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救済の聖女のやり残し ~闇と光の調和~  作者: 物書 鶚
第一章 第二部 魔導工学と魔獣
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第四十八幕 「村の宴」

遠い意識が何かに触れた

お前の力が必要なのだと告げた

失意に沈んだ私に力などは無い

ただひたすらに渦巻く想い、暗い願い


「私が世界に不要なものならば、なぜこんなモノが残るのだ。」


「「聖女セレナ様の多大なるご活躍と、女神ルミナス御恵(おんめぐみ)みに!!」」


村人たちが一斉に杯を打ち鳴らし歓声をあげた。



魔獣は無事に討伐され、ついにグリーンリーフ大森林における最大の脅威は取り除かれたことは、夕方ごろには村中へと知れ渡り。その日の晩に宴の準備が進められた。


オルウィン村長は満面の笑顔で祝宴の準備を執り行い。セドリック子爵は村の食料保存庫の解放を命じ盛大に祝うことを村人たちに告げた。


緑葉亭の酒場は宴会場として飾り立てられ、酒場の主人ベンが主体となり村の奥方達が協力する形で急ピッチに宴会料理が用意された。

テーブルに並ぶ村で取れた野菜と果実、山の幸と獲物の料理がテーブルに所狭しと並べられて、皆が思い思いに舌鼓を打っている。



主賓のテーブルには私とリリスを中央に。村人たちが感謝と礼を述べる人々で列ができている。


ハーセル家の面々も主賓側のテーブルへと席を用意され、村人たちは代わる代わるに快気祝いの品と寿(ことほ)ぎの言葉を伝え、改めて喜びを分かち合っている。メイも年頃の近い女性たちに涙ながらに声をかけられている。


主賓席の右側にはセドリック子爵、執事トマス、その弟子たる村の騎士リアムとフィン。左側には特務小隊代表としてヴァルド隊長が座っている。無論、特務小隊の面々も近くのテーブルに肩を並べて座っていた。


残念ながら全員という訳ではなく、ゴミ山の保全警戒部隊として二個分隊が夜通しの番として残されているそうだ。


軍人というのは、いつの時にも大変な役回りだね。


まぁ気の回るセドリック子爵が特配料理を準備し、交代要員へと持たせたというので、立哨隊員たちの気もまぎれるだろう。


酒は入れてないハズ。

というか入れんな。




「セレナ、身体は大丈夫ですか?」


村人たちの列も落ち着き、皆が祝宴にはしゃぐようになったころ。

こっそりとリリスが聞いてきた。


「傷は平気、しっかり治したから。理力の消耗は……まぁ正直言うとちょっとしんどいんだけど、この雰囲気で主賓が抜けるのもねぇ。」


これもまた英雄の役割か。

などと心にもないことを思いつつ、私はリリスへと返事をする。


すぐ隣り合っているリリスだけが範囲に入る様に指環へと秘匿結界を調整しつつ、二人でコソコソとおしゃべりを愉しむ。



そんな状況でも、時折村人たちから――


「救済の聖女に!」


などと杯を掲げる声が上がるたびに、皆が拍手をするものだから……まぁ主賓としては笑顔と会釈くらいはせねばと、ややだるい体を奮い立たせている。


ここぞとばかりに酒飲みどもがおかわりをして、乾杯をする。

溢れる笑顔と歓声に悪い気はしないのだけど……。



まぁ……呑みすぎんでくださいネ。


それに、あと二時間ほどの我慢です。

皆さまのお気持ちをしっかりと受け止めようじゃないの。



少し重い(まぶた)を心もとない理力でじんわり覚醒させつつ。

料理を楽しみながら皆との時間を過ごす。


魔王討伐の祝宴会の時も思ったが、こういう雰囲気は慣れないというか……ちょっとだけ手持ち無沙汰になってしまう。

酒を飲めば大魔導士ソフィアのようにべろべろで楽しんだりすることも出来るのだろうけど、ルミナス教徒の聖女たる私が飲酒とか流石に世間体があるので無理。


ひたすらに涼やかな笑顔を振りまきながら、料理と甘味を楽しむ。


まぁ、でも……離宮での祝宴会よりは、この村の祝宴会の方がよっぽど気楽に過ごせてる。私はやっぱり王宮や神殿のような形式ばった固い空気は苦手みたいだ。



「楽しまれてますかな。」


隣に座っていたセドリック子爵が声をかけてきた。


「ええ、存分に。」


精一杯の笑顔で私は子爵に返答する。


「お疲れのところ我々にお付き合いいただいたこと、心から御礼申し上げます。また、ハーセル一家のこと、魔獣の件。どちらも貴女の存在なくしてここまでの解決に至ることは無かったと確信し、まことに感謝しております。」


