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救済の聖女のやり残し ~闇と光の調和~  作者: 物書 鶚
第一章 第二部 魔導工学と魔獣
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回想録 「次なる場所へ」

旅は道連れ 世は情け

持ちつ持たれつ 先を目指す

彼らのとの関係もこの1週間で変わったみたい


「ま、せいぜい役に立ってもらうとしましょ。」


グリーンリーフ村が見えなくなってから少し歩いたところ。南北への分かれ道へとたどり着く。

数日前、この南からの道を私たちはエミリアと共に歩き、今いる道へと入りグリーンリーフ村へと向かった。


そしてこの道を北へ向かうと、王都と北部都市を結ぶ街道に再合流できる。


次なる目的地【大都市シルバーハート】へと続く道だ。


旅程は徒歩で3~4日。街道沿いの途中には幾つかの宿場があるが、結構な長い道のりとなるだろう。


ま、リリスも居るし退屈はしないはず。

のんびりと行くとしましょ。



と、いう予定だったのだが……


左へと曲がる道の先には何やら見覚えのある人影。

騎馬と荷馬車の姿も見える。


ローム兄妹とその愛馬フェデル、そしてノウスが引く馬車だ。


兄のルーカスは御者席(ぎょしゃせき)にて何やら作業をしていて、妹のエミリアが二頭の世話に一生懸命な姿が遠目に映る。


我々をお待ちかね、といったところだろうか。


私とリリスは顔を見合わせると、二人の方へと歩いていく。


やがて声も届こうかという距離まで来たところで、エミリアがこちらに気づいて表情をほころばせた。


「セレナ様ー!」

手を振りながら声を上げる彼女。その声に顔を上げたルーカスもこちらへと向いて表情を和らげる。


やっと来たか。

って感じの顔だ。



「おはようございます。ルーカス様、エミリア様。」

「おはようございます。お二人とも。」


「おはようございます!二人ともお元気そうで。」

「やあ、おはようございます。ようやく来ましたね。」


兄妹の傍まで来た私とリリスはとりあえずの挨拶を兄妹と交わす。


「お待ちになってるとは知りませんでしたもの。実に()()()()と歩いていましたわ。」


「それもそうですね。()()()()我々も準備は万端ですよ。」

私の軽口に飄々と答えるルーカス。

相変わらずの態度だ。


「ルーカス……ねぇ、セレナ様にご無礼な物言いはやめてってば。」

「今更だよエミー。セレナ様は我々のことを既に承知済みだ。取り繕うようなやり取りは無意味だよ。」

やや慇懃無礼(いんぎんぶれい)な態度と物言い。既に自分たちの立場を理解している私に対して行商人のふりをするのは無意味だ。との主張だろう。


「そ……そうだけども。周りの目がある時にそれじゃ困るでしょう?」

尚も食い下がる妹。


「あ、そうだ、セレナ様。ご依頼は恙無く、無事に完遂してますよ。報告書は確かに陛下へと渡り、部隊展開も無事行われたようですね。」

そんな妹を放置したままルーカスは話を進めてしまう。


「ええ、ご足労おかけました。エミリア様もフェデル様もありがとうございました。お体の方は大丈夫でしたか。」

私としても変に手間のかかるやり取りよりかは、こちらの方がスムーズにことが進んで有難い。ルーカスの話題に乗ることにする。


「……大丈夫ではなかったですけども、もう平気です。」

急にすんと表情が抜け落ちてエミリアが答えた。


ブフーッ。とフェデルが鼻息を荒げて笑っている。

フンッ。と一笑に付すノウス。


「ま、貴重な体験だったと思ってあきらめるんだね。というかエミーも騎乗の技量がうなぎ登りだったと言ってたじゃないか。」

面白おかしそうな顔でルーカスは妹を宥める。


「そこはまぁ……否定はしませんけども。セレナ様、フェデルは王都からこっちへ向かう時も強化状態が続いてたんですよ?全力で走るあの子が嬉しそうなのは良いですし、いい加減私も慣れつつありますけども。あんな無茶な走りをさせて本当に大丈夫なんですか?」

