四十六幕 「人体発電」
目の前で起きている、私の世界になかった価値観
それに気づいたときに私の中に何かが奔った
まるで荒天の暗闇に駆け抜ける稲妻のように
暗雲を蹴散らす一筋の閃光だ
「そういうことでしょうか!?」
「いえ、あの……これはそういう物ではなくてですね……。」
異形と成り果てた魔物は、一切の迷い無く。
鋭い刃を備えた左腕を地面ごと抉るように振り上げた。
巨大で俊敏な動きは音を置き去りにし、尋常ならざる衝撃波を生みながら大量の土砂を巻き込みつつ森の木々を更になぎ倒してゆく。
轟音とともに弾き飛ばされた瓦礫が矢のように飛び散り、更に木々をなぎ倒す。まるで木立の小枝をへし折るかのように大木が拉げている。
射線上に居たのは私だけ。
その私も大鎌のような爪を避け、衝撃波をものともせずに最小の動きで魔物の攻撃をやりすごす。
隅に固まっていたリリス達や軍人たちにはせいぜい衝撃波が襲い掛かった程度だろう。それでも鼓膜を切り裂くような音と舞い上がる土埃の中で何名かは顔を青ざめさせている。
「皆さまは迂回してゴミ山の方へ!」
私は叫ぶように退避指示を出した。
それと同時に一足飛びに魔物の頭部へと跳躍し、跳び蹴りを打ち込む。
『バキィン!!』
まるで硬い岩が割れるような音が響き渡り、魔物の頭部を覆っている魔晶石の一部が砕け散った。
だめだ、入りが浅い。
私は反動を利用して誰も居ない方へと跳び退き着地する。魔物の動きから目を離さず、すぐさま動けるように備えは解かない。
油断なく魔物の状況を観察し効果を確認する。
だがしかし、通常戦闘機動とはいえ相当な速さで打ち込んだはずだった蹴りは、魔物の頭部はいささかも揺らすこと無く外殻をわずかに砕くにとどまる。
物凄いかったいな!
私の初撃をうけた魔物は身体ごと此方を向いて平然と私を睨み返してくる。
『理力』で強化された私の蹴りがここまで意を成さないのは初めてだ。
だが、どうやら敵意は私に固定できているようだ。
こちらを警戒しながら移動している集団には目もくれていない。
「その様子ですと、首周りも魔晶化で固定されてらっしゃるようですね。脳を揺らせた感触がまるで無いですわ。」
そもそも、今のクロに揺れるような状態で脳が残っているのかも怪しい。
やや緩慢な動きで向きを変えるその仕草から、対象の魔物の各部位の駆動域を予測する。致命となるような急所は、尽く分厚い魔晶化により守られている。守りは固く、されど攻撃は鋭く範囲は広い。
「さて、どう攻めたものでしょうか。」
そう言って私は改めて眼前の魔物を加速した思考にて観察する。
全身を魔晶化による外殻で守り、手足も同じく魔晶化による鋭く長い爪を備えている。安定した二足歩行の体長はおよそ15m超、グリーンリーフ大森林に植生している長生な原生林の木々より多少低い程度だ。巨大なんてものじゃない。
首周りと背中周りの外殻には刺のように鋭利な魔晶石が連なっており、安易に飛び込もうものなら串刺しになるのは想像に容易い。
剣山のような刺もヤバいが、一番ヤバそうなのは手だ。
魔晶化によって肥大化した爪の長さは1.5mはあるだろうか。
元々の熊の手にある程度準じた形ではるものの、5本の分厚く長大な刃が両手に備わっている。あれじゃもう何も掴めやしない、ひたすら何かを傷つけるだけの形をしている。
足はさらに異様な発達をしていて熊の原型は留めていない。
がに股で重心を落とした安定姿勢に大型猛禽類のような大きく開いた三前趾足には、やはり巨大な刃のような蹴爪が光っている。
あんな手足を振り回されたら大木だろうが大の男だろうが細切れだろう。
「よくもまあ、ここまで殺意の高い形になったものですわね。」
私は呆れ切った口調で、クロへと話しかけた。
そんな私の言葉も今の彼の耳には全く届いてないようで、魔物はずんずんと地面を揺らしながら私の方へと迫ってくる。15mの巨体の歩幅は飛んでもなく広く、ほんの数歩で私を間合いへ捕らえる。