貴族としては珍しく、彼は着席のまま頭を下げてきた。


「私の選んだ道は女神ルミナスによって導かれたもの。それが皆さまの救いとなったのであれば、私としても至上の喜びにございます。」


私は小さく頷き、彼の礼に応えた。


「それと……トマスの想いを尊重していただいたことも。まことに不躾(ぶしつけ)な頼みこととは思いつつも、やはり遂げねばならぬと信じ、彼を遣わせました。」


子爵の発言に呼応するかのように、トマスは立ち上がり主の横に立つと最敬礼にて深々とお辞儀をした。


「いいえ。それもまたルミナスの導きにより受け入れられ、また成し遂げられるべきこととして私は疑っておりません。」


「ハーセル家の一件、村人たちが凶行に走らずに済んだことを聞いたとき。この地を預かる身として安堵するとともに、己の不甲斐なさを痛感致しました。そして、そんな彼らを差し置いて従僕の黒き想いを推し進めることの浅ましさを恥ずかしく思いました。」


誰もが祝いの席で笑顔でいるのに、子爵の顔は暗く沈んでいる。



うーん、子爵の良心の呵責(かしゃく)


……じゃない。

ディダ、お願いね。



私は指環に念じ、ちゃんとこの有様を隠しておく。


そして彼の懺悔に応える。


「いいえ、村人の皆さまの想いとセドリック様の気遣い。ハーセル家の気概とトマス様の復讐心。これは全て似て非なる主体性の違いを有しています。貴方は立場の上で正しい選択をされ、間違いなく今回の一連の物事を滞りなく見事に処理されました。」


私は笑顔でそう言った。


「……感謝いたします。」


子爵はただそう言って、再び深々と頭を下げた。


「セレナ様、私めからも一言だけよろしいですか。」


主人が頭を上げるのを待った後、トマスが続けて口を開く。


「はい。」


「……改めて、この場を借り。私めの不始末を正す機会を与えていただいたことに感謝いたします。この身に叶えられなかったことは慙愧に耐えませんが、あの場で我が身が成せる最上を行えたこと、心より有難く思っております。」


トマスはそう言って再び頭を下げた。


「はい。ルミナスは貴方の闇を快く受け入れてくださいました。トマス様がこの先あのことを忘れずに心に留め、また光を目指し歩く限り。女神ルミナスは決して貴方の中にある闇を厭いません。どうかこれからも……貴方の後ろに続く者たちの為に。己の闇を恐れず。貴方の背に宿る暗さを二人に見せてあげてください。」


私もまた頷き答える。


「感謝いたします。」


少し悲しそうな笑顔で、トマスは応えた。



なお、肝心の二人は子爵と師匠の目が無いうちにと言わんばかりに、料理と酒をかっ込んでる。


おいこら。


ま、いっか。



「トマス様。聞きたいことはそれだけでしたか?」


後ろの若者二人をさておき、私は彼が聞きたいと思っていたであろう、もう一つのことを知りたくは無いのか尋ねてみた。


「……セレナ様は真に鋭いお方ですな。」


トマスは敵わないといった風に肩をすくめ、私の質問を肯定する。


そしてため息を一つ吐くと静かに語りだした。


「数年前……正しくは七年前にゴミ山の存在が確認され、調査隊が定期巡回をするようになった翌年のことでした、私が報告に帰らぬ調査隊を探し一人森を駆け抜けたあの日。奇しくもその時に派遣されていたのは、リアムとフィン同様に私めを師事する若い騎士見習いでした。


魔獣の存在が明らかになる前の頃、ただの不法投棄業者を取り締まる位であれば若輩でも問題ない、などと考えていた私めは森歩きの訓練として彼らを現地へと遣わしました。」


私は指環の効果範囲を広げるように念じて、リアムとフィンを半径に入れる。後ろのヴァルド隊長も範囲に含まれるが、まあいいだろう。



やや言いよどみ、再び深呼吸をしてトマスは続きを語る。


「戻らぬ彼らを叱責する程度に考えていた()の眼前に有ったのは。かの魔獣に腹を食い破られ臓物を食い荒らされる若き騎士三名の姿でした。黒毛の……まだ魔晶化のほとんど進行していない、やや大きいだけの熊の魔獣。」


