序幕 「星読みの間」
ご無沙汰しておりました、2週間ぶりの投稿で2章が始まります。
起承転結という言葉がありますが、1章で起こりは成りました。
次はでっかくドーンと。物語の発展を承りましょう。
転まではまだまだあります。
長くお付き合い、お楽しみいただければ幸いです。
私、ソフィア・ディ・ブレイズがクソジジイの召喚を受けてから3日めの昼前。
そろそろ休暇も退屈になってきた頃、私の屋敷に『星読の大賢者』からの使いがあった。再びルミナス魔術院に出頭するようにとの簡潔な伝言。
それだけの内容なのに使いの者は何重にも隠匿結界を展開した状態で私に接触してきた。
嫌な予感。
こういうのは秘匿重要性の高い国家機密レベルの情報伝達手段。
とはいえ拒否権がない私は支度を整えて魔術院の最上階へと向かう。
向かう道すがら、今回は話が長くなりそうだと気が重くなる。
レナの件に関する報告書の提出時の訪問は、驚くほどあっさりとことは済んだ。クソジジイは私が必死に書き連ねた2年間分の報告資料をパラパラとめくり、嬉しそうに目を細めると、一言私に帰るように伝え奥に引きこもってしまった。
あの時。ジジイの性格上、ネチネチと根掘り葉掘り聞かれるのを覚悟していた私は、さっさといなくなってしまった師匠の行動が理解できず、思わずマグノリアの方を見てしまったくらいには驚いた。彼女も同様だったみたいで驚いた顔をしていたのを思い出す。
そもそも質問攻めにされるのが嫌で嫌で仕方ないから、私は必死に内容を精査し推敲し、一切の矛盾なく最高傑作の報告書を書き連ねてやったつもりだった。
だが、あのジジイなら3日もあれば2年分の報告書など、熟読して熟考して熟慮したうえで筆者の私に対して質問攻めにするくらい余裕だろう。
ともあれ、今日は報告について色々と聞かれることは間違いあるまい。
分の悪い勝負はしたくないけども避けられないならやらねばならない。そんな意気込みを胸中に抱えつつ目的地を目指した。
魔術院に到着し窓口にて用件を伝えようと受付に近づくと、座っていた2名の職員達が立ち上がって一様に礼をしてくる。
「こんにちは。師からの召喚に応じて来院したの。入館の手続きをお願い。」
「承知いたしました。大魔道士ソフィア様。既に大賢者ルキウス様より通達を受けておりますので手続きは不要でございます。どうぞお通りください。」
いつも通り声をかけたが、前回のように反応が返ってくる。
「ねぇ、リーナ?立場が変わったのは判るけども、そういう態度取られると私すごく悲しい。ヤヤもずーっと澄まし顔してないで、いつもみたいに軽口の一つでも飛ばしてくれないかしら?逆に気持ち悪いわ。」
私は少しすねた顔をして見せてかつての同僚に話しかけてみる。
「そうはおっしゃられましても……当院における第三席次に対して無礼な態度を取るわけにもいきませんので。どうぞ手前どもにお気遣いなく。ルキウス様がお待ちですので。」
私がリーナと呼んだ、いかにも堅物そうな眼鏡をかけた女性は、我儘を言うなと言わんばかりの態度だ。もう一人のヤヤも無反応。
本気で疎外感を覚えて、少し心が沈む。
「そ。まぁ……そうね。仕方がないわね。」
ふん、とため息を漏らしつつ、私はそう答えた。
まぁ、彼女達の立場を考えれば無理もないことだ。
私は魔王討伐隊の功績により絶大なる支持と権力を得ることが決まってしまった立場だ。今後はこういう関係が増えてくるのは当然の帰結。
立場を利用してやろうとすり寄ってくるような連中は増えるだろうけども、かつて気兼ねなく付き合ってきてくれていた友達なんかは色々と振る舞いを考えなければならなくなり、接し方一つも慎重になることは理解できる。
ブレイズ家としての貴族のしがらみのことも考えると、今後我が身に降りかかるであろう数々の変化と面倒事に、心の底から気落ちする。
これからジジイと一線交えなきゃならんのに、孤立無援といった感じがしてすこし泣きそうだ。