不安と不満を混ぜこぜにした表情でエミリアが問うてきた。


「帰りもですか?そこまでの強化を施したつもりではなかったのですが。もしかしたら……それは、フェデル様自ら新たな段階へと至ったかのかもしれません。」

思い当たる節がないわけではない。


「え。どういうことですか?セレナ様。」

予想だにしない返事だったのか、エミリアの顔が不安に染まる。


「私の身体能力強化を複数回受けた討伐隊の仲間の場合ですと、一定の経験を重ねたことで体の動きが格段に良くなった事例がございます。主に体捌きや呼吸法の改善、持久力の向上などが挙げられます……フェデル様も天性の走りの才能を持て余しており、それが私の強化によって開眼した可能性があります。」

私は過去の出来事を思い起こしながら説明をした。


エミリアの顔が悲壮に固まっている。


「じゃあ……この子は今後ずっとあの走りが可能に……?」

恐る恐るといった具合に聞いてくる彼女。


「あっはっは、よかったじゃないか!エミーはこれからも神速の愛馬を駆る騎手として名を馳せることになりそうだね!」

他人事だと言わんばかりに大笑いのルーカス。

そんな彼を恨めしそうに睨むエミリア。


仲睦まじいことで。


「まぁ、私の強化程ではなく、フェデル様がご自分で決めた走りであれば問題は無いかと思います。」


そう言いながら私が彼女の傍へと歩み寄ると、フェデルは嬉しそうに顔を寄せてきてくれた。


「ね。私の強化がフェデル様に無理を強いてるのであれば、こうはならないかと思います。」

「フェデルさん、すごくうれしそうですね。」


「だってさ。エミー。」

「うーん……ならいいんですけど。」

「ブルルッ。」


「ノウス様も一度体験してみては?フェデル様のように新たな世界がまっているかもしれませんよ?」


「ヴォフ!」

「ノウスは嫌だって。私も嫌なのでやめてくださいね?」

表情筋を一切崩さぬまま、飄々とした笑顔で断固拒否する二人。


ほんと似すぎだろ……この主従。


嫌だわぁ……。



「で、お二人は私たちを待っていたので?」


「ええ、護衛と途中までお送りしつつ、何かお話も聞ければと思って。ここで待っていました。」


「そうでしょうとも。でも既に特務小隊から連絡は入ってるのでしょう?私の報告書と意見書はヴァルド隊長にお渡ししてありますが……まだ何か聞きたいことでもございましたか?」


ゴミ山での事案と魔獣の進化の件に関する報告に加えて、機関への()()()()の意見書は昨晩の宴会前に隊長に渡してある。


他に話すべきことなど……あっただろうか?