リアムとフィンの手が止まり、驚き見開いた眼でトマスを見ている。


やっぱ知らなかったのか。


セドリック子爵は苦い顔でワインを口にしている。


「私は後悔と憤怒に染まりながら奴の首を落とさんとすべく、咆哮を上げながら馬を駆りました。……浅はかでした。私の殺気を気取るや否や黒毛は駆け出し森の奥へと消え、私は弟子の骸を置いて行くわけにもいかず苦悶し再び叫んだのを思い出します。」


私は黙って頷き、彼の語りの続きを待つ。


「……実際の所、黒毛による被害はその一件だけ。

他の魔獣を見かけた、襲われかけたという報告は調査隊や村人からも絶えず有りました。その際に慌てて転び怪我をした。命からがら(やぶ)を走り抜けて傷だらけになった。そういう被害は有りましたが、村人が知る魔獣によって命を落とした者というのは、六年前に村に来た外からの見習い騎士三名のみ。

それでも日々増加する魔獣の目撃と被害報告に村人は怯えておりましたが……私は死人が出ないことが長年の間、ずっと不思議でした。」


ヴァルド隊長の手が止まり、こちらに耳をそばだてているのを感じる。

時折酒を口にしながら隊員の方をみて、近づこうとするものを目線で制している。


お気遣い感謝。


「なぜ……黒毛は、あの時……私の弟子だけを食らったのでしょう。」


トマスはようやく疑問を口にした。


悔しさとやるせなさに染まった老人の顔は、その深い皺をより一層深く刻ませながら……遠い昔の後悔を拭えずにいる様だ。



「真実はご用意できません。私の想像であり、体験に基づく予想となりますがよろしいでしょうか。」


私はさしたる間も入れずにそう答えた。


「是非も無く。」


トマスが頭を下げる。


「負のマナは様々な形で生命を侵食します。最たる物は皮膚から、たとえ息を止めようとも信じられない速さで浸透し、体内を巡ります。当然、呼吸により吸い込めば更に濃く深く、その身を侵されるでしょう。

しかし、これは大気中の負のマナによっての事象でございます。


……私がクロ様と呼んだ、黒毛の熊の環境適応種。


彼が仲間の心臓を三度喰らったのを御覧になられましたね?

アレは一種の本能的摂食行為であると同時に、負のマナを効率的に収奪する魔術的行為でもあります。


負のマナに染まった生物の『心臓を喰らう』こと。


これにより、その身に宿っていた負のマナは次なる宿主として心臓を食らった者へと『その全てを自ら移動する』のです。

負のマナもまた想いに応えるマナそのものであり、ある種の精霊を宿している負の力の存在だという結論が、魔術院より出ています。


ゆえに、クロ様がとった仲間の心臓を食らうという行為は三頭の仲間の業を引き継ぎ、魔獣として更なる深度を得るための行為として成立します。」


私はここでいったん果汁飲料を口にし、間を置く。


トマスの目は驚いた様子も無く、次の言葉を待っている。

リアムとフィンはもはや料理や酒どころではなく、こちらを真剣に見ている。


「……ここまでは、調査と経験に基づく論理的事実。おそらく魔術院でも同様の答えが出るかと思われます。


そしてここからは何の根拠もない、私個人の主観に基づいた予想です。


……あの黒毛の魔獣は、その身に負のマナを受けたその瞬間から、破壊の衝動と飢えに苦しみながら……その一切を講じること無く、ひたすらに負のマナを喰らい続けてきたのだと思います。


何者かが『銀の筒』を用いて巻き散らかす負のマナを、飢えと衝動に苦しみながら待ち続け。それだけを食らい続け。そのすべてを身に宿し続けた。


負のマナに適応するひと時、魔獣は安らぎ休眠をするという説を覚えていらっしゃいますか?