「じゃ、失礼するわね。」
そんなことを考えつつも一切表には出さぬように振る舞いつつ。淡白なかつての同僚に淡白な挨拶をし、塔の最上階へと繋がる昇降機へと向かおうと受付を離れ、やや重い足取りで歩きだした。
「ソフィヤ。私ら今日は15時までだヤ。終わったら例の店で待ってるヤ。」
突然、舌足らずで訛りのある声が後ろから聞こえて、思わず立ち止まり振り返る。受付の二人をみてもこちらを見ることはなく、黙して受付業務と書類の記入をし、次の来院者とのやり取りに忙しそうだ。
だがよく見ると、ふたりとも少しだけ口角が上がっている。
思わず顔がほころぶ。
「そ。じゃあ、さっさと片付けてくるわ。」
私は独り言のようにそう言い放つと、踵を返し昇降機へ向かう。
つい先ほどとは違う、ウソみたいに軽い足取りで。
我ながら容易い性格だ。
昇降機を降り廊下を歩く。
ルミナス魔術院、幾つかある建造物のうち一際切り立った高い塔。
そこの最上階にある一室。
「星読みの間」とか「大賢者の棲家」だとか色々と呼ばれている、我が師が一日の殆どを過ごしている部屋の扉。
扉の前には見慣れた顔が待ち構えている。
姉弟子のマグノリアだ。
「相変わらず時間に正確ね。」
疲れた顔の姉弟子が挨拶してきた。『氷晶の大聖堂』やら『冷鉄の女』にしては珍しい。
「それはもう、師匠の背中を見て学んでおりますので。」
私も遠慮なく答える。
「私としてはあなたの几帳面な性格は大歓迎なのだけれども……ルキウス様が昨日から嫌にご機嫌なの。お陰で自分の仕事が滞ってるわ。」
小さくため息をつきながら彼女が愚痴を零す。
「それは……ご愁傷さまだけども。なんでまた。」
嫌な予感が強まる。
「あなたの報告書を読んだからよ。徹夜で読みふけって昨日の昼には読み終わり何を思ったのか色々と調べ回ってるわ。それが終わったから貴女を呼び出せって、わざわざ魔導通信で朝っぱらから起こされたわ。」
予感は秒で確信へ。
いやまぁ、こうなることは予想してたけども。
私は肩をすくめながら彼女の前を通り過ぎ、扉の前で立ち止まった。
マグノリアも私の後ろに控える。
コンコン。
乾いたノックの音が廊下に響き渡る。
「ソフィアかぁ。」
嬉しそうで間延びした老人の声が扉の向こうから聞こえる。
「はい。ご召喚に応じ参上いたしました。マグノリア様も一緒です。」
「おー、はいれぇ。」
「失礼します。」
扉を開いて中に入ると、埃っぽい空気と薬品の匂いが鼻をつく。
「ようきた。そこらにすわってくれぇ。」
ヨボヨボの小柄な爺さんが容姿に似つかわしくない機敏な動きで動き回っている。部屋に充満した妙な匂いと靄に思わず顔をしかめてしまう。
「ただの実験じゃ。もうすぐ終わるから座っとれぃ。」
「はい。承知しました。」
「ルキウス様。調合を自室でなさらないでくださいと何度もお願いしてるではないですか。この匂いの中寝るのは辛くはないのですか……。」
「すぐに消えるわい。毒性もない、黙って座っとれぃ。」
「はぁ……。」
マグノリアとの会話との間もひっきりなしに手を動かして、何やら調合し続けるクソジジイ。手際の良さというか流れるような手つきというか……。
本当に256歳なのかと、いつも疑う。
「ソフィア。報告書、読ませてもらったぁ。なんとも興味深い内容だったのぅ。」
「ありがとうございます。事象の正確性と率直な私見に基づく内容です。少々見当違いな所もあったかと思いますが。どうでしたか。」
レナのことを良くも悪くも正直に書いた内容。魔術の探求者として嘘偽りなく記した内容。それでも仲間を晒し者にしてるようで良い気はしない。
それでもなお、師の見識は気になる。
「概ね問題なかろぅ。実に細かな所まで観察しておるし、筋の通った着眼が見て取れた。お前もいっぱしの探求者じゃのぅ。」
「恐縮です。」
