなさいリリス。」
「ちょっと!セレナ!ボクを掴まないで!」
リリスが何をしようとしているか理解した私は無心で近づいてディダを羽交い締めにした。
「ふふふふー、逃げられませんよー?ここは私の領域なんですからー。」
リリスが凄くいい顔で見当外れなことを言っている。
こいつはリリスの意思と無関係に現れて勝手に抜け出しているというのに。
でも妙ね。
逃げようと思えば逃げられると思ったのに。
素直に私に捕まってる。
そういえば前回も私に捕まえられて大人しくリリスの上映会解説役をやってたわね?これはどういう意味になるのかしら?
早々に脱出を諦め大人しくなったディダの頭頂部を見下ろしながらそんな事を考えていると。
『その先は考えても良いけど。思いついたことをリリスには話しちゃダメだからね。ボクとセレナの関係性は、リリスも含めて他の誰とも違う特殊性がある。下手に情報から連想されると因果が狂うから止めてね。絶対に。』
おやま、これはもう『知らない知識』じゃなくて『知っといて欲しい知識』だね。なんかもう色々と考えてしまうが。でもおかげで良いことを思いついてしまった。
この状況が意味する所。
つまりディダは夢見に現れて私に捕まると……
『そう、ボクはセレナの行為に抗えない。捕まれば逃げれないし。夢見が終わるまでそのままだ。』
へー、やっぱり?不思議な制約だ。
情報の開示は拒めるのに、行動の実効支配は可能なのか。
『理由も意味もそのうち分かるから。むやみにボクを拘束してくれなければ文句はないけどね。』
「よし!決めました!ディダさん、ご覚悟を!」
私とディダが意識で会話している数瞬の後。
リリスは手に持っていた衣装を一つ選び出すと、それを目の前に掲げたあとスッと目を閉じた。
次の瞬間、私のボスゴリ衣装が紫煙に変化した後文字通り煙のように消える。合わせて変容していたカールした髪型も元の直毛に戻る。
もう何度目か解らないくらいの現象だが、肌に触れていた衣類の感触や締め付けまでスッと消えるのが凄く不思議な感覚だ。
ちなみに現在私は素っ裸です。
リリス曰く、衣装は下着から整えるのが重要。
だとかなんとか。
民草の少女たちはこんな事に日々心血を注いでるのかと。
同情の涙を禁じ得ない。
まぁ私は民草ではないので良いけど。
ルミナス教の聖女だからね。
「一人で脳内一人ボケツッコミとか何の意味があるの?」
「それに突っ込むのも大概じゃ……」
そう言って抱えているディダの姿を見て私は口を噤む。
「あれ?ディダさん脱げてない。」
「そうしたからね。」
こういう干渉抵抗はできるんだよね。コイツ。
前も自分で椅子出したりクッション出したりしてたし。
「えー……往生際が悪いですよー。」
「ねぇリリス、ちょっとセレナに毒されてきてないかい?」
「えっ。セレナに悪いところなんてないですよ?」
「……本気で言ってる辺り、リリスはスゴいね。」
「そうよ、リリ凄なのよ。リリス、私がディダをバンザイさせとくから脱がしちゃいなさい。」
「えっ。」
「あ、はーい。帯失礼しまーす。」
「ちょ、二人とも思考すらなしにとんでもないことしてない!?」
「わ……ディダさん、この帯の素材は何ですか…。凄いサラサラで重みを感じないのに……何か…すごい存在感がある……?」
「ほら、リリス。良いから、コイツの貫頭衣を剥いじゃいなさい。」
「あ、はい。御髪絡まないように失礼しまーす。」
「あー!もー!わかったから!協力するから、ボクも着せ替えに付き合うしリリスの干渉も受けるから!」
「はい、これでディダもすっぽんぽーん。」