次の瞬間には風切り音というには轟々としすぎた爆音とともに、鋭い刃を備えた質量が袈裟懸けに襲い掛かってきた。
今度は大きく跳んで避ける。
尋常ならざる硬度と重量を併せ持つ魔物の手が大地を叩く。
土砂がはじけ飛び、爆音とともに岩盤がめくれ上がり瓦礫と土埃が舞い散る。地面にぽっかりと大穴が開いてしまう。
「ずいぶんと雑なことをなさいますね!」
私は轟音に負けじと大声で詰る。
とはいえ15mの巨体がとてつもない速度で繰り出す攻撃だ。並みの戦士であれば一撃で即死する程の威力。
私は着地直後に地面を蹴り、跳躍と共に再度攻撃を打ち込む。
未だ腕を振り下ろしたままの姿勢で地面に向けた頭、その側頭部を蹴り抜く勢いでの飛び蹴りをかます。
『バギャン!』
良い音がして衝撃が足に伝わる。
今度はしっかりと入った。
魔晶石の外殻が砕け、ヒビが軋む音と共に魔物の頭が傾ぐ。こぶし大の水晶の破片がいくつも周囲へと飛び散り地面へと突き刺さった。
反動をいなしつつ後方へ飛び、地面へと着地した私は顔をあげ、彼の側頭部を確認して驚いてしまう。
相当な範囲の魔晶石が砕け散り外殻が剥がれ落ちたのだから、元の表皮が見えるものかと思っていたがそうではなかった。
割れた外殻の中にあったのは紫がかった筋肉と魔晶化した魔物の牙。
これは……既に体表ごと魔晶化してしまったということか。
血こそ出てないものの、明らかに筋肉と思しき、筋張っていて不気味な色と模様の肉、その筋肉に這うように濃い紫色の血管がドクドクと脈動している。地面に突き刺さった側頭部の破片をよく見ると根本の部分が黒ずんだ紫色を含んだ気味の悪い体組織が付着している。
「どうやら本当に生物の枠組みを超え、魔の物と成り果てたのは間違いないようですね。魔獣化のさらに先があるとは思いもよりま……せ…。」
私は言葉を失い、目の前の事象に唖然としてしまう。
「グ……ガァ……ッ!」
魔物がうめき声をあげながら身体を震わせ、体内に存在する負のマナを巡らせている。
『ギギギ……』
再び固いガラスが軋むような音とともに、穿ったはずの外殻が魔晶石で埋められてゆく。ものの数秒で私が砕いた部分が元通りになってしまった。
「再生……というより修復でしょうか。そんなことまで出来るようになってしまわれたのですね……。」
自己修復すら可能な知能を持った環境適応種の魔獣以上の脅威。
背筋にうすら寒い何かが這い上がっていく。
「それでも私はクロ様の覚悟を承知でこの事態を受け入れました。貴方の想いを無駄になどしません。」
とはいえ、この程度の打撃では有効なダメージを与えられそうもない。
魔獣を一撃で屠った時のように亜音速機動と風のマナの衝角攻撃であれば、あるいは致命傷を与えられるかもしれない。
でもそんなことをしたら負のマナをたっぷりとため込んだ魔晶石がとんでもない速度で周囲に飛び散り非常に危険だ。魔導汚染も広範囲に広がってしまって、ただでは済まない。
あの巨体に対して私の手足のリーチでは、抜き手で心臓を破壊することも難しい。多分土のマナで作った杭でも駄目だ、硬度と長さが足りない。
加速思考でほんのひと時、そんなことを考えていた。
次の瞬間、修復を終えた魔物は大きく両手を開き、全身のマナをその鋭い刃の切っ先へと巡らせているのを感知する。
ちょっと!まさか?!
直後、魔物は自身の剛腕を交差させるように、両腕で空中を薙ぎ払う。
両手の爪に備わった鋭利な刃から、幾重もの巨大な真空波が放たれた。
不可視の刃が空を切り裂き、矢よりも早い速度で飛翔する。
『一陣の刃』をでたらめに強化した模倣魔術。
さしずめ『十重の刃』か。
「飛び道具はずるくはありませんか!」
魔力感知の精度を高め、理力による知覚強化もフル稼働して歪な爪刃から放たれた不揃いの見えざる刃を認識する。
出鱈目に飛んできたそれを高速機動の伸屈転身にて潜り抜ける。
私を通り過ぎた刃が後方の木々を切り裂きながら何十メートルも飛び続けている。
ひい!?何あの威力!!
華奢で良かった!