「マグノリア。そこの机にソフィアの報告書と儂の要約書が乗っとる。お前も目を通しておけ。」
「承知いたしました。」
マグノリアが書類を取りに席を立った頃。
ジジイが調合の作業を終え此方に向かってきた。
「そうじゃ。ソフィア、お前の杖の修理、終わったぞ。」
「本当ですか!ありがとうございます!!」
思わず声をあげてしまった。
慌てて平静を装う。
「ほほ、アイツも待ちかねておった。そこのワークベンチの上のケースに入っとる。もってけぇ。」
朗らかな顔で笑顔になるジジイを尻目に、私は急いで卓上のケースへと向かい蓋を開ける。上質のアームケース内に安置された私の相棒の姿が目に映り、思わず顔が綻んだ。
『魔杖フレア・ゼフィール』
魔樹アゼニアの枯木から削り出した漆黒の直杖の柄に魔導感応金属で幾何学的魔術的装飾を施し、継ぎ目には白霊銀の魔導増幅刻印を施した黒銀の継ぎ輪。鋒には王霊金による炎を模した立体的な飾り台座がしつらえており、真紅の宝玉と翠緑の宝玉がはめ込まれている。
「こんなに早く治るとは思ってませんでした。感謝いたします。」
ほっと胸を撫で下ろしながら素直に礼を述べる。
「もとより最上級の魔晶石は無事じゃった。お前の魔法出力に呼応した宝珠の共振に台座のほうが耐えられんかっただけじゃ。王国の素材庫で事足りたわぃ。」
「ソフィア……ゼフィールの階級でも耐えられない出力で魔術を行使するなんて、いったい何があったの。」
「魔王ザルヴァドスの行使する氷結魔術との相性が良くなかったのです、彼は虚術の使い手としてはマグノリア様といい勝負でございました。」
私はため息混じりに答える。
また小言が始まった。
「……魔王戦の報告書は読みましたが。貴女は力押しが過ぎるのです、氷結魔術の虚術に対して熱術だけで対抗したところで効果は望めません。今後の魔術探求において、貴女の課題の一つですよ。」
「承知しております。」
姉弟子の小言を適当に聞き流しつつ、相棒の構造体に手をすべらせて感触を懐かしむ。懐かしい手触りと重量感。
思わず頬ずりしてしまう。
……おや?
ゼフィーに違和感…が?
「マグノリア。こやつの性格を考えぃ。どうせお前のような最上級の虚術使いに力押しで勝とうとかアホなこと考えたにきまっとる。」
「はあ……ルキウス様もそう思いますか……。」
マグノリアは深い溜息をつき肩を落としながら書類へと視線を戻す。
「そんなことより、師よ。この子の構成に変化があるように感じるのですが。何か手を加えられましたか?」
「ほう、説明前に気づいたかぁ。しっかりと精進しているようで何より。」
「いや、勝手に手を加えるとか何を考えてるんですか。」
「じゃかしゃぁ。お前も勝手に属性拡張しとろうがい。トライキャスターとして土を選んだことに異論はないがの、少々性急すぎやせんかお前。宝珠なしのゼフィールでもやれんことはないだろうが、お前の無理な魔術行使の犠牲になるんはそいつじゃ。そのために構成素材に強化被覆を施し、台座の素材をいじって今後の宝珠拡張基盤を構築したんじゃ。ちったぁ師の意図を汲めぇや。」
私の大魔道士としての次のキャリアとして土属性を選んだことを察したのか……それに適した宝珠が使えるようにあらかじめゼフィールの鋒にある王霊金の台座を調整してくれたようだ。
……割と至れり尽くせりの内容だ。
「ゼフィーの負担になるような土属性や複合属性の行使はしていません。」
「凱旋式の時の精霊花火見たぞ。むちゃくちゃな術式組みよってからに。おめぇ何層の術式組んであの魔術を構成したぁ。」
「基本構築式4層に反応術式8層、連鎖展開術式16層ですが。」
私はすっぱりと答えた。
マグノリアが目を剥いたあと、天を仰ぎ頭に手を添えている。
「ですがじゃないわい。ゼフィールの限界出力でやったら王城が消し飛ぶ構成じゃろがい。」
「そんなことしません。というかゼフィーであれば更に増幅術式を加えた上で累乗させられます。」