「セレナが凄く楽しそう……わ、ディダさんもお肌つるつるすべすべのもちもちだ。セレナみたい。」
「ねー……ボクの話し聞いて?」
「スキンシップと洒落込みましょ、ディダ様。」
「うっわ。セレナがキモ――わかった、ごめん、そんなにギュッと抱きしめないで。」
「この貫頭衣の布も……なんか凄い。」
「リリス、神格の衣服に興味示しても意味ないから、そこに畳んで置いときなさい。」
「はぁい。」
「ねぇ、神格自身を羽交い締めにして脱がして裸にしてるのに、衣類は丁重に扱うのおかしくない?ねぇ。」
「で、次はどういう衣装なの?」
「あ、はい!たしか70年くらい前にルミナスの南方諸国の小国で購入した衣装です!凄くきれいな方々がいっぱい住んでて、皆さん金髪や銀髪の方もいてですね。ディダさんは金髪だし、セレナの白い髪にもよく似合うと思うんです。でですね、私がコレ購入したお店に、すごーく可愛らしい金髪のちっちゃい女の子が居て、ディダさんみたいだなーって思ったら着せてみたくなっちゃって!」
「すっごい喋るね。リリス。」
「さっきからこうよ?見てたんじゃないの。」
「着方が難しいから私の記憶とイメージで着付けしちゃいますね。」
「ボクが夢見に干渉できるのは現れてからだよ。セレナの記憶から内容を拾うことは出来るけども、夢見に隔離されてると上手くいかないんだ。」
「ああ、それで安定してから来るのね。」
「そゆこと。」
「あう、ごめんなさいお二人とも。肌を合わせてると着させるのが難しいみたいです。離れて立ってもらっても良いですか?」
「うん。わかったよ。セレナ、ボクを下ろして。」
「逃げんじゃないわよ。」
「わかってるってば。」
「ふふ、母子っていうか姉と妹って感じですね。お二人。」
「えぇ……。コイツと?」
「まあ……ソレもいいかもね。」
あんたが仄めかしてどうすんのよ。
『リリスはそこまで深く考えるタイプじゃないよ。』
「? じゃ、二人ともちょっと動かないでくださいねー。」
今度はどこからともなく紫煙が湧き出て私とディダの体中にまとわり付く。
音もなく私達の身体を舐め回していく煙が身体を離れ霧散する頃には、何やら見たことのある緩やかなドレープの衣装が私達を包み込む。
鏡に映った自分の姿を見て、少し見覚えのある姿に思わずほっとする。
「あらこれ。ガリシアの神殿装束じゃない。」
「キトンと呼ばれる、千年以上前の歴史的衣装だね。ボク的には懐かしい衣類だ。」
ディダも同様の衣装に身を包み緩やかにたなびく布を持ち上げながら感想を述べている。
「あれ?そんな昔の服なんですか?たしか服屋の女性が着てて一目惚れして買ったヤツだったと思ったんですけど。」
「70年前の物ではないわねぇ……、一応ルミナスの文化的源流でもある国の一つだけども。多分、観光用のお土産の類よ。」
「はえー、お子さんにも着せてたからてっきり……。」
「ねぇ……リリス。あの時代の彫像や絵画を見ると、もっとふくよかで女性らしい体つきの人たちが着ていた印象があるのだけど。私みたいな華奢な身体にはちょっと違くない?」
「私は素敵だと思いますけども?まー、でも……ふむ。」
「何よ、その嬉しそうな笑顔。」
「いえ。セレナが衣服について注文というか、意見を言ってくれたのが嬉しくって。」
「まぁ……一応知識にはあったから、違和感を覚えたのは確かね。」
「えへへー。それでも何か嬉しくなっちゃいました。あ、じゃあこの間みたいに体つきもいじってみて良いですか?」
「ええ、構わないわ。どうせ髪型もーってなるんでしょ。いっそ徹底的に拘ってみたら?」
「ボクは髪だけにしてね。」
「む。じゃぁ……セレナの身体はこの間のにしますね。」