「後ろにクロ様の仲間が居たらどうするんですか!!」
などと言ってみる。
まぁ居ないんだけど。
私の遠距離知覚感知によると普通の熊たちは100m位までは近づいてきたけど、そこからは遠目に事態を見守っている。本能的に危険を察知して距離を取っているのだろう。
それはさておき。
「やってくれますわね!!では次は私の番です!!」
最後の刃をやり過ごした私は、身を低く構えて地を蹴り抜く。
地面すれすれの軌道で魔物の懐まで急速接近、垂直跳躍の勢いのまま腹部へと渾身の打拳を打ち込む。腹部の外殻の破砕を狙ってのことだ。
前かがみになるような姿勢をとる以上、可動域の問題でここが一番装甲が薄いはず。そして狙い通りに、私は蹴りに威力で劣るはずの打拳で目の前の魔晶石を大きく打ち抜いた。
突進の威力を残したままの私は更なる一撃を叩き込むべく『理力』を行使する。
私の頭部から淡い光があふれ出て、直後にそれは青紫色の稲妻となり四肢へと巡る。更に出力を上げれば私の周りでバチバチと奇妙な音が鳴り渡る。
超高出力の電圧で皮膚に尋常ならざる熱量が蓄積され。通常であれば一瞬で体組織が炭化してしまうような電力を、並行処理する超再生で無理やり蓄電する。
私と周囲の電位差によりアーク放電が発生し、ヴーという奇妙な振動音を響かせる。
この一瞬とも言える短時間で貯められる最大容量。
それを―
「最大出力!耐えられるかしら!?」
そう叫んだ私は掌底を、割れた外殻から覗く筋肉へと打ち込んだ。
パン!という電磁パルス音と膨大な空気がはじける感覚。衝撃波が身体を突き抜けて皮膚を切り裂かんと襲いかかる。刹那の後。
轟雷に等しい爆音が辺りに響き、魔物の体を閃光が走り抜ける。
掌底による打撃、同時に打ち込まれた超高出力電流攻撃。
通電による内臓への熱と神経系ダメージ。
私の亜音速の掌底により魔物の巨体は大きく後ろへと仰け反り、高電圧の感電によるスタン効果で人形のように固まった。
まだそこらが帯電しているせいか、彼の背中にある魔晶石の間で紫電が迸っている。
トマスの放った積層型圧力拡散粉塵爆発は外へと向かう広域制圧型の攻撃、終末個体として完成された凶悪な肉体を持つ魔獣だったクロには効果が薄かった。
そして、想定外の進化を遂げた魔物となったクロ。
それでもコレだけの電圧を打ち込めば、100トンを超える超巨体であろうと、心臓へのダメージは生半可ではないだろう。
電磁パルスの発動反動で後方へとはじき飛ばされた私は空中で体をひねり、なんとか体勢を立て直して地面へと着地する。
強化された嗅覚に生き物が焦げる嫌なにおいと、普段の生活ではおよそ嗅ぐことの無い妙な香りが鼻を突く。甘酸っぱいというか……鼻腔がむずむずするような不思議な匂い。
魔王討伐任務の戦いで使用した時は『知らない知識』に、空気が電気分解された後に再結合して発生する人体に有害な気体だ。という情報を何となく覚えている。意味は分かんなかったけど。
セゾンだかボゾンだか、そんな名前。
あまり吸い込みたくないので、風のマナを行使して周辺の空気を広く攪拌しておく。
『理力』の並列処理による超速再生により、私の身体は多少普段より違和感があるというか……帯電してピリピリする位で済んでいる。普通の人が雷の直撃なんて受けようものなら運が良くても皮膚が焦げるし、運が悪けりゃ内臓が破壊される。
『亜音速掌底+超高電圧雷撃』
ただの人間ならたぶん炭化した肉片になるような攻撃。
そんな脅威の力を打ち込んだ訳だが、眼前の15mの異形の怪物はどうだろうか……電気ショックにより筋肉がマヒしたのか大きな動きは無いのだが、あの攻撃を受けて倒れることが無いというのは……正直信じられない。
開いた口から煙のような何かが立ち上がってる。蒸発した水蒸気なのか焦げた体組織から出た煙か。遠目に見るだけじゃ解らないけど、どちらにせよ内部に深刻なダメージは与えられているはずだ。
はずだったが……
気になるのは魔物の心音。
電撃を打ち込んだ直後に大きく跳ねるような脈動音が聞こえた後も、彼の心臓は止まることなく、ドク……ドク……と弱く長い間隔の鼓動を続けていた。
最初は止まる兆候かとも思ったが……どうやら違ったようだ。
数秒前からだんだんと鼓動音が強くなり、間隔が短くなっている。
多分、さっきの外殻修復と一緒。
体内に保有している膨大な負のマナが血液のように循環して、異様な再生能力を発揮しているんだ。極寒の死地の環境適応種も過酷な環境への身体的適応力は生命の危機に敏感に反応して脅威の生命力を発揮していた。
こうなってしまっては、やはり心臓を破壊しないことには止めようがない。
でも心臓に電撃を通したくらいでは駄目なのだろう。
やっぱり外殻を破壊し身体をぶち抜き心臓を貫くくらいの勢いの攻撃じゃないと……。
さて、これは……手詰まりかな?
「まさか、本当に耐えられてしまうとは。私、少々クロ様のことを侮っていたようでした。」
悔しさと申し訳無さ半分ずつ。
私は回復しつつあるクロをじいっと睨みつけた。
『理力』の基本性能
人体における有るとあらゆる生体反応、能力、効果
それを青天井で強化できる
人体が持つ神経伝達信号は
小さな未髄鞘軸索(直径約 1 μm の場合): ピークで約 0.1 〜 1 nA。
中程度の軸索(直径約 10 μm の場合): ピークで約 10 〜 100 nA。
セレナが15m級の大型魔物に放った電撃のスペック
16.7A 36,000,000V 601,200,000 W
微弱な生体電気を超強化し体内に蓄電、発雷したわけですね
電気ウナギが自身の電流で感電死しないのは生体構造と環境のおかげですが
セレナはその問題を理療の超回復で無理やり解決
こわいわ