「お前はバカの天才かの。そんなことしたら大陸に穴が開くぞぃ。」
「しませんってば。」
「ソフィア。貴女が才能に溺れて悪の道に進まなくて本当に良かったわ……。心の底からそう思うわ。」
マグノリアがやや青い顔をして呟いた。
「これは二人のご指導あってのことでしょうに。正道を進まず今の自分にまで至れたと自惚れたことを言うつもりはありませんわ。」
「相変わらず口の減らんやっちゃのぅ。まぁよいわぁ。……ほれ、ゼフィールはもってけ、貸してた杖はおいてけぇ。」
ため息ひとつ漏らし、ジジイが手を差し出した。
「承知いたしました。」
そう言うと私は左耳のイヤリングを指で弾いて、マテライズの術式を行使する。キィンという金属音が響いた直後、イヤリング型魔具から圧が膨れ上がり私の左前方に魔杖が出現し、空中に漂う。
私はそれを掴み、ジジイの前へと歩み出ると。
「修理の手間に加え、わざわざご用意いただいてお手数をおかけしました。クセもなくとても使いやすい杖でした。」
有り体に粗悪品をよこすなという皮肉をこめつつ。
師へと一礼し杖を差し出す。
「ほ。お前、これを見破れなんだか。まだまだ鑑定眼と猜疑心は青いのぅ。」
ニンマリ笑顔で杖を受け取ったジジイが言い放つ。
「……といいますと。」
急造の模造品と思っていたシンプルな造りの杖かと思ったが……見破る?
「どうせ急造品とかおもっとったろ?こやつは偽装できる杖なのじゃ。」
そういってクソジジイが手に持った杖の柄足でコンコンと床を叩いた。
みすぼらしい樫の木の杖に雑多な魔晶石をはめただけの魔杖が、シュパッという風切り音と共に姿を変えた。
緑がかった金属製の柄、樹木を模した鋒の枝に鈴なりの翡翠と紅玉の魔晶石が幾つも散りばめられ、幹の部分には風もないのにたなびく白霊銀の飾り布。
「『風炎樹ウィンヴァルジュ』……」
私は呟いた。
「そうじゃ。儂のトライキャスター時代の3属性魔杖じゃの。急ごしらえとはいえ、1週間如きでダブルキャスター向けの2属性魔杖なんぞ作っとられんからの。こいつに悪巧みに付き合ってもろたんじゃぁ。」
すごくいい笑顔でクソジジイがのたまう。
「……おみそれいたしました。」
頬が引きつる感触を覚えながら、会釈をしてやりすごす。
「ほっほっほ。若えモンの悔しそうな顔は気分がいいのぅ。」
腹の立つ笑いを響かせながら、クソジジイは身じろぎ一つせずにウィンヴァルジュをマナライズにて魔具へと仕舞った。
杖をしまい終わったジジイだったが。
彼はその後、突如として真剣な顔になった。
「マグノリア、要約書は読めたかぁ。」
そういって鋭い視線を彼女に向ける大賢者。
「はい、概ね。ソフィアの報告書も斜め読み程度には。」
「ふむ。では本日の本題について取り掛かるかの。」
彼は応接スペースの上座にある一人用ソファに腰掛けると、私にじっと視線を送ってきた。私はゼフィーをマナライズでイヤリングに仕舞い、マグノリアの向かいに座った。
「さて……結論から言おうかの。」
普段飄々としたクソジジイが、突如として真剣な表情と眼差しになり。重々しい口調で話す。
「星読みの配置と儂の占星術。ソフィアの聖女に関する報告書、大戦集結後の軍からの諸々の報告。これらを総合して、儂は一つの結論を得た。」
『星読みの大賢者』と呼ばれ、未来視すら可能と畏怖されている我が師のただならぬ雰囲気。
聖女セレナ・ルミナリスのことを色々と聞かれると考えていた私は、思いも寄らない方向へと話が展開しつつあることを予感する。
「近々、新たなる魔王の誕生があるかもしれん。」
その予感は最悪の形で裏切られた。
多大なる犠牲の果てに成されたはずの悲願が、実は仮初めだった場合。
人々は絶望するのでしょうか、再起の狼煙を上げるのでしょうか?
世界はまだ真の恐怖を知らなかっただけかもしれません。
はてさて、どうなるのやら。
ご意見ご感想おまちしております。