「書面ではわからないこと、話してみてわかること。結構あるものですよ。ぜひとも道中でお話聞かせていただければ、我々としても大助かりです。」

そういうとニヤリとした笑顔で私を見てくる。

何もかも見過ごすつもりはなく、心の底まで見透かしてやるぞと言わんばかりの笑顔だ。


えー……すっごい嫌なんだけど。



「すみません、セレナ様……。我々としても懸案事項があるので、ご迷惑でなければご協力いただければ。」

エミリアは心底申し訳なさそうな表情で懇願してくる。


ま……しょうがない。か。


「リリィ様も良いですか?」


「はい、私は特に。ご一緒していただけると心強いです。」

私の問いかけに対しにっこり笑顔で答えるリリス。


「決まりだ。セレナ様は御者席の隣へ、リリィさんも荷車の前席に座ってください。その方が話しやすい。」

そういってルーカスは御者席から飛び降りると、テキパキと出立の準備を始めた。迷いのない実に鮮やかな手つきだ。


「じゃあ、私も準備しますので。お二人は席へ。」

そういってエミリアが荷台の後部に格納されていた踏み台をだしてくれる。


行くと決まるやいなや、兄弟そろって行動が早いね。

さすが零番隊所属諜報特務官だ。頼もしい限りですこと。


私が肩をすくめながらリリスへと視線を送り荷馬車へと上がると、彼女もまた苦笑しながら荷馬車へとついてきた。



やれやれだ。

せいぜい根掘り葉掘り聞かれるとしましょ。



日は昇り、間もなく正午となる頃。

旅立ちに良き日和、秘密の話も弾むことだろう。









「なるほど……しかし、そこまでの負のマナによる変異が休眠期もなく行われるものですか?私の知識にそのような事象の記録はなかったと思いますが。」


ルーカスの顔は深刻そのもの。進路を見つつも険しい表情は様々な思考を巡らせていることを雄弁に語っている。


「正直いいますと私も同意見です。ただ、実際に魔獣による『心臓食い』は何度か痕跡を発見したことはありますが、摂食直後の状況に遭遇したことはありません。記録もなかったかと思います。故に通常の負のマナを摂取した時同様に休眠期があって然るべき、それが完了するまではねぐらで身を潜めているものだと。他の学者同様に私も考えていました。」


「つまり、純粋な負のマナを摂取することと『心臓食い』によって負のマナを収奪(しゅうだつ)することは同列ではない可能性があると?」


エミリアもまた深刻な表情で質問をしてくる。


ちなみに彼女はフェデルに騎乗して私の座席側に並ぶ形で移動している。


「あるいは……別の何かが要因となり休眠の必要がない形で、クロ様に負のマナが順応した可能性もあります。」


「……別の何か。」

思わず深く考え込むかのように視線を下げるルーカス。


おい、前見れ。

ていうかノウスが勝手に小石やくぼみを避けてる。


えらい。


でもきらい。



「セレナ様は何か思い当たることはありますか?」

早々にお手上げのエミリアが私に助言を求める。


「……今回の件に関していえば仮説はあります。確証はないので報告書にも載せておりませんが。」

この際だから伝えておこう。


「なんだ、やっぱりあるんですね。そういう所見。」

聞いてよかったと言わんばかりにルーカスが興味をひかれている。

もったいぶるんじゃないよと目線が訴えている。


「ルーカス……。」


エミリアが渋い顔しとる。


ルーカスの態度については私も諦めたから、エミリアも諦めて。



「ええ。お二人は『マナ』をどの様な物だと思われていますか?」

ともあれ私は話す前に、一つの疑問を彼らに投げかける。


「……魔術体系の知識に法るのであれば『万象に宿る意思』あるいは『精霊との意思の媒介』でしょうか。」

深く考えることもなく、さりとてやや間を置きながらルーカスは答える。


「はい、有機物から無機物、生ける者から死せる者まで。その器に宿した千言の想い。思いの形。意思の器。あるいはその残滓。マナとは万象が持つ想いを根幹として何かしらの影響を外部に及ぼす力です。」


「異論はないです。」

ルーカスは即応し、エミリアも頷いてる。


「では、そのマナの一端である『負のマナ』もまた、何かしらの想いを根幹に成された力の塊だと言える。これは既存の学説の一つでもあります。」


「はい。」

「その通りかと。」


「では、クロ様がその身に宿し、また仲間の熊たちも同じく身に宿した『負のマナ』はどのようなものだったのか……予測の域は出ませんが私の考えはこうです。


通常、我々がよく知るところの極寒の死地における獰猛で狂気に染まった魔獣たちとは違い、彼らは衝動と飢えに耐えながら『負のマナ』を取り込み続けていた。これはかなり特異な事象であるとともに希望的側面を持つ事象でもあります。