特濃の負のマナを受ければ相応に長い休眠を必要とするのでしょう。


負のマナを一心に受けるつもりだったクロ様は、休眠にあらがえず。されど、負のマナを巻き散らかす人の業は止まらず。


それを見かねた仲間たちが、一体。また一体と、一族のリーダーの意思に従い、その身に負のマナを宿していった。

いつしかその数は膨れ上がり、十を越え、あの数へと至ったのだと想像します。


……私が王都を出てすぐさま遭遇した焦げ茶の個体。


アレはおそらく、最も負のマナの影響を受けて間もない若い個体。

それでもガリガリに痩せこけて、豊かな森に似つかわしくない矮躯でした。


他の個体も同様に、誰一人として森の獣や幸を喰らうことなく飢えと破壊衝動に耐えたのだと、私は想像しています。



そうでなければ、グリーンリーフ大森林が無事であるはずが無いのです。


私が最初に出会った個体。

皆さまと一緒に斃した、比較的小ぶりな10体。

6mはあったであろう、クロ様に付き従う大型の3体。

そして、リーダー格であろうクロ様。


15体の魔獣が、欲望のままに自然を喰らえば。

一年とたたずこの森は破壊しつくされていたのだと、私は予想します。」


もはや、トマスはおろかリアムもフィンも。セドリック子爵もヴァルド隊長も、完全に手を止めて私の話を聞くだけ。


「前置きが長くなりました。


トマス様が6年前に遭遇された、その時。何が起きたのかと想像いたしました。証拠などありません、貴方から聞いた話、私が知る事実、今日までに見た現状。それらに基づく全てただの推理です。



……3名の見習い騎士はゴミ山の調査へ赴き、時期悪く何者かによる負のマナの散布の現場に居合わせてしまい、その身に負のマナを受けたのです。


宿主を得た負のマナは3人へと嬉々として入り込み、その身を侵しつくしたのでしょう。


通常の人体など耐えようもない程、濃い負のマナ。

おそらく即死に近い状態だったのだと思います。


魔族はそのマナ適正の高さゆえに、負のマナに適応し。外観に様々な変容をもたらしますが……人族ではそんなことは起きません。


浸透した負のマナはすぐさま臓器不全を起こし、その命を終わらせます。血は巡ることなく、臓器にのみ負のマナは留まります。

心臓に近い臓器の内粘膜にそれらしい兆候が出ることが、学会から発表されておりますが、私ですらその実状を見たことはございません。


ただ一つも傷も無い異常も無い骸が出来るそうです。


そしてその後……既に負のマナを得ていたクロ様は、3名の騎士の浸食体を目にする。彼はその魔獣としての本能から、3名の骸に負のマナを感じ取る。


……そして己の意志と使命に従い、彼らの心の臓を食らった。」


全てを語り終えた私は、グラスの果汁を飲み干す。

空のグラスを膝の上に置き、トマスの方をじっと見つめた。


「……6年。己の不甲斐なさを呪いました。そして同じだけ、黒毛の魔獣を恨みました。……あの戦いの最中、なぜか笑みが零れたのです。歓喜だったのか、自嘲だったのか、はたまた別の何かだったのかは解りません。


ただ、一つだけ覚えているのです。


なぜか彼が放った風のマナに()()()()()()()()ことを。」


震える声でトマスはそういうと、うつむいてしまった。



「トマス、下がるぞ。」


セドリックはそう一言いうと、立ち上がる。


「さあ!村の皆よ!! 存分に喜び、存分に楽しみ、存分に分かち合っているか!! 今宵の宴は村の再起を祝い、未来を祝福するものだ!! 皆の想いに女神は応え、私もまた領主として皆と想いを同じくする者だ!!」


突然始まった領主の演説に一瞬驚くも、皆笑顔で杯を掲げている。


「だが執政者たるもの酒におぼれることも叶わん! 我々は一足先にこの場をお暇させていただこう! そして願わくば、若き騎士リアムとフィン、その師たる従僕トマスへも皆の祝福を頂きたい!」


村の年長者たちの顔が、ほんの一瞬だけ曇る。


「若き騎士に!」

「偉大なる師に!」

「聡明なる統治者に!!」


次々と誰かが杯を掲げながら声を上げた。


再び歓声と拍手が起きた。


トマスは深々と礼をしたまま動かない。


リアムとフィンも立ち上がると、師の両脇に立ち王国式敬礼にて拍手に応え、師とともに深いお辞儀をした。


拍手が更に鳴り響く。




子爵と執事と若き騎士たちは、その万雷の中を縫う様に歩き、出口へと消えていった。


懐かしさの答えはいずれ

今は生きるものたちの想いに献杯


さぁ、次回

「姦しさ三度」

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