リリスがそういった直後、濃いめの紫煙が私を包み込む。
思わずといった具合に目を閉じ、数瞬後に開いたときには目線の高さが変わっていた。
鏡に映っているのはいつぞやに見た『究極美の私』だ。衣装も相まってガリシアの美の女神と言わんばかりの神々しさ。ただし前回と違って髪色は元の私と同じ白色だ。
「前も思ったけど、凄いわね。」
何の忖度もなく、そんな感想が漏れる。
「ねー、我ながら最高傑作だと思います。」
そう言いながら、リリスは私の後ろへと歩いてくる。
「セレナ、髪型の方は何か希望ありますか?」
「そっちは完全にさっぱりよ。リリスが適当に決めてちょうだい。」
「んーじゃ。一部を編み上げてふわっとまとめて……残りは普通に流して…。」
リリスがそうつぶやきながら私の髪に触れるように紫煙を纏わせる。
「じゃ、ボクは適当に編んで背中に流すだけ。」
ディダがそう言うと、彼女の髪が生き物のようにスルスルと動き出し綺麗な編み下ろしの髪型になる。
……なんか負けた気分。
「どうですか?セレナ。」
そうリリスが聞いてきたので鏡に映った自分の姿を見ながら半身を捻り髪型を見る。
まぁどうかと聞かれても、よく解らんのだけども。
「ま、リリスが選んでくれたのならそれで良いわ。」
私は何の迷いもなくそう答えた。
「えへー。似合ってると思います。」
そういって屈託のない笑顔を綻ばせた。
「ねえ、リリス。ボクの知識的に、この衣装は別に褐色の肌でも似合うと思うし。君も一緒に着てみてよ。」
うお。ディダが意外な行動にでた。
「え。あ、はい!是非!」
面食らったような表情の後、今までにないくらい紅潮した頬で破顔し嬉しそうに返事をするリリス。
そのまま彼女は自身の身体に紫煙を纏わせて弾けるような風を放ちながら、キトン装束へと変貌した。
「えっと、じゃぁ私も髪を……」
「こういうのはどうだい?」
ディダがそう言うと、リリスの髪がスルルと動き出し、緩やかなウェーブの編み上げへと変わってゆく。
「わー……」
さらに頬を染めながら嬉しそうな顔で見惚れるリリス。
「うん。まぁいいんじゃないかな。」
そういってディダは鏡に向き直り、並んで立って見せた。
中央にディダ、その右後ろに私。その少し左後ろにリリス。
やや収まりが悪いかも?
「ディダ、抱っこするわよ。」
「いいよ。」
そう言って手を差し出した彼女を抱きかかえて自分の胸へと寄せた。そしてリリスに寄り添って立つ。
「わぁ……」
もはや目が潤んで泣きそうなくらいに嬉しそうで朗らかな笑顔のリリス。
彼女のふくよかで女性らしい体つきも相まって、慈愛と母性に満ち溢れた柔らかな表情は、まさに真なる女神か聖母か。
そんな感想を覚えるくらいには、3人が並ぶ姿は絵になっていた。
「これは、かなりいいわね。」
自然と笑顔になる私。
究極の美を備えた肉体と美貌が合わさり、仮面ではない聖女かと言わんばかりだ。
自分で言うとアレすぎるけど。
「うん。それでも様になってる。」
また脳内ツッコミに触れつつも。
無垢な笑顔と黄金の髪を煌めかせた小さな神格は、神の御子とも言わんばかりの神聖さを湛えつつ、静かに微笑んでいる。
まぁ心を読む邪神の可能性もまだ残ってるけども。
「……」
ツッコめや。
そのまま三人で鏡の前に佇み、時が止まったかのようにそれぞれを眺めた。
リリスが胸中に何を思ったかは、神格と彼女しか解らないけども。
喜んでくれたのなら、私も嬉しいかな。
ストーラやらキトンやら、紀元前の北欧衣装が好き
あの油断しきったドレープは女性の肢体を美しく自然に包み込む
ええ、ただの趣味ですとも
ぐへへ