野生の動物が己の意思により負のマナを御する。それによって自然の破壊と魔導汚染が進むことなく、ごく限られた犠牲によって事態が許容されるということは、今後の魔導工学や魔導汚染において大きな発展の指標となる可能性があります。


そしてその反面。今回の事象において懸念されるべきこととして……守護の意思を同じくして同族によって取り込まれた負のマナ。

それが凝縮された心臓。それを喰らっても発生しなかった休眠期。


これらの事象は『想いを同じくした同族の心臓食いには休眠期が不要であり、即時に負のマナの譲渡が完全もしくは相乗的に行われている可能性』を示唆していると私は考えています。」


「完全譲渡に……相乗効果ですか?」

ルーカスの顔がより一層険しくなる。


「はい。私が見届けたクロ様の『心臓食い』。それによって3頭の大型魔獣から譲渡された負のマナの総量は……クロ様に取り込まれた時点で加算にとどまらず、かなりの乗算が行われていたと私の魔力感知において判断いたしました。


魔物化……と便宜上呼称いたしますが。魔物と成れ果てたクロ様の魔力総量は、彼が取り込んだであろう3頭の大型魔獣を合わせただけでは説明のつかない濃い気配を宿していました。おそらく特務小隊における監察官にも同様の意見が出ているかと思います。」


「……零番隊の現場に居た者からも、尋常ならざる負のマナの発生を観測したとの報告があります。」

深く考え込んでいたためか、思わずといった具合に情報を洩らすルーカス。

言った直後にしまったと言わんばかりに、わずかに彼の唇が震える。


へぇ、この人でもミスらしいミスするんだ。


この場で第三者に洩れてはいけない情報を口にするとは。


「あら。では各方面において観測されていたということですね。ならば私の仮説も安心してご報告いただければ幸いですわ。」


私は思わずにっこり笑顔で宣う。


「……。」

彼は珍しく黙り込んでしまった。


「ご安心を。ルーカス様たちが私たちの監視において、大部分が見聞きできなかった原因となる秘匿結界を展開中でございます。我々の会話や表情は連中には洩れませんわ。」


駄目押しの情報開示。


「……それは大変安心いたしました。そして納得しました。今後ともしっかりとご自身の情報を守りつつ、このような機会を設けていただけますと……我々の役目を十全に行えると安心できるのですが。」


「言われるまでもございません。」

私はきっぱりと言い捨てた。


「はあ……。」

ルーカスがため息をつく。



やったぜ、()()()()



「魔獣の件について私からは以上ですわ。他に聞きたいことはございましたか?」


「いいえ、ありがとうございました……。」


らしからぬミスだ、ということだろう。いつも飄々としていた彼がやや気落ちしているのを見るのはちょっと面白い。


エミリアも兄の珍しい醜態に目を瞬かせている。



「では、私から。状況の確認を――」

私は嬉々として意気消沈した彼に畳みかける。



ここぞとばかりに色々喋ってもらおう。


陛下のご意志や、グリム達の今後の処遇について。

『例の連中』についてもすり合わせをしときたいし。

聞きたいことは山積しとるんじゃい。


さー、キビキビ吐けェ!



そんな私のにこやかな笑顔をみて静観していたリリスがため息をついた。



やれやれ、いじわるな顔してる。

ほどほどにしてあげてね。



とでも言いたげなリリス。



へへーん。

何とでも思うが良い!


容赦はせん!




その後、私のルーカスへの詰問は正午過ぎ、食事休憩のために平野部に馬車を停めるまでみっちり続いた。


げっそりしたルーカスが御者席でぐったりしてるのを傍目に。ルンルン気分で昼食の支度をする私。どことなくスッキリした表情のエミリアと、やや困った顔のリリスの表情が対照的で面白い。




此度の一週間を総括するに値する、実に有意義なひと時であった!


結局、クロのあれは何だったのだろう?

それが意味するところは読み進めていただければ

少しづつおわかりいただけるかと!


さ、乞うご期待!

